41年ぶりの
フィーバー
九月六日、秋篠宮妃紀子は男児を出産した。皇室では一九六五年の秋篠宮の誕生以来、四十一年ぶりの男児誕生となり、日本全土に「お祝い」フィーバーが吹き荒れた。TVは朝から深夜まで「皇室に待望の男の子」報道であふれかえった。言うまでもなく「国民すべて」がこの特権家族の男児誕生を祝っているわけではない。しかしメディアでは、「お祝い」に疑問を呈する声は、完全に封殺された。一〇〇%「右へならえ」で皇室の「慶事」に祝意を表明することが強制される。天皇制への公的な疑問や批判に対しては、暴力の社会的包囲網が形成される。人びとは、メディアや教育などで「自発的」な祝意の表明を訓練されていく。
ここには事実上、「批判の自由」は存在しない。この一点をとっただけでも天皇制が民主主義と根本的に相いれない存在であることは明白なのである。
「皇位継承」危
機と女系天皇
秋篠宮妃「男児出産」フィーバーは、言うまでもなく「皇位継承」の危機が解消されたという「安堵感」がもたらしたものである。一九九三年六月に結婚した皇太子夫妻に子どもが生まれず、権力者の中に「皇統断絶」の不安感が次第に高まっていったことは、一九九八年十月に「このままゆけばやがて皇位継承者がいなくなる日が来る?」とのオビを付して出版された高橋紘/所功の共著『皇位継承』(文春新書)を見ればよく分かる。
やっとのことで二〇〇一年十二月に皇太子妃雅子が出産した第一子は女児の愛子だった。支配階級の焦燥はさらに深まった。「男児出生」のプレッシャーにより雅子が「適応障害」になる中で、皇太子夫妻に「次の子ども」を期待することが絶望的となり、宮内庁は、皇太子の弟の秋篠宮に「第三子」を願望するようになった。その最も露骨な表現は、二〇〇三年十二月十一日に湯浅利夫宮内庁長官が定例会見で「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、三人目を強く希望したい」「姉妹との年齢差を考えるとできるだけ早い時期にと思う」と発言したことである。
皇太子夫妻を無視したこの湯浅発言が雅子の病状を悪化させ、翌二〇〇四年五月の「雅子の人格やキャリアを否定するような動きがあった」との皇太子発言に直結したことは、天野恵一氏が指摘しているとおりである。
「皇位継承者」の不在=天皇制の自動消滅という危機感は、「女性・女系天皇容認」のための皇室典範「改正」に政府・支配階級を駆り立てることになった。昨二〇〇五年には一年間をかけて小泉首相の私的諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」での議論が行われた。十一月二十四日に全会一致で提出された「有識者会議」の報告書は、「安定的な皇位の継承は、国家の基本に関わる事項である」として「女性・女系天皇」を容認し、皇室典範の早期改定を求めていた。
小泉首相は、「有識者会議」報告にもとづいた皇室典範「改正」案の国会提出を今年一月の第164国会冒頭の施政方針演説で明らかにしたが、この「女系容認」の「改正」案は、男系によって皇位を継承してきた天皇制の根幹を破壊するとの伝統的右翼天皇主義者からの猛烈な批判にさらされることになった。それは自民党を真っ二つに切り裂く論争となった。しかし二月に報道された紀子懐妊は、この皇室典範「改正」案上程を一挙に後景化させることになった。
仕組まれた出
産のシナリオ
紀子の「懐妊」が、こうした天皇家と皇室制度をめぐるさまざまな対立・駆け引きの中でのきわめて政治的な判断だったことは、産経新聞9月7日付1面の「陛下ご心痛 宮さま決意」という大見出しを付した「親王ご誕生」(上)で明らかにされている。
「今年2月、紀子さまのご懐妊を伝えられた皇后さまは、『陛下が心を痛められているのを見て秋篠宮が決心してくれた。(紀子さまは)けなげだわ』と、宮内庁関係者に喜びをかみしめるように話されたという」「紀子さまは今月、40歳になられるが、皇后さまからのおすすめもあり、皇室の繁栄を考えてご出産を決意されたという。女子のご誕生が9人続いたなかで、男子皇族ご誕生は皇室全体の願いでもあった」。
ここでは紀子の「懐妊・出産」が、「女系天皇」が作りだされる流れを阻止し、一挙に逆転するための「政治的仕掛け」であったことが、紀子の「けなげな決意」の称揚をふくめて赤裸々に描きだされているではないか。天皇・皇后プラス秋篠宮夫妻VS皇太子夫妻という天皇家内部の対立(秋篠宮の兄夫妻への批判は、二〇〇四年十一月の会見で明らかにされている)が、伝統主義的な「女系天皇」否認派の逆襲と重なったものとして、今回の「男児出産」劇が作りだされたのである。
実際、自民党内の「女系天皇」反対派は、大はしゃぎである。中曾根元首相は「皇室典範を改正する必要はなくなった。そういう安心感が全国民の皆さんにも起こっている」と語り、麻生外相は「改正は少なくとも四十年ぐらい先の話でしょう」と述べ、次期首相が確実な安倍官房長官も、有識者会議の報告書は「法的拘束力がなく、新首相が別途検討を始めることができないわけではない。政治の判断だ」として、女系天皇容認の「有識者会議」報告書をチャラにする方向性を打ち出している。
もちろん、たった一人の「男児誕生」で「皇位継承の危機」が解消されるわけではなく、皇室典範「改正」による「女性・女系」天皇論が再浮上する可能性が強い。その場合、われわれの基本が「女性天皇はいらない。天皇制はもっといらない」であることは言うまでもない(本紙05年12月5日号、平井純一「『女性・女系』天皇容認は何を意味するか」を参照)。
ナショナリズム
と「男児誕生」
秋篠宮妃紀子の「男児出産」は、政治状況にどのような影響をもたらすだろうか。安倍晋三はその著『美しい国へ』(文春新書)で「日本の歴史は、天皇を縦糸にして織られてきた長大なタペストリーだ」「日本の国柄をあらわす根幹が天皇制である」と、その天皇主義右翼ぶりを前面に打ち出している。
彼は、すでに昨年十月に発表され、十一月の自民党結党五十年特別大会で決定した「自民党新憲法草案」の前文を、もともとの中曾根・安倍案に沿って天皇制を中軸に据えた伝統主義的な内容に改変する姿勢を示している。当面する憲法改悪プロセスの中で、今回の「男児誕生」=「皇位継承危機の解消」キャンペーンが、「象徴天皇制」の国家主義的強化へと向かう流れを強める方向と軌を一にすることに注意しなければならない。すなわち「象徴天皇制」の「国体化」である。
一九三三年十二月の皇太子(現天皇)誕生の「祝賀」キャンペーンに続いたのは、一九三五年の美濃部達吉「天皇機関説」排撃であり、それは同年の「国体明徴」声明、翌年の文部省による「国体の本義」作成へとつながった。安保闘争のさなか、一九六〇年二月の現皇太子誕生は、戦後の象徴天皇制を高度経済成長の下での「マイホーム」主義的国民統合の中に位置づける作用を果たした。こうして「天皇家の慶事」は、その時代の政治情勢の中で、大衆のイデオロギー的統合と支配にとって少なからぬ政治的役割を果たした。
いま憲法・教育基本法の改悪と「戦争国家体制」構築への動きが加速する中で、天皇主義右翼の攻撃的活性化が目立っている。集会・デモへの右翼の挑発、加藤紘一元自民党幹事長の実家への放火は、「嫌中・嫌韓」の排外主義的ナショナリズムの機運の浸透を表現している。
他方、日本共産党や社民党は党首談話で「元気な赤ちゃんが生まれてよかった」と、この「国民的祝意」に同調している。産経新聞は、志位委員長の談話に対して「共産党の天皇観変化」との見出しで揶揄しながら、「共産党が社会主義社会の実現を目指す革命政党であるかぎり、皇室制度と本質的なところでは相いれない要素がある」と警戒心をやわらげてはいない(9月8日)。
天皇制への根強い「国民的支持」を背景にした四十一年ぶりの「男児誕生」=「皇位継承危機の解消」報道は、「象徴天皇制」の「国体化」を促す重要な契機になっていくだろう。われわれはこのような中でこそ、「男児誕生」の「祝意」を強制し、「愛国心」や「家庭の価値」を差別主義的にふりまく天皇制との闘いを自覚的に担っていく必要がある。臆することなく「天皇制はいらない!」と訴えよう。 (平井純一)
共同アピール
加藤紘一氏宅放火事件 私たちは「言論封じ」のあらゆるテロを許さない
今日、秋篠宮夫妻に第三子がうまれました。またしても、国をあげての大「奉祝」が繰り広げられています。
特定の「家」や個人の出産が、格別の慶事として祝われることの不当性もさることながら、このかんの「お世継ぎ」騒動とでもいうべき異常な事態の中で、「家のため」に女性が妊娠・出産することへの手放しの賛美や、男の子の誕生を臆面もなく期待する性差別的な言辞が、日本中にばら撒かれたことを、見過ごすわけにはいきません。
天皇家は、世襲という「家のため」の子づくり強制、男系による血統支配、婚外子の利用と排除という体系化された性差別、身分差別、民族差別によって維持されています。“現人神”として庶民を戦争に駆り立て、アジアの国々を侵略、蹂躙した責任も一切とらないばかりか、ふたたび戦争国家へとまい進するための「国民」支配の装置にもなりうる、それが天皇制です。
天皇・皇族を賛美することは、平和や人権をないがしろにすることを意味します。
にもかかわらず、男子がうまれたことで、「家を継ぐのはやっぱり男」という女性差別的な声がますます大きくなるでしょう。そして秋篠宮家への処遇の見直し(格上げ)、「公務」の拡大など、天皇制強化の動きはますます強まっていくでしょう。
「皇室典範改正」も、男子がうまれたとはいえ、「皇位継承」問題が解決したとはいえず、引き続き検討されていくはずです。
こうして、すべてが、天皇家の繁栄のために動いていく。その分、私たちの負担と不自由ばかりが増していくのです。
そんな世の中、間違っている。天皇制はいらない。「お世継ぎ」はいらない。
私たちは「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます。
「お世継ぎ」はいらない2006実行委員会
2006年9月6日
●「お世継ぎ」はいらない!2006
http://www.ten-no.net/~iranai/
iranai@ten-no.net
コラム
トロツキー研究所15年
トロツキー研究所が一九九一年五月十九日に設立されてから、すでに十五年が経った。
「ソ連・東欧の危機の原因を解明し、新しい展望を追求するためには、『社会主義』の理論と実践を、歴史的にかつグローバルな視点から検討することが必要であり、また、歴史から抹殺されてきた異論派、批判派の復権と正当な位置づけが不可欠です。……なかでも、スターリン的な官僚主義体制や一国社会主義と仮借なく闘い、世界的な規模での社会主義の実現のために尽くしたトロツキーの思想は、今日でも光彩をはなつものです。トロツキー研究所は、トロツキーを中心とする文献の収集・保管・研究・紹介を目的として創設されました」。
ソ連・東欧の「堕落した労働者国家」の崩壊は、政治革命による社会主義建設に向かうのではなく、「社会主義」そのものへの幻滅をつくり出した。日本においても、マルクス経済学は多くの大学の講座から消えた。
こうした「冬の時代」にあっても、『トロツキー研究』は季刊で発行されてきた。その扱うテーマは、革命論や文化、芸術、軍事問題、民族問題、過渡期論そして中国、ドイツ、フランス、アメリカ、日本など各国の左翼反対派の運動そしてマンデルや陳独秀、グラムシなど多方面にわたっている。旧来の説をくつがえすロシア社会民主労働党第二回党大会を扱った「レーニン党組織論批判」(第16号)、ボリシェビキとメンシェビキの統一問題を扱った「党統一のための闘争」(第36、37号)など多数の研究成果も出されている。
そして、この研究成果は単なる過去の問題としてではなく、現在のブラジル、イタリア、イギリスなど新しい左翼党建設の問題、チャベス政権やルラ政権と左翼革命派の問題など現実に直面している問題をどのようにとらえるのかにも重要な示唆を与えてくれる。故右島編集長は党統一のための闘争を知り、現実の課題とするために問題提起したほどであった。
研究所の姿勢ですばらしいのは、旧来は英語などで訳されたものをもとに翻訳するものであったが、ロシア語を身につけて、直接原資料を扱っていることである。トロツキーとグラムシとの関係を扱った二十七号では、イタリア語を勉強して原資料をマイクロフィルムからあたったと聞く。
また、トロツキーの論文のみを扱うのではなく、その論敵などの資料を使いながら、相対的にトロツキーを見ようともしている。こうしたたゆまぬ努力がついに今年の夏で四十八号を数えるに至った。
しかし、当初の季刊が現在年二回刊になっているように、ぼう大な資料を維持するための事務所費や『トロツキー研究』発行のための経費が極めて不足している。世界的にも研究所があるのは、日本とフランスだ。ぜひ、トロツキー研究所を支えるために会員になってほしい。年会費一万円(トロツキー研究とニュースレターを含む)。郵便振替口座00130―1―750619。TEL/FAX042―553―8114。 (滝)
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