農地強奪・住民追い出しに抗議し冷雨をついてデモ
三里塚・暫定滑走路に反対する連絡会 |
入会権を否定し
新誘導路を建設
十一月十九日、三里塚・暫定滑走路に反対する連絡会は、東峰出荷場で「『東峰の森』破壊をやめろ!農地強奪を許さない!11・19三里塚・東峰現地行動」を行い、六十五人が参加した。
成田国際空港株式会社は九月十五日、東峰住民の追い出しをねらって暫定滑走路の二五〇〇メートル化北側延伸工事着工を強行し、二〇〇九年度中に供用を開始すると宣言している。そのために東峰地区の東側に誘導路を建設し「東峰の森」を破壊しようとしている。空港会社(当時公団)は二〇〇三年二月、「東峰の森」整備に関する東峰住民の公開質問状に対して「公団が一方的に計画を策定し進めていくということはありえない」と回答していたにもかかわらず、この約束を投げ捨て、工事強行の方針を取り下げようとしていない。
空港会社の暴挙を許さない東峰地区住民は、九月十九日、千葉地裁に新誘導路建設に伴う「東峰の森」の現状変更の禁止を求める仮処分を申請した。仮処分申立書は、暫定滑走路供用と北側延伸工事着工による人権と環境破壊が繰り返されていることを糾弾し、「東峰の森」が東峰地区にとって水源滋養林、調整林、防風林、防音林、生産林、環境林の機能を担い、さらに堆肥材料、椎茸栽培の生産活動にとって欠かせない場所であることを明らかにしている。そして、「東峰部落が入会い、集団的利用を行ってきた」ことを証明し、入会権を有していることを提示している。
空港公団は、二〇〇一年六月十六日に暫定滑走路供用のために東峰神社の神社林の伐採を強盗的に強行したが、東峰地区住民の一丸となった裁判闘争によって次々と違法性が明らかになり、神社が東峰地区の総有的所有に属することが明らかとなっていった。結局、公団は、神社が東峰地区の総有的所有にあることを認めざるをえず、和解に応じたのである。
この時の「敗北」を教訓化することもなく、空港会社は、「東峰の森」の入会権を否定し、暴力的に新誘導路建設着工をしようとしている。11・19東峰現地行動は、このような空港会社の攻撃を糾弾し、東峰地区住民の闘いに連帯していく取り組みとして行われた。
原勲さんの墓碑
周囲に桜の植樹
東峰集会に先だって横堀団結小屋の敷地内にサクラの木の植樹作業が管制塔元被告の中川憲一さんの呼びかけで行われた。中川さんは、管制塔被告団の一人であった原勲さんの墓碑が、横堀団結小屋・鉄塔・案山子亭のある土地の敷地内に移設(本年七月二十三日)されたことに伴って、「墓碑の周囲にサクラの木を植樹し賑やかにしよう」と計画していた。この日、プロ青、工人社、アジア連帯講座、横堀団結小屋維持会、労活評の仲間たちも駆けつけ、約四メートルのソメイヨシノ、シダレザクラ、ヤエザクラの木を「無事植樹」した。
作業を終えて中川さんは、「管制塔被告団は、毎年四月第二日曜日に原君の墓参りを行っている。来年は、サクラの花見を兼ねて参加してほしい」と挨拶した。参加者は、案山子亭で昼食をとりながら、色々な種類の植樹をしたりして横堀森林を作っていこうなどと色々なイメージを出し合った。
静岡空港反対運
動と連帯しよう
集会は、石井紀子さんのメッセージの紹介から始まった。石井さんは、「東峰の森」破壊を許さない「東峰の森」の現状変更の禁止を求める仮処分申請の取り組みや自らも債権者として参加していることを報告し、「滑走路の北側延長が決まって以来、北進のためならなんでもするというなりふり構わぬ姿勢をあからさまにしてきて、今までの『話し合い』などポーズでしかないのだと思いしらされています。こんなことを許したら四十年も闘ってきた意味がない。東峰は、何軒になろうと住む人の権利は絶対に主張していかねばと思う」と訴えている。
平野靖識さん(東峰地区・らっきょう工場)は、「東峰の森」の歴史、機能などを説明し、「空港会社は、入会の実態がないなどと言ってきた。だが歴史的に入会地として東峰住民が使ってきたことを証明する重要な文書が見つかったりして追い詰めている。仮処分申請の裁判は、十二月五日に結審となる。どのような決定となるか予断を許さないが、新たな裁判も含めて闘っていく」とアピールした。続いて発言は、中川憲一さん(元管制塔被告団)、林廣治さん(共同声明運動)、関西・三里塚闘争に連帯する会の渡邊充春さん、12・3三里塚40年企画事務局、東水労青年女性部から闘いの報告と決意表明が行われた。
アジア連帯講座の仲間は、静岡空港反対派の土地を強奪するための収用委員会の裁決が強行されていることを糾弾し、〇七年二月以降の行政代執行阻止に連帯していこうと訴えた。また、仲間は自らが「免状不実記載」によって10・24に不当逮捕されたことを怒りをもって報告し、「戦時治安弾圧体制の強化としての先制攻撃であり、はねかえしていく態勢を作っていこう。10・24弾圧に抗議する国家賠償請求裁判を準備している」とアピールした。集会終了後、東峰地区から天神峰地区へとデモが行われた。 (Y)
国際行動デー集会かちとる
世界的に広がる劣化ウラン兵器禁止のたたかい
イスラエルによる
DU兵器の使用
十一月十二日、文京区民センターで「劣化ウラン兵器禁止を求める国際行動デー」が劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク主催で行われた。会場には豊田直巳さんが撮影したイラクで劣化ウラン弾の被害で苦しむ子どもたちの痛々しい姿の写真やイラクの医療支援などさまざまな出店がたくさん出され、にぎやかであった。
最初に柳田真さんが「@八月に開かれた劣化ウラン兵器禁止広島世界会議の一翼を担ったAイスラエルのレバノン侵攻に抗議して緊急集会を行った。イスラエルがレバノンやパレスチナでも劣化ウラン弾を使用していると言われるなかで、運動が広がりを持てたB今後、日本の核武装を許さない闘いをつくりあげようC劣化ウランに苦しむ人々への医療支援を行う」と呼びかける開会のあいさつを行った。
稲月隆さんが「ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)呼びかけの、劣化ウラン兵器禁止国際デーとして第三回目の取り組みである。アメリカ・イラク帰還兵による闘い、イタリア・バルカン戦争で被曝した兵士の運動、イスラエルによるガザ地区に対する劣化ウラン兵器の使用問題と、禁止を求める運動は世界に広がっている。日本と韓国にある米軍基地に劣化ウラン弾が貯蔵されていることが分かった。さらに、海上自衛隊の護衛艦『くらま』に搭載されたCIWS(近接防御システム)のバルカン・ファランクス20ミリ機関砲の砲弾に劣化ウラン弾が装備されていた可能性が出てきた」と指摘し、「来年の広島、長崎での大会へ運動をつくっていこう」と基調提起した。
映画『六ヶ所村ラプソディ』監督の鎌仲ひとみさんが「六ヶ所村の再処理工場で、プルトニウムの量産を行うために着々と操業が行われている。そして、そこから出てくる高レベル廃棄のための処理場をどこに作るか候補地を探している。さらに、原子力発電所の廃棄物から劣化ウラン弾が作られている。この連鎖構造を止めるためにどうするのか」と提起した。
被害地域への支
援にとりくもう
続いて、振津かつみさん(ICBUW評議員、ヒバク反対キャンペーン)が「九月初めに、フィンランドでの核戦争防止国際医師会議世界大会(IPPNW)で、ICBUWとIPPNWドイツ支部との共催で、分科会『ウラン兵器の健康影響』を開催し、IPPNWの中でもウラン兵器禁止と、被害調査と被災地域の医療支援にもっと積極的に取り組むよう訴えた。今後ウラン兵器禁止の国際条約を求めていく。日本政府へも申し入れる」と報告した。
嘉指信雄さん(ICBUWアジア太平洋コーディネータ、NODUヒロシマ・プロジェクト代表)は「広島国際大会で国際的なつながりがより広まった。イラク人のパルタニアンさんは『様々な分野での取り組みを知った。これからイラクで活かしたい』と語っている。イギリスのレイブリストーさんは『湾岸戦争で病気になった帰還兵がいるが、壁が大きい。劣化ウラン弾の問題は何もできなかったが、もう一度取り組む勇気がわいた。被害者への連帯・支援を立ち上げていきたい』と述べている。イタリアでは広島大会に参加した人が中心になり、十一月二日から六日まで一週間の行動がやられた。今後、ベルギーで禁止のための公聴会が開かれる。禁止する初めての国になる可能性がある。ヨーロッパ議会の中で、来年三〜四月に豊田直巳さんの写真展を開きながらロビー活動をする予定だ」と報告した。
イラク現地から
生々しい報告も
豊田直巳さん(フォトジャーナリスト)は、イタリアのトリノからローマ郊外のラディスポリまで五つの都市で一週間の国際行動に参加し写真展や講演を行った。交流の印象は「小さな集まりの積み上げで、今回初めて劣化ウラン弾問題を扱った。八千人の帰還兵グループがあるように、帰還兵の健康問題は大きな問題となっている。軍の将校は兵士の健康問題を三十年間追跡調査すると発表した。イラクから帰還した自衛隊員の健康問題をどう考えるか」と話した。ラディスポリ市では市主催の集いが開かれ、さらに、スイスにも行って写真展を行ったこと、八月後半から九月中旬までイスラエル軍に爆撃されたレバノンの都市の惨状を報告した。
イラクからの報告を相澤恭行さん(PEACE ON)と佐藤真紀さん(日本イラク医療支援ネットワーク)が行った(別掲)。次に、内部被曝問題を、内藤雅義さん(弁護士)と山崎久隆さん(劣化ウラン研究会代表)が行った。劣化ウラン兵器禁止の運動を強めて、世界的に禁止しなければならないと強く感じさせた集いであった。 (M)
相澤恭行さんの報告から
安易な希望を持てないイラクの現実
イラクでは一日、百人以上の人々が殺されている。バグダッドに外国人が入るのは困難になっている。そうしたなか、私は北部のクルド自治区に入った。クルド自治区はイラクの中でも、独立軍を持ち別の体制になっているようだ。いたる所にクルドの旗がなびいていた。バグダッドとは違って、安定しているようだ。アンビルでは建築ラッシュが起こっていた。
スンニ派とシーア派は疑心暗鬼になっている。バクダッドではシーア派の民兵組織が勝手に家宅捜索、逮捕をし、身代金を要求したり、拷問で殺している。医者・知識人階層が脅迫を受け、国外に逃げている。
店が二時間くらいしか開かないので食料品が買えない。かつては水より安かったガソリンが一日並んでも手に入らない。基本的には仕事がない、あるとすれば米軍の管理下での傭兵だ。また、テロリスト組織や民兵が募集している。そうした人々はスパイとして働くしかない。貧しい人たちしか残っていない。
イラク政府の復興予算はセキュリティ関係だけに使われている。拷問部屋が保健省の中にあるほどだ。サドル派のマファディ軍が急速に増えている。サドルの顔写真が至るところに貼られている。宗派間対立ではなく、政治的な権力闘争になっている。
遺体がゴロゴロころがっているのに、米兵は治安維持をすることなく放置している。子どもたちが遺体をサッカーボールにして遊んでいる。子どもたちは外に出れないで、ストレスがたまっている。こうした子どもの心の問題は回復するのに何十年もかかる。悪くなる一方で希望が完全にない。バグダッドは終っている。これが戦争の現実だ。安っぽい希望は持てない。外からのNGO活動は困難だが、残ってやっている医師がいる。彼らは「忘れないでくれ」と言っている。彼らを孤立させることなく、国際的なきずなが必要だ。(発言要旨、文責編集部)
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