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マクドナルド店長残業代訴訟第1回公判          かけはし2006.2.20号

人間らくし、家族と生活したい

原告・高野廣志さんが意見陳述 「店長は管理・監督者にあたらない」

 一月三十日午前十時、東京地裁民事710号法廷で「マクドナルド店長残業代訴訟第一回公判」が行われた。支援の仲間三十人が傍聴した。
 最初に、原告の妻から家族の苦しみの訴え(別掲)の陳述書が証拠として提出された。次に、原告の高野廣志さんの意見陳述が予定されていたが、被告マクドナルド側の代理人が「事前に連絡がなかった」とこれに異議をはさむ意見を述べた。さすがに裁判官も「原告本人の意見陳述は裁判所に事前に申し入れがあり、許可をした。原告本人の陳述は被告側の了承を必要とするものではない。時間も五分程度であり、なんら問題はない」と述べ、原告本人の陳述を許可した。

「地獄のような長
時間労働だった」

 高野さんは次のような陳述を行った。
 私は日本マクドナルドに一九八七年に入店し、九九年に店長になりました。二〇〇三年に成果主義が採用されました。このため、人件費を厳しくコントロールすることが求められ、店長がなるべく自らシフトに入らざるを得なくなりました。月に残業が百時間にもなるようになりました。
 二〇〇四年上期には、近くに競合店ができて売上げが徐々に減少する中で、少しでも利益を上げようと、生活の大部分を仕事に費やすようになりました。家族との会話もなくなり帰宅するのが苦痛に思えることもありました。このままなら離婚されてもしょうがないかなと真剣に考えていました。
 〇四年下期は私にとって地獄でした。まず七月にいままでいた部下が、コスト削減のため、他店に異動させられました。十二月にはもっとも頼りにしていたフリーターの契約社員が正社員になり、代わりに新入社員が配属されて大幅に戦力ダウンになりました。
 〇五年一月に仕事中ぎっくり腰になり、労災認定されますが、翌日には替わりのスタッフがいないため、完治していないのに勤務せざるを得ませんでした。
 時間帯責任者三名のうち一人の女子フリーターが過労により入院していました。十八歳以上のアルバイトが一人もおらず、昨年の秋より採用できていませんでした。十五名しか勤務者がおらず、正月に主婦のアルバイトが勤務していたり、朝六時から八時まで一名で店舗運営をするなど労働環境はどん底でした。
 二月に妻は最後には過労で倒れ、病院で点滴をうけましたが、それでもなにも手助けすることができませんでした。子どもから「僕たちが死んでもお葬式にも参列できないね」と言われても、何も言い返すことができませんでした。
 四月には、店舗の中心として勤務していた主婦の時間帯責任者が退職してしまい、またしても、休みを取ることができなくなりました。このころ、手のしびれを初めて経験したため、勤務を早退し病院にいきました。「症候性脳梗塞」との診察を受けました。
 五月に労働基準監督署の調査が入り、やっと環境面は若干改善されましたが、上司からは、「店長は管理監督者であり、自己責任だ」とばっさり切り捨てられました。私は、これではいつか過労死するだけだと考え、ユニオンに加入しました。上司からは、脱退するようにといわれ、強い圧力を受けました。
 私たちのような働き方をしている労働者が、労働基準法の保護を受けられない管理監督者といえるのでしょうか。この裁判では、多くの同じような境遇にある人たちとともに、人間らしく、家族と一緒に過ごせるような働き方を実現するために、頑張っていきたいと思っています。(陳述要旨)

立証を遅らせようと
するマクドナルド

 陳述の後、次回の期日をめぐって、被告側は二カ月半先にしてほしいと述べたのに対して、裁判長は「そんなに時間がかかるのですか、もう少し早くしてほしい」と要求した。被告側は何回も「時間が必要だ」と執拗にねばったが、原告側代理人と裁判長から短縮するように要求され、3月17日(金)午前10時東京地裁民事723号に決まった。
 公判後、原告側弁護士は「労基法四十一条二項の店長にあたるかどうかが唯一の争点だ。被告側は調査が間に合わないと主張したが、労働時間の実態の部分がどうであるかだけを調べばいいのであり、アメリカ本社に相談するようなことではない」と被告側の単なる引き延ばしのための法廷戦術を批判した。そして、「マクドナルド裁判の千葉裁判長(地裁民事19部)は、タケフジ事件で、元店長に関して、管理・監督者にあたらないと明確に判断する判決を下した。今回もよい判決が期待できる」と報告した。高野さんが「必ず勝つ、ご支援をよろしくお願いしたい」と決意を述べ、全体で傍聴も含めて支援を確認して散会した。 (M)

原告・高野さんの妻の「意見陳述書」
「世の中から過労死をなくしていきたい」


 「生きていてよかった……」、これが今の切実な思いです。一緒に生活しているわけですからその内容はわかっているつもりでした。が、改めてその内容を読み返して、やり場のない気持ちがどんどん湧き上がってきました。まるで人間扱いされていない。`会社のための家族aなのでしょうか?
 この度の訴訟を起こすにあたり、子どもたちのこと、自分の仕事のことなどを考慮すると、行なうべきかどうか、ずいぶん悩みました。…(略)…でも、結果として訴訟を起こして本当に良かったと今は思います。
 もし、あのままの勤務状態で夫が亡くなっていたとしたら……。過労死と認定してもらうために訴えるとしても、私一人なわけです。それこそなにもかも犠牲にして、たった一人で心身ともにぼろぼろになりながら、何年かかるか見当もつかない裁判を続けていかなくてはならなかったのです。それを思えば、今ならどんなことになろうとも二人で戦えるのですから。二人なら戦えます。いえ、戦います。今、生きているからこそできることなのだと思います。
 今も広い世間のどこかで同じように悩んでいる人もいるかもしれません。そういう人たちに是非、言いたいです。死んでしまってからでは、たとえ裁判に勝ったとしても、何の意味もない、ということを。どんな大きな会社でも恐れないでください、と。どうか、どうか、勇気をもって立ち上がってください、と。世の中から、過労死、などという言葉はなくしていかなくてはいけません。
 今回のことがあってから家の中の雰囲気もずいぶん変わりました。私自身にも気持ちに余裕がでてきたせいでしょうか。特に、あの最悪の勤務状態の期間、次男と父親の関係は極めて悪いものでした。このまま成長してしまったらどんな子どもになってしまうのだろうと、最悪の場合、家庭内暴力なんてことにならないだろうかと。もちろん、私がしっかりしていればよかったのですが、いろいろなことが重なり気持ちに余裕がありませんでした。
 しかし今は、かなり修復してきているように思えます。周りの人たちもそう言います。家の中が明るくなりました。今のところ、公休もとれ、異常なまでの勤務もなく、毎日平凡ですが穏やかに過ごせています。
 夫の心の中では今でも「大変なことをしているのかなあ?」とあるのかもしれません。が、家族のために立ち上がってくれたことに絶大なる感謝をしています。先生方がおっしゃってくださった「高野さんは正しいことをしているのですから……」の言葉を信じてとことん戦っていこうと思います。なんたってひとりじゃありませんから。
 どうかどうか宜しくお願いいたします。ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
■連絡先 東京管理職ユニオン
〒160―0023 東京都新宿区西新宿4―16―13MKビル2F
電話03―5371―5170 Fax03―5371―517


青梅信金冤罪事件勝利報告集会
限りない勇気を与えた闘いと「勝利の春!」

 二月一日、豊島勤労福祉会館で「勝利の春! 青梅信金冤罪事件勝利報告集会」が「青梅信金冤罪被害者まさみさんを支える会」の主催で開かれた。
 青梅信金でえん罪事件をデッチあげられ、解雇・起訴された齋藤まさみさんが、四年間の闘いによってえん罪を晴らし、二〇〇五年十一月に青梅信金から謝罪と解決金を勝ち取った。
 最初に、経過報告(別掲)を女性ユニオンの谷恵子さんが行った。谷さんは経過報告の最後に「まさみさんが『私はやっていなことをやっていない』と貫いたことが今回の勝利につながった。これからもえん罪事件や理不尽なことは対しては闘っていきたい」と語った。
 弁護団の西畠正弁護士は「最初にこの事件を受けた時、刑事事件に発展する可能性があり、それを覚悟してやるように助言したがその通りになった。刑事裁判が控訴審にならずにすんだのがよかった。五年かけて、防犯ビデオを何百回とみたがその作業から解放されるのがうれしい」と裁判をふりかえっての感想を述べた。森真子弁護士、山本志都弁護士がそれぞれ喜びを語った。
 最後にまさみさんが「勝利したが、くやしかったことを心から消すことはできない。労働組合、えん罪事件を取り組む人たちなど局面局面で自分のことのように怒り、支援してくれる人に出会った。こうした応援がなければがんばれなかっただろう。本当に本当によかった。ありがとう」とお礼を述べた。
 二部のお祝いの席には、女性ユニオンをはじめ支えてきた労働組合や野村證券女性差別是正裁判で勝利した女性、鉄建公団訴訟を闘う争議団の仲間、北海道から来て国会行動を取り組むタクシー規制緩和と闘う労組員などが闘いの報告とお祝いを述べた。
 まさみさんは最後に弁護団においしいワインとリュックをプレゼントして労をねぎらった。
 一審で無罪を勝ち取る被告は〇・一%という極めて困難な中で、えん罪無罪を勝ち取り、さらに、解雇企業を謝罪・解決金を勝ち取った齋藤まさみさんと支援の仲間の闘いは今後同様な事件で苦しむ人たちに限りない勇気を与えた。 (M)

闘いの経過報告
青梅信金の刑事・民事に渡る卑劣な攻撃


 二〇〇〇年七月二十六日、青梅信金北野支店の窓口で自動車税十五万円を振込んだお客さんの所に督促状が届いたことで、銀行での紛失が明らかになった。フルタイムパートであった齋藤まさみさんは支店長から「今回のことはあなたがやったと認めてくれないか」と犯人として勝手に断定され、ぬれぎぬをきせられた。即座に、まさみさんは「やっていません、知りません」と否定したにもかからず、その後も横領犯として決めつけ「一緒に仕事をしてもらうわけにはいかない」と就労もままならなくなった。まさみさんは、女性ユニオン東京に加入し、「あおしん」に団体交渉を申し入れたが団交を拒否され、雇い止め解雇をされた。
 〇一年十一月二十八日、所沢警察ははあおしんの被害届けを受けて、まさみさん宅を家宅捜索し、任意同行し容疑否認のまま逮捕した。疑われていた自動車税の容疑ではなく、一度も尋ねられたことがない「〇〇年四月二十八日の国保年金保険料十五万余円の横領容疑」であった。まさみさんが否認したため、四カ月半も不当に拘留された。
 証拠として提出されたのは防犯ビデオと伝票だけであった。このビデオテープを何百回と弁護団と支援が見て、有罪の決め手としようとしたものを無罪の証拠として立証した。ついに、〇四年七月二十八日にさいたま地裁川越支部で無罪判決が出された。検察は控訴を断念した。ここで、なんと「あおしん」は「社会正義に反する不当判決」として、紛失自動車税と国民年金保険料の三十一万円を請求する民事訴訟をまさみさん相手に起こした。まさみさんもあおしんと当時の支店長を相手に慰謝料などの損賠請求訴訟を起こした。
 紛失したとする六件のビデオや伝票について膨大な立証をせざるえず、いつ終わるかわからないという裁判になり、まさみさんに与えたダメージは甚大であった。しかし、ついに、〇五年十一月二十一日に、あおしんが「無罪判決を尊重し、被告齋藤を刑事被告外その他の不利益な立場に置いたことについて、遺憾の意を表明する」として、解決金を払うことで勝利和解した。(谷恵子さんの報告と支える会の資料をもとに編集部で構成した。文責編集部)


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