自国と外国の投資家たちにインフラ提供を優先する政府
マヤ・バレチャ
最近のスラム破壊の大波は、スラム住民の結集をもたらし、連合組織である「ジャン・アアンドラン」(民衆の運動)が結成された。この最初の全国規模での抵抗プログラムの中で、二〇〇五年十二月二十一日、住居が基本的権利であることを確認し、政府自身の政策の実施とスラム破壊の即時停止を求めて集会とデモが開催された。
昨年GDPの七%成長を達成し、今年は八%を目標にしているインドは、グラント・ソーントン・インターナショルのビジネス信頼度調査によれば、G8大国だけではなく最も近いライバルである中国をも押しのけてトップの座を占めた。この位置を維持するために、自国と外国の投資家にインフラを提供することがインド政府の優先政策の第一に置かれている。政府が農村と都市の土地を大規模に獲得し、それを建設業者にほんのわずかな名目的な価格で引き渡すことが、歴史的ピークに達している。
こうしたスペースは、建設道路、高架道路、複合ビル、ITや金融ビジネスのための高層ビル、多国籍企業が所有するショッピングモール、少数の新富裕層のための住宅地開発の目的で更地にされている。建築産業は年率五%で成長しており、世界で第十二位になっている。
他方、新しい投資は高度にオートメ化されており、以前からの産業も質的に高度化しているため、小規模産業の閉鎖が大規模に進み、都市はITの中枢基地になっており、これらの都市での手作業の熟練・半熟練労働力への需要は最低限にまで落ち込んでいる。そこですべての大小都市や町の自治体政府は、大騒ぎでスラムを破壊しているのだ。
ムンバイだけでも今年の雨期を前にした二カ月の間に、四十万人ものスラム住民がホームレスにされてしまった。他の都市での正確な数字はわからないが、スラムの破壊はすべての都市や町でほとんど日常茶飯事になっている。その際、どのような替わりの居住地も与えられず、七日の予告期間があるだけで、この破壊作戦はとんでもなく暴力的に行われている。
グジャラート州(インド西部の州)のアーメダバードでは、それぞれ百人から七百人が住む四つから五つのスラムが、この一カ月半のうちに一週間かけて破壊された。バローダ(訳注:グジャラート州の都市。ICS〔インキラビ・コミュニスト・サンガタン=第四インター・インド支部の活動拠点〕)では後述するように、組織された抵抗運動によって暫定的な破壊停止措置が適用された。スターリニスト党が二十五年にわたって統治している西ベンガル州も例外ではない。唯一の違いは、この破壊が、最も無慈悲な手段を使って、スラム住民がどのような支援を組織する猶予も与えず、最も速やかになされたことである。
インドは、一九九六年の国連「ヒューマン・シェルター」会議宣言に署名している。それは一九七六年に出された、以前のコミットメントを再確認するだけであった。この宣言は、あらゆる基本的な快適環境を備えた十分なシェルターを持つことが人権の一つとして確認され、すべての人びとがそれを手に入れるようにすることが政府の責任であると述べている。この十年間、州と中央の政府は、スラム住民のために家を建設すると数えきれないほど約束してきた。グジャラート州政府の紙の上での声明は、スラム住民たちがいまどこに住んでいようとも、彼らすべてに家屋を提供するというものだった。
自らのために「美しい」都市を創造するというインド支配階級のこうした夢全体にとって、唯一の問題は、根こそぎにされようとしている住民がうちひしがれたままでいることを受け入れようとはしていないことである。彼らは、乏しい収入の中から小銭を貯蓄して、自分たちの住居を建て上げた。彼らのほとんどは、その場所に二十五年から三十年住んでおり、五十年から六十年住んでいる人もいる。選挙で彼らからの票を獲得するために、スラム住民は水道、電気をつなげてもらい、利用税の請求を受けた。そして今やブルドーザーがやって来てあらゆるものを破壊し、彼らを二十五年から三十年前に押し戻したのである!
スラム破壊に対する抵抗は、別々に活動するさまざまなグループとしてつねに存在してきたが、当局は実質的に何の対応もしなかった。抵抗が低調だったこと、スラム住民のほとんどが日雇い労働者であるため持続的闘争が困難であること、スラム住民とともに活動している組織が団結の必要を実現することができなかったこと、スラムにいるあれこれのブルジョア政党が彼らを偽りの約束でだましたこと、などのためである。
最近のスラム破壊の大波は、幾つかの組織を作りだしてスラム住民を結集させ、連合組織である「ジャン・アアンドラン」(民衆の運動)が結成された。「ジャン・アアンドラン」はスラム住民の組織化を開始し、長期的闘争のための委員会を形成した。「ジャン・アアンドラン」の創設メンバーである弁護士活動家の法的支援を得て、破壊を延期させる裁判所命令を、きわめて少数だったが同時に勝ち取った。
この最初の州規模のプログラムの中で、十二月二十一日にグジャラート州の二つの都市(アーメダバードとバローダ)と四つの町(ヴィアラ、カロル、ヒマトナガル、モダサ)で、住居問題が基本的権利であることの確認、政府自身の政策の実施、破壊の即時停止を求める集会とデモが行われた。
集会はバローダの地域選挙の八日後に行われた。選挙前の政綱ではスラム住民の福祉については何の言及もされず、選挙結果が出たその日にスラム破壊の事前警告が送達されたにもかかわらず、集会が始まってから五日目までに、当選した市長は解決について語りはじめたのである。市当局は、スラムでの快適性を求める基本的要求にきわめて速やかに応えはじめた。実際、バローダ市の行政官は、覚書を受け取った時点で照明と水のなかった場所すべてにそれを提供することを約束した。この約束は運動のテンポを鎮静化させるだろう。住民たちの、実際の活動はそうしたスピードではなされていないからである。
グジャラート州の他の場所では、状況はそれほどバラ色ではない。ムンバイでは、大衆的訴えの圧力の下で、政府がこうした計画を準備した。しかしこの計画を準備し実行するための期間に、運動を持続させることはきわめて難しい。スラムの一部は、インド憲法の不十分な法律を使った緊急の行動で、手つかずのままにおかれている。しかしブルドーザーがすでにすべてを破壊した場所では、インドの極度に気まぐれな天候の下で、前と同じ場所を占拠している全半壊した家やテントに、彼らはどれだけの時間とどまることができるのだろうか。
「ジャン・アアンドラン」は、スラムの破壊だけではなく、貧しい人びとの失業、教育、医療などの諸問題を取り上げる長期的展望を持って形成された。実行のためにはさらに多くのことが必要である。これは始まりに過ぎない。
(筆者のマヤ・バレチャはインキラビ・コミュニスト・サンガタン〔ICS、第四インターナショナル・インド支部〕のメンバー)
(「インターナショナルビューポイント」電子版06年1月号)
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