| ムハンマド「漫画」問題 かけはし2006.2.27号 |
解説
民主主義に何が問われているのか
デンマークの新聞「ユランズ・ボステン」が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドを風刺した漫画は、欧州や全世界のムスリム社会の中で、大規模な抗議運動を引き起こしている。事態は各地のデンマーク大使館への抗議行動から、大規模な「暴動」にまで発展した。イスラム諸国のデンマーク大使館が閉鎖されたり、デンマークとの通商の停止などへと事態は急展開している。
アフガニスタンでは、二月初旬にカブールなとの都市で「ムハンマド風刺画」に抗議するデモ隊に警官が発砲し、少なくとも十一人が死亡した。デンマークをふくむNATO諸国は、アフガニスタン全土に国際治安支援部隊(ISAF)を展開し、米駐留軍の削減を補完する役割を担おうとしている。タリバンは、ムハンマド漫画の作者や、漫画を新聞に掲載したデンマーク、ノルウェー、ドイツの兵士を殺害した者に「賞金」を出すという声明を出したと報道されており、この問題はアフガン占領に反対する民衆的抗議行動の焦点に転化した。
パキスタンでも、ラホール、ペシャワール、イスラマバード、カラチなど全国でイスラム主義勢力が組織した数万のデモが展開され、多くの死者も出ている。それは、ムシャラフ親米政権への反政府闘争としての性格を強めている。
こうした中で、ムスリム諸国との関係の悪化を恐れる西側諸国では、ムハンマドの漫画を掲載・転載した新聞の編集者を解雇したり、報道機関への「自粛」を求める動きが相次いでいる。国連のアナン事務総長は、二月九日、風刺漫画について「メディアは火に油を注ぐべきてはない」と、新聞編集者に漫画掲載を自制するよう求めた。イタリア右派政権のベルルスコーニ首相は、ムハンマドの風刺漫画を印刷したTシャツを着てTV出演し「イスラムとの対話などはおとぎ話だ。今日からこのTシャツを着る」と述べて大きな抗議を呼び起こした極右政党出身のカルデロリ制度改革相を解任した。
この預言者ムハンマドの漫画問題へのムスリム民衆の「暴動的」闘いの発展は、明らかにイラク・パレスチナ・アフガニスタン占領、イランへの新たな「戦争」恫喝、そして西欧社会の「反テロ」を名目にしたムスリムの人びとへの差別、排外主義、人権抑圧の拡大に抗議する怒りの政治的表現である。われわれはこうした西側社会に蔓延するムスリムの人びとへの意図的偏見と排除をあおりたてる支配階級と極右勢力に対して抗議しなければならない。
しかし、同時に、この民衆動員がイスラム「原理主義」極右勢力によって組織され、自らの宗教的権威へのあらゆる批判を封殺し、民主主義と人権を否定する体制を正当化する口実とされている現実にも注意しなければならない。イスラムの「原理主義」的極右勢力は、ムハンマドを「冒涜」したとされる『悪魔の詩』の著者サルマン・ラシュディに「死刑」判決を下し、ムスリム社会内部での自由な言論を暴力的に抑圧している。
われわれはイスラム諸国への「反テロ」戦争と占領、そしてムスリム民衆への排外主義と追放・排除に反対するとともに、今回の「漫画」事件をきっかけに民主主義の根幹である「言論・報道の自由」に対する規制を強化しようとする動きにも強く反対する。
二月中旬に開催された第四インターナショナル国際委員会は、そうした観点からムハンマドの漫画掲載とそこから引き起こされた諸問題についての簡潔な基本的立場を決議した。同時に、いかなる場合でも「報道と言論の自由」を防衛すべきことを訴えているイギリスの進歩的ジャーナリスト組織である「新聞と放送の自由のためのキャンペーン」の声明を資料として掲載する。読者の皆さんの意見をぜひ寄せてほしい。
(2月18日 平井)
「風刺画」問題についての決議
第四インターナショナル国際委員会
1 支配的社会のメンバーに属する人びとが書いた、レイシズム(「人種」差別)の標的になっているマイノリティー集団の宗教を中傷する著作や漫画は、まさしく抑圧の宣言でありレイシズム的憎悪を刺激するものである。そのような著作や漫画に対しては、適切な政治的・法的手段によって闘うべきである。
2 表現の自由に何よりもまず深く関わるのは、著作家や芸術家が彼ら自身の政府や宗教による禁止――その禁止はしばしば反冒涜法という形を取る――を拒否している場合である。幾人かのムスリム出身の著作家や芸術家たちは、政府の強要や抑圧、さらには原理主義勢力による脅迫に直面している。彼らの表現の自由は、確固として防衛されるべきである。
3 反ムスリム的なデンマークの新聞は、あらゆるイスラム嫌悪の表現や帝国主義・レイシストによる侮辱がそうであるように、イスラム原理主義集団の立場を強化するために、あるいは帝国主義システムの中の少数集団に対する大衆的不満の方向をそらす装置として、西側の右派・極右派に対応するムスリム側の集団によって口実として利用されている。
4 レイシズム、反移民政策、そして帝国主義戦争に対する闘いは、民主主義的諸権利と自由のための闘いに対置されるべきではない。それらは結び付けられねばならない。われわれはレイシズムと帝国主義に反対する。しかし、全般的闘争の内部での反民主主義的潮流を大目に見るようなことはしない。われわれは表現の自由を防衛するが、レイシズムと抑圧的イデオロギーのあらゆる表れに反対するのである。(06年2月)
二〇〇六年二月
報道の自由を歪める政治的圧力・利用に反対する
英・新聞と放送の自由のためのキャンペーン(CPBF)
労働組合と労働運動(全英ジャーナリスト組合〔NUJ〕をふくむ)によって設立され、長期にわたってメディア改革のために闘っている「新聞と放送の自由のためのキャンペーン」(CPBF)は、ムハンマドの風刺画をめぐる論争に関する自らの立場を説明した。CPBFは以前から、イギリスの第四インターをふくむラディカル左派の多くの傾向によって支持されてきた。われわれは読者への情報としてこの声明を掲載する。(「インターナショナルビューポイント」編集部)
デンマークの日刊紙「ユランズ・ポステン」がムスリムの預言者ムハンマドを描いた十二の風刺漫画を掲載してから四カ月以上が経過した。同紙は、デンマークの作家カーレ・ブルートゲンが「サルマン・ラシュディが耐えてきたのと同様の死の脅しを恐れて、誰もムハンマドについての私の著作に挿絵を書こうとはしない」と不平をこぼしたのを契機に、この一連の風刺漫画を掲載したのである。
イスラムの伝統では、預言者の画像的描写は禁止されている。この何度も繰り返された禁止令は、以前には論争を引き起こすことのないままに幾度か侵害されてきたにもかかわらずである。イメージはインターネットを通じて広がり、今や新聞の画像をめぐって爆弾が破裂し、デンマークの国旗と地図に血が流されている。デンマークのジャーナリスティックな企画によって始まった出来事は、今やグローバルな論争にまで拡大している。
同紙の編集長カーステン・ユステは語った。「われわれは民主的な社会に生きている。われわれが、自らの欲するすべてのジャーナリスティックな方法を使うことができるのはそのためだ。風刺はわが国で受け入れられており、戯画を描くことはできる。宗教はその種の表現への障害を設定するべきではない。これはいかなる意味でもムスリムを侮辱しようとしていることを意味しない」。
彼はまた、次のように述べた。「われわれは、西側世界の大部分に共通している自主検閲によって記事の挿絵を掲載したと、ここで冷静に指摘しなければならない。法の枠組みの中でわれわれが望む、語り、書き、撮影し、描く権利は存在するし、持続しなければならない。無条件にだ!」。
彼は今や、条件つきの謝罪を行っている。「われわれの意見では十二の画は真面目なものだった。それらは攻撃的なものではなく、デンマークの法に反したものでもなかった。しかしそれは疑いなく多くのムスリムを怒らせた。この点をわれわれは謝罪する」。
現在、欧州の新聞、政府、EU、国連、ムスリム諸組織は論争に巻きこまれており、「フランス・ソワール」紙の社主は、漫画を掲載したことで編集者を解雇した。
またこの事件は、人種的憎悪を煽るために極右集団に利用されており、風刺画を掲載した新聞の一部は、確かに政治的保守派である。しかしこのことは表現の自由グループが自らの立場を明確に述べることを妨げるものであってはならない。
守らなければならない重要な諸原則が存在する。それらのうちの一つは、自由な意見と表現の権利は他のすべての諸権利の行使を保証する基本的権利だということである。それは民主主義の重要な基礎であり、好意的に受け入れられる「情報」や「思想」だけではなく、人びとの気にさわり、ショックを与え、困惑させるようなものにも適用される。
デンマークの新聞に掲載されている漫画の一部は、多くのムスリムを怒らせるのももっとものようなもの(そして、漫画家をふくむ他の人びとをも怒らせるのももっともなしろものだ――掲載された漫画の一部は質が低い)であるが、怒らせ、偏見に満ちているという非難は、表現の自由を剥奪するために使われるべきではない。「新聞と放送の自由のためのキャンペーン」の立場は、特定の思想や信条を特権化する表現の自由の制限は正当化できない、というものである。
欧州の新聞は、報道の自由を曲げることになりうる受け入れがたい圧力の下に置かれている。国際ジャーナリスト連合(IFJ)書記長のアイダン・ホワイトは、「フランス・ソワール」紙編集者ジャック・ルフランの解雇は「独立したジャーナリストへの受け入れがたい圧力に関する危険なシグナルを送るもの」と述べた。
IFJは「アラブ世界の諸国政府によるメディアに対する政治的行動の呼びかけは、ジャーナリストの活動への不当な妨害という犯罪である」と指摘している。
明らかにこの漫画をめぐる騒ぎは、こうした重要な諸原則の一部がいかに脆弱なものであるかを暴露した。われわれはこの件に関して、さらに多くの怒りや衝突を引き起こすことを回避する必要があるが、同時に表現の自由と報道の自由は、欧州の民主主義的社会の重要な基礎であり、強力に守る必要があることを、あらためて断固主張する。
(「IV」電子版06年2月号)
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