| 証言! 今パレスチナで起きていること かけはし2002.5.13号より |
| 「私も自爆したくなるほどイスラエルの国家テロはひどかった!」 |
四月二十九日、東京代々木オリンピック青少年センターで「証言! 今パレスチナで起きていること――アル・アクサ・インティファーダーの背景」が日本YMCAの主催で行われ、三百人を超える人が参加した。報告したのは森沢典子さん、小田切拓さん、清末愛砂さん。三人は現地からの生々しいビデオ、スライド写真を使いながら報告した。
最初に主催者の本田真也さんが「正確な情報が伝わってこない。マスコミのダブルスンダードがある。知ることから始めよう。同情ではなく、行動を」と訴えた。スライドを使いながら、イスラエル建国からいかにパレスチナ人の土地や権利が奪われたのかの説明があった。
報告の最初は幼稚園の先生をやっている森沢典子さん。森沢さんは、9・11以後パレスチナの抵抗闘争も「テロ」と言われてしまった状況の中で、自分で何が起こっているのか確かめるために一人でパレスチナに行った。森沢さんはすさまじいイスラエル軍の攻撃の様子を証言した。
続いて、六年前からガザに通っているという小田切拓さん(フリージャーナリスト)は「自分も自爆をしたくなるほどイスラエルの攻撃はひどい。この事実を一人でも多くの人に伝えてほしい」と訴えた(別掲)。最後に、平和の盾になり、イスラエルの攻撃をやめさせようとして、イスラエル軍に撃たれた清末愛砂さんは国際的なNGOによる非暴力直接行動の報告し、「シャロンのやっていることこそ、国家テロだ。生きてやられたら、やりかえせ。イスラエル軍の軍事侵攻をやめさせよう」とアピールした。
ピース・ウォークで「暴力の連鎖を断ち切ろう」というスローガンを掲げる人たちもいるが、このスローガンはイスラエルの暴力的支配とそれに抵抗するパレスチナ人の抵抗闘争を同一にしてしまうもので、イスラエルの軍事支配を容認するともとられかねないものとなっている。今回の三人の証言者が「自分も自爆『テロ』をやりたくなった」と語っているように、イスラエル軍が行っているパレスチナ人への生活破壊・虐殺をやめさせることこそ求められている。(滝)
小田切拓さんの証言から
犠牲者の葬列にも入植地から銃撃が
四月二十四日に、十四歳の子どもを含めて三人が殺された。こうしたことはビックリすることではない。沖縄の米軍占領時代と同じで文句が言えない。イスラエルは入植地を守るということで軍を配置している。衝突はシャロンによって作られたものだ。大きな葬式があった。入植地からその葬列を撃つ。十二歳のサッカーをやっていた少年が殺された。ハマスを支持するわけではないがやるしかない。自分も自爆したくなる、そういう気持ちになる。
交差点の向こうから一時間にわたって撃ってくる。子どもたちは撃たれても慣れてしまってビックリしなくなっている。パレスチナ人は日本人と同じで宗教にもうるさくない。普通の人たちで日常生活を営んでいる。みんながテロリストではない。日本の報道は全部いっしょくたに報道している。
一年半前から、日常的にイスラエル軍の攻撃が続いていて、銃声はめずらしくない。こわいのは戦闘機の爆撃だ。ゴォーと音がするが全然見えない。催涙ガス弾を良い臭いがするように作っている。百五十人が催涙ガスを吸い、このうち妊婦が二人流産した。これは殺人と同じだ。農村地帯に行ってはいけないと言われた。スナイパーにねらわれるからだ。
私は日本に戻って、パレスチナのことを思い出すと手が震えたり、どもったりする。パレスチナ人はこうしたことを五十年間も強制されている。失業率は七〇%だ。仕事もない、心も殺される。いまパレスチナで行われているのは大虐殺だ。日本での報道はひどいものだ。パレスチナで起こっていることを日本人に知らせてほしい。
清末愛砂さんの証言から
地面にはいつくばるしかなかった!
イギリスのインターナショナル・ソリダリティ・ムーブメント(ISM)に参加して三月二十八日にパレスチナのベツレヘムに行った。ISMの活動は非暴力直接行動で昨年の十一月から始まった。八七年のインティファーダと二〇〇〇年からの闘いの違いは何か。それはイスラエル軍がさらに凶暴になっていることだ。イスラエル兵は頭と心臓をねらって殺す。難民キャンプに行った。入植者がバンバン撃ってくる。監視活動をしないとドンドン殺されていく。
ISMの呼びかけに、イタリア、アメリカ、スウェーデン、イギリスなどから平和活動家がやってきた。パレスチナ人はデモをすると殺される。何ができるのか。間に入って、人間の盾になってパレスチナ人を支援しようと考えた。ベツレヘムのオルタナティブ情報センターで情報をとっていたが、攻撃のために閉鎖された。
三月三十日、横断幕をもって行進をしながら「パレスチナ人を殺さないで。いっしょに住めばいい。戦争ではなく平和を。無抵抗だから話を聞いて」とイスラエル兵に訴えた。イスラエル兵は撃つ姿勢をする。音響弾を上に向けて撃つ。戦車が集まって来るのが見えた。歩いていった。手を上げて無抵抗であることを示す。キャンプに行きたいと交渉しようとした。パァーンと乾いた銃声がした。デモに発砲してきた。もう一台の戦車が来る。腕を組んだ。私を含めて七人が撃たれケガをした。
ヘリが出て偵察すると必ず爆撃がある。「爆撃されて死んでしまうかもしない」と恐かった。人がいてもアパッチヘリで住宅が壊された。安全な所はどこもない。夜、近くの基地から砲撃してくる。
四月一日に包囲され、二日に、イスラエル軍は徹底的な攻撃を開始した。戦車がゴォーというものすごい地響きをさせ突入してきた。ついにきた。パンパン、ボォーン。街中に戦車がきている。ホテルに退避していた。「窓から離れろ、かがめ」と言われた。戦車がホテルの前で止まり監視している。報道者全員が同じ場所にいた。
ものすごい音がしてきた。ドォーン、ドォーン、とパンチをするような音だ。大学も攻撃された。生誕教会も攻撃されている。カーテンも開けられない。動くものはすべて撃たれる。フランス人記者は勇敢にも外に出て取材にいく。撃たれて死ぬんじゃないかと心配になった。すぐに、戻ってきた。イスラエル兵は走り回って銃を乱射している。
生活ができなくさせるために、家の上にある水道のタンクやパイプをまず壊す。道路が水びたしになっていた。電気・電話が切られた。
四月三日に、アメリカとイギリス大使館の車がきて、車の中から移動してみた。電気がついている家は一軒もない。見えるのは銃を持ったイスラエル兵だけだ。道路はボコボコになっている。物が散らかっている。建物を壊して、中にあった物を外に出す。ひたすら、黙っているしかない。負傷者が多くいるのがわかっているのに、救急車が入れない。
イスラエル兵はドンドンと民家のドアを叩く。開けるとその瞬間にバンバンーと撃って殺される。遺体を外へ運べない。遺体とともにいるしかない。子どもたちは泣きわめいている。白旗を掲げてその家に行った。その家の人は外に出るのが恐いという。母親の遺体はそのままだ。その家が特別にねらわれたわけではない。いまでも包囲されている。食べ物がない。本当に餓死するしかない。
イスラエルは「武装勢力は一般の人を盾にしている」と言う。よくもそんなことが言えるものだ。「難民キャンプはテロリストの巣窟だ」。本当にそうなのか。自爆攻撃をした人もいるがいろんな人が住んでいる。自爆テロをしなければならない状況になっている。黙って野垂れ死にするのか。抵抗するのはあたりまえだ。武装勢力と言うことはできない。自爆テロという言葉はきらいだ。
四方から徹底的に撃ってきた。地面にはいつくばっているしかなかった。一週間から十日間そういう状態だった。ひたすら攻撃された。イスラエルによる国家テロだ。パレスチナ人に思ったこと。何が何でも生き残ってほしい。山谷や釜ケ崎、野宿労働者運動に参加したことがあり、そこで「やられたら、やりかえせ」と言われた。私は「生きて、やりかえせ、死んでは花も咲かない」と言いたい。
(報告要旨・文責編集部)
「占領をやめさせよう」
千五百人が「パレスチナ ピースウォーク」でイスラエル抗議
四月二十九日、東京代々木公園野外ステージで「パレスチナ ピースウォーク」がパレスチナ子どものキャンペーン、ピースボート、JVC、アラブ・イスラム文化協会など十三団体で作られた実行委員会主催で行われた。
最初に、主催者からイスラエルのよるパレスチナへの攻撃を批判し、次のような要求が訴えられた。@イスラエルはパレスチナ人と自治政府への武力攻撃をただちに止め、自治区からその軍部隊を即時撤退させることAイスラエルは、医療要員、救急隊員、その他、誰であれ、人道的救援活動をしている人々への攻撃と妨害を、ただちに止めることBイスラエルは、一九六七年六月戦争で占領した、エルサレム東部を含むすべての地域において、国際法違反の入植活動を全面的に凍結することCイスラエルは、一九六七年六月戦争の占領地から全面的に撤退し、パレスチナ人の独立国家樹立を認め、平和な関係を築くことDアメリカは、イスラエルの攻撃を事実上容認・支援する政策を転換させ、イスラエルがこれらの要求に従うよう、最大限の影響力を行使すること。
続いて、高橋和夫さん(放送大学助教授)は、「この重大な時期に、日本政府は駐イスラエル大使を二カ月間不在にしたり、国連難民支援金を減額しようとしている」と日本政府の対応を批判した。そして「市民が手をつなぎイスラエルによる占領をやめさせよう」と訴えた。この後、ピースボートのダンスパフォーマンス、寿の歌による平和のアピールが行われた。
集会には若者やアラブ系の参加が目立ち、千五百人が参加した。渋谷から宮下公園を通り、原宿に戻ってくる約一時間のピースウォークを行い、道ゆく人々に「パレスチナに平和を」と訴えた。
主催者からウォーク終了後、「大阪ピースウォークも二百五十人が集まった。一九八二年に三百五十人のデモを行ったが、それがこれまで一番大きなデモだった。一九六七年のイスラエルの占領から三十五周年にあたる六月に再度集まりたい」と呼びかけられた。(M)
イスラエルはパレスチナ侵略戦争をやめよ!
新しい反安保実VIが渋谷デモ
四月二十二日、東京・渋谷でイスラエルのパレスチナに対する侵略戦争に反対し、全占領地からの即時撤退を求めるデモが行なわれた。主催は、日本の参戦を許さない!実行委員会(新しい反安保実Y)。この行動には六十人が参加した。
宮下公園で開かれた集会では最初に国富建治さんが、四月二十日にはワシントンで七万五千人を結集したパレスチナ反戦デモが行なわれたことを紹介し、イスラエル・シャロン政権とそれを支えるブッシュ政権を包囲する国際的闘いを強化しようと訴えた。
続いて岡田剛士さんが、軍事閉鎖区域として内と外が完全に閉鎖されたジェニンをはじめ、パレスチナ全域で行なわれている虐殺を糾弾するとともに、行動の基調的な報告を行なった。
「人がいるのがわかっている難民キャンプの家にミサイルを撃ち込む。砲撃する。中に人がいるのに戦車で押しつぶす。どれだけ殺されたのか。どれだけの人がまだ瓦礫の山に埋まっているのか、まだ全くわかっていない。そしてイスラエルは国連の調査団が入ることも拒否している。テロリスト摘発を名目に、少なくとも四千二百人が連行されたままになっている。その人たちの腕に番号が書かれていることに対して、ホロコーストを生き延びたイスラエルの国会議員が『あまりにもひどい』と問題にするほど、イスラエル軍による国家テロはすさまじい」。
「イスラエルの反戦運動もさまざまな取り組みを始めている。アラファトが監禁されている建物に『人間の楯』として入っている人もいる。メタ・ゴランさんという有名な女性がいまもアラファトと一緒にいるが彼女が四月始めに出したアピールは言う。『イスラエルの国家テロとパレスチナ人のテロはコインの裏表だ。それではコインとはなにか。それはイスラエルによる占領そのものだ。まず占領をやめなければならない』。こういう声がイスラエル国内からも上がっている」。
「9・11テロを契機に始まったブッシュ政権の報復戦争は、グローバル戦争に拡大した。シャロンの国家テロや小泉のテロ対策三法も有事法制もその中にある。反対の闘いを強めよう」。
岡田さんの基調報告に続いて、参加団体からのあいさつを受けてデモに出発、「イスラエルは戦争と占領をやめろ」「アメリカは戦争をやめろ」「小泉政権は戦争協力をやめろ」「有事立法を阻止しよう」と訴えた。 (I)
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