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新百万人署名運動の成功へ               かけはし2006.11.13号

狭山事件の再審を実現しよう

石川一雄さんの無実を証明するため全力を上げるとき


 十月三十一日、日本教育会館大ホールで「狭山事件の再審を求める市民集会」が同市民集会実行委員会の主催で行われ、会場を埋めつくす千人が集まった。
 最初に組坂繁之さん(部落解放同盟中央本部委員長)が「奈良市役所で問題を起こした同盟員について、率直におわびするとともに、解放同盟として除名処分した。今後こうしたことが起こらないように人権と福祉の町づくりに全力で取り組んでいく」と発言し、そして狭山闘争について「三十二年前に無期懲役の不当判決が出た。裁判長は判決の後、『無期懲役とは言っても、仮釈放で十二年くらいで出られるから』と発言した。石川さんは、『そんなことは聞きたくない』と裁判長を糾弾したことを今でも覚えている。石川さんの無罪をかちとるために、第三次再審闘争に勝利するために全力をつくそう」と主催者あいさつをした。
 次に、福山哲郎さん(民主党参議院議員)、福島みずほさん(社民党党首)の来ひんのあいさつの後、中山武敏狭山主任弁護人が第三次再審の要点を発言した(別掲)。中北龍太郎弁護団事務局長など弁護団も詳しく石川の無実の内容を説明した。
 木村清志さん(日弁連副会長)が「誤判・冤罪と日弁連の取り組み」を報告した。狭山国際連帯キャンペーンの報告、各地の取り組み、そして石川一雄さん、早智子さんが、第三次再審で必ず無実を獲得するとアピールした。新百万人署名運動と再審をどう闘うかを鎌田慧さんが提起した。集会後、都内各駅で宣伝活動を行い、狭山再審の実現、石川さんの無罪をかちとろうとアピールした。 (M)

中山主任弁護士の報告から
鑑定人尋問をすれば言い逃れはできない


証拠開示要求を
拒否する検察側

 三十二年前の今日、寺尾裁判長が第一審の死刑を破棄して、無期懲役の判決を出した。判決の直後、石川さんと面会した。石川さんが泣きながら、「自分は無実だ。検察庁が証拠を隠している。自宅から地下足袋を押収した。取り調べ官は『それが現場に残っていた犯人の足跡と大きさが一致している。足跡は転々と別々の方向に向かって残っていた』と言っていた。現行写真を見せられながら、『複数犯ではないか』とも言われた。「犯人の足跡の写真があるんだ。ぜひ、証拠開示に力を入れてもらいたい」と石川さんは訴えた。
 弁護団はその後ずっと証拠開示を要求してきた。足跡についても実況見聞調書に撮影したとありながら、現在もないといって開示しない。三次再審でもう一回足跡の写真を含めて証拠開示を申し立てていく。足跡と石川さん宅から押収した地下足袋の大きさが違い一致していない。足跡は石膏なのであいまいだ。あいまいであるからこそ有罪が維持されている。写真とかが出てくれば、そういった言い逃れができなくなる。
 第三次ではなんとしても、裁判所に筆跡などの鑑定人尋問をさせる。鑑定人尋問をすれば、絶対言い逃れはできなくなる。石川さんを犯人とする客観的証拠は脅迫状であり、石川さんが逮捕される前の上申書と脅迫状の筆跡が一致していると。ところが、これまでの審理で筆跡が違うことを認めざるをえなくなった。本来であれば再審を開始しなければいけなかった。ところが違いは心理的条件の違いであると言い逃れしている。脅迫状の「ま」は非常に達筆だ。石川さんはひらがなさえ満足に書けなかった。

事実調べで再審
をかちとろう

 石川さんの自白と客観的事実の矛盾がますます明らかになっている。裁判所も非常に強引なやり方で有罪を維持している。例えば、殺害方法。石川さんは右手の親指で押し殺したと。ところが、首の周りには指の跡など全然出ていない。そればかりか、帯状に白く色が消えている。弁護側鑑定では、帯とかの柔らかいもので犯人は締めていることが分かっている。第二次再審段階で、検察は石山鑑定を出してきて、被害者のブラウスの上から石川さんが締めたとした。裁判所も自白は必ずしも矛盾しないとした。ところが、石川さんの自白の中には、着衣の上から締めたというようなものは全くない。そういった強引なやり方で、有罪を維持してきている。
 来年の三月三十一日までに、今準備中の鑑定を提出して、事実調べ、再審の決定を求めていくということで全力で活動を展開している。七月十三日に、裁判長に会った時、「寺尾裁判長以降、一回も事実調べをしていない。第二次再審では八十一人の法学者がこの事件では事実調べをすべきだと書面を提出している」と裁判長にせまった。
 何回負けても被差別部落の人たちは、石川さんの命は三百万部落民の命とひとりの命を救うために闘っている。私たちも全力でがんばっていこう。(発言要旨、文責編集部)



三里塚・横堀
バーベキューで田んぼに別れ


 十月二十二日、田んぼくらぶが稲刈り後の田んぼでバーベキュー大会を行い、二十年間耕作して来た田んぼに別れを告げた。
 この日熱田夫妻は体調不良のため残念ながら参加出来なかったが、息子の誠さんが参加した。また東峰部落の石井恒二さん、同じく東峰に住む原田さん、元プロ青同現闘の江口さんなどが駆けつけてくれて、にぎやかな会となった。
 まず田んぼに感謝を込めて日本酒を注ぐ、そして最年長のFさんの音頭で乾杯。しばし歓談のあと、一人づつ発言、田んぼや三里塚への想いなどを語る。石井さんは「しかし、バーベキューまで田んぼでやるなんてよっぽど愛着があるんだねえ」「これからもなんかやる時は協力するからさ」といってくれる。
 熱田誠さんは自分名義となったと思っていた田んぼが登記簿上はまだ一さんの者であったことなど、田んぼを手放さざるを得なくなった経緯を説明「自分としてはなんとかここを残したいと考えていたが残念ながらこういう形となった。」と無念さを語ってくれた。
 バーベキューでは田んぼでとれた最後のお米がメインのため、秋刀魚なども焼いた。この日参加出来なかった熱田夫妻に寄せ書きを書き、最後は記念写真を撮ってお開きとなった。
 今後については「何かやろう」という声は出ているものの具体的なことはまだ決まっていない。 (板)


書評

『小沢主義』 小沢一郎著/集英社インターナショナル刊/1000円
反動的「国家教育権」説のくりかえし
「指導者原理」むき出しにした強権主義の前面化


 安倍晋三首相の『美しい国へ』(文春新書)と小沢一郎民主党代表の『小沢主義』(集英社インターナショナル)。与野党の二人の党首の「政治家本」の共通性は、いかにもその内容がお手軽のスカスカ本である点にある。
 ここでは『小沢主義』について一言。小沢の前著『日本改造計画』(一九九三年)が、政官ゆ着の「五五年体制」を批判し、「自己責任」の競争社会を称揚して新自由主義的政治・社会再編の先鞭をつけた点で一定のインパクトを与えたことに比べても、今回の『小沢主義』は余りにも中身に乏しい。
 もちろん本書の中で小沢は、「野党党首」としての立場から小泉政権のブッシュによる「対テロ戦争」追随や、靖国参拝による東アジア外交の危機を批判する。そして「今こそ日本国憲法の精神を」などと主張する。「オッ?」と思うような見出しだが、なんのことはない。「日本国憲法前文」を引っ張りだして「国際協調」のために自衛隊を国連に「御親兵」として差し出せ、という周知の中身だ。小泉も「日本国憲法前文」を引用して、イラクに自衛隊を派兵するための口実としたが、その手法は小沢にならったものである。小沢は「外交とは、まずみずからの信念、ビジョンを世界中に明確にアピールすることから始まる」としているが、この点は安倍の「主張する外交」と瓜二つというべきだ。
 小沢が強調している「教育」問題についてはどうか。彼は「ニート」の増加、「教育荒廃」の責任が「しつけ」の不在にあると主張し、江戸時代の武家社会をモデルにした「しつけ」の復活を訴える。そして「GHQによる教育の地方分権化」を批判し、国家こそが教育の最終責任を持たなければならない、としている。教育の主体はあくまで「国家」なのだ。そして「リーダーに任せることの重要性」が政治において求められていることを繰り返していることを見ても、小沢政治の本質が「指導者原理」にもとづく強権的国家主義にあることが浮かび上がってくる。
 ただし『日本改造計画』でもそうだったが、「志を持て、日本人」との副題が付いた小沢の本著には安倍と違って「天皇制的伝統」への言及はゼロである。小沢の強権的国家主義路線を支える「国民統合」イデオロギーにおける空白、つまりは「日本人の志」における空白は、いかに埋められるのか。結局この空白は天皇制イデオロギーによって充填されることになるのではないだろうか。 (純)


コラム
「世界の亀山」の裏側で

 携帯電話、ビデオカメラ、大型テレビ――デジタル家電市場が活況を呈しているという。量販店に足を運べば所狭しと大型テレビが並び、冬のボーナスを目当てに、店員が声を張りあげている。
 し烈な商戦の起爆剤は、シャープの液晶テレビ「アクオス」だった。大物女優を使ったイメージ戦略と「MADE IN JAPAN」の高品質を掲げた宣伝が大当たりした。三重県亀山工場製造のテレビは、「世界の亀山モデル」として業界に君臨した。生産拠点の海外移転で国内産業の空洞化が叫ばれるなか、シャープは家電激戦区の関西で、一躍トップブランドに躍り出た。「水・電気・技術者」というインフラが揃うこの地方。尼崎では松下のプラズマ生産拠点が本格稼動し、東芝、キヤノンも巨費を投じて兵庫県に新工場を建設中だ。「本来はブランドになりえないものをブランド化した亀山商法はさすがと感心する。でもがめついな」と経済評論家梶原一明氏は苦笑する(東京新聞・7月23日)。
 製造業が国内に回帰し、高品質な製品が売れ、地元に経済効果を波及させる。景気回復を牽引して雇用を創出する。まるでいいことづくめのようだが、それはやはり表向きの話である。
 週刊東洋経済9月16日号は「日本版ワーキング・プア」を特集。アジアや他県と競い、巨額の補助金でシャープの誘致を勝ち取った亀山市。だが新たな悩みも抱えてしまった。全国を低賃金で渡り歩く請負労働者の存在である。
 増え続ける非正規社員の過酷な就労実態は、ここでも例外ではない。二十代の日本人の若者と入れ替わり、夜勤に入場するブラジル人。液晶パネルの検査など単純作業が十二時間交替で続く。税込年収は正社員の半分以下の約三百万円。彼らはこの低賃金にずっと固定されるうえに、生産変動に応じていつでも労働力を「調整」されてしまう。下請け、孫受けとくだり続ける雇用形態も、管理責任をあいまいにする。請負労働者には派遣ほどの法的規制がない。資本のやりたい放題なのだ。「最先端の環境保護商品・アクオス」を、いったい誰が造っているのか。シャープがどこまでそれを把握しているか。推して知るべしだろう。
 殺伐とした職場で孤立分断された労働者が、ささやかな安らぎを求め、大枚はたいて手にする大画面テレビ。それが身体を蝕む劣悪労働と、未来の見えない低賃金にあえぐ人々の姿を映すことはない。耳ざわりのいいフレーズで消費者の購買欲をかきたてるCM。社会的弱者への想像力をかき消す巨大企業のマインドコントロールは、犯罪的ですらある。大量生産大量消費のシステムこそ、環境破壊の元凶なのである。       (隆)


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