| 北の核実験に動揺する民主労働党 かけはし2006.11.20号 |
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大衆から「親北」とみられることをおそれる政党と進歩団体 |
反対ではなく「遺憾表明」
誤解召さるな。「ハンギョレ21」は米国の対北圧迫政策の不当性や北・米直接対話の必要性を一貫して強調してきた。北核危機の根っこにはジョージ・ブッシュ政府の「悪意」に満ちた無視や対北強硬政策が鎮座している点も強調してきた。北核の核実験以降、一層露骨に現れている制裁一辺倒の対北政策は、むしろ危機を増大させるだけだ、との警告も忘れはしなかった。
大量殺傷武器拡散防止条約(PSI)の強化は、ともすれば北との武力衝突へと結びつきかねず、対北和解・協力政策は状況が悪くなればなるほど揺らぐことなく遂行されなければならないと信じる。どんな状況が迫り来ようとも水害によって満身創痍となったまま冬を迎えなければならない北の同胞たちに対する人道的支援をためらってはならないという原則も明確にしておく。
分かる。半世紀もの間、続いてきた分断体制は反共・反北イデオロギーの安楽な棲息所だったことを。地球村の最後の冷戦体制が韓(朝鮮)半島の南と北を締め付けており、国家保安法という暴圧の機構が依然として命脈を保ったまま襲いかかる対象ばかりを狙っていることも、よく分かっている。
故障したレコードのように、ちょっとしたことでも弾け出てくる「セッカル(アカ攻撃)」に加え、執権を予感でもしたかのように「戦争も辞さず論」を打ち上げる保守陣営の喚きは、ただあぜんとするばかりだ。北側に向けた批判は、そっくり反共・反北の陰湿な過去によりかかった古い勢力が進歩勢力をねらううえで効果的「武器」になりかねないとの心配にも深く共感する。だからこそ、これから話そうとすることを、いささか耳障りだとしても耐えて、お聞きあれ。
10月9日午前10時35分頃、核実験が電撃的に断行されてから5時間ほど後に出された民主労働党の11行ばかりの最初の論評の中で最も目についた単語は、「遺憾」だった。辞書で見ると「思った通りにならず物足りなかったり、うらみ嘆くこと」という意味だ。この単語が含まれた文章は「多くの国民の心配にもかかわらず北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)が核実験を強行したことについて民主労働党は強い衝撃と遺憾とを表明する」として完成される。
同時刻、わが社会の代表的市民団体である参与連帯は「われわれは韓半島住民の安全を不毛で百害無益な核武装を実現し、これを交渉手段として利用しようとする北韓当局の軍事的冒険主義に反対し、これを糾弾する。北韓の核武装を断じて容認できない。北韓の核武器を即時廃棄しなければならない」との声明を出した。
南の政府にも人民にも不信
進歩政党を自称している民主労働党の立場は、進歩陣営を代表しながらも大衆の目線をよく考える参与連帯とは、その視角差があまりにも大きかった。ある事案についての観点をめぐって政党と市民団体を比較するのは無理かも知れない。けれどもこれを通じて少なくとも民主労働党の北核への認識が大衆とは余りにもかけ離れていることがうかがい知れる。民主労働党は北の核実験に「反対する」という声明を遂に出せなかった。進歩政党の重要な価値のうちのひとつである「反核」の原則が北韓の前では揺らいだのだ。
核実験を通じて北韓は南韓社会にハッキリしたメッセージを投じた。ク・カブ北韓大学院大学教授は「核実験を通じた独自的核武装を選択することによって北韓は南韓の政府も、市民社会も信じてはいないという点を明確にしたものだ」と指摘した。南側の平和勢力の力が自らの体制を守ってくれる「抑止力」として機能できない、との結論を下したのだ。
折あるごとに「われわれ民族同士の精神」を強調してきた北側が、自ら自己の主張にケリをつけたわけだ。北韓の祖国平和統一委員会が10月25日に出した声明で「南朝鮮(韓国)当局が理性を失い、遂に米国の反共和国制裁・圧殺策動に加担するならば、われわれはそれを6・15共同宣言に対する全面否定、同族に対する対決宣言と見なすだろうし、然るべき措置を取るであろう」と警告したのは、したがってアベコベなのだ。
「理性を失い」核実験をすることによって「6・15共同宣言の全面否定」を行ったのは南ではなく、北だ。その上、核実験によって北は南側に再びやっかいな選択を強要している。いわゆる「民族の核の傘」と「米国の核の傘」のうち、どちらに進むのかを問うているのだ。
けれども核には国籍がない。すべての核は破壊と死の象徴であるにすぎない。これを誰よりもよく知っている民主労働党が「反核」の原則に完全に忠実たりえなかった訳は何なのか。
人民との根深い認識の落差
俗に、民主労働党には2つのタブーがあると言われる。北韓と民主労総の問題だ。このうち北韓に対する「タブー」が核実験の暴風のあおりの中で論難を招いたのだ。10月15日、民主労働党第6次中央委員会では、ひとしきり騒動が起きた。
最高委員会を経てこの日の案件として上程された「韓半島の平和実現のための民主労働党特別決議文」は党の最初の声明とほとんど違いがなかった。直ちに2つの修正案が出された。「北韓核実験への遺憾表明」を「反対」に変えようというものと、北韓に「2回目の核実験を行わないこと」などの内容を盛り込んだものだった。2つとも否決された。
すると今度は「北韓の核実験への遺憾表明」さえ撤回しようとの趣旨の修正案が飛び出してきた。いわゆる「自主派」(NL)を中心とした勢力は、この修正案を案件として確定した。けれども「平等派」(PD)系の中央委員らは席を蹴って出てきたことにより定足数割れとなり、案件の最終通過は立ち消えとなった。だがいずれにせよ党内に「北核は米帝国主義に対抗した自衛的手段」だとする方向に重きを置いた視点が政治的に多数であることが確認されたのだ。
この事件は民主労働党内の勢力間の哲学や路線の違いを克明にさらけ出した。北の核実験に対して自主派は自衛的だとする容認の下に「反米」に傍点を打ち、平等派は「北核反対」に重きを置いた。ある人は「進歩というひとつ囲いの中にいるものの、ハンナラ党と開かれたウリ党の違いほどに、対北観をめぐって党内に大きな間隙が存在する」と語る。これは民主労働党だけではなく進歩陣営全体においても北韓をどう見るのかをめぐって存在していた認識の偏差を圧縮して見せつけたことでもある。
その根は深い。パク・ヨンジン民主労働党報道担当は「北韓はわれわれにとって社会民主主義の基地、堕落した社会主義、統一に向けた民族的パートナー、潜在的敵対関係など、さまざまな形態で存在する」「北韓はわれわれにとって何なのか、という根本的な問いであり、北に対するそれぞれ異なる態度は党を作る以前の問題にまでさかのぼっていく」と語った。
葛藤の歴史に大きく注目する必要はない。分裂を拡大することでもない。見逃してならないのは進歩政党内の政派の葛藤とも絡んで「北韓タブー」が依然として力強く働いているという点だ。
北韓の人権問題もあやうい存在だ。民主労働党は昨年7月にヨーロッパの左派グループの招きでスウェーデン、ドイツ、英国、イタリア、オランダ、ポルトガルなど、多くの国の左派議員たちとリレー座談会を行った。このとき、どこに行っても必ず登場した共通の質問は「北韓の人権問題をどう考えるのか」というものだった。国内でさえ民主労働党は「明確な」立場を持っていない。ヨーロッパの左派たちは例外なく批判的に、この問題を見ていた。
「ブーメラン効果」の心配
北韓の人権問題についてハッキリした立場表明を「困難」にしているのは民主労働党だけの問題ではない。クォン・ヨンキル民主労働党議員室は2006年の事業のうちのひとつとして1千万ウォンを投じて北韓の人権についての報告書を出す計画を立てた。けれども進歩陣営で筆者が求められず、断念しなければならなかった。
イ・ヨンスン補佐官は「大部分の方が執筆に参加する準備ができていなかった。進歩陣営にあって北韓の人権問題について明確な立場を持っている所を探すのはほとんどできなかった」と語った。進歩がグズグズしている間に、北韓の人権についての談論の枠組み自体をすでに保守が掌握して主導権を握り、揺さぶっている(もちろん、彼らが北韓の人権の実質的改善に寄与したかどうかについては別途の論争が必要だ)。
進歩陣営が北韓の人権に対しての明確な立場表明をちゅうちょしている理由は「反核の失踪」と相接している。「人権は校門の前で足踏みする」という本の題名をパロディ化すれば「人権は板門店の前で足踏みする」とでも言えようか? 南韓の人権運動は北韓の人権問題に対して憂慮してきたけれども、いざ警告の声を挙げるとなると難しい状況だった。守旧勢力の反北扇動に善意の批判が悪用されかねないという、いわゆる「ブーメラン効果」に対する心配のゆえだ。こうして、まるで南韓の人権運動は北韓の人権問題に沈黙しているかのように見られもした。けれども北韓の核実験は人権運動の「レッドライン」を踏み越える行為だった。
10月20日、人権運動サランバン、社会進歩連帯、労働者の力など団体が集まり「北の核実験の局面、民衆運動はどう対応するのか」をテーマとして討論会を開いた(「かけはし」)前号参照。この討論会では、北韓の人権問題の政治的悪用を心配してきた人権運動サランバン常任活動家は問題提起において「状況や意図とは別に、いかなる言葉をもってしても北の核実験を正当化することはできない」し「反核は平和と人権のための基本的前提」だと強調した。「どんなに弱者の位置にあったとしても『示威』の手段として使用すること自体、容認できるものではない」との言葉も付け加えた。もちろん人権運動サランバンは米国の対北圧迫政策に危機の根本原因があり、北に対する人道的支援は続けられなければならないとの指摘を忘れなかった。彼の発言を、もう少し聞いてみよう。
「南韓の右翼らが核実験の事態を対北敵対政策へと転換するきっかけにしようとしている。彼らにとっては戦争に対する恐怖心の煽り立てを通した自分たちの政治的利害だけが関心の対象であるにすぎない。……北の核実験を『自衛的あるいは政治的手段』としてひたすら理解しようとしている一部の進歩陣営も憂れうべき点においては同様だ。自衛的核武装という表現の根底には国家主義や軍事的対決を前提とする安保主義が横たわっている」。
「反核」を掲げる環境団体
南韓の人権運動が北韓の人権についてただおろそかだっただけではないとの主張もある。90年代後半、北韓同胞救援運動に乗り出し、脱北者たちの人権問題の解決にも手を差しのべたというのだ。オ・チャンイク人権実践市民連帯事務局長は「北韓の人権問題に対して反北と親北という極端と極端の声が衝突しているために合理的な声が聞こえない」と指摘した。また「今、ここで」の人権問題を優先するとなると北韓の人権は優先順位から押し出されざるをえなかった、というのだ。
それにもかかわらず、依然として相当数の人権活動家たちは北韓の核実験を北の体制問題と連係させることには慎重だ。ある人権活動家は「核実験を北韓体制から出てきた問題と見るならば、反核の雰囲気に力を添えかねないおそれがある」という「お決まり」の主張を繰り返した。北韓の人権問題に対する批判も、同じ脈絡から依然として慎重だ。北韓の人権状況について彼は「どうして問題がないだろうか」と語りつつも、まさに「対案の不在が人権運動の足を引っ張っている」と語った。
北韓の体制転覆をねらって人権問題を挙論する保守勢力とは異なった見方から人権問題を再編成しなければならないが、今のところ納得のいく方法論がないというのだ。このように進歩的視点から北韓の人権問題を「再構成」することは、この数年、引きずってきた人権運動陣営の苦悩だ。
ソ・ボヒョク極東問題研究所の客員研究委員(政治学博士)は「進歩にとって北韓は共に変わっていかなければならない対象」であり、「北の体制が南にとって対案となりえないように、南の現体制も統一韓(朝鮮)半島の対案とはなりえない」と強調する。南と北が別個の主権国家だという現実を認め、「同質性の回復ではなく異質性の克服を模索しなければならない」というのだ。この過程で南韓進歩陣営が担うべきは統一韓半島の対案体制を模索し、南と北がその方向に向けて変わっていくようにするけん引車の役割だろう。
核実験以後、「反核」の原則に忠実で、北韓に対する鋭い批判に踏み込んだ各環境団体の動きは、このような点で注目に値する。これまで各環境団体は、核廃棄の対価として原子力発電所の支援を要求してきた北韓に対して明確な立場を明らかにできないまま苦悩してきた。
韓半島の平和定着と反核という環境運動の立場が互いに衝突する状況が作られたためだ。北韓の核実験は環境団体が「原則」を正しく立て直す契機となった。10月11日、環境運動連合は北韓の核実験に対して「韓半島と東北アジアの平和を脅やかす軍事的挑発行為」と規定して踏み出した。環境運動連合の関係者は「対北制裁問題が巧妙にからまっているうえ、ともすれば保守世論の拡大再生産へと結びつくだろうとの心配がないわけではなかった」「けれども『反核』は環境運動の本流だという点において北韓の核実験に対して、より強い批判の声を挙げるべきだとの主張が高まっている」と伝えた。
訪北後、再び葛藤する民労党
民主労働党指導部は北側の朝鮮社会民主党の招請で10月31日、訪北する。前述の党内の葛藤は、北韓の核は「自衛的手段」だと中央委員会やマスコミ・インタビューなどで強調していたイ・ヨンデ政策委議長の公開謝罪によってとりあえずは縫合されたものの、訪北の成果をめぐって党内の葛藤が再燃する可能性もないわけではない。
最近、党関連の2人が国家保安法違反容疑で国家情報院の捜査を受けたことも、党としては大きな負担だ。今のところ事件の真疑は予断できないが、党職者と党員が北側と連係しているとのニュースは、歪曲された形で「親北」政党だとのイメージを大衆に植え付けかねないからだ。特に北核実験後、民主労働党が北を擁護しようとしているとの視点とも重なって、党にとって足かせとなりかねない。これは単に民主労働党だけの問題ではない。進歩陣営のすべてにとって省察が必要なところだ。(「ハンギョレ21」第633号、06年11月7日付、チョン・イノワン記者、シン・ユンドンウク記者、リュ・イグン記者)
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