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暴走する新自由主義的「改革」を止めろ(下)      かけはし2005.11.7号

11月APEC、12月WTO反対の国際闘争に合流しよう


APECの成立経過

 十一月十五〜十六日にAPEC(アジア太平洋経済協力)の閣僚会議、同十八〜十九日に同首脳会議が韓国・釜山で開催される。
 APECは、「アジア太平洋地域の持続可能な発展を目的とし、域内の全主要国・地域が参加するフォーラム」として一九八九年に発足し、九三年以降、毎年閣僚会議と首脳会議が開催されている。
 当初はASEAN六カ国(当時)と韓国、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、米国、日本の十二カ国で構成され、域内の貿易投資の自由化・円滑化を謳っていた。その後、メキシコ、中国、ロシア、チリ、ベトナム等が参加し、現在では二十一カ国・地域となっている。
 APECは、その名称(「会議」でも「機構」でもなく、「経済協力」)や、「フォーラム」という規定が示しているように、非常に曖昧な性格であった。実際、APECは「拘束によらない自発的なコミットメントと、開かれた対話と、すべての参加主体に対する平等の尊重を基礎として活動している唯一の政府間グループ」であり、「WTOや他の多国間機構と違って参加主体に条約上の義務を要求しない。APECにおいては決定はコンセンサスによって行われ、約束は自発的に行われる」と自己を規定している。
 これは発足当初における二つの思惑の対立を棚上げにするための妥協の産物だった。マレーシアと日本は、ASEANと日本を軸に、米国・EUに並ぶアジア経済圏の確立を目指し、この目標に向けたゆるやかな協力体制を意図していた。これに対して米国は、米国に対抗しようとするそのような動きを警戒し、カナダ、オーストラリアと連携して、APECをアジア太平洋地域における市場開放のテコとして活用しようとしていた。
 とくに、九三年以降の米国のクリントン政権の「人権外交」や、それと結びついた労働組合レベルにおける「労働条項」、「環境条項」の要求もあり、APECの性格付けは曖昧なままにされた。

通貨危機と求心力の喪失


 一九九四年にインドネシア・ボゴールで開催された閣僚会議では、「先進エコノミーは遅くとも二〇一〇年までに、また、途上エコノミーは遅くとも二〇二〇年までに自由で開かれた貿易及び投資という目標を達成する」とする「APEC経済首脳の共通の宣言」(ボゴール宣言)が採択された。しかし、目標の具体的内容は、「GATT(後にWTO)との整合性の確保」、「ウルグアイ・ラウンドにおける約束の完全かつ遅滞なき実施」という枠組の中で各国の自発的な提案に委ねられた。
 九五年に大阪で開催された閣僚会議では、「大阪行動指針」が採択された。これはボゴール宣言の実施に関する一般原則と枠組を規定している。この行動指針では、一般原則においては包括性(「自由化および円滑化の過程は、……すべての障壁を対象とする」)、同等性(「それぞれのメンバーがすでに達成した自由化及び円滑化の全般的な水準を勘案し、……全体としての同等性を確保するよう努める。」)が明記されているが、一方で「……用意ができているAPECメンバーが協力のための措置を開始し、実施していくとともに、未だ用意のできていないメンバーが後日これに参加することを認める」という緩やかな規定が設けられている。九六年にマニラで開催された閣僚会議において、具体的な目標を列記した「マニラ行動計画」が採択された。
 その後、ボゴール宣言で掲げられた目標に関わる中間評価や、貿易・投資委員会(CTI)、ワーキング・グループ(電気通信、運輸、貿易促進、人材養成等)の会合やセミナーなどの活動が行われており、また、この地域の経営者団体を結集するAPECビジネス諮問委員会(ABAC)が公式の民間諮問団体として、毎年提言書を発表している。ABAC日本支援協議会は経団連に事務局を置き、日本の主要企業が名を連ねている。こうして、非常に緩やかな形ではあるが、この地域の経済統合に向けた準備が積み重ねられている。
 しかし、九七、八年の東アジア通貨危機や、日本における長期にわたる不況の影響もあり、APECは政治的なレベルでは求心力を失う。自由化をめぐる焦点がWTOに集中し、政府レベルでAPECを強力に推進するイニシアチブが不在となった。

「テロとの対決」と
WTO推進で結束

 APECが再び重視されるようになったのは、二〇〇一年の「九・一一」以降、「テロ対策」におけるAPEC加盟国間の協力という脈絡においてである。同年十月に上海で開催された閣僚会議・首脳会議では、グローバル化の進展等による経済の実質的な変化に対応してAPECの活動を活性化するという一般的な確認(「上海アコード」)のほかに、「テロ対策に関するAPEC首脳声明」が発表された。この声明では、航空や船舶など運輸分野の防護、電子税関ネットワークの迅速な開発などAPECとしてのテロ防止のための具体的課題が掲げられた。
 〇二年にメキシコのロス・カボスで開催された閣僚会議・首脳会議でも、「貿易円滑化行動計画」などの通商関連の宣言のほか、「APEC加盟国・地域での最近のテロリズム行為に関するAPEC首脳声明」、税関、運輸、金融、通信分野等における期限付きのテロ対策についてとりまとめた「テロリズムとの闘いおよび成長の促進に関するAPEC首脳声明」、さらに、北朝鮮の核開発計画の放棄を求める「北朝鮮に関するAPEC首脳声明」が採択された。

日本政府の狙いは何か

 〇三年のバンコクでの閣僚会議・首脳会議は、同年にメキシコで開催されたWTO閣僚会議の失敗の直後に開かれた。そのため、首脳会談ではWTO交渉の再開に向けた意見交換が行われた。また、日本政府は「APEC構造改革行動計画」を提案し、相互支援的な構造改革のためのプロジェクトおよび協力強化を呼びかけた。
 しかし、〇三年の会議については、外務省のウェブで、次のように評価されている点に特に注目しておく必要がある。
 「テロリストの撲滅や大量破壊兵器の拡散防止等の安全保障上の課題に対し、APECとして必要な措置をとることが首脳レベルで確約され、今後のAPEC首脳会議でこれらの課題につき議論することに合意したことは、アジア太平洋地域のすべての主要国が参加するAPECが、地域が直面する安全保障上の脅威に対応していくとの決意を域内外に明確にし、APECの今後の役割の方向性を示した点で評価できる。特に、具体的措置として、携帯式地対空防衛システムの国内規制強化策等に合意したことは、重要な成果と言える」。
 また、APECテロ対策タスク・フォース(CTTF)とG8(CTAG)や国連(UNCTC)との連携強化の必要性が確認された。
 〇四年、チリ・サンチャゴで開催された閣僚会議・首脳会議においては、この流れが一層強化された。「貿易・投資の自由化を通じた開発の促進」(WTO、FTAの促進など)と並んで「人間の安全保障の強化――経済成長の下支え」が重要なテーマとして扱われている。さらに、「良い統治と知識基盤型社会の促進」というテーマの下で「腐敗との闘い」、「構造改革の推進」、「官民のパートナーシップ及び国際金融機関との一層の相互作用」等が強調され、政治的な目的が一層明確になっている。
 米国や日本の政府にとって、潜在的なライバルである中国や、かつての敵であったロシア、ベトナムを含めて、この政治的枠組みに取り込んだことは大きな成果である。
 この一連の経過の中で、日本政府はAPECをアジア・太平洋地域における安全保障とリンクさせる形で位置付け直した。同時に、小泉政権は日本における「景気回復」(銀行の不良債権問題の解消と大企業の収益力の回復)と「改革」の余勢を駆って、この地域においてWTO交渉再開の積極的なイニシアチブを発揮し、APEC地域における構造改革支援を打ち出すことによって、この地域における政治的リーダーシップに再挑戦しようとしている。

釜山APECのテーマ


 十一月に釜山で開催される閣僚会議・首脳会議でも、WTO交渉促進と「人間の安全保障」が主要テーマに設定されている。
 六月に済州島で開催されたAPEC貿易担当大臣会合では「WTOドーハ開発アジェンダ交渉に関するAPEC貿易担当大臣会合閣僚声明」が発表された。この声明は「(WTO)香港閣僚会議では、農業と非農産品市場アクセスにおける野心的なモダリティー、サービスにおける野心的な成果、ルールと貿易円滑化における前進、あらゆる分野での開発への配慮を含む、野心的でバランスのとれた成果を達成することを約束する」ことを強調している。
 九月十三、十四日に慶州で開催された〇五年第三回APEC高級実務者会合(SOM)でも、WTOへの支持が強調されている。
 しかし、APEC域内における自由化についての議論は、WTOでの交渉の進展待ちという状況であった。今回の釜山APECで、日本政府は十二月の香港でのWTO閣僚会議を突破口にして、APECをアジア太平洋地域全体における新自由主義的構造改革の強力な推進力にすることを狙っている。そのための「APEC改革」も議論に上っている。
 しかし、日本においてAPECに対する関心は低く、反対する運動は非常に弱い。「開かれた対話と、すべての参加主体に対する平等の尊重」という建て前もあり、労働運動やNGOの中に、APECに関与(参加)するべきであるという主張も聞かれる、。実際、連合はAPECの正式の諮問機関としてAPEC労働組合ネットワークを設立することを提案している。韓国においても、この間いくつかの問題で民主労総と共闘してきた韓国労総はAPECへの関与という方針を採用している。
 われわれは、WTO反対の闘いの重要な一環として、とりわけ、WTOの香港閣僚会議での新たな合意を阻止する闘いの前哨戦として、APEC反対のための学習・宣伝を強化する必要がある。また、反戦・平和運動と連携して、APECにおける共同の「対テロ」対策と欺瞞的な「人間の安全保障」に反対するための学習・宣伝を強化する必要がある。

「東アジア共同体」への動き


 WTO、APECと並行して、「東アジア共同体」構想をめぐる動きも活発化している
 直接の契機となったのは〇二年一月に小泉首相がシンガポール訪問の際に、日本・ASEAN協力を基礎に、「共に歩み共に進むコミュニティー」の構築をめざすことを打ち出し、〇三年十二月に東京で開催された日本・ASEAN特別首脳会談の宣言でその趣旨が確認されたことである。
 〇三年九月には、中国で東アジア・シンクタンク・ネットワーク(NEAT)が創設され、その事務局が中国社会科学院に置かれることになった。
 〇四五月には、東京で「東アジア共同体評議会」が設立され、会長に中曽根元首相、議長に「日本国際フォーラム」の伊藤憲一理事長が選任された。
 小泉首相は今年一月に通常国会での所信演説の中で「多様性を包み込みながら経済的繁栄を共有する、開かれた『東アジア共同体』の構築に積極的な役割を果たしていきます。」と述べた。
 民主党も九月総選挙に向けたマニフェストで東アジア共同体を目指すことを明記している。
 昨年十一月のASEAN首脳会議では、〇五年十二月にマレーシアで、東アジア共同体に向けた「東アジアサミット」を開催することが決定された。
 「東アジア共同体」の構想は、ASEANと中国、韓国、日本の経済的一体化を促進し、米国、EUと並ぶ経済圏を形成することを目指すもので、通貨統合や金融・市場ルール等の政策における協調を射程に入れている。
 米国は、日本やASEAN諸国が中国と連携し、米国抜きで東アジア共同体を目指すことを容認しないことを明らかにしている。アーミテージ前国務副長官は、一連の発言の中で、東アジア共同体が「日本の国益にならない」と牽制している。右翼や保守派の間でも、東アジア共同体に強く反対する論調が展開されている。
 東アジア共同体評議会は今年八月に、政策報告書「東アジア共同体構想の現状、背景と日本の国家戦略」を発表した(A4・50ページ、同評議会のウェブから入手できる)。

どう考えるべきか


 東アジア共同体を推進しようとしているASEAN諸国や日本の政府、そして反対している米国政府や日本の右翼・保守派のいずれにとっても、最大の関心は中国との関係である。
 一方、左派や進歩的な人々の間でも、東アジアにおけるEUをモデルにした経済統合や通貨統合(ドル圏からの離脱)について語られるようになっている。別の文脈ではあるが、姜尚中さんをはじめとする人々によって、朝鮮半島をめぐる状況に対応して「東北アジア共同の家」が提唱されている。
 たしかに、東アジアにおける経済的相互関係の深まり、互恵的な経済協力の可能性、そして何よりも米国ルールやドルによる支配からの自立の必要性の観点から、ASEAN諸国と中国、台湾、南北朝鮮、日本が友好と協力を深めることは望ましいことであり、その延長上に将来の経済的統合の可能性について展望すること自体は、積極的な意義があるだろう。私自身は、少なくとも日本の左派や進歩的人々にとって、中国、台湾や南北朝鮮の人々との間の、日本の植民地支配の歴史に起因する問題の解決のための長期にわたる過程を抜きに「東アジア共同体」を直接の課題として提起することは現実的でないと考えている。しかし、左派や進歩的な人々の間で、そして当該の諸国の人々との間で、そのような議論を開始することは、それ自体として重要なことだろう。
 そのような議論の前提を確保するためにも、現在、小泉政権の下で進められようとしている「東アジア共同体」に向けた動きを止める必要がある。なぜなら、この構想は政府と財界の一部によってのみ検討されたものであり、東アジア共同体評議会の政策報告書は貿易・投資、金融の領域における上からの一体化に中心が置かれており、この地域の持続可能な発展に反するものだからである。しかも、小泉政権は、教科書問題、靖国問題で東アジア地域の人々の間の友好と協力のための前提を破壊してきた。
 小泉の狙いは、APECとWTO交渉において日本の存在感を回復し、「構造改革」という名の下の収奪強化を通じて収益力と競争力を回復した企業を、自由化されるべきアジア各国の市場へ解き放つことである。
 暴走する新自由主義的「改革」を止めよう! 十一月APEC(釜山)、十二月WTO閣僚会議(香港)反対の国際的闘争に合流し、小泉翼賛体制への反撃を開始しよう!
                                 (小林秀史)


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