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 かけはし2006.6.19号

韓国人遺族の訴えを踏みにじり靖国合祀取り下げ請求を棄却

5・25東京地裁判決糾弾!
「心の問題」と居直り続ける小泉の靖国参拝阻止しよう


侵略者の宗教で
まつられる屈辱

 アジア太平洋戦争で日本軍に徴用された韓国人元軍人・軍属や遺族四百十四人が、靖国神社への合祀中止や損害賠償を国などに求めていた訴訟で、五月二十五日、東京地裁は原告側の請求を棄却した。四百十四人の原告のうち元軍人・軍属として戦死・戦病死した父や兄の靖国合祀中止を求めていた韓国人遺族は百十七人に上る。
 侵略戦争に狩りだされて死亡した韓国人の元兵士や軍属たちは、日本政府・厚生省(当時)が一九五六年から五九年にかけて「日本人戦没者」として靖国神社に通知したことにより、遺族の意思に反して「英霊」とされてしまった。韓国人遺族たちは、「侵略した異民族の宗教でまつられ、民族的・宗教的人格権を侵害された」として戦没者通知の撤回を日本国政府に求めたが、日本国政府の側は「通知を撤回したとしても、合祀は靖国神社が決めたことで、国は無関係」という理屈で、遺族たちの思いを踏みにじり、原告の請求棄却を求めていた。
 今回の東京地裁判決は、国の主張を全面的に受け入れた徹底的に反動的なものである。
 靖国神社に「英霊」とされて祭られている二百四十六万人のうち、朝鮮半島出身者は約二万一千人になる。今回の原告の一人で、ドキュメンタリー映画「あんにょん・サヨナラ」の主人公となっているイ・ヒジャさんの父親はヒジャさんが一歳の時に日本軍に徴用された。ヒジャさんが父が中国戦線で戦病死したとされる父の死を知ったのは一九九二年になってからだった。
 父親のイ・サヒョンさんは一九五九年に靖国神社に合祀されていた。しかしヒジャさんに日本政府から「軍人軍属名簿」の写しが届き、父が「合祀」されたのを知ったのは一九九七年になってからだった。その後、ヒジャさんは何度も靖国神社を訪れ、合祀取り下げを求めたが、そのたびに拒否された。靖国神社にいた日本人からは「汚い朝鮮人は出ていけ」という罵声を浴びせられた。
 ヒジャさんは今年二月の結審にあたって「私は自分の望む所で望む方法で父をまつりたいのです。胸の痛む韓国人遺族の気持ちを察していただき、賢明な判断を」と訴えた。しかし、東京地裁・中西茂裁判長は、この悲痛な遺族の願いを無視したのである。これほど屈辱的なことがあろうか。

独善的で傲慢な
「合祀」する論理

 韓国や台湾の遺族の合祀取り下げの要求を拒否する靖国神社側の論理はどのようなものか。
 「戦死した時点では日本人だったのだから、死後日本人でなくなることはありえない。日本の兵隊として、死んだら靖国にまつってもらうんだという気持ちで戦って死んだのだから、遺族の申し出で取り下げるわけにはいかない。内地人と同じように戦争に協力させてくれと、日本人として戦いに参加してもらった以上、靖国にまつるのは当然だ」(「朝日新聞」一九八七年四月十六日。池田良八・権宮司の言)。
 高橋哲哉『靖国問題』(ちくま新書)はこの池田権宮司の言葉を次のように批判している。
 「この言葉を見るかぎり、靖国神社の植民地主義的本質は戦後何十年が経過しても何ら変わっていない、と言わざるをえない。『戦死した時点ては日本人だった』という理由で、旧植民地出身のすべての戦死者は、永遠に植民地統治下の『日本人』として宗主国の『捕囚』であり続けることになる。『内地人と同じように戦争に協力させてくれと、日本人として戦いに参加してもらった』というのだが、これほど独善的で傲慢な論理もないであろう。それは植民地支配者が被支配者に対して持つ独善と傲慢以外のなにものでもない」。
 そしてこの「独善と傲慢」は、旧植民地出身の「日本軍軍人・軍属」を天皇と日本国家のために死んだ「英霊」としてまつることを予想して靖国神社に通知した政府・厚生省(当時)が共有しているものであり、中国や韓国からの批判を「心の問題」としてはねつける小泉首相が共有するものなのだ。
 毎年、靖国神社への参拝を強行している小泉首相は、任期切れを前にして今年は八月十五日に参拝する可能性が高い、とされている。小泉首相の「盟友」である山崎拓・元自民党副総裁は、「靖国参拝について、小泉首相は『適切に判断する』と述べているが、首相にとっての『適切な判断』とは八月十五日の参拝ということだろう」と語った。
 われわれはこの「八・一五靖国参拝」という排外主義に満ちあふれた挑発的暴挙を許してはならない。韓国・台湾などの戦死者遺族の思いに応え、日本の戦争責任・戦後責任の克服をかけて、小泉首相・閣僚の靖国参拝阻止の闘いを。
 なおイ・ヒジャさんを主人公とした日韓共同制作ドキュメンタリー映画「あんにょん・サヨナラ」(監督:キム・テイル、共同監督:加藤久美子)は、東京ではポレポレ東中野で七月八日からロードショー公開される。     (純) 


立川反戦ビラ裁判で無罪判決を
勝つぞ最高裁!あらゆる言論弾圧はねかえそう


共感の広がり
示す連帯発言

 五月三十一日、千代田区の星陵会館で「立川反戦ビラ裁判 勝つぞ最高裁!5・31集会」が立川反戦ビラ弾圧救援会主催で開かれ、百四十人が参加した。
 立川市議の大沢ゆたかさんが「昨日、板橋高校事件の藤田さんに対して東京地裁は政治的反動判決が下した。『日の丸・君が代』強制に反対している根津さんに都教委は停職処分を下した。根津さんは停職中にも『なぜ先生がこんなことをやっているか』考えてもらうために、毎日門前で座り込みし抗議している。そこでは子どもたちとの会話が成立し、子どもたちは根津さんの行動から学んでいる。立川反戦ビラ事件も無罪判決を勝ちとるまで全力をつくす」と主催者あいさつを行った。
 続いて栗山れい子弁護士が「今日、最高裁に上告趣意書を提出した。多くの大学教授が無罪を求める意見書を提出している」と上告趣意書の内容を説明した。
 立川事件の弁護人の内田雅敏さんは「私が担当した事件で、一審無罪、高裁で有罪、最高裁で無罪を勝ちとったこともある。判例集・教科書に載るような無罪判決を勝ちとりたい」と発言した。
 共謀罪と闘う「組対法・破防法に反対する共同行動」、木村まささん(横浜事件第三次再審請求人)、板橋高校「君が代」反対ビラ配布弾圧事件の藤田勝久さんのそれぞれが連帯のあいさつを行った。木村さんは「立川反戦ビラ事件は治安維持法、共謀罪がすでに成立しているようなひどい弾圧だ。横浜事件は何ひとつしていないのに、六十人が逮捕され、五人が拷問で殺された。犯罪にかかわった三十人の特高のうち三人を有罪に追い込んだ。昨年十月、十二月に再審公判が行われたが、二月九日に免訴がでた。東京高裁で争っている。戦争反対が共通していて共感している」と述べともに闘うあいさつをした。
 藤田さんは「無罪を出せないから罰金刑にした。きわめて卑怯な判決だ。学校の言うことが『威力にあたる』と認定した。東京新聞は『政治判断で有罪』と報じた。三権分立なのに、司法がないような非常にすさまじい政治的判決だ。控訴して断固闘っていく」と東京地裁判決を厳しく批判した。
 葛飾ビラ入り弾圧事件を担当している高木弁護士がともに弾圧をはねのけようとあいさつし、集会に参加している国公法弾圧の堀越さんが紹介された。
 今回、百二十七通の上申書と七千九十五筆の無罪署名を最高裁に提出した。引き続き上申書と署名を集め、七月十四日に最高裁に提出する行動への協力が訴えられた。

五百九十四人
の弁護士選任

 最後に、被告の三人が決意表明をした。高田さん。「家族みんなで書いたものやライブ会場で書いた上申書を読んでいて、涙が出てきた。表現の自由というが表現はそもそも自由なものだ。人の輪を広げることが、表現の自由を広げる」。
 大西さん。「無罪判決を勝ちとるのは宝くじに当たるようなものだと藤田さんが先ほど言ったが、今こそみんなで一等賞をひく時だ」。大洞さん。「藤田判決はたいへん残念だった。無罪を勝ちとるのは天文学的に難しいのかもしれないが地道にがんばっていく。安田好弘弁護士には弁護士の一割の二千百人が弁護士選任を行ったが、わたしたちは五百九十四人の弁護士選任が行われた。すごい支援が広がっている。葛飾事件などほかの言論弾圧事件と連携しながら、無罪を勝ちとっていきたい」。
 集会の後、最高裁をとおり、四谷までデモ行進を行った。最高裁前では、無罪判決を要求するシュプレヒコールを行った。  (M)


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