| 33日間戦争と国連安保理決議1701 かけはし2006.9.11号 |
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イスラエルは直ちに攻撃を中止し、レバノンから撤退せよ |
| 人質問題を口実とした軍事侵攻勝者はヒズボラ、敗者はイスラエル |
ジルベール・アシュカル
米国とイスラエルの目標
二〇〇六年八月十一日、国連安保理が採択した決議は、イスラエルも米国も、そしてヒズボラをも十分に満足させるものではなかった。それはこの決議が「公正でバランスのとれたもの」であったことを意味しない。それは「軍事的行き詰まり」の暫定的表現でしかなかったことを意味するだけである。ヒズボラはイスラエルに対して軍事的大敗北を負わせることができなかった。ベトナムの抵抗運動が米国に軍事的大敗北を負わせることが不可能だったのと同様に、イスラエルに大敗北を与える可能性は、完全に不釣り合いな軍事的力関係によって排除されていた。しかしイスラエルもヒズボラに対して大敗北――あるいはどのような意味でも敗北――を負わせることができなかったのである。
この意味で、七月十二日に勃発した三十三日間戦争において、ヒズボラは疑う余地なく真の政治的勝者であり、イスラエルは真の敗者であった。そしてエフド・オルメルトやジョージ・W・ブッシュのどの演説もこの真実を変えることができない(1)。
現在問題になっていることを理解するためには、米国の支援の下にイスラエルがこの攻撃で追求した目標について要約することが必要である。イスラエルの攻撃の中心的目標は、もちろんヒズボラを打ち負かすことだった。イスラエルはこの目標を三つの主要な手段の結合によって達成しようと試みた。
第一は、イスラエルの火力における「圧倒的かつ非対称的優位」を利用した、強烈に「ポスト英雄主義」的な、すなわち臆病きわまる空爆作戦によって、ヒズボラに致命的打撃を与えることであった。この作戦は、ヒズボラの供給ルートを断ち切り、軍事的インフラ(ロケット、ロケットランチャーなどの備蓄)の多くを破壊し、戦士の主要部分を消滅させ、ハッサン・ナスララと他の主要な党指導者たちを暗殺してヒズボラの頭部を切り落とすことを目標にしていた。
追求された第二の手段は、レバノンのシーア派の間でのヒズボラの大衆的基盤を党への反対に転じさせることであった。イスラエルは、人びとを逆上させる心理作戦を通じて悲劇の責任をヒズボラ党に負わせようと構想したのである。もちろんそのためには、すべての村落や居住区域を故意に壊滅させ、何百人もの市民を殺害する犯罪的空爆作戦の拡大が必要であった。
イスラエルがこうした軍事戦略――典型的な戦争犯罪――に依拠したのはこれが初めてではなかった。イスラエルが一九七八年に最初に侵攻する以前、「祖国」と呼ばれた南部レバノンでPLOが活動していた時、イスラエルは、ロケットが自国の領域に発射されるポイント周辺の居住地域に猛撃を加えることを常としていた。ロケットは、荒野から発射されていたにもかかわらずである。
当時この軍事戦略は、PLOを南部レバノン住民の多くの部分から離反させることに成功した。イスラエルの成功は、反動的指導部が依然としてその地域の主要勢力であり、パレスチナゲリラの振る舞いが全般的に破滅的なものだったために、彼らは簡単によそものとして拒絶されたという事実に助けられたためである。今回、レバノン・シーア派の中でヒズボラは比較にならないほど良い地位を占めていたという事情があったにもかかわらず、イスラエルは「集団的懲罰」の広がりと残忍さを劇的にまで強めることだけで同様の効果を達成できると考えたのである。
第三の手段は、レバノン民衆全体の生活を大規模かつ深刻に混乱させ、空と海と陸の封鎖を通じて民衆全体を人質に取ることであった。それは、住民、とりわけシーア派以外のコミュニティーをヒズボラに反対するよう煽動し、レバノン軍がシーア派組織に軍事的行動を取るよう促す政治的気運を作りだすためであった。今回の攻撃を着手するにあたってイスラエルの当局が、レバノン国軍以外の軍隊が南部レバノンに配備されることを望まないと述べ、とりわけ国際部隊を拒否し、現存のUNIFIL(国連レバノン暫定軍)に唾を吐きかけたのは、そのためであった。
実際のところこの計画は、シリア軍のレバノンからの撤退と「すべてのレバノン人ならびに非レバノン人民兵――すなわちヒズボラと難民キャンプのパレスチナ人――の解散と武装解除」を呼びかけた二〇〇四年九月の国連安保理決議1559を作成するために共同で活動して以来の米国政府とフランス政府の目標であった。
ヒズボラ孤立化政策の失敗
米政府は、シリア軍がレバノンからいなくなれば、ペンタゴンから武器の供給を受け、訓練されたレバノン軍は、ヒズボラを「解散・武装解除」させることが可能だと信じていた。シリア軍が二〇〇五年四月にレバノンから実際に撤退したのは、米仏両政府の圧力によるものではなく、サウジアラビア支配階級のきわめて親密な友人だったレバノン元首相ラフィク・ハリリが同年二月に暗殺されたことがもたらした、政治的動揺と大衆動員によるものだった。
実際に起こった大衆的デモと対抗デモに照らして見れば、国内の力関係は、米国とその同盟国の連合が力でヒズボラ問題の解決をもくろむことを不可能にさせるものだった。シリアの撤退に続いて昨年五月に行われた議会選挙では、ヒスボラとの広範な連合を結ばざるをえず、その結果二人のヒズボラ閣僚をふくむ連合政権を通じて国を統治することになったのである。この「残念な」結果は、米政府がイスラエルに軍事侵攻のゴーサインを出すよう促すこととなった。そのためには適当な口実のみが必要だったのであり、七月十二日のヒズボラの越境作戦は、それを提供した。
先に述べた中心的目標と三つの手段から判断すれば、イスラエルの攻勢は、完全なそしてまぎれもない失敗だった。最も明白なことは、ヒズボラは壊滅させられなかったことである。それどころではなかった。ヒズボラは政治的構造と軍事力を保持し、八月十四日朝の停戦前の最後の瞬間にいたるまで、イスラエル北部を砲撃するという「ぜいたく」に耽っていたのである。
ヒズボラは大衆的基盤から切り離されなかった。それどころか、この戦争がとりわけアラブ地域とそれ以外のムスリム世界においてヒズボラにもたらした巨大な権威は言うに及ばず、レバノンのシーア派の間だけではなく他のすべてのレバノンの宗教的コミュニティーに対しても、ヒズボラの大衆的基盤はかなりの程度拡大した。最後に重要なのは、これらすべてが、米国やイスラエルが期待していたこととはまったく逆の方向にレバノン内部の全体的力関係を変えてしまったことである。ヒズボラは公然・非公然の敵対者、すなわち米国とサウジ王政の友たちにとって、より強力で、より恐るべき存在として立ち現れることになった。
レバノン政府は基本的にヒズボラの側に立ち、イスラエルの侵略への抗議を優先させた(2)。
イスラエルの最も明白な失敗について、これ以上くどくど述べる必要はない。イスラエル側の情報源からのなだれのような批判的コメントを読めば十分すぎるくらいであり、それがもっともあらわになっている。最も鋭いコメントは、三度にわたり「国防」相をつとめ、議論の余地なき専門家であるモシェ・アレンスによって表明されたものである。彼はそれを雄弁に証明する短い文章を「ハアレツ」紙に書いた。
「彼ら(エフド・オルメルト、アミル・ペレツ、ツィピ・リビニ)は、イスラエル空軍のレバノン爆撃がヒズボラを懺悔させ、われわれに痛みのない勝利をもたらすとまだ信じていた時には、ほんの数日間の栄光を手にした。しかし戦争が続くにつれて、彼らは実に粗雑な不始末をしでかし……徐々に気運は彼らから離れていった。彼らは依然としてあちこちで好戦的な宣言を言い放っていたが、出口を探し始めていた――どのようにして明らかに彼らの手に負えなくなった事態の転換から自らを救い出すのか、と」。
「彼らはワラをつかんだ。そして国連安保理以上に良いワラがあろうか。ヒズボラへの軍事的勝利を収める必要はない。国連に停戦を宣言させよう。そしてオルメルト、ペレツ、リブニは、信じようと信じまいと勝利を宣言するだけである。……われわれの指導者によればイスラエルの抑止体制を回復するとされる戦争は、一カ月以内に敵を破壊することに成功した」(3)。
アレンスは真実を語っている。イスラエルは、新しい戦争の開始にあたって自ら設定した目標を達成できないことがますます明らかになるにつれて、出口を探し始めた。イスラエルが、レバノンに対して解き放った破壊的で復讐心に満ちた怒りのエスカレーションによって失敗を埋め合わせる一方、イスラエルのスポンサーである米国は国連に対する姿勢を切り換えた。米国政府は、休戦を呼びかける安保理決議を討論しようという試みを阻止することで、イスラエルのために三週間以上時間をかせぎ、――それはこの六十一年間にわたる国際機関の歴史の中で、最も劇的な停滞ケースの一つだった――外交的手段でイスラエルの戦争を引き継ぎ、継続することを決定したのである。
米国は態度を転換した
米国は態度を転換することによって、レバノン問題に関して再びフランスと一致した。サウジの支配者に軍事機器を売却することでサウジの富豪から最大限のものを獲得する(4)という、共通の(競争関係にあるとはいえ)献納物を米国と分け持っているフランスは、米国政府の構想と、その中東における最も古い顧客で被保護者(サウジ)との間でなんらかの緊張が発生した時はいつでも、そして機会主義的にサウジの側に寄り添ってきた。イスラエルの新たな戦争は、そうした機会であった。イスラエルの殺人的侵略が、サウジの支配一族の立場――彼らは自らの利益にとって致命的なものとなる中東の不安定化の増大を恐れている――から見てなにものも生み出さないことが分かった時、彼らは停戦と別のやり方への転換を要求した。
フランス政府はすぐにこの態度を支持し、米政府もそれにならうことになった。ただしイスラエルがさらに数日間攻撃を行い、軍事的成果の面子をたてるようにさせた後である。米仏両国政府によって作られた第一次草案は、八月五日に国連にまわされた。それはイスラエルが軍事的に達成できなかったことを外交的に達成しようとする見え透いた企てであった。草案はレバノンの主権を「強く支持する」と述べているが、空港と港湾の再開を「純粋に文民的目的と証明される」物資に限り、「政府が認めた以外のレバノン向けの兵器や軍事関連物資の国際的禁輸」を呼びかけている。言い換えればヒズボラへの禁輸である。
それは安保理決議1559を繰り返し主張し、「国連憲章第七章の下で、レバノン軍と政府を支援する安全な環境を確保し、永続的な停戦と長期的解決の実施に貢献するための国連が委任した国際部隊の配備」を承認するさらなる決議を呼びかけていた。この定式はきわめてあいまいであり、実際には、レバノン軍と協力して決議1559を力で実施するために軍事作戦(国連憲章第七章)を行うことを認められた国際部隊を意味するだけである。
さらにどの条項も、この部隊配備をリタニ川以南の地域に限定するものとはなっていない。ここは、決議草案によればヒズボラの武装が解除される地域であり、レバノンの他の地域でヒズボラを取り除くことに失敗したために、イスラエルが安全の確保を求めている場所である。これは国連軍部隊がレバノンの残余の地域でヒズボラに敵対して行動するよう求められることを意味する。
この計画は、イスラエルが現場で達成したものによっては完全に保証されないものだったが、そのために草案は退けられたのであった。ヒズボラはそれに強く反対し、現存するUNIFIL――一九七八年以来、レバノンのイスラエル国境線(ブルーライン)に沿って配備されている国際部隊――以外のいかなる国際部隊も認めないことをはっきりさせた。レバノン政府は、ヒズボラが反対していることを伝え、米国の顧客国家をふくむアラブ諸国の一致した声に支えられて草案の変更を要求した。米政府は、いずれにせよ安保理で可決される見込みがなかったため、草案を修正する以外の選択はなかった。
さらに米政府の同盟者であるジャック・シラク仏大統領――フランスは国際部隊の主要な構成要素となり、それを主導する役割が期待されていた――は、ヒズボラとの事前の合意ぬきにはどのような配備もできないと、戦闘突入の二週間後に公式に声明した(5)。
したがって草案は修正され、再交渉に移された。他方米国政府は、自らの立場から可能で最良の成果を手に入れるための圧力手段として大規模な地上攻撃の脅しをかけ、現実にそれを実施するようイスラエルに依頼した。人道的理由からますます緊急性を持つようになった停戦をもたらす合意を促進するために、ヒズボラはリタニ川南部に一万五千人のレバノン軍を配備することを受け入れ、その全体的立場を柔軟化させた。こうして決議1701は、八月十一日に国連安保理で採択された。
米仏両政府の主要な譲歩は、国連憲章第七章の下で臨時多国籍軍を創設する計画を放棄したことだった。その代わり決議は、現存国連部隊を刷新し、相当程度拡大し、「UNIFILの兵力を最大一万五千人にまで増強する」ことを承認したことである。しかしその大きなトリックは、「ブルーラインとリタニ川の間に、レバノン軍とUNIFIL以外のあらゆる武装部隊や兵器のない地帯を創設」するため「レバノン軍を支援」することができるように、この部隊の権限を再定義したことである。今やUNIFILは「配備された地域において必要な措置を取ることができるとともに、その能力の範囲内で、作戦地域があらゆる種類の敵対的活動に利用されることがないように保証するものと見なされる」。
この二つの定式を結び付ければ、それは国連憲章第七章の権限にきわめて近づき、いずれにせよそのように解釈されてしまう。さらにUNIFILの権限は、決議1701によってその「配備地域」を越えて拡大される。それは、「レバノンへの同意なき武器や関連物資の移入を阻止する目的で国境や他の入境地点の安全を確保する」ために「レバノン政府の求めに応じて、その努力を支援する」ことができるとされる――この文章はレバノンとイスラエルの国境についてはまったく言及されておらず、北から南まで走っているシリアとの国境線についてのみ適用されるのだ。これらは決議1701の大きなワナであり、多くのコメントが焦点化しているイスラエル占領軍の撤退についてここでは語っていない。イスラエルの撤退は、実際にはヒズボラの抑止力によって推進されているのであり、国連決議によってではない。
民族的統一と連帯の維持
ヒズボラは、レバノン政府が決議1701に賛成することに青信号を出すよう決定した。ハッサン・ナスララは八月十二日に演説を行い、国連に権限を委託された配備に同意した党の決定を説明した。そこには彼の以前の演説よりも、情勢についてのはるかに思慮深い評価や、多くの政治的叡智がふくまれている。
ナスララは述べている。「今やわれわれはレバノン人がその多様な立場から表現した堅実さの、合理的でかつ可能で当然の結果に向き合っている」。
この思慮深さは必要なことだった。テヘランやダマスカスのヒズボラ支持者によって安っぽく表現されたような自慢げな勝利の主張に対して、ナスララは古代ギリシャのピュロス王のように「もう一つの勝利を願えば私は負けるだろう」という言葉を付け加えなければならなかった。ヒズボラの指導者は賢明かつ明瞭に、戦争の結果の評価についての論争に立ち入ることを拒絶し、「われわれが真に優先すべきこと」は侵略を阻止し、被占領地域を回復し、「わが国の安全と安定を実現し、難民や家を失った人びとを帰還させることだ」と強調した。
ナスララは、彼の運動の実践的立場を以下のように規定した。休戦を遵守すること。「家を失った人びとや難民たちの故郷への帰還を促進することができるすべての人びと、そして人道的救援活動を促進するすべての人びと」と協力すること。彼は、ヒズボラ運動がイスラエル軍がレバノン領にとどまるかぎり、イスラエル軍に対する正当な闘いを継続する用意があると表明したが、双方が軍事的目標に限定し市民に危害を加えないとする一九九六年の協定を尊重すると提起した。この点に関してナスララは、彼の運動が北部イスラエルへの砲撃を開始したのは、七月十二日の後の作戦でイスラエルがレバノンを爆撃したことへの反撃としてのみであること、そして最初に戦争を市民にまで拡大した点でイスラエルは非難されるべきである、と強調した。
そしてナスララは、決議1701に対する立場として、多くの留保、実践的な施行に関する立証の未確定を伴いながら、賛成することのできる書き方になっていると述べた。彼は、前文の中でイスラエルの侵略と戦争犯罪へのいかなる非難も差し控えている決議の不公正に対する抗議を表明し、しかしそれがもっと悪いものになった可能性があったことを付け加え、そうならないようにした外交的努力への謝意を明らかにした。彼の論点の核心は、決議が取り扱っている幾つかの課題はレバノンの国内的問題であり、それはレバノン人自身によって討議され、解決されるべきであるとヒズボラは見なしている、ということである。彼はこの点に付け加えて、レバノン人の民族的統一と連帯を維持することを強調した。
ナスララの立場は、与えられた状況の中で可能な最も正しいものだった。ヒズボラは、戦争の終結を促進するために譲歩しなければならなかった。レバノンの全住民がイスラエルによって人質に取られている中で、どんなに非妥協的態度を取っても、イスラエルの破壊的・殺人的激情がすでに引き起している身の毛もよだつような状況に加えて、いっそうの人道上恐るべき結果をもたらしただろう。ヒズボラは、真の問題は、国連安保理決議の文言よりもその現実的解釈と実施であり、この点で決定的なのは情勢と実際に達成された力関係であることを、完全に知りつくしている。決議1701に体現されているとされるショージ・W・ブッシュとエフド・オルメルトの勝利という空虚な自慢話に対しては、すでに引用したモシェ・アレンスの論文の先取りした回答を読むだけで十分である。
「全世界がこの外交的取り決め――ヒズボラのロケットを毎日のように見舞われている中でイスラエルが同意した――を、数千のヒズボラ戦士によってイスラエルがこうむった敗北と見なしているとしたらどうなるのか。『大胆になった』UNIFIL部隊がヒズボラを武装解除するなどと誰も信じず、武器庫になお幾千ものロケットを保有し、強力なイスラエル国防軍に対する今月の成功によって真に勇気づけられたヒズボラが、いまや平和のパートナーとなるなどと誰も信じていないとしたら、どうなるのか」。
新しい闘いは始まっている
「別の手段による戦争の継続」は、レバノンにおいてすでに始まっている。いま問題となっているのは四つの課題である。ここでは優先順位から言って逆の順番で評価してみることにしよう。
第一は、レバノン国内のレベルの内閣の運命についてである。レバノンの現在の議会多数派は、シリアが支配する体制が施行した欠陥の多い歪められた選挙法によって、すでに無効化された選挙が作り出したものである。
その重要な結果の一つは、キリスト教議員選出代表制度の歪みであり、選挙後にヒズボラと同盟関係に入ったミシェル・アウン前将軍が率いる運動がきわめて過小にしか代表されていない。さらに最近の戦争は、レバノン住民の政治的気分に深い影響を与えており、現在の議会多数派の正統性は、大きな論争を引き起こしている。もちろん、ヒズボラとその同盟者に有利な形での政府の変更は、決議1701の意味を根本的に変えるものとなるだろう。その解釈は、レバノン政府の態度に大きく依存しているからである。しかしこの点での重要な関心事の一つは、レバノンでの新たな内乱に向かう流れを避けるということである。ハッサン・ナスララが「民族的統一」を強調した時、彼の心を占めていたのはこの問題だった。
第二の課題は、これもレバノン国内の問題だが、再建のための努力である。(暗殺されたレバノン元首相)ハリリとサウジにおける彼の支援者は、一九九〇年に終了したレバノンの十五年戦争後の再建活動を支配することによって、政治的影響力を築き上げた。彼らは今回、イランが背後に控え、イスラエルの報復戦争の主要な標的となっているレバノンのシーア派住民との親密なつながりという利点を持っている、ヒズボラという強力な競争相手に直面している。イスラエルの古参軍事アナリストであるゼエフ・スキフが「ハアレツ」紙に書いているように、「誰が南部レバノンの再建を援助するかに多くがかかっている。もしヒズボラがそれを行うのならば、南部のシーア派住民はテヘランに借りを作ることになる。これは阻止すべきである」(6)。このメッセージは、声高にかつ鮮明に米政府、サウジアラビア政府、そしてレバノン政府に受け取られている。米国の主要紙の傑出した記事は、この現実に警告を発している。
当然にも第三の課題は、レバノン軍と強化されたUNIFILの共同配備が定められた南部レバノン地域におけるヒズボラの「武装解除」である。この点に関してヒズボラが譲歩する最大限のものは、リタニ川以南のその武器を「隠す」こと、すなわちそれらの兵器を人目にさらすことを控え、秘密の貯蔵庫に保管することである。それ以上の措置は、ヒズボラの全レバノン規模での武装解除についてはさておき、一九六七に占拠されれたシェバア農場のレバノンへの返還に始まり、国家主権をイスラエルに対して防衛することが可能であり、その決意を持った政府と軍の形成にいたる、一連の諸条件の組織化とつながっている。
この課題は、決議1701の実施がつまずくことになる第一の重要な問題である。地球上のどの国も、ヒズボラを力で武装解除しようと試みる立場に容易に立てないからであり、それは中東全体の最も強力な近代的軍隊や、世界の主要軍事大国の一つがまぎれもなく失敗した課題だからである。これは、レバノン軍であれ国連が権限を与えた国際部隊であれ、リタニ川の南への軍の配備が、カモフラージュの有無にかかわらず、ヒズボラの申し出を受け入れなければならないということを意味している。
第四の課題は、もちろん、新たなUNIFIL派遣部隊の構成とその目的である。米仏両政府のもともとの計画は、国連のイチジクの葉をまとったNATOの支援軍がワシントンの戦争を遂行しているアフガニスタンで行っていることの再現だった。軍事的ならびに政治的レベルでのヒズボラの弾力性は、この計画を阻止した。それにもかかわらず米仏両政府は、NATOとその地域は同盟者がヒズボラに対してその姿をさらして戦うようレバノンの政治的諸条件が整うまでは、偽装した形態のもとで徐々にその計画を実施することが可能だと確信していた。実際、主要な派遣軍を送る諸国は、すべてのNATO加盟国であることが期待されていた。フランスとともにイタリアとトルコはスタンバイしており、ドイツとスペインはそれにならうよう要請されている。しかしヒズボラは愚かではない。すでにヒズボラは、地中海のレバノン沿岸に近いところにいるフランスの唯一の空母に支援されたエリート戦闘部隊を派遣するという計画の執行をやめるよう、フランスに求めている。
最後の課題に関して、NATO諸国の反戦運動は、NATO軍のレバノンへのあらゆる派兵に反対し、各国政府がワシントンとイスラエルの汚い所業を遂行するのをとりやめるのに貢献することによって、レバノンの民族的抵抗とレバノンにおける平和の大義のための闘争を大きく支援することができる。レバノンが必要としていることは、南部国境での真に中立的な平和維持部隊の存在であり、とりわけレバノンの国内問題の平和的な政治手段を通じた解決をレバノン国民に認めることである。
他のすべての道は、ワシントンが点火し、火に油を注いだイラクでの内戦の諸結果に対処するため中東と全世界が苦闘している時に、レバノン内戦を再発させてしまうことになるのである。(06年8月16日)
(ジルベール・アシュカルはレバノンで生まれ育ち、パリ第8大学で政治科学を教えている。彼のベストセラーである『野蛮の衝突』〔邦訳・作品社刊〕は、増補改定版が最近出版された。ノーム・チョムスキーとの対談『中東 危険な権力』が近刊)
(注)
(1)これらの出来事のグローバルかつ地域的な意味については筆者の「アメリカの帝国的構想の沈没」参照(ZNet 06年8月7日)
(2)イスラエルの評論家がきわめて啓発的な表題で論文を書いている。「軍事的圧力によって、レバノン政府がヒズボラを武装解除するプロセスを生み出すと信じたことは誤りだった」。エフライム・インバル「次のラウンドへの準備」(「エルサレム・ポスト」06年8月15日)。
(3)モシェ・アレンス「悪魔に明日を引き渡そう」(「ハアレツ」06年8月13日)。
(4)米仏両国は七月にサウジアラビアと巨額の武器取引を締結した。
(5)「ルモンド」紙のインタビュー(06年7月27日)。
(6)ゼエフ・スキフ「遅れた地上攻撃が外交的時間表と衝突」(「ハアレツ」06年8月13日)。
(「インターナショナルビューポイント」電子版06年7―8月号)
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