| 彼だけの宴=民主労働党執行部選挙
かけはし2006.2.6号 |
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新たに選出される指導部は民労党の危機を突破できるか |
再補選敗北で指導部が総辞職
民主労働党は現在、「2006年同時党職選挙」を進めている。昨年の10・26再補選・蔚山北区での選挙の敗北に対する責任を取って指導部が総辞職した後、非対委(非常対策委員会=臨時指導部)が一時的に運営をしてきた。民主労働党は今回の選挙によって、党指導部の新たな選出を土台として06年の地方自治体選挙に総力でまい進する準備をしている。
1月2日から4日までの間に候補者登録を締め切り、1月6日の済州道党選挙管理委員会主催で開かれる選挙遊説を皮切りに1月19日まで15日間、全国巡回遊説を進める予定であり、党代表など最高委員の選出投票は1月20日から24日まで行われる予定だ。
危機の克服か危機の深化か
指導部の公職辞退を招いた昨年の10・26再補選での敗北は、すでに選挙突入以前から既定事実化していたのであり、ただ彼らの目にだけは見えなかった。と言うにすぎない(!)。
蔚山さんの候補選出過程で発生した政派間の対立、労働者代表が区長や国会議員に選出されたりはしていたものの、実際的には変化したものはないというのが大衆の認識であった。蔚山だけではなく全国で展開されている階級闘争の諸主体が自分たちの政治的対案として民主労働党を考えてはいない部分が多く存在した、時あたかもあらわになったカン・スンギュ民主労総前首席副委員長の不正問題と民主労総指導部の辞退をめぐる論難などが積み重なって、選挙の結果として表れた。
それ以降、選挙の敗北についての各自各様のレベルでの原因診断および分析が民主労働党の内外から降り注がれ結局、民主労働党指導部は党の危機に対するすべての責任を取るものとして総辞職を断行した。
だが指導部の総辞職それ自体が決断の体裁をとっているにもかかわらず、真の意味での自己批判や評価はなかった。むしろ当時の民主労働党は階級による投票の限界、国民政党への旋回など、原因と処方が転倒した自家撞着を見せつけた。したがって民主労働党の党活動が階級闘争に服務するというよりは、議政活動に相当部分が表現されている状態であって、指導部の総辞職は部分的に空威張りの代表を人身御供とする政治ショーに終わった。
非対委の発足以降、党の革新を口にしたけれども、それが「宣言」にすぎなかったことが端的に表れた事件があった。昨年12月18日の中央委でタン・ビョンホ議員の名義で提出された「非正規職修正案」の論難は、民主労働党が労働者階級の大義や原則を棄損していることをさらけ出した。
さらに党内左派たちによる「修正案の撤回と政府改悪案阻止闘争」についての要求は決議文として案件が提起されたが、否決された。
討論の過程で、「修正案は事由制限問題を再争点化した」、「修正案は原則の棄損ではない」などの詭弁をすることによって民主労働党の自己合理化は極致に達した。このような過程は、民主労働党が大衆的に労働者民衆の政治的シンボルとなってはいるものの、その実体は位置づけや希望にふさわしい役割をまるで果たせずにいること、危機克服ではなく危機の深化の道へと踏みこんでいることをさけら出し、見せつけているのだ。
民労党内の左右対立と進路
現在、登録された党代表、事務総長、政策委員長などの候補群を見ると、民主労働党の政派間対立や葛藤は健康な党内活動ではなく、ブルジョア政党の連中の争いのレベルではないかと疑念を抱かせる。現在、党代表候補としては汎左派の候補として推挙されたチョ・スンス前議員、第1期の指導部だったチュ・デファン前政策委員長、民族主義勢力の支持を受けているムン・ソンヒョン慶南道党代表が登録を終えた。事務総長と政策委員長候補も各勢力別に各候補を立てている状況だ。
汎左派は党のアイデンティティを取り戻さなければならない、との主張をしており、民族主義勢力は政派の弊害に踏みにじられて弱化した党の推進力回復に重心をおく、としている。表現の方式は異なるものの、彼らの主張は結局、コインの裏表のように相接している。党内の汎左派陣営は民族主義勢力が大挙入党して以降、主導権を奪われ、党綱領および政策一般を修正しようとすることについて危機感を感じるとともに、党のアイデンティティを回復しなければならない、との主張をしている。
第1期党指導部が政策や公約によって明示した韓(朝鮮)半島の非核化問題に対して、北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)を批判せず沈黙によって一貫していた部分などが、その根拠として提示されている。民族主義勢力は党内で多数を占め、主要な要職(?)を掌握したにもかかわらず、既存の党権派との見解の違いによって衝突がひんぱんに発生していることを政派構造の弊害として指摘することによって、少数である左派勢力を孤立させようとする戦略を駆使している。結局、党内の左右対立は党職選挙を通じて今1度、衝突している。
だが諸勢力の見解や利害関係の違いが存在するにもかかわらず、「党職と公職(国会議員など)との兼任禁止」に関しては3候補のいずれもが廃止を主張しているという点において一致している(チュ・デファン候補とムン・ソンヒョン候補は自主的廃棄を主張し、チョ・スンス候補は現在の「党職公職兼任禁止」を廃止しようと主張している)。
これは党が当初「党職公職兼任禁止」の条項を通して既存の制度政党との差別性を際立たせようとしていた試みは事実上、党内の左派・右派の枠を超えて、官僚的指導部の間にひとつの共通の認識として位置づけられたことを確認させるものだ。すなわち党と大衆との疎通や討論を迂回したまま、民主労働党の組織活動のありようの健康性を維持し、議会政党でありつつも議員団中心の党運営や議会主義への経路を阻む制度的装置として最小限の象徴性を弊履のごとく捨て去ることで3候補は野合したわけだ。
互いに政派の弊害と非難するけれども、政派的違いにもかかわらず、その論理は自分がやればロマンス・ショーで、他の人が行えば不倫ショーというわけだ。
根拠もなしに「躍進」を唱和
06年の地方自治体選挙においてハンナラ党の圧勝が予測されている状態にあって、開かれたウリ党をはじめ民主労働党、民主党は自治体選挙を経過した後は自分たちの存立基盤それ自体を喪失するかも知れないという危機感から逃れ得ないのだ。
むしろこの危機を積極的に打開するために、選挙に「オールイン」する戦術は不可避であり、指導部に対する政治的判断は、おそらくそれ以降になる可能性が大きい。それまでは選挙という政治スケジュールに圧倒されて党内のすべての問題は縫合されるだろうが、選挙の余波がそのまま指導部や政派間の葛藤の構造を再び量産するだろうということは、すでに定められた手順だ。
したがって民主労働党の指導部選出の過程は、それ自体としての意味付与の必要はないし、選挙結果もまた重要ではない。問題は民主労働党の右傾化の速度を測る基準となり得るにすぎない。
また候補者たちの略歴やこれまでの歩みを見ると、彼らが6万党員の指導力となり得るかは疑わしい。さらによしんば現運動陣営において民主労働党が民主運動の排他的代表性を持っているとしても、候補のいずれもが到底、労働者・民衆運動全体を代表する力量や指導力を確認できない。
12月26日に民主労総非対策委に報告された情勢展望の草案は、06年の政治情勢において「進歩陣営の躍進」を提起している。だがはたしてそのような根拠は何なのか、疑わざるをえない。民主労働党は、民主労総をくっついて離れない犬のように取り扱っており、大衆の目には民主労働党のありようは大差ないと認識されている。それにもかかわらず選挙勝利の幻想におぼれ、根拠もなしに「躍進」を云々し、ブルジョア・マスコミの診断や予測に身を委ねる民主労働党に何を期待せよと言うのか!
ただ、そうは言ってもわれわれの側だからと票を投じては後悔し、投票行為を労働者民衆の政治行為だとして欺くギマン行為をいつまで労働者たちは繰り返さなければならないのか?(「労働者の力」第94号、06年1月13日付、ソン・ジヌ政策局長)
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