| 「論点整理」の協議が始まった かけはし2006.4.10号 |
国会を包囲する行動をめざそう
改憲国民投票法案と米軍再編に反対!緊急院内集会 |
ここ2・3週間
が一番大事な時
三月三十日午後一時半から衆院第2議員会館で「憲法改悪反対のための国民投票法案を許さず、米軍再編に反対する緊急院内集会」が開催された。憲法共同会議(許すな!憲法改悪・市民連絡会、宗教者平和ネット、憲法を生かす会、憲法を愛する女性ネットなどによって構成)とフォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)が共催したこの集会には、第1会議室からあふれる百八十人が参加した。
この日は、同時刻に憲政記念館で衆院憲法調査特別委員会理事懇談会が開催され、改憲国民投票法案の「論点整理」の協議が始まっていた。民主党もついに改憲国民投票法案をめぐる論点整理協議の開始に合意したことは、今国会で改憲国民投票法案が自公民の三党共同提案で上程され、可決・成立させられる可能性が高まったことを意味している。
集会開会に先立って、衆院憲法調査特別委員会のメンバーである社民党の辻元清美さんが発言に立ち、事態の緊迫性を訴えた。
「この二〜三週間が勝負だ。民主党の中でも意見が割れており、民主、公明両党議員への働きかけを強めてほしい。衆院の憲法調査特別委員会は五十人の構成だが、護憲派である社民党、共産党の委員はそれぞれ一人だけだ。NHKの電話調査では国民投票法案について少しでも知っている人は二六%に過ぎず、その二六%の人びとのうちでさえ七六%は審議を急ぐべきではない、と言っている。国民不在の改憲国民投票法案を止めるために、一万人で国会を包囲するぐらいの闘いが必要だ」。
この辻元さんの発言で、集会参加者には緊張感がみなぎった。
岩国から住民投
票の勝利報告
主催者発言に立った憲法共同会議の高田健さんと、平和フォーラムの福山真劫事務局長は、九条改悪反対と米軍再編反対のテーマを一体のものとして闘うことの重要性を強調した。
つづいて出席した国会議員からの発言。社民党は福島みずほ党首・参院議員、日森文尋衆院議員、照屋寛徳衆院議員、菅野哲雄衆院議員、保坂展人衆院議員、又市征治参院議員、近藤正道参院議員がアピール。民主党から川内博史衆院議員、近藤昭一衆院議員、喜納昌吉参院議員、共産党から佐々木憲昭衆院議員、無所属の糸数慶子参院議員があいさつした。
特別報告を行った岩国市議の田村順玄さん(自治体議員の反基地ネットワークであるリム・ピース運営委員)は、三月十二日の岩国住民投票の勝利の意義を訴えて次のように語った。
「多くの自治体の住民投票は市民たちの直接請求によって制定された例が多いが、今回の住民投票は井原市長が二年前に提案して可決されたものだった。いま岩国では213ヘクタールを干拓して米軍基地滑走路の沖合移転が進められており、それが完成すれば海上自衛隊の水上機基地と合わせて嘉手納基地を上回る規模になる。今回の住民投票にあたって、市長は市内の四百人にのぼる各自治会長のほぼ全員に直接電話をかけて投票に行ってほしいと訴えた。市長は住民投票の二日後に、厚木の負担を分担して軽減することも考えなければならない、と軟化の兆しを見せている。岩国では周辺町村との合併で市長が失職し、四月二十三日に新たな市長が選ばれるが、今回の住民投票による米軍機受け入れ拒否は、決して消すことのできない理念として残るだろう」。
連続緊急行動
に取り組もう
つづいてフロアから沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さん、自治労の浅野中執、北海道平和運動フォーラムの小林さん、平和をつくり出す宗教者ネットの武田隆雄さん(日本山妙法寺)、全労協事務局長の中岡さん、神奈川県央共闘会議から大和市議の大波修二さんと座間市議の伊沢多喜男さん、許すな!憲法改悪・市民連絡会の富山洋子さん、キリスト者平和ネットの糸井玲子さんが発言した。
国民投票法案の上程が日程に載せられるという状況の中で、5・3憲法集会実行委員会の呼びかけで四月六日には昼休み国会デモが行われる。また衆院憲法調査特別委員会が開かれる毎週木曜日の国会前行動も企画されている。
「ニセ・メール」問題による民主党の大混乱と前原執行部の辞任が、「三党合意」の進展にとってどのような影響をもたらすかはまだ不確定要素が多いが、院外の大衆行動やロビー活動こそが改憲国民投票法案を阻止する最大の力となることは明らかだ。憲法改悪と一体となった国民投票法案の上程・成立を阻止するために労働者・市民の力を結集しよう。 (K) 右翼が大江健三郎氏らを提訴
沖縄戦の真実を歪める「集団自決えん罪」訴訟
【大阪】三月二十四日、作家の大江健三郎さんらが訴えられている裁判の第三回公判が大阪地裁大法廷で開かれた。原告側の立場でこの裁判を支援する「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」もつくられていている。歴史修正主義者が仕掛けたこの裁判への広範な支援が求められている。
この裁判は、〇五年八月五日、一九四五年の沖縄戦の中で起きた沖縄の座間味島・渡嘉敷島での住民集団強制死事件について名誉を傷つけられたとして、岩波書店と大江健三郎さんを相手に提訴されたものである。原告の弁護士たちは靖国応援団(小泉や靖国神社を相手に起こされた小泉首相靖国神社公式参拝違憲訴訟で、靖国神社側の弁護士)である。
集団強制死(「集団自決」は軍人用語であり、日本軍を免責するので、集団強制死とする)は、四月一日米軍が沖縄本島に上陸する前の三月二十五日から二十八日にかけて起きた。原告は、沖縄戦当時座間味島の守備隊長であった梅沢裕元少佐と、渡嘉敷島の守備隊長であった赤松嘉次元大尉の弟である赤松秀一の二人。原告は二千万円の損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求めている。対象の書物は大江さんの『沖縄ノート』、家永三郎さんの『太平洋戦争』、中野好夫さんと新崎盛暉さんの『沖縄問題20年』(いずれも岩波書店)である。
「軍命令による
自決はなかった」
原告の主張は、集団自決を原告二人が命令したと上記の書物に記載されているが、それは事実ではないというもの。その根拠としては、集団自決で生き残った当時の女子青年団長(宮城初枝)が「軍命令による自決なら遺族が遺族年金を受け取れると島の長老に説得されて偽証した」と話したと、その娘(宮城晴美)の著書(『母の遺したもの 沖縄・座間味島《集団自決》の新しい証言』:高文研)にかかれている文章の都合のいい部分のつまみ食いや自決者の弟の証言。もう一つは、関係者への取材をもとにした『ある神話の背景』(PHP文庫:曾野綾子)で、軍命令は否定されているということ。さらに、自決を指示した助役の弟が、後日一九八七年の座間味島の慰霊祭に参加するため島を訪ねた梅沢に、「勝手に隊長命令による自決とした事はすみませんでした」と謝罪したということ。
女子青年団長が語ったといわれることについては、やがて裁判で事実が明らかにされるだろうが、なぜこのような事件が起きたのかについての原告側の本質的な言及はない。かりに原告らが主張するように「当時の助役・兵事主任が住民に集まるように呼びかけた」ことが事実だとしても、軍政下の軍と住民の位置づけからすれば、助役にそうさせたものは何かが明らかにされなければならない。
梅沢の言によると、三月二十四日の夜、村長ら五人が訪れ、「敵が上陸したら、軍の食糧を確保するために自決しますと申し出て、手榴弾の提供などを求めた」という。梅沢は断わり、「生きのびてくれ、弾薬は渡せない」といったが、集団自決は決行されたという。これは作りごとのにおいがする。また、自決を指示した助役の弟が梅沢に謝罪したという件については、それは仕組まれたでっち上げだったという宮城晴美の詳しい証言がある。
「遺族援護法」が
もたらしたもの
日本で唯一地上戦になったという理由で、戦後沖縄の住民にも「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を適用するに当たり、その適用条件の一つに集団自決という項目をもうけた。適用を受けるためには、日本軍に積極的に協力したというように事実を曲げることが政府によって要求された。戦争中に沖縄の人々が被った被害の事実が政府に都合がいいように修正された原因はここにある。
沖縄の人々は、不当に差別され、本土防衛の犠牲を強制され、さらに戦後は「援護法」の適用を受けるため日本軍に協力したと自ら証言させられ、その書類に自分の印を押した。耐え難い屈辱だ。このことが、沖縄での皇民化教育や沖縄戦で日本軍が住民を守らなかったことや、住民を巻き込んだ地上戦を展開するための「軍官民の共生共死の一体化」という軍の方針の果たした役割を隠蔽し、沖縄戦の真相を明らかにする上での障害になっている。住民がスパイ容疑で日本軍に殺害されたり、壕の中で泣く子の泣き声が米軍に聞こえないように親が乳飲み子を殺すように強制されたり、住民が日本軍に壕から追い出されて戦争の犠牲になったりした。それでも、日本軍に協力したというように事実が書き変えられた。ゼロ歳児でも戦闘参加者として靖国神社に合祀されているという。集団強制死については、上記の二島だけではなく、伊江島や本島の玉城村、サイパン島などでも具体的な証言が集められている。
「自由主義史観
研究会」の攻勢
傍聴者の人数は、第二回公判まで圧倒的に原告側が多かったが、今回は相当被告側も結集した。大法廷の傍聴席は、裁判所によって被告側と原告側で席が分けられた。
公判の当日の夕方「沖縄戦を考える会」主催の公判学習報告会が開かれた。岩波書店の岡本厚さんは、原告側の五十四枚の準備書面が、公判の前日になってファックスで送られてきたことからみて、原告側は裁判をきちんとやることよりむしろ運動としての展開を考えていると思ったと述べた。原告は住民がどうして死い追いやられていったのかは考えず、準備書面では「(生きのびた人が)捕虜になり、死まで奪われ、天皇に申し訳ない……」、「(集団死が軍命によるものだったとしたことで)その死の清らかさがおとしめられている」(曾野綾子)とし、誇らしい日本を復活させねばならないと述べている。裁判でのその場のやりとりだけではなく、沖縄戦の真相を伝えたい、と岡本さんは語った。
鈴木龍治さん(沖縄平和ネットワーク代表世話人)が、自由主義史観研究会の「沖縄プロジェクト」、服部剛の「模擬授業案」等について報告した。
それによると、この訴訟には前段の動きがあった。自由主義史観研究会は「沖縄戦集団自決事件の真相を明らかにする『沖縄プロジェクト』」を計画し、〇五年五月末に「沖縄戦慰霊と検証の旅」を行った。それが終わった六月、沖縄戦集団自決事件の真相を知る緊急集会を開き、自由主義史観研究会の藤岡正勝が「沖縄戦は学校でどう教えられているか」と題して講演し、服部剛が「沖縄戦集団自決命令の真相」の模擬授業を行った。服部剛は著書『先生沖縄のこと教えて』で、集団自決だけではなく基地問題についても偏見と罵倒で沖縄そのものを異端視しているという。
八月には、小林よしのりがコンベンションセンターに千二百人の若者を集めて講演をした。また、六月二十三日の慰霊祭には沖縄の自衛隊が参加した。これに抗議をしたら、自衛隊は「ちゃんとした装備がなかったから住民に犠牲者が出たのだ」と答えたという。このような一連の動きは、軍は住民を守らなかったという沖縄戦の教訓を消し去ろうとするものだ、と鈴木さんは述べた。
支援連絡会が
スタートした
参加していた金城実さんは、曾野綾子の「徹底的に資料を分析した」というウソをたたく、村の助役が自決を命令したのなら、その助役は誰に命令されたのか明らかにされねばならない、援護法の関係で現れた沖縄の弱さを克服する――この三点がこの裁判での課題だと述べた。
俵義文さん(子どもと教科書ネット21)は、歴史修正主義者らが三年前に南京事件での百人切りはなかったとして起こした裁判と今回の裁判がよく似ていると指摘した。弁護人もほとんど重なっているという。俵さんは「彼らはほとんど勝ち目のない裁判をやったが、百人切りはなかった、南京虐殺自体もなかったという論理で全国でシンポジウムを開きキャンペーンを展開した。実はそれが目的だった。裁判で彼らは負けたが、教科書をから南京虐殺の記述がなくなっていった。問題なのは扶桑社だけではない。教科書全体がどんどん後退していった。今回も、集団死を軍に協力した美しい話に変えようとしている」と述べ、是非広範な支援組織をつくりたいと語った。また、集団自決問題で発言している人は他にもいるが、自由主義史観グループが大江さんを選んだのは、彼が九条の会の九人の呼びかけ人の一人でもあるからだと述べた。
この後、支援組織についての発言がたくさん出され、大江健三郎さんとしっかりスクラムを組んで支援を広げていくことで参加者全体が一致した。名称は、何度も検討修正のうえ大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判
支援連絡会ということでまとまった。 (T・T)
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