CPEは死んだ! CNE(新雇用契約)と機会均等法も廃案へ
かけはし2006.4.24号 |
フランス政府は、三カ月におよぶ学生、高校生、労働者の巨大な全国闘争に直面して、不安定雇用を全面的な拡大しようとするCPE制度を、四月十日についに撤回した。この間、全国八十六大学のうち六十八大学がバリケード封鎖に突入し、一千高におよぶ高校が闘いに参加した。この闘いに合流した労働者は、国鉄、都市交通、郵便、テレコム、空港をはじめとしてストライキに突入し、フランス経済はマヒ状態に陥った。最後の大衆動員日の三月二十八日と四月四日には、連続して全国で三百万人の人々が闘いに参加した。以下は、この闘いの中心を担ったフランスの新しい戦闘的で民主的な労働組合連合=SUD連合のコミュニケである。
若者と労働者の
分断を打ち破る
二カ月にわたる大衆動員を受けて、政府は退却せざるを得なった。若者の不安定雇用を全般化させる労働契約のCPE(新規採用契約)は、本日、葬り去られた。これは、一定期間にわたって持続的にしかも統一して自らを動員することができた社会運動の勝利である。政府の強硬な姿勢に対して、組合組織を通じて労働者が、そして若者が、必要な粘り強さを示すことができた。政府は、国民議会でCPEを含む機会均等法案をごり押しで通したが、若者と労働者の大衆動員によってその採択をひるがえさざるを得なかった。これは、新自由主義的政策の実施を拒否するすべての人々にとっての勝利である。
CPEに代わって、首相は困難に陥っている最年少の若者の職への参入を促進する政策を発表した。これらの政策は、労働組合組織とはまだ協議さえしていないばかりでなく、その適用範囲は曖昧であり、より明確にされる必要がある。さらに、これらの政策の議会での審議に当っては、戸口から追い出したものが窓から再び舞い戻って来ることのないよう、警戒する必要があるだろう。最後に、十四歳からの見習い、十五歳からの深夜労働、家族手当の廃止、といった後退した政策を含むCNE(新雇用契約)と機会均等法は廃止されていない。これは社会の動員がいぜんとして必要だということを示している。
それに加えて、首相は「職業経歴の安定化と不安定雇用と青年の職への参入」に関する討論と協調を宣言した。連帯労組連合は、これらの討論の席に全面的に着き、これらの問題に関する提案を行うだろう。行動と統一によって最初の成果を確保することができた。連帯労組連合は、とりわけダイナミックな雇用、柔軟な研修、資格、職務資格と職業の安定に関する政策を導入させるために、あらゆるレベルでこの道を引き続き進むよう訴える。06年4月10日
新自由主義を支持するマスメディア
反CPE闘争の勝利こそ「本物の民主主義の勝利」
フランスの労働者・学生によるCPE(新規採用契約)撤回をめざす大衆的な闘いはついに勝利した。四月十日、シラク―ドビルパンの保守政権は、数百万人もの労働者・学生による波状的なゼネスト、大学・高校占拠封鎖の闘い、街頭デモに白旗を掲げて降伏した。これはフランス労働者・学生の新自由主義的グローバリゼーションに対する闘いの勝利であるだけでなく、全欧州、そして全世界の資本家階級が進める雇用・権利の破壊と不安定雇用への置き換え、賃金と労働条件の切り下げ、福祉の解体に対するグローバルな反撃にとって大きな励ましとなるだろう。
フランスの労働者・市民は、昨年五月のEU憲法に関する国民投票で、新自由主義と軍事化のEU憲法にノーを突きつけた。昨年秋、大都市郊外の青年は、排除・差別・失業に対する怒りを実力闘争で表現した。今回は、ゼネストとデモで、右派政権の新自由主義政策に変更を強制した。投票箱でも街頭でも、フランスの労働者・市民は民主主義の本来の機能をまざまざと見せつけたのである。これは「本物の民主主義の勝利」でもある。
投票箱でも街頭
の闘いでも勝利
しかし昨年のEU憲法拒否の勝利を、極右民族主義が主導したものだと事実に反する評価を下した日本のメディア(「週刊金曜日」まで含めて! この問題への批判は本紙05年7月4日号「これでもEU憲法に賛成すべきだと言い張るのか」を参照)は、今回もCPE撤回を求める巨大な闘いに対する危機感を丸出しにし、揶揄と冷笑を込めた批判を書きつらねている。
「朝日新聞」4月2日付の富永格パリ支局長の記事は「危うく楽しい『街頭政治』」という表題で、「デモさん、ストさん」は「民主主義が定着した主要国では例外」と語り、「兵舎や宮廷や街頭で国が動かないようにする知恵が、議会制民主主義ではなかったか」と批判する。
CPE撤回後の「毎日新聞」4月12日付社説は「EU分裂のきしみが見える」というタイトルで「ドビルパン首相が提案したCPEは、そんなに悪い制度だったのか」と疑問を投げかけ、二〇%を超える若年層の失業を解決するためには「労働者の既得権見直しも含めて大幅な改革が必要だ」と強調している。その結論は「誰が大統領になろうとも、グローバリズムへの対応や抜本的な失業対策を含めて、この国が痛みを伴う改革を迫られていることは間違いない」だ。
「街頭政治」だって? フランス労働者・市民は新自由主義がもたらす「底辺への競争」への反対を「国民投票」によって表現した。しかし右派政権は動かなかった。そして今回は、ゼネストとデモという巨万の勤労民衆が直接的にその意思を表現する闘いの手段によって、自らの要求を実現した。六五%から七〇%に上る多数の人びとがCPE撤回を支持した。右派政権は、ついにこの民主主義的行動の前に膝を屈したのである。大統領を頂点にするフランス第五共和制の「議会制民主主義」が機能不全に陥っている時、労働者・市民はその直接行動によって真の民主主義を回復したのである。
「グローバリゼーションに対応するためには痛みを伴う改革が必要」だって? しかしそのように語る「毎日新聞」は、同じ小泉「構造改革」路線がもたらしている「格差社会」と二極分化、労働者の低賃金と不安定雇用、賃金の破壊、権利の剥奪、「過労死社会」に対して批判の論陣を、おずおずとした形ではあれ張ってきたのではなかったか。
「痛みを伴う改革」とは、資本の側が好き勝手に労働者のクビを切り、「サービス残業」という不法な手段によって超長時間労働を強制し、「自己責任」の名において高齢者が医療も受けられない状態を作りだす一方で、企業やカネ持ち減税によって空前の利益を上げ、グローバルな生産展開で第三世界の安価な労働力を酷使する社会を作りだすことではなかったか。
CPEは、「青年の失業問題の解決」という名目で労働者階級の世代的分断を組織し、労働組合の「既得権」に攻撃を向ける一方で、青年をいつでも経営者の意のままに首を切れる「使い捨て労働力」に固定する目論見であった。このような攻撃に直面して問われていたのは「社会的連帯」の真価である。そしてフランスの労働者・学生はまさにこの「社会的連帯」に訴えて勝利したのだ。
LCR(革命的共産主義者同盟 第四インター・フランス支部)とJCR―RED(革命的共産主義青年同盟)の同志たち、そしてSUD(連帯・統一・民主主義)などの戦闘的労働組合、ATTACなど新自由主義と闘う社会運動団体は、この大闘争の先頭に立った。EU憲法国民投票では「賛成」にまわり、権威を失墜させた社会党指導部も今回はCPE撤回の側にまわった。
われわれが学ぶべき教訓はここにある。
風土と伝統の
違いではない
ブルジョア政治家やエコノミスト、評論家たちは、今回のCPE撤回闘争の勝利によって、シラク―ドビルパン政権の「改革」が頓挫したことを嘆いている。彼らは一様に「選挙で選ばれた正統政府」の政策が「街頭」で拒否されたことに悲鳴を上げている。大いに結構なことだ。
新自由主義グローバリゼーションへの抵抗は、一昔前までは「アメリカの裏庭」とされてきたラテンアメリカ諸国で左派政権の相次ぐ登場というなだれ現象をもたらした。フランスのゼネストと並行して、イギリスでは年金改革をめぐって百四十万人の地方公務員ストが打ち抜かれた。イタリアの「メディア王」ベルルスコーニの右派政権は、総選挙で敗退した。
昨年のEU憲法国民投票においてフランスとオランダでの「拒否」の勝利が導き出した欧州政治情勢の転換は、ドイツにおける左翼党の躍進もふくめて、確実な深まりを見せている。「弱肉強食」社会と軍事化・人権侵害をもたらす新自由主義に対する社会的抵抗は、さまざまな紆余曲折を経過しながらも変革への胎動を実感させている。
ひるがえって日本を見るとき、労働者・市民のストライキによる大規模な抵抗の不在が長期にわたって継続している。メディアは一方でフランスのCPE撤回闘争の勝利をシニカルなまなざしで評論しつつ、「日本とフランスは風土や伝統が違う」と青年たちの関心の広がりに水をさそうとしている。
われわれは、フランスの青年や学生が示した「模範」、すなわち自らを抑え込む重圧に対して、自らの意思を最初は一人からでも表現し、行動に移し、そして「社会的連帯」の力を築き上げていくことを訴えていく必要がある。討論を、そして行動を! ほころびを露にした小泉「構造改革」政治に対決しよう!
(4月16日 平井純一)
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