| 総務省による「命令放送」問題
かけはし2006.12.18号 |
| 「表現の自由」「報道の自由」への介入と放送法改悪を許すな |
安倍政権による治安弾圧が強まっている。このかん繰り返されている微罪逮捕、NHKに対し「拉致事件」を重点的に報道するよう「命令」した問題も、新政権の突出した排外主義的・国家主義的性格を端的に示している。先の「女性国際戦犯法廷」の放映にあたって、番組に露骨な政治介入をした張本人は、まさに現総理大臣安倍晋三その人だった。政府による「表現の自由」、「報道の自由」への介入と、放送法の改悪を絶対に許してはならない。抗議の声を集中しよう。
事態の経過
「北朝鮮による拉致問題」を重要課題に掲げた安倍新政権。閣僚の一人菅義偉(すがよしひで)総務相は十月十三日に記者会見し、「拉致問題」を番組で取り扱うようNHKに命令する考えを明らかにした。安倍はこの発言に同調する態度を示し、翌日NHK会長橋本元一は「(命令を受けても)自主的な編集で報じていく」と苦しまぎれに弁明した。
放送界などからの猛烈な批判を尻目に菅は十一月八日、NHKのラジオ国際放送で拉致問題を重点的に取り上げるように命令する方針を電波監理審議会(電監審)に諮問。同審議会はたった一時間の、しかも非公開の密室審議で「命令は適当」とする答申を即日に出した。
総務省は今年四月、NHKに対して短波ラジオの国際放送で、@時事A国の重要な施策B国際問題に関する政府の見解、との大枠を指定して命令した。一九五二年から始まったこの「命令」は、毎年更新されてきたが、八四年以降は前記の抽象的な三項目が、毎年三月をメドに電監審に諮問され承認されてきた。
「放送命令」とはなにか
放送法は第三条で報道機関としての生命線である「放送番組編集の自由」を保障している。しかし三三条では、総務相が放送事項を指定して放送を行なうよう命じ得ることを、三五条ではそのための費用を国が負担することを定めている。
一九五二年二月の短波ラジオ国際放送再開を前に同年一月、独立行政委員会の電波監理委員会(52年7月廃止)が初めて命令を出した。国際放送は五九年の「放送法改正」でNHKの本来業務に追加され、八八年には目的に位置づけられた。自主放送と命令放送の区別はなく、一体的な放送がされている。
命令放送実施の際には、その費用は国が負担し、「今年度は、NHKのラジオ国際放送の予算85億円のうち、23億円を占める」(11月9日・読売)という。さらにNHKは実施報告書を毎月、週刊番組表を年二回、総務省に提出する。命令放送に従わなかった場合でも、罰則規定はない。だからこそNHKはこれまで更新されてきた「命令」に対し、「自主的な」編集と報道を行なってきたし、それは編集権の裁量内に留まることができたのである。
今回の諮問はこれに、C「北朝鮮による日本人拉致問題に留意すること」という、初めての個別具体的な命令をつけ加え、電監審はあっさりと承認してしまったのだ。審議は「原則公開」が政府の指針として決められているが、同会設置以来一度も公開されたことがない。市民グループが傍聴の許可を求めていたにもかかわらず、今回もまた密室で決められた。国会の同意を得た五人の委員は技術系の専門家が多く、会議が形骸化しているとの批判もある。
今回の命令が、安倍政権による放送番組編集権への露骨な政治介入であることは明らかである。
菅総務相は同省副大臣の頃から、「拉致問題」への並々ならぬ意欲を見せていた。安倍と盟友の菅は二〇〇四年六月、北朝鮮船舶などの国内への入港を制限する議員立法「特定船舶入港禁止法」の成立に奔走したという経歴を持つ。菅の勢いは副大臣から大臣昇格でさらに強まった。「命令の方がオープンだ。自分の責任でやる」(11月9日・朝日)などと豪語し、周囲の批判をはねつけていたという。
政治介入に批判が続出
こうした動きに、放送界、新聞界、メディア関係者、市民グループなどから批判が相次いだ。
テレビ東京の菅谷定彦社長は「(命令は)悪い先例として残る。民放も免許があるからこれをやれと言われるかもしれない」(11月9日・朝日)と警戒感を強めた。フジテレビの村上光一社長は、「政府は具体的な指令はしないとの一線は守るべきだ」(11月9日・読売)と強調した。
新聞労連は十一月八日、「個別具体的な政策に関する放送命令は報道と言論・表現の自由を侵す」と反対声明を発表。当のNHKのある幹部は「別のテーマでも命令が出るようになれば、報道メディアとして終わりを迎えることになる」(11月9日・毎日)と話し、国際放送の番組制作担当職員は「命令が出ることは納得できない。拉致問題は十分に扱っており、今まで通りの放送を続けていく」(同前)と語った。
NHK職員でつくる日本放送労働組合(日放労)は、菅が電監審への諮問を正式に表明した十月二十四日に抗議声明を発し、諮問当日にも「個別項目についての放送の実施命令を行なうこと自体が、編集権に踏み込んでいると受け止めざるを得ない」(11月9日・東京)とのコメントを発表した。
同日、田島泰彦・上智大教授や弁護士、アジアプレスの野中章弘代表らジャーナリストなど十一人も、「政府の放送介入を容認する暴挙」だとする抗議文を電監審に送付した。十一月三日には「憲法の表現・報道の自由や放送法の番組編集の自由を根底から脅かす危険がある」と、放送命令に反対する緊急アピールも発表している。
北朝鮮政策の急先鋒を自負する菅の言動には、自民党内にも異論がある。通信・放送産業高度化小委員会の片山虎之助・参院幹事長は「命令というのはおどろおどろしい」と語りつつ、「(放送法の)仕組みをもう一度検討した方がいい」と放送法「改正」をにおわせている。
放送法を含む電波三法の問題、政府によるNHKへの政治介入についての理解には、それぞれの歴史を検証することが欠かせない。以下に簡単に要約してみよう。
NHKの歴史
一九二四年十一月二十九日、日本初のラジオ局「社団法人 東京放送局」が誕生した。翌二五年、名古屋放送局と大阪放送局が発足。同年三月二十二日には、日本で最初のラジオ放送が始まった。
日本の放送局が商業放送=民放として始まるはずだったことは、意外と知られていない。その方針を転換させたのは時の逓信大臣・犬養毅であった。
一九一七年にはロシア革命が起こり、二二年には世界初の労働者国家ソ連邦が誕生した。NHKの前身・社団法人東京放送局が「JOAK」のコールサインを発したその時、社会主義思想の流入を恐れた政府は、普通選挙法と治安維持法を成立させた。
犬養は、放送のもつ影響力の大きさを警戒していた。思想・言論と政治活動を厳しく取り締まり、弾圧した政府は、本来国が直接行なうべき放送事業を、特別に許可して民間に委託した。そのかわり、事業内容については徹底した指揮統制で管理するというのが、当時の逓信省の考え方であった。戦前〜戦後を通じて、その時どきの政権とNHKの奇妙な関係の原点は、ここにある。
かくして生まれたばかりの放送局は、その日から政府の監督下に置かれた。「無線電信法」など各種の拘束法規で、人事から運営、番組内容にいたるまで事前に届け出る厳しい検閲制度が採用された。放送中でもその内容が「不適当」と認められれば、逓信省が「直ちに電源を遮断できる」というほどの、徹底した言論統制体制が敷かれていたのだ。政府は一九二六年八月、東京・名古屋・大阪の三放送局が抵抗するなかでこれを強制的に解散し、社団法人「日本放送協会」として統合する。こうして政府管理下での一元的放送体制が完成した。これが現在のNHKの前身である。
天皇主義ファシズムの台頭とともに、日本放送協会も次第に「国営放送局」として変貌を遂げていく。政府の強権的な統制の下で国家管理に組み込まれ、国策宣伝機関へと変質していくのだ。日中戦争の勃発、アジア太平洋戦争への突入。政府の統制はさらに厳しくなっていった。一九四〇年には内閣情報局が設置され、NHKはその支配下に置かれた。放送は国家政策の徹底、世論の指導、戦意高揚を大原則に掲げて軍国主義へ突き進み、無謀な総力戦に国民を動員していく先兵の役割を果たしたのである。
敗戦と民主化の挫折
日本の敗戦とGHQによる占領政策によって、NHKにも「民主化」の波が押し寄せた。占領軍が最初に手をつけたのは、治安維持法はじめ、新聞紙法、出版法などのいっさいの弾圧統制法規の撤廃であった。一九四五年八月、朝日新聞は先駆的に「戦争責任」を自己批判し、読売では戦後初の大争議(第一次読売争議)が起き、労働組合は全面勝利した。NHKでも逓信省天下り理事の総退陣、組合結成による民主化への機構改革が行なわれた。ジャーナリストや現場制作者が大きな発言力とチェック機能を果たす、画期的なできごとであった。
GHQによる徹底した武装解除は、放送政策にも及んだ。GHQが作った国民各層の代表からなる「放送委員会」の人選には、荒畑寒村や加藤シヅエなど革新派メンバーが半数を占めていた。彼らは新生NHKの初代会長に、マルクス経済学者の高野岩三郎を選出した。同じ反共独裁国家として敗戦したドイツやイタリアと日本の違いは、天皇制の下で「敗戦後民主化」を推進する勢力が、釈放された共産党員くらいしか存在しなかったからだと言われている。
高野は「国家からの独立」を高らかに掲げて、「放送民主化」運動を強力に推し進めた。四六年二月には、日本で初めての産別全国組織の労組「新聞単一」が結成されていた。労組は重役陣の刷新と経営参加を打ち出していた。
しかし、「米ソ冷戦」がアメリカの対日政策を一変させた。職場にはレッドパージの嵐が吹き荒れた。戦闘的な「放送単一」に対し、第二組合として「日放労」が作られたが、活動家つぶしはこの組合にまで及んだ。「アカ」のレッテル貼りと左遷が横行し、放送労働者は萎縮していった。自由闊達な職場の雰囲気ががらりと変わっていった。
五二年七月、サンフランシスコ講和条約による日本の独立と、吉田茂内閣の反共路線によって、政府から独立していた行政委員会「電波管理委員会」が廃止された。ここに戦後のメディア民主化運動は完全に挫折し、政府は再び、放送に対する絶大な権限を握ることになったのである。
NHKはその後、歴代会長の変遷を通じて、ジャーナリズム精神を後退させ続け、「公共放送」としての独立と自律を忘れ去り、時の政権に迎合して再び「国営放送」と誤解されるような堕落の道を転げ落ちていくのである。
「自主規制」という腐敗
NHKはこれまで、数限りない政治権力の介入や干渉によって、番組の変更や放送中止を余儀なくされてきた。しかしNHKは、ただそれを黙って受忍してきただけではない。あろうことか、みずから進んで「自主規制」を連発してきたのである。予算を握る政府とはもめたくない。さりとて現場や視聴者の手前「言いなり」もまずい。「自主規制」ならば「圧力」そのものが存在しないことになる。双方にとってこれほど都合のいいことはない。介入者も、それへの抵抗も存在しない「自主規制」という名の妥協が日常化していった。ここには報道機関として、ましてや公共放送として広く国民視聴者に真実を伝える責任や、権力を厳しく監視するジャーナリズム精神は微塵も見られない。
NHKは優れたドキュメンタリー作品も数多く制作している。だがたとえば、あれほど高揚した「反有事法制運動」、「イラク反戦運動」、現に繰り広げられている「教基法改悪反対運動」を、「公共放送」の名においてNHKはどれほど時間を割いて報道したのか。それに比べて現在「拉致報道」や、海難事件・事故など排外主義を煽るようなニュースが程度の差こそあれ、ほとんどの時間帯でオンエアされている。ここにも政府与党の強い意思を見ることができる。
イギリスの公共放送BBCは、「イラク戦争報道ガイドライン」を作成し、「報道の際の言葉づかい」から「情報源の明示」、さらに「戦争に反対」という立場まで明確にしたのである。イギリス政府はBBCの運営に絶大な権限を持っているが、報道機関としての独立性、客観性、公共放送としての国民の信頼度は、NHKとはまるで比較にならないのだ。
「受信料支払い拒否」
「政府とNHKの関係で大事なことは、憲法上、そして放送法上も、NHKは政府から独立した放送機関であり、放送の自由と自立が認められた言論・報道機関だということである。NHKは、国民の『知る権利』と文化に直接の責任を負う公共放送機関として『権力を監視』し、民主主義社会の基幹的メディアとしての役割を果たしていかなければならない――これがNHKと政府との間の`あるべきa基本的な関係である」(※)。まさにそのとおりである。この認識がすべての出発点である。
増え続ける「受信料支払い拒否」は、「公共放送」を標榜するNHKへの視聴者の不信と不満の表れである。同時にそれは、視聴者に残された貴重な「抵抗権」でもある。受信料の支払いが義務化されれば、財政的な制約と予算配分をめぐる国会からの統制から解放され、自立した報道ができる、などと考えるのは幻想だろう。すでにNHKには法人税・事業税の減免などの優遇措置や、十分すぎる特権が国から与えられている。いっぽう受信料収入が潤沢だった時代にも、政府自民党はNHKに有形無形の執拗な圧力を加え続け、彼らが判断する数多の「反政府的」な放送を中止に追い込んできているのだ。
止まらない不祥事の発覚と受信料支払い拒否の連鎖。市民不在のデジタル化路線。「みなさまのNHK」を口先では唱えつつも権力と癒着し、彼らの顔色をうかがい、報道機関としての自覚がないその経営戦略は現在、大きな岐路に立たされている。
われわれの課題
われわれの課題は明確である。放送法の改悪に反対すること。「公共放送」であるNHKに対し「番組改ざん」の真相を明らかにするよう要求し、安倍政権に対しては安倍本人はじめ、介入した政治家の辞職を要求すること。そのための裁判を支援し、運動を拡大すること。
放送法の画期的な意義を尊重し、不偏不党を貫いて政府からの徹底した自立・独立を要求すること。NHKや他の報道機関内部の良心的かつ進歩的なジャーナリストと連携しつつ、たとえばインターネットなどを通じた市民のメディアの支援と発展に取り組むこと、などなどである。
自公政権が戦争国家化へ向けて、今後さらに言論活動と報道機関への統制を強めることは明らかである。「拉致事件」という何人も容認することができない国家犯罪を利用して、メディアに「命令」を発し、それを前例として恒常化させ、報道内容を国家の意のままに操ろうとするたくらみを、絶対に許してはならない。
すでに菅総務相は来年度の予算概算要求で、NHKのテレビ国際放送に対し、初めての交付金三億円を盛り込んだ。菅は「短波放送とテレビ国際放送を同様に扱うのが自然」(11月9日・読売)などと、テレビの国際放送にも「命令」する意図を隠さない。今こそ圧倒的な市民運動の力で、言論・表現の自由、報道の自由と国民の「知る権利」を守り抜いていこう。(12月10日 佐藤 隆)
主要参考文献
(※)『NHK−問われる公共放送』 松田浩 岩波新書/『NHKと政治―蝕まれた公共放送』 川崎泰資 朝日文庫/『放送の20世紀』 NHK放送文化研究所 NHK出版
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