| 医療制度改悪にどう立ち向かうか かけはし2006.9.18号 |
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長時間労働と格差・不平等の拡大こそ健康破壊の根本原因 |
健康管理と「自己責任」論
医療制度改悪による患者負担増が十月から行われようとしている。改悪のポイントは二つある。自己責任の強制と高齢者の切り捨てである。政府はこれを「国民皆保険を維持し、将来にわたり持続可能なものとするため」の「改革」であると強弁している。しかしその実態は、健診義務付けによる自己責任の強制、高齢者の切捨て。行き着くはては、国民皆保険制度の空洞化である。
政府は「糖尿病等の生活習慣病を予防」すれば、治療にかかる医療費を抑えることができるという。「予防」という口当たりのいい言葉の裏に潜むのは、「予防を怠った」者への自己責任の強制である。
メタボリック症候群という言葉がマスコミをにぎわせている。メタボリック症候群とは、肥満、耐糖能異常(高血糖)、高中性脂肪血症、低HDコレステロール血症、高血圧のうち三項目に当てはまるものをいう。医学的には動脈硬化予備軍であり、将来的に医療費を押し上げる長期入院の原因になる糖尿病や脳卒中等にかかりやすい因子を抱えた人々のことを指す。
厚労省は二〇〇八年からメタボリック症候群の概念を健康診断に取り入れ、保険者に、四十歳以上の加入者に対して、「健診及び保健指導の実施」を義務付け、二〇一五年度までに「生活習慣病有病者・予備軍を二五%減少」させることを政策目標としている。生活習慣病有病者・予備軍が健診で早期発見され、保健指導で生活習慣を改善できれば脳卒中、糖尿病による腎透析などが減少し医療費の伸びが抑制できるというわけである。二〇〇八年四月より、都道府県ごとに、生活習慣病発症を抑制し、在院日数を短縮することにより医療費の伸びを抑制する五カ年計画を立案することになっている。
脳卒中や糖尿病による腎透析・失明、心筋梗塞等重篤疾患を防ぐために「健診・保健指導の徹底によるメタボリックシンドローム[内臓脂肪症候群]の該当者・予備軍の減少」に国が本腰を入れるのは良いことではないか、と思われる方がいるかもしれない。確かに、早期発見・保健指導で、脳卒中や糖尿病による合併症で長期療養を強いられる人が減るならば良いことである。
しかし健康診断を義務づけられる社会とは、健康であることが義務づけられる社会である。健康であることが義務である社会が行き着くのは、病気や障がいを抱えた健康でない人を切り捨てる社会。それは、生活習慣病など個人の生活習慣が原因でかかった病気には、自己責任だから健康保険を使わせない、あるいは使うことを制限する無慈悲で不健康な社会である。
いくらなんでも、自己責任だから健康保険からはずすことはないだろうと思われるかもしれない。しかし、すでに今回の計画で設定した医療費削減のための目標を達成できなかった都道府県には診療報酬を切り下げるペナルティが課せられることが決まっている。
破綻した「健康日本21」
「自己責任」をベースにした、個人の不健康な生活習慣に病気の原因を求めようとする保健指導には、重大な限界がある。人が病気にかかるのは不健康な生活習慣、素因など、個人の要因ばかりが問題なのではないからである。その証拠に厚労省が二〇〇〇年に決定した、「健康日本21」が行き詰っている。
「健康日本21」とは、食生活や運動量を改善しようと、七十項目にわたって達成目標を決め、十年までの達成を目指した生活習慣病対策である。
開始から五年、効果は上がったのだろうか? 実は七十項目のうち二十項目は、二〇〇〇年の目標設定の時点より悪化している。二十〜六十歳男性肥満者の割合は、二〇〇〇年二四・三%が二〇〇三年二九・五%へ悪化、目標値は一五・〇%以下である。大量に飲酒する人の割合も男性が、四・一%から五・三%、女性が〇・三%から〇・八%へそれぞれ悪化している。目標値はそれぞれ三・二%、〇・三%以下である。運動量の目安である日常生活の歩数も男性が八二〇二歩から七五七五歩へ、女性が七二八二歩から六三八一歩へ減少している。そしてストレスを感じた人の割合は、五四・六%から六二・二%へ増加している。
誰もがストレスを感じ、スポーツで発散することもできず酒で紛らわす。労働者の健康は遠のくばかりである。健康志向が高まっていると言われているのに、不健康な生活習慣に陥る人が増えている。なぜなのだろうか?
NHKが五年ごとに「国民生活時間調査」を行っている。それによると一日十時間以上働いている人は、男性勤め人で一九九五年は二五%だったものが、二〇〇〇年には三〇%に跳ね上がり、二〇〇五年には三二%と高止まりのままである。
東京圏に住む勤め人の平均通勤時間は、一時間四十二分。その結果三十〜五十代男性の平均睡眠時間は約七時間。その結果平日の自由行動時間は、わずかに三時間二十一分にすぎない(まとまった自由時間が三時間二十一分あるわけではない、TVや趣味などに費やす時間を合計すると一日三時間二十一分になるという意味)。二〇〇〇年まで減り続けてきた睡眠時間が下げ止まったという分析がされているが、三十〜五十代男性はこれ以上睡眠時間が削れようがないまでに酷使されているのである。このような生活を強制されて、いったいどうやって健康を維持しろというのだろうか?
いくら健康指導を強化して不健康な生活習慣を改善させようとしても、十時間以上働かされていて、比較的自由になる時間が三時間二十一分では話にならない。健康のためにウォーキングするには睡眠時間を削って時間をつくるしかない。一番有害な生活習慣は、強制された長時間労働なのである。
加齢により誰でもかかりうる病気という意味で、かつては脳卒中や糖尿病を成人病と呼んでいた。しかし現在は、生活習慣病とよばれている。この言い換えの背景には、個人の生活習慣、例えば塩分やカロリーのとりすぎ、喫煙などのせいで、高血圧・高血糖になり、その結果脳卒中や糖尿病になってしまったのだから自己責任だ、と思いこませようというねらいがある。
しかしこのような、個人の生活習慣に原因を求める方法には重大な欠陥がある。なぜなら人が病気になるには、毎日十二時間労働でストレスと運動不足が強制されるように、社会・環境因子が関与するからである。
例えば、カルシウムをきちんと摂ることが、骨を守り、将来寝たきり状態にならないためにも重要なことは今や多くの人が知っている。しかし、カルシウムを含む食品の摂取量は、二〇〇〇年百七gが二〇〇三年九十七gへと減少している。なぜなのだろうか?
昼食に百円しか出せなくて菓子パンを押し込むしかないフリーターに必要なのは、三食きちんと食べることができる賃金であり、カルシウムの重要性を説いたパンフレットではない。この簡単な答えが、厚労省の官僚にはわからないようである。
このように社会・環境因子を考慮しない保健指導は効果を発揮することはない。「健康日本21」の破産は、自己責任の保健指導の無効を証明している。
長時間労働と共に労働者の健康を蝕む重要な因子がある。経済的格差の拡大である。格差の拡大が健康を蝕むというのは、貧困に突き落とされたものが、例えば劣悪な労働・住環境などによって健康を損なうといったことだけを意味しない。
まさに社会に存在する不平等そのものが、人々の健康を蝕むことが社会疫学的研究で明らかにされている。毎日の食事にも事欠くような「絶対的貧困」だけでなく、他者と比べて相対的に貧困な生活環境に身をおくことを強制されること、つまり「相対的貧困」が健康を損なうのである。
ロゼトで起こったこと
一九五〇年代のアメリカにロゼトという不思議な町が存在した。喫煙・食事・運動習慣など心筋梗塞の危険因子が周辺地域の住民と変わりがないのに、ロゼトの住民の心筋梗塞の発症率は半分以下だったのである。この秘密を解き明かすために調査が続けられた。
ロゼトの住民は連帯感が強い。これが綿密な調査から得られた結論だった。ロゼトはイタリア農村からの移住者によりつくられた村だった。住民は相互援助と強い連帯感の下にあり、見せびらかすような消費を戒める雰囲気があった。
無論調査の時点でも住民の中には貧富の差は存在した、しかし「服装や行動だけで、ロゼトの金持ちと貧乏人を区別するのは困難であった。生活様式(家や車)も素朴で、まったく同じようなものばかりだった」と研究者は報告している。このように、社会のあり方が健康を増進することをロゼト効果という。
一九六〇年代、ロゼトの町にも消費文明は押し寄せた。豊かになった住民の間では連帯感が弱まった。経済的成功者は見せびらかすような消費に走り、格差が顕在化した。ロゼトの道路に高級車が増えるたびに連帯感は崩壊した。その結果わずか十年でロゼトの心筋梗塞発症率は近隣の町に追いついてしまった。
ロゼトの住民が一九六〇年代に経験したように、相対的貧困の位置にあるものは健康を損ないやすくなる。格差社会では、相対的貧困を意識しなくてすむのは一部の「勝ち組」だけである。そのため多くの住民が相対的貧困感にさいなまれてしまう。
信じられないかもしれないが、同じ所得でも経済格差の大きな地域に住んでいる人のほうが健康を損ないやすいことが証明されている。アメリカ五十州における所得の不平等と年齢調整死亡率は相関していることがわかっている。これは、貧富の差の大きい州ほど平均寿命が短いことを意味する。経済格差は健康を蝕むのである。
団結と連帯で健康回復
では経済格差が拡大している日本の現状はどうなのだろうか。「二〇〇〇年度の段階ですでに日本の所得格差は米国に次いで二番目に高かった」とOECDが指摘している。
所得階層別の要介護高齢者の割合を調査した研究がある。男女ともすべての年齢層で、最低所得層で要介護者が最も多い。年収百万円未満の最低所得層における要介護高齢者の割合は一七・二%、それに対し四百万以上の最高所得層では三・七%。なんと階層間で五倍もの格差が生じている。
成果主義賃金が導入され連帯感が破壊された職場ではロゼト効果が破壊され、三十代を中心に心の病が増加している。民間研究所が全国の上場企業二百十八社を対象に行ったアンケートでは、心の病で一カ月以上休んでいる労働者のいる企業は七〇%を超え毎年増え続けている。
新自由主義者は、格差の存在が競争を生み活力を生み出し、活発な経済活動が人々を幸福にすると主張している。しかし社会疫学的研究は、この主張が全くの嘘であることを明らかにしている。不平等は幸福の基礎である健康(well
being)を蝕む。医療費抑制のために、社会・環境因子を無視した健診義務付け・保健指導の強化は、費用がかさむだけで、何の効果ももたらさずに破産するのは確実である。
労働者の生活は毎年健康から遠ざかっている。必要なのは健診の義務づけによるメタボリック症候群の早期発見・保健指導、心の病を防ぐためのカウンセリングではない。労働者が病んでいるのは、企業によって押し付けられた長時間労働と、絶えず周りと比較される成果主義賃金という強制された不健康な生活習慣のためである。
労働者の健康を取り戻すために必要なのはロゼト効果である。職場に団結と連帯を取り戻し、労働時間を短縮することである。「塩分とカロリーを減らす」ことを教えるパンフレットよりも、成果主義賃金の虚妄を暴露するパンフレットと闘いが、労働者の血圧と血糖値を下げ安眠を確保し、健康を守るだろう。
切り捨てられる高齢者
今回の医療法改悪の最大の問題点は、高齢者の切り捨てである。厚労省は「負担を公平・明確にするために、患者負担も見直します」と言う。「公平」という言葉の裏にあるのは、高齢者の生存権を脅かす高負担と、差別的な高齢者医療制度のでっち上げである。現在、高齢者となっている七十歳代、「昭和一桁」世代は、国の都合で二度にわたって死を強制されようとしている。一度目は、子ども時代。国体を守るため小国民として。二度目は二〇〇六年。国の財政を守るため必要な医療を奪われることによって。
今年十月には「現役並みの所得がある高齢者の負担を二割から三割に引き上げ」「療養病床に入院する七十歳以上の食費・居住費の負担増」「高額療養費の自己負担限度額の引き上げ」が予定されている。高齢者と重症者。社会的弱者をねらい打つ冷酷な政策である。
今年六月には、住民税の老年者控除が廃止、公的年金控除の縮小、非課税措置の廃止、定率減税の半減が実施された。これらが介護保険料の値上げと共に高齢者の生存権を脅かすような事態になっている。
とりわけ深刻な影響を受けるのは、療養病床に長期入院を余儀なくされている七十歳以上の高齢者である。療養病床とは、長期にわたる療養が必要な患者が入院する病床で、一般の病床に比べて、医師や看護師の配置が少なく、介護職員の配置が多い病床をいう。つまり、療養病床に入院している高齢者とは、政府の無策により医療と福祉の谷間に取り残された人々である。
「七十歳以上の食費・居住費の負担増」とは、自らの無策により行き場を失って療養病床に押し込められた高齢者から、十月より「居住費」として一万円、現行は二万四千円の食費を一万八千円値上げして四万二千円を徴収する恥知らずな政策である。これだけで一年で三十三万六千円の新たな自己負担となる。二〇〇八年四月からは六十五歳以上の療養病床入院患者にも同様の負担が強制される。
療養病床に入院する高齢者を襲う苦難はこれだけではない。政府は、二〇一二年三月までに現在三十八万床の療養病床を十五万床へと六割も削減しようとしている。これに先立ち二〇〇六年七月から、一部療養病床の診療報酬を大幅に引き下げた。診療報酬が切り下げられた病床に患者を入院させると病院は採算が取れなくなるので、患者追い出しにつながる仕組みである。追い出された患者は行き場を失い、在宅介護を強制される。現在でも、特別養護老人ホームの入所を待つ待機者は三十八万五千人とされている。このまま計画が強行されれば、全国で六十万を超す介護難民が発生する悲惨な事態となるだろう。
政府は二〇〇八年四月より「七十五歳以上の方は、心身の特性や生活を踏まえた独立した医療制度を設けます」と言う。高齢者の「心身の特性」を踏まえた医療制度とは、「高齢者世代と現役世代の負担割合の公平化」のために、必要な医療までも制限する差別的医療体制になることは確実である。これと同時に七十五歳以上の全高齢者から保険料の徴収が開始される。未払い者が出ないように、年金から天引きし、滞納者からは保険証を取り上げることが明記されている。
さらに七十歳〜七十四歳の高齢者の窓口負担が一割から二割に引き上げられる。これでは、高齢者は医療にかかるなというのと同じである。これでは国民皆保険などとはとても言うことができない。
日本でも年収百万円未満の高齢者世帯では、四百万円以上の世帯に比べて五倍も要介護の状態になりやすいことをすでに述べた。日本は、公的年金額が非常に低いため六十五歳以上の高齢者世帯の実に一五・五%が、年収百万円未満である。このまま政府の筋書き通りに高齢者に高負担を押し付ける政策が強行されれば、低所得高齢者を中心にたくさんの医療・介護難民が作り出されることは確実である。
政府はこのような激痛を伴う改悪を押し付けるために、「なるほど医療制度改革!」なる新聞広告を掲載した。あまりの負担増のオンパレードに、さすがに「これではまずい」と思ったらしく、最後にこのような一節をもぐりこませた。「特定の地域や、小児科・産科等の特定の診療科における医師偏在問題にも対応します」。
小児科・産科医師が確保できず、小児科・産科の閉鎖が相次いでいる。とりわけ地方の事態は深刻である。ところが今回の医療制度改悪法のなかには、崩壊しつつある小児科・産科医療改善の具体策は一行も書かれていない。完全なデマ宣伝である。
憲法25条をまもろう!
二〇〇六年度政府予算で、米軍への「思いやり予算」は二千六百六億円。〇六年四月の診療報酬改悪で国庫負担削減分は二千三百九十億円。脳卒中患者から生きる支えであるリハビリを取り上げることなどによって作り出した金額を上回る税金が、米軍のために消えている。このような本末転倒の政策を許してはならない。
憲法二十五条二項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上及びに増進に努めなければならない」ことが明記されている。高齢者から医療を取り上げ米軍に貢ぐような財政のあり方は、明らかに憲法違反である。改憲阻止闘争に「九条を守れ!」とともに「二十五条生存権を守れ!」のスローガンを!
(矢野 薫)
関連論文:「医療制度改革大綱批判」(1月16日号)
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