| 米・韓FTAと映画の規制緩和 かけはし2006.2.27号 |
|
文化の多様性を破壊し、一方的に画一化させる新自由主義反対! |
韓国政府は1月、米国との自由貿易協定(FTA)の協議開始に向け、米国の要求を受けてスクリーン・クオータ制度(注)の緩和を決定した。これに対してチャン・ドンゴン、イ・ビョンホンなどの著名スターも含め映画界を中心にスクリーン・クオータ制度死守の大衆的闘争が展開されている。以下は、「スクリーン・クオータ文化連帯」のヤン・ギファン処長に「労働者の力」ホ・ソンホ編集局長がインタビューして、まとめたもので、スクリーン・クオータ死守闘争が文化・映画の死守にとどまらず、FTA全体との関連の中で進められることによってFTA自体に対しても風穴を開ける闘いとなり得ることを指摘している。(「かけはし」編集部)
スクリーン・クオータ死守闘争の第1ラウンドは1998年、第2ラウンドは2002年に展開された。この過程で米国と韓国政府は、スクリーン・クオータは映画界の人々の1部による食いぶち争いだ、と糊塗した。
だがスクリーン・クオータ死守闘争は国際社会にあって貿易と文化をめぐって繰り広げられた歴史的に至難な闘いの1部であって、韓国のスクリーン・クオータ死守闘争はWTO(世界貿易機構)に代表される自由貿易の常軌を逸した暴力的流れに風穴を開けた重要な事例となった。
協約に対する反対は2票
1993年当時の韓国での映画製作は年40編程度で市場占有率では15%を占めていたが、スクリーン・クオータ稼働後10余年の間に量的にも質的にも目覚しい発展をなしとげた。これはハッキリと目にすることのできる極めて客観的なデータだ。
よく知られてはいなかったけれども、韓国のスクリーン・クオータと、これをめぐる闘争は貿易と文化の間で展開された闘いにおいて極めて重要な役割を果たした。01年に国連が「世界の文化の多様性宣言」を発表し、03年には「世界の文化の多様性の日」を5月1日に設定した。そして05年11月19日、148対2という票差で、ユネスコでの「世界の文化の多様性協約」が作られた。この協約に反対した2票は米国とイスラエルだった。この協約が作られる一連の過程で国際社会は、韓国のスクリーン・クオータ制度が韓国映画をどれほど目覚しい発展に導いたかに注目した。
ヤン・ギファン同志はWTO本部で、フランス下院で、ユネスコ本部で、クロアチアや中国・上海で開かれた文化大臣会議で、また数多くのNGOやGOの総会、そしてモニターの現場で韓国のスクリーン・クオータ制度やスクリーン・クオータ死守闘争についての事例を発表した。この事例発表は米国やWTOが独走している貿易自由化に対決して闘うことができ、各国の文化を守ることのできる可能性を国際社会に提示したのだ。
多様性が脅かされる状況
1995年にWTOが発足するとともに、経済の世界化によって各国の文化政策や文化の多様性が深刻に脅かされる状況が始まった。デジタル・メディアの発展によってコンテンツが自由に移動されるとともに、互いに交流するのではなく文化が一方的で画一化される問題が国際社会に深刻に提起され、これが議題化され始まった。ここでOECD加入諸国の間で多者間協定(MAI)が隠密裏に推進されるが、これがインターネットを通じて暴露されると多くの国の各分野で連帯が作られ、闘いが始まった。
MAI拒否闘争の成果として、文化の分野の特殊性を反映して交易ではなく交流の枠組みを準備するために、カナダやEUが先頭に立って世界文化相会議(INCP)が設けられた。また、同じ目的のNGO団体によってINCP、CCDなどの団体が作られるとともに文化の多様性協約についての流れに弾みがついた。文化が貿易の対象となってはならない、という大きな流れは国連の「世界の文化の多様性宣言」、「世界の文化の多様性の日」の設定、ユネスコの「世界の文化の多様性協約」へとつらなっていった。
「協約」の核心的内容は6条、20条、25条だが、そこでは当事者国の権利とこの協約がWTOのさまざまな通商法と衝突するときにどうするのか、などについて極めて具体的に提示された。各国は自分たちの文化のアイデンティティーのためにいかなる保護手段や規制措置を取ることができるのか、そして公共的な文化の領域に対して政府の支援を義務化し、放送の公共性を強調する極めて破格の明示をした。
そしてWTOの通商法の場合、文化の特殊性を反映した法が1つもないという法的空白状態を「世界の文化の多様性協約」が補っているために、これと関連した国際法が衝突できないことをダメ押しした。
だが、この「協約」の重要性は、各国政府がWTOや米国に対して適当にがまんしたり、あるいは積極的に他のものと変えるために用いないならば何の意味もないものだ。世界の30カ国以上の国会で批准がなされるとき、この協約はキチンとした効力が発生する国際慣習法として位置を占めることになるだろう。
したがって多くの文化芸術界や社会運動陣営は自国政府を圧迫し、世界のすべての国家が加入するように連帯を強固にすることが今後の重要な課題だ。そして、この協約の成果を受けて教育の市場化や医療保健、公共サービスの分野など、さまざまな分野でWTOに亀裂と風穴とを開ける端緒を作りあげた。これは大勢となった新自由主義の世界化の流れを覆す可能性が開かれたという重要な意味を持っている。
「貿易障壁報告書」
韓米FTAはスクリーン・クオータ・システムばかりでなく韓国の文化、放送、視聴覚、音盤などにあるさまざまな制度を脅かしている。米国が発刊している「貿易障壁報告書」は、韓国の文化市場がどれほど開放されなければならないかについて子細に要求している。公営放送に対する外国資本の参加制限、放送局の番組(80%)、放送とラジオの音楽(60%)、アニメーション(30〜50%)などをすべて開放するか、低めることを要求している。定款法で放送局や言論社などの社主や編集局長を外国人ができないように定めているが、これも開放せよと要求し、現在33〜39%になっている衛星放送やケーブル放送に対する外国資本の参加比率を50%までに拡大せよ、と要求している。文化、芸術、メディアに対するこのような法と装置を米国は市場参入への規制だと考えているのだ。
ニュージーランドの場合、放送コンテンツの95%が米国のものとなった。その次はメキシコ、ブラジル、台湾などがクオータ制を放棄して文化産業は、すっかり亡びた。一方、EUの憲法に「文化の分野は通商交渉の対象とすることはできない」と明文化されていることや、中国のスクリーン・クオータ制の導入、「世界の文化の多様性協約」などに韓国のスクリーン・クオータがかなりの程度に影響を及ぼした点について、米国にとっては目の上のこぶとなっている。
ところで韓国政府の外交通商は他の国々の場合とは全く異なった姿を示している。米国が「もう服を脱ごう」と言うとき、他の国は「何てことを言うのか」と言うけれども、韓国政府は「私が先に脱ぐから!」と言って、パッパッと脱いでしまう形だ。スクリーン・クオータと韓米FTAにおいて韓国政府の役割は、みえみえなのだ。
FTA反対の共同闘争を
米国と韓国政府はスクリーン・クオータに対してさまざまな攻撃をしてきた。その中には、スクリーン死守闘争の主体内部を揺さぶるために投じる撹乱策として、スクリーン・クオータは映画産業の発展にもかかわらず、映画スタッフたちの劣悪な現実の中でメジャー映画社や特定スターたちの懐だけを肥えさせた、というのがある。また独立映画や公共メディアの劣悪さを同時に強調する。
これは米国や韓国政府のイデオロギー攻勢であることだけは確かな事実だ。ヤン・ギファン同志も充分に認めている事実だ。だが厳密に考えればスクリーン・クオータが攻撃される理由は、ないのだ。独立映画や公共メディアの劣悪さは韓国政府が考慮すべき問題であって、スクリーン・クオータとは関係ない。
最近、「全国映画産業労働組合」が結成された。全国映画産業労働組合は劣悪な賃金や労働条件などを改善する生存権闘争とともに、映画人たちが労組の代表性を認定されるための重要な闘争を控えている。一方で、スクリーン・クオータ死守闘争を通した反新自由主義・反世界化闘争に主要勢力として参加し、その主体として立つことが全国映画産業労組の重要な課題だ。
貿易と文化との間で繰り広げられた闘いの歴史でも確認されるように、スクリーン・クオータの問題は韓米FTAから映画だけを除外し、他の領域は渡してやってもよいという問題ではない。スクリーン・クオータ文化連帯をはじめとして全教組、保健医療連盟、農民会など、今回の韓米FTAにかかわる諸団体は、すでに共同闘争を準備している。今や映画人の闘争の性格を踏み越えた反新自由主義・反世界化闘争の一部分であり、これは映画産業労組の生存権闘争と同時に進められる闘争だという点で、スクリーン・クオータ闘争死守闘争の主体勢力の再編が不可避だろう。
2006年の韓米FTAでスクリーン・クオータ問題は再び激烈な第3ラウンドの闘争を予告している。第3ラウンドは映画という文化の分野についての政策にとどまってはならず、農業、医療、教育、放送などの分野との強固な連帯によって、大勢となった韓米FTA自体に亀裂と風穴を開ける闘争へと発展させなければならない。(「労働者の力」第95号、06年1月27日付)
注 スクリーン・クオータ制は国産映画の義務上映日数を定める規制。映画産業の保護や人材育成などを目的にしており、韓国や中国など11カ国が取り入れている。韓国の映画館では年間146日の国産映画の上映が義務付けられているが、韓国政府は今回の規制緩和で、半分の73日に縮小する、としている。
|