| 台湾 次の一歩を踏み出そう かけはし2006.10.16号 |
支配階級間の争いに終わらせるな全国各地で闘いを発展させよう
左言(工人民主協会) |
闘争は決定的
な転換点に突入
九月九日から始まった座り込みはいまだ続いている。施明徳の反腐敗陳水扁打倒運動は、中産階級式の穏健な抗議、単純な要求、そして体制内の平和的闘争であるといえる。この運動のモデルは近年において最大規模の大衆的参加と闘争の呼びかけに成功した(百万人近くからのカンパ、三十余万人のデモ、一週間続いた日夜連続の街頭での座り込み)。
この運動は過去の与野党陣営間の対立、エスニシティ政治の対立を突破し、腐敗政権に対して大衆運動を鼓舞し、熱心な闘争を結集し、それによって支配的グループの新たなイメージを作り出すことに成功した。これらはこの運動が台湾の大衆的民主化運動にもたらした積極的な面である。
しかし九月十五日の夜の大衆運動によるデモ行進の後、陳水扁打倒運動はボトルネック、決定的な転換点に突き当たっている
施明徳が堅持している平和的抵抗闘争はその限界を迎えており、すぐに陳水扁打倒という目的の実現は難しいことは明らかである。必要以上の動員をかけた野営闘争と街頭闘争を終えたいま、もし平和的抵抗手段が効果を見せなければ、民衆は徐々に疲弊し、現在充満している民衆の気力は長期的に持続することは難しいだろう。その一方、もし過激な手段を用いれば現在の運動モデルを破壊し、大多数の穏健的な支持者や主流世論の支持を失うことになるだろう。それは施明徳支持の大衆を霧散霧消させ、集団的な対抗勢力を不可能にするだろう。
この数日、施明徳指導部内部における意見の分岐がみられる。施明徳本人は事態の引き伸ばしによって状況が変化することを静観(彼は、千台の自動車によるデモ行進や民進党本部方位行動など、指導部内部から上がっていた比較的急進的な行動提起を拒否し、また反陳水扁運動を台北以外の地域に拡大しないことを決定した)し、現在の平和的方法で民意を維持し、不退転のイメージを通じて陳水扁打倒の機運が拡大・浸透することに望みをかけ、最終的に民進党政権内部の分岐を導くという、支配階層内部の勢力争いによって陳水扁に辞任を迫ろうとしている。
平和的な体制内闘争自身が持つ相当な力がすでに政権に対して大きな圧力をかけており、めまぐるしく変わる政局によって、陳水扁がさまざまな圧力により(たとえば妻の呉淑珍に対する起訴や与党連合の拡散、アメリカの不支持など)慌てふためき辞任する可能性も排除することはできない。しかしわれわれは、現在の決定的な情勢において、平和的な抵抗方法を続け、情勢の変化の静観するという戦術では、きわめて不十分であると考える。
陳水扁打倒運動は大衆を主体として出発し、大衆自身の利益を基本としてこの台湾人民の民主的闘争を推し進めなければならない。陳水扁打倒運動の目標は陳水扁の辞任ではあるが、この目標に密接に関連するもうひとつの意義は、大衆がこの運動の実践において自らの政治的意識を引き上げ、大衆自身の主体性を自覚し、それを通じて自らの力で自立的に運動を進め陳水扁打倒を実現することができるのかどうかということである。
別な言い方をすれば、もし今回の陳水扁打倒運動が大衆の自立的力を発揮する手助けにならず、運動の発展を徐々に民衆自身が掌握できないのであれば、民衆パワーはいくつかの支配的勢力の駒や闘争のための道具にしかならないだろう。もしそうなるのであれば、たとえ陳水扁打倒が成功したとしても、台湾の政局は支配階層内部の利権の再編にしかならないだろう。そして、いまみなぎるパワーで闘争している大衆は、ポスト陳水扁の政局のなかでなんら主導的力を発揮することはできないだろう。
青年、学生、労働
者の共同闘争を
このような立場から、われわれ活動家の急務はいぜんとして各地の大衆が自らの職場や学園やコミュニティ、地域などの領域においてさまざまな形態の大衆的討論と行動するグループを自ら組織することを支援することである。それは反腐敗行動グループ、ストライキ行動グループ、授業ボイコットグループ、あるいは人民会議などと呼んでもよいだろう。
三人以上であれば、小グループを立ち上げ、自らの現場における行動のために組織化を推し進め、現在の陳水扁打倒運動の戦術や政治と経済の問題点および民衆の要求をみんなで積極的に討論し、具体的な行動方法を提起して実践してみる。この人民行動組織は現在の政治の重大な局面に対応する民衆パワーの組織でなければならない。これは公共のフォーラムでさまざまな意見を結集するというだけでなく、参加者すべてが平等に討論し重要な事項を決めるという、決定と行動の組織でもある。
つぎに、この隅々にまで花開いた草の根的な人民行動のグループの基盤の上に、ピープルパワーはさらに団結を深めていかなければならない。さまざまな形態の人民行動の小グループが積極的に相互につながり、下から上へ民主的にそれぞれのレベルの人民会議を組織するという民主集中的な方法で、社会全体の民衆の力を統合し、自立的な人民の政治的闘争を実践しなければならない。
そして、この人民議会は日常の実務的な業務を処理する一般的な議会ではなく、特殊な情勢が必要とする具体的に解決を迫られている政治的任務に対応する行動組織である。
それゆえに陳水扁打倒という目標のために、いまさまざまに議論されている政治ストライキについても各地の人民議会の中で提起することができる。みんなで討論に討論を重ねた上で得られたコンセンサスがはじめて実践に移される。
それは真の大衆的討論とコンセンサスによるストライキとなり、現在のような官僚化した労働組合による上意下達のスト指令ではなく、ましてや政党や政客らがもてあそぶストライキ要求でもない。それゆえ人民議会の討論のもとでの政治ストライキの呼びかけは、大衆が納得して実践するだけでなく、社会全体の賛同を勝ち得ることができる。
もしさまざまな形態の人民行動グループが相互に連帯し、多元的な抵抗勢力が団結して人民議会を形成して、たとえば労働者による政治ストライキ、学生による授業ボイコット、金融サービス業における休業同盟などの共同行動を進めれば、想像してほしい、それがどれほどの広範な民衆パワーとなり得るのか、そして実現不可能なことがあるだろうか。
各地で人民議会を組織する中で、われわれ社会運動団体は放棄することのできない責任を有することになるだろう。われわれは支援者という立場で、各地の進歩的大衆による自己の組織化を支援し、そしてさまざまな社会運動団体の政治的立場を上意下達的に民衆に注入するのではなく、この人民議会の中で提起し、討論と交流を通じて民衆の支持とその実行を勝ち取るだろう。
総じて、この人民議会の運営は民衆による民主主具の本当の表現である。それは典型的な公共フォーラムと公共的精神に合致した大衆組織であり、さらには社会的権利と政治勢力と結びついた直接民主主義の権力機構である。
現在の陳水扁打倒運動は、各地の民衆が徐々に人民議会を形成する最良のチャンスをもたらしている。陳水扁打倒運動の巨大な大衆的潮流は既に大衆的参加と政治的闘争の門を大きく押し開き、民衆自身が初歩的な力を発揮しつつある。多数の民衆が街頭に繰り出して闘争に参加しただけでなく、多くの進歩的大衆が自発的に思考し、次の一歩に関する討論を開始しつつある。大衆は自らの利益に関心を示すことを希望し、いかに自らの力を実践に移すのかを討論する人民議会の初歩的な条件を有している。
実際、各地ではすでに多くの自発的な草の根大衆組織がさまざまな形態で発展している。たとえば最近では地方の民衆がみずから組織を開始し(澎湖島、高雄県、南投などの闘争)、陳水扁の視察に対する集団的抗議行動を行っている。学生組織や青年組織などが連携し授業ボイコットなどを通じた陳水扁打倒運動への参加もある。これらの人民議会の実質的意義を有する人民の行動組織が台湾各地で風雲のように沸き起こることを、われわれは楽観的に期待している。
施明徳の陳水扁打倒運動が決定的な局面を迎え、無気力に支配階層内部の分解を汲々として静観しているいま、民衆が自ら一歩進んで自発的に人民の闘争を発展させる転機でもある。
各地で人民行動組織、人民議会をつくりだし、民衆の自立的闘争によって陳水扁打倒運動を最後まで押しすすめよう!
16年前の闘争の経験と教訓を汲み取ろう
密室での権謀と取り引きを許すな
鄭谷雨
十六年前の一九九〇年三月、当時は国民党内部の主流派、反主流派の熾烈な闘争の真っ最中であり、またいわゆる昔からの国民代表(議会)による権力を通じた利殖に対して、何人かの台湾大学生が立ち上がり、中正記念堂の外周で座り込みを行っていた。座り込みの当初、私は同級生から連絡を受けてこのことを知ったが、まだ考えの浅かった当時の私は、これが大きな運動になることはなく、せいぜいそれまでの学生運動のように、ごく少数による運動に留まるだろうと考えていた。しかし数日後には、少人数の座り込みは大きな大衆的運動に発展した。いわゆる「野百合学生運動」である。
野百合といえば、当時の学生運動世代の政治家を思い浮かべるだろう。だが実際は、それはこの運動のごく一部のイメージでしかない。いまだに覚えているが、当時の学生運動では、比較的民主的なメカニズムが存在していた。決定を下す指導部は選挙で選出されており、重大な決定では、各学校単位で討論を行い議決を行っていた。
たとえば、最後の局面で座り込みの広場を撤収するかどうかを決定したときも、各学校の学生の民主的な討論を通じて決められた。もちろん当時の運動を美化するわけではない。内部には多くの問題を抱えていた。しかし現在の陳水扁打倒運動の現場に比べて、当時のほうが民主主義は実践されており、改革の要求内容も鮮明であった。
当時を振り返ることは、現在の運動にとって大きな教訓となるだろう。野百合学生運動は、学生運動の威光を利用した一群の政客を育てた。そしてさらに厳しい教訓として、野百合運動は李登輝時代を作り出した。李登輝が学生運動の力を利用し、国民党の派閥闘争や密室政治の中で権力を掌握することになった。そして李登輝に「改革者」としてのイメージをまとわせて十数年にわたる「暴力団と癒着した裏金支配」の時代を切り開いた。
まず重要なことは、運動の大きさ(規模や思想)が不足していたことである。李登輝はこの運動に打倒されることなく、この運動を利用して(李登輝はこの運動を愛国民主運動と呼んだ)党内の反対派や保守派を退けることができた。
次に運動の経験として、組織的な蓄積を残せなかったことがあげられる。いわゆる「全国学生運動連盟」が結成され、わたしもこの全学連に参加していたが、この組織は本当の大衆的基盤がなく、社会に根ざした組織でもなかった。既存の運動の基盤の上に他の進歩的社会運動をつなぎ、真の大衆的政治勢力を形成して、体制全体を改造することはできなかった。運動の成果は、改革者を装った権力者に奪われてしまった。
十六年後の今日、台湾の政治情勢は大きく変化したが、実際のところ、政治的舞台の人間の多くは当時の人物であり、若干の新陳代謝があっただけにすぎない。当時、もっとも得をした李登輝は、いま陳水扁打倒運動をまえに、再び政治的漁夫の利を得ようとして、ゴッドファーザーの役を演じ、権力を分配して、権力を得ようと画策している。いま、台湾の前途を決するのは、街頭で汗だくになって活動している民衆ではなく、密室における権謀と取引であり、マスメディアで好き勝手に発言しパフォーマンスをしている政治屋たちなのである(彼らの背後にいる米政府もそれに含まれる)。
大衆運動は必ずしも簡単には発展しないが、衰退は逆に早い場合もある。いま社会には、すこしずつ保守的な雰囲気が立ち現れている。もし陳水扁打倒運動が質(改革の主張、運動の力強さ)と量(人数、各地への草の根の広がり)においてさらに強化されなければ、運動が経過した後に、数人の無用の人物が政治に復活し、数人の政治的ペテン師が政治的資本を蓄積することになるだろう。民衆の政治的組織を建設し、政治と社会、経済の改革を推し進めなければ、台湾政治の進歩はありえないだろう。
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