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フランスCPEに反対して闘う学生・高校生の全国共闘   かけはし2006.3.20号

拘留されている逮捕者の即時釈放を!

青年に不安定雇用を強制する新規採用契約反対

 32大学が参加
闘いは全国化                        

 フランスでは、CPE(新規採用契約)に反対する運動が大きく広がっている。CPEとは、若者の新卒の際に、最初の二年間は、経営者が労働者を自由に解雇できるというものであり、まさにフランスの経営者が願っている不安定雇用のよりいっそうの拡大につながるものである。
 昨年十一月の都市郊外地域の青年の反乱に対するドビルバン政権の回答は徹底した力による弾圧政策であった。青年へのよりいっそうの不安定雇用の拡大、これが、この政府のもうひとつの回答にほかならない。CPE(新規採用契約)に反対して闘う学生・高校生の全国共闘の会議が、今日の強力な大衆動員の地のひとつ、トゥルーズーランゲイユで開かれた。UNEF(フランス全国学生連合)指導部のボイコットにもかかわらず、三十二大学の学生が参加した。

運動と闘いへの
弾圧を許すな

 CPE(新規採用契約)に反対する運動が前進している。すでに十三大学がストライキに突入している、そのうちの十二大学が封鎖を行っている。二月二十七日、ヨーロッパ最大の大学キャンパスであるジュシューのキャンパスが封鎖された。学生総会に千五百人が集まり、その大部分がストライキに賛成したからである。階段教室に入り切れずにあふれた学生は野外で投票を行ったほどであった。
 しかしながら、運動の大衆化については困難がまだ存在している。封鎖が行われているキャンパスでもそれが大学全体にはまだ及んでいないし、すべての大学が動員されているわけではない。
 学生・高校生の全国共闘会議が採択した要求綱領は、数多くの要求を含んでいる。その中心的要求は、雇用であり、すべての人への安定した雇用の確保といっさいの不安定雇用契約の撤回であった。
 学生たちは、CPEが盛り込まれている機会均等法案の撤回を要求している。この法案は、十四歳からの見習い試用期間と十五歳からの夜間労働を導入しようとするものである。CPE(新雇用契約――雇用して最初の二年間内であれば、雇い主が労働者を自由に解雇できるというもの)もまた廃棄されなければならない。
 続いて、全国共闘会議の要求綱領は、公立大学の必要を満たすために国家が公共サービス部門に資金を再導入するよう要求している。さらに、全国教育を要求されている水準にまで引上げるために学校での雇用創出ための数カ年計画を策定する必要があり、そのためにはもちろん、フィヨン法(全国教育の自由主義化を図るものであり、エリート校への援助を厚く、「おちこぼれ校」への援助を薄くするという形で、公教育の格差を助長しようとするものであり、昨年、これに対して高校生を中心に大規模な反対運動が続いた)を廃棄しなければならない。
 最後に、共闘会議は社会運動への弾圧の停止を要求している。フィヨン法に反対する運動に参加して逮捕された高校生、二〇〇五年十一月の都市郊外の反乱の後に起訴された人々、そしてこのCPEに反対する運動に参加して逮捕された学生・高校生の釈放を共闘会議は要求した。
 学生たちは不安定雇用と弾圧との間には関連があると考えている。機会均等法案は、二〇〇五年十一月の都市郊外地域の反乱に対する政府の回答である。最も不安定な待遇のもとにおかれている人々が自分たちの手段によって闘いに起ち上ったのに対して、政府は弾圧と不安定雇用のよりいっそうの拡大で応えた。
 弾圧はまた直接に運動にまで及んでいる。たとえば、トゥルーズでは、学生が、MEDEF(フランス経団連)に対する抗議行動の時に、CRS(共和国保安機動隊)からガス弾を撃たれ警棒で殴られた。一人の活動家が、警官に水性ペイントを投げたということで執行猶予付きの三カ月の有罪判決を受けた。
 三月の二日、七日、九日は、封鎖とデモと活動の日である。高校生―学生、若者=労働者の連携が再確認され、三月七日にはストライキが打たれることが確定的となっている。次回の共闘会議の会議はジュシューで三月四日に開催される。
『ルージュ』(06年3月2日)

 三月九日、CPEに反対してソルボンヌ大学を占拠し、凱旋門周辺をデモした学生たちに対し、三月十一日警察はソルボンヌ大学に催涙ガス弾を乱射して突入し、占拠中の学生四百人を排除した。しかし全仏八十四大学のうち四十五大学でストが行われている。(「かけはし」編集部)



「フランスは、いま」を考える
青年の「反乱」の背景にある差別と排外主義

青年の反乱に対す
る仏政府の弾圧

 二月二十五日、アジア連帯講座は、文京シビックセンターでフランス社会運動研究家の湯川順夫さんを講師に招き、「フランスは、いま 青年『反乱』のメッセージとは」というテーマの公開講座を行った。
 〇五年十月二十七日、フランスのセーヌ・サンドニ県の変電施設で警官に追われた二人の青年・ジヤド君、ボウナ君が感電死した。警官たちによる日常的な人種差別、暴力的対応の延長上において両君を死に追い込んだのだ。
 この事件を契機にアラブ、アフリカ系移民青年たちを中心に、フランス資本のグローバル化、弱肉強食と差別・排外主義に貫かれた新自由主義政策による失業率三〇パーセントにおよぶ貧困、教育・文化差別の打撃を強制され続けてきたことに対する怒りを一挙に爆発し、「反乱」連鎖が全土に波及した。
 青年「反乱」に対して政府は、十一月九日、夜間外出禁止、集会禁止令を含む非常事態法を適用し、武装した警官を大量に配備した。サルコジ内相は、青年たちの「反乱」を「ごろつきたち、社会のくず」と呼び捨て、徹底鎮圧を強調。上下両院の議員たちからは、「ラップ音楽がフランス社会への憎しみをかきたてている」などと自らの無責任を合理化し、ラップ歌手を告発すると脅した。国民戦線のルペン党首は、「暴動参加者からフランス国籍をはく奪すべきだ」と移民に対する差別・排外主義を煽り続けたのだ。
 非常事態宣言に対して、共産党、革命的共産主義者同盟、緑の党、市民オルタナティブなどの政党、労働組合、市民団体が抗議声明を出し、十一月十六日にパリ東北部のセーヌ・サンドニ県ボビニーで二千人の集会、デモを打ち抜いた。
 結局、仏政府は、徹底弾圧を繰り返し、とりあえず青年「反乱」を「鎮圧」し、〇六年一月四日、非常事態宣言を解除した。

運動を媒介にし
た闘いが脱出口

 青年たちの「反乱」とは、いったい何だったのか。湯川さんは、「反乱」を「新自由主義のもとでの都市郊外の青年の反乱」と規定し、「これまで蓄積されたものが今、爆発したものであって、事態の深刻さからすると『遅すぎる』と言えるほどである。『郊外』の青年たちは、社会の周辺部に追いやられ、社会から孤立、疎外された状況が拡大し続けた。だから、将来の展望がない絶望感というものが深く沈殿している」と評価。そのうえで青年の直面する問題として、@就職における差別A仕事がない。あっても不安定雇用のアルバイトBアラブ系、ブラックアフリカ系に対する住宅入居差別C差別・選別の場所でしかない学校D排外主義、人種差別主義的体質の警察による弾圧などをあげた。
 そして、「政府は、新自由主義のもとで郊外対策予算、多くの民間団体への助成金、青年雇用対策など社会的予算を削減しながら、郊外青年問題を治安問題にすり替えていった。雇用・教育について、十分な財政も含めて対策が必要なのだ。また、青年たちは、親の世代よりも社会や労働の世界(労働組合や労働者政党)から切り離されており、また社会運動が郊外団地に十分に根づいていない、という困難なところにある」と掘り下げていった。
 湯川さんは、「郊外青年が置かれている状況から脱出口はあるのか?」と問いかけ、「やはり運動を媒介とするしかない。青年たちの多数は、サービス部門の不安定雇用のアルバイト労働をしているが、例えば、ストラスブール・サン・ドニ大通りにあるマクドナルドで働く青年労働者は、『ストップ不安定雇用!組合攻撃を止めろ!』を掲げて、二〇〇一年十月から〇二年二月、百十五日間のストライキ闘争を展開した。その後、占拠闘争、第二次長期ストを続け、支援戦線も拡大した。反グローバリゼーションの闘い、人種差別反対などにも参加していった。このような新たな青年運動の合流が、次に向かう水路になるのだと思う」と問題提起した。
 さらに、日本の状況と比較して、「非正規雇用が三〇%台だ。中高年のリストラが進行。外国人労働者は、下請け、サービス、食品産業などで増えており、研修制度に名を借りた超低賃金労働力として雇用している。非正規雇用労働者、外国人労働者の労働組合としての組織化が重要なポイントだ」と今後の取り組み課題について提起した。
 最後に、フランスの「学校におけるベール着用禁止問題」に触れ、湯川さんは、「ベール着用の禁止を強制されれば反対するし、同時に着用を強制されても反対する」という立場を述べながらフランス左翼、社会運動の立場も紹介した。
 討論では、「『移民と難民』とは何か」、「サルコジ内相は、日本の石原都知事みたいなものか」、「青年たちの『反乱』は、主張があったなのか」などが取り上げられた。「フランスのいま」と日本の青年状況を比較しながら、「運動を媒介とした脱出口」を、ねばり強く模索していかねばならないことを痛感させていった。(Y)       


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