もどる

香港警察による大弾圧を許すな!             かけはし2006.1.16号

WTO体制に終止符を打とう

民衆のグローバルな闘いを押し止めることは出来ない



千三百人を拘束
し十四人を起訴

 二〇〇五年十二月十八日は香港警察・香港政府、そしてWTOにとって「歴史的汚点」の日となった。この日、マスコミではWTO閣僚会議が合意し終結したことが一斉に報じられると同時に、「韓国農民九百人拘束」とセンセーショナルな報道がなされた。そこでは意図的に、抗議行動を「暴動」と断じていた。
 前日までは香港マスコミはかなり好意的にWTOへの抗議行動を伝えていたが、この日からその姿勢が一変し、韓国のWTO抗議遠征団への非難合戦にうって変わていった。しかし、その真意は、香港警察による大弾圧を覆い隠すものでしかなかったのである。
 香港警察は、WTO香港第6回閣僚会議に対する抗議行動においてデモ参加者の顔面にからしスプレーを直射したり、十二月十七日夕方には、WTOに抗議するデモ隊に向かって、過去三十年以上使われてこなかった催涙弾を乱射したばかりか、地下鉄出入口や街路を封鎖しつつ、何の法的な根拠もないまま千三百人もの路上集会参加者を一方的に拘束・拘留し、あまつさえ、証拠なしでそのうちの十四人を起訴し、重罪を科そうと、いま現在もパスポートを取り上げたまま監視下に置くというWTO弾圧体制をとってきた。

WTO崩壊の危機
を救った弾圧体制

 十二月十七日午後から香港ヴィクトリア・パークで開始されたヴィア・カンペシーナ(農民の道)呼びかけの集会には、世界各国の農民、労働者、市民運動活動家、約三千人が集まった。一行はWTO閣僚会議が開かれているコンベンション・センター付近までデモ行進を行い、夕方にはコンベンション・センター入り口会場フェンスを一部乗り越え、倒し、会議場入り口付近まで押しかけた。
 その時突然、ガス弾が次から次へと発射され、あっという間に、デモ隊列は後退を余儀なくされた。機動隊の数がふくれあがってくる中、デモ隊は座り込み路上集会に切り替え、香港中心街ワンチャイで延々とアジテーションや歌・踊りが続けられた。
 十七日深夜には、ついに機動隊の包囲から誰一人外側に逃れることができなくなってしまった。香港警察が全員検挙の方針を実行に移したのだ。このとき、その場には千三百人の仲間がいた。警察はその中から香港市民約百五十人を解放し、残り千百四十九人を不当に拘束していった。
 これらの人々は、韓国の九百人をはじめ、日本、台湾、インドネシア、タイ、東チモール、バングラデシュ、スペイン、フランス、アメリカといった世界各国の農民団体・労働組合・社会運動団体の活動家たちであった。文字通り全世界の市民たちの自由を奪い、WTOに対する抗議行動を封殺しようとしたのである。
 しかし、香港市民・香港移住労働者をはじめ、拘束されなかった世界中のWTO抗議行動参加者四千人は、WTO抗議民衆週間最後の十八日、WTOと香港警察による不当な弾圧・拘束に抗議し、拘束者の即時釈放と、WTOこそ民衆にとっての災厄そのものであることを訴えながらデモ行進し、いかなる弾圧によっても民衆の闘う力は奪えないことを全世界に示したのである。
 WTOと香港政府は、閣僚会議の外側の抗議行動を封殺することで、決裂がささやかれていた閣僚会議を立て直し、会議の終了予定時間を大幅に遅らせて合意した閣僚宣言を何とか公表することができた。しかも、細目の合意を、二〇〇六年四月末まで引き延ばし、さらに二〇〇六年七月末までにその具体的実施内容を決めることでかろうじての息継ぎを行えたのだ。
 韓国労働者農民とアジアを中軸としたビア・カンペシーナ(農民の道)の仲間は、連日断固としたWTO抗議行動を繰り広げることで、香港市民ばかりか、中国本土の労働者農民にWTO体制の問題と民衆の闘う姿をクリアーに示してきたのである。それは大成功だった。
 香港市民は自発的にビクトリア・パークに差し入れを運び、WTOに対して抗議行動する人々にエールを送った。「本当に闘うためにはどうすべきか教えてくれてありがとう」、「WTO体制で農民が本当に苦しんでいることが分かった」との声が新聞にも連日載っていた。そして、このようなことをWTOと香港政府、そして中国政府は許せなかったのである。

「開発パッケー
ジ」は欺まんだ

 今回のWTO交渉ラウンドの議題は、二〇〇一年ドーハ閣僚会議で採択されたドーハ開発ラウンドといわれるものだが、アメリカや日本は、閣僚会議期間中、LDC(後発途上国)からの産品に原則的無関税・無枠、開発資金提供などの「開発パッケージ」なるものを示し、さかんに途上国の歓心を買おうとしてきた。しかし、途上国の輸出力は微々たるもので、問題はアメリカやEUによる国内農業補助金(国内助成)――その多くは巨大アグリ企業体に向けられ、小麦・綿花など農産品の輸出ダンピングに消費される――の削減が本当に問われているのだ。
 しかも、途上国輸出指向型の農産物の育成は、価格競争がつきまとい、その開発費用に必ずやIMF・世界銀行のローンと新自由主義的政策の条件付けがつきまとってきたのである。この点について閣僚会議宣言はまったく答えていない。宣言では、EUの三十億ユーロ輸出補助金が二〇一三年までに撤廃されると約束される一方で、宣言されない国内助成五百五十億ユーロは残されたままである。綿花問題ですら、アメリカは二〇〇六年中に綿花への輸出補助金は撤廃するとした内容も、その削減は三億五千万ドルに過ぎず、国内助成三十七億ドルは不問に付されているのである。
 さらに、先進国が農業での上記のような譲歩を与えたかの装いの下で、サービス貿易分野では、従来の交渉方式を改変し、サービス貿易の自由化を世界中に迫る内容(2国間から多国間での協議)が盛り込まれ、それに基づく具体的日程まで繰り入れている。非農産品市場開放(NAMA)分野では、関税の高い産品ほど大幅に削減しなければならないというスイス方式が基準とされてしまい、これが具体化されれば、林業・漁業や工業品でも高い関税を維持してきた途上国の林水産・工業界に大きなダメージをもたらすことは必至である。

途上国にとって
良いことはない

 このように、香港閣僚会議宣言は途上国にとって良いことのまったくない内容であった。途上国が恐れたのは、WTO交渉の決裂が、二国間・地域間のFTA(自由貿易協定)だけになってしまうことであったといわれる。実際、WTO交渉が暗礁に乗り上げるたびに、主要国はFTA交渉に突き進み、二国間でWTO交渉での合意事項以上の自由化協定を締結してきている。
 しかし、FTA交渉では、相手国との経済的政治的軍事的な力の差がそのまま反映されてしまう。また、乱発される二国間FTA内容が、いずれはWTO規則との整合性が問われ、少なくとも十年後には最恵国待遇(ある国への特別待遇条件は、全加盟国に等しく開放されなければならない)として認められるとも言われている。だとすれば、これから十年後の世界は、資本の完全なる自由が与えられたアナーキーな世界になるしかないことが今から分かっている。だとするならば、途上国や世界の民衆は、FTAやWTO体制以外の公正な貿易の道を見つけなければならない。
 ヨーロッパでは、GATS(サービス貿易に関する一般協定)フリー・キャンペーンが地方自治体を巻き込んで開始されている。公共サービス民営化反対キャンペーンの普遍化バージョンである。GATSによるサービス貿易の自由化(特に金融・流通・通信・配送・建設)の自由化は、日本やアメリカなど先進国多国籍企業の最大の関心事であるが、私たちは途上国と連帯して、このようなサービス分野の自由化攻撃と正面から向き合わなければならない。
 最後に、香港警察による大弾圧にもかかわらず、WTO宣言は最低限の合意しかできなかった点を強調しなければならない。アメリカ大統領による一括通商妥結期限が二〇〇七年に迫っていることから、WTOドーハ開発ラウンドの具体的合意の形成期限は、二〇〇六年七月末までと限られている。従って、世界民衆の反WTOロードマップは、二〇〇六年一月ダボスでのWTO非公式会議、四月末WTOジューネーブ会議、七月G8ロシア・サミット、七月末WTO会議への国際的抗議行動の結集と、世界各国での対政府ロビー活動・抗議行動として位置づけられる。
 「暴力と戦争の恒常的な脅威にもかかわらず、あるいは地球とその政治システムが抱える病にもかかわらず、世界中に今ほど自由と民主主義を切望する気運が広まった時はない。すでに見たように、現行のグローバル秩序に対する異議申し立ては途切れることなく、その矛先は貧困や飢餓、政治的・経済的不平等や不公正にとどまらず、総体としての生の腐敗へと向けられている。…こうした地球全体が沸き立つような興奮と怒りや希望の表明は、民主主義的世界を求める不屈の欲望が日増しに拡大しつつあることを雄弁に物語っている。グローバルな階層秩序の全レベルに顕れた権力の腐敗を示すあらゆる徴候や民主的代表制のあらゆる危機に、今や民主主義的な『権力意志』が立ち向かおうとしている」(アントニオ・ネグリ『マルチチュード』NHKブックス)。
(北野はじめ)


もどる

Back