| カン・スンギュ不正事件と民主労組運動の危機 かけはし2005.11.7号 |
指導部は辞職から一転復帰
10月7日、カン・スンギュ民主労総首席副委員長が背任収賄容疑で緊急逮捕された。いわゆる労働界の不正事件は韓国労総を超えて民主労総の公々然たる事実となって以降、民主労総最高首脳部の不正事件は労働界にとどまらず、全社会的に大変な衝撃を与えた。
今回の事件は外形上、今年1月の現代自動車での採用不正や4月の起亜自動車労組の採用不正など、個人による不正または個別単位事業場労組レベルの不正を超え、民主タクシー労連委員長、民主労総首席副委員長という公的地位を悪用した、たちの悪い不正だということに問題の深刻性が存在しており、これは弁明の余地のない致命的過ちだ。
だが問題はカン・スンギュ不正問題それ自体を超えて、10月11日に「下半期闘争後に早期選挙の方針」として確定された民主労総指導部のギマン的対応によって、危機の状況は一層増幅されている。当初は指導部辞任の意思を暗示していたイ・スホ委員長は、たった一晩にしていかなる理由からか「下半期闘争と組織革新」の責任を取る、として委員長職に復帰した。
民主労総指導部の理解しがたい振る舞いは、今回の不正の事態に対する安逸で主観的な認識、加えて覇権的で官僚的な実践方式、資本と国家に対する妥協的・協調的態度とともに、現段階の民主労働運動の危機を総体的危機へと深化させている。
明らかになったカンXファイル
カン・スンギュ首席副委員長が拘束されるやいなや民主労総指導部は、民主タクシー労組連盟(以下、民タク労連)組合員の治療費を準備するために事業主側から「借用証なしに借金をしたものだ」とするカン・スンギュ前首席副委員長側の説明によりかかり、事態の本質を回避しようとした。だが検察が裁判所に申請した拘束令状によれば、カン・スンギュ前首席副委員長が使用者側にまずカネを要求し、受け取ったカネの使い先もまた、義父の借金を返し、積立金へ加入をするなど個人的用途に集中していたことが、あらわになった。
また、タクシー事業者連合会側にカネを要求するに際して「民主労総への選挙出馬のために組織管理が必要」だと発言し、民主労総首席副委員長職を担っていた9月にもカネを受け取っていた事実が明らかになるとともに、民主労総指導部は総体的アノミー(混とん)状態に陥った。
だが実際に労働界に出まわっている風聞は、すでにこのような不正事件を予告していた。もちろん、政権側のち密な内部調査や「カン・スンギュXファイル」は知るべき人々の間では、すでに公然の秘密であったのであり、ただただ現政権との関係や時期だけの問題であった。
これはカン・スンギュ個人の不正や民主労組運動の政派間の違いを超え、政権や資本の執拗な攻勢の前に武装解除された民主労組運動内にガンのように広がり行く協調主義が組織の最上層・心臓部まで浸透したことを赤裸々に示している。
委員長の職務停止は3日間
10月10日夕刻、中執会議に参加したイ・スホ委員長は本人の職務を停止することを明らかにし、オ・ギルソン副委員長を空席中の首席副委員長に指名して業務を任せたまま会議場から退席した。一方、イ・スボン代弁人はMBCのマガム(締め切り)・ニュースとのインタビューで「イ・スホ委員長が辞退の意思を表明し、結論は出なかったものの辞職の意思は固い」と語り、以降の事件処理の方向を示唆した。
てんでバラバラの意見が飛び交った中執会議において、出席者たちは事態の深刻さという認識では一致していたものの、「執行部総辞職」を主張する側と、「個人の不正なので執行部全体が責任を取る必要性は、ない」、「今、全員が辞職すれば非正規・労使関係ロード・マップなど、下半期の闘争について、どう責任を取るのか」という反論など、激論が交わされた。
この過程で一部の幹部たちの場合、「こんなことのたびごとに全員が辞退するのか」という詭弁をもためらわず、いったい彼らは民主労組という大衆組織の幹部としての基本的資質さえどうなのか、を疑わせた。
加えて、現場の危機をもたらす一助となった単位事業場レベルの広汎な不正やゆ着に対して免罪符を与えようとする奇妙な論理は、民主労組の革新が単に幾つかの形式的制度ではなく、その根っこの所から革新しなければならないことを見せつけるものだった。
だが10月11日午前の記者会見でイ・スホ委員長はカン・スンギュ収賄容疑によって触発された危機状況を「正面突破」(?)する政治的意志を明らかにした。委員長が自ら下した職務停止処分は週末を経た後、わずか3日間で覆され、「下半期闘争の責任を取る」という名分の下、委員長の職務に復帰した。
これで、もう何回目のことか。年初、社会的交渉路線をめぐる代議員大会の休会の際の稚拙な辞職騒ぎを今一度、繰り返すことによって、民主労総の組織自体を委員長自らが、もの笑いの種に仕立てあげた。民主労総の核心指導部が5日間の非公式会議を通じて到達した結論が、まさにこれだった!
責任回避の現指導体制維持
記者会見でイ・スホ委員長は形式上「深甚なる謝罪」を表明した後、カン・スンギュの収賄容疑について「公人の立場にある人間として、あってはならない行為」であり、今後「委員長として道義的責任と大衆的責任を取る」と語った。だが「指導部の空白や、それに伴う混乱は労働界全体の武装解除の事態を招き、政府の一方的な(非正規処理、労使関係ロードマップ)の処理に翼を付けてやることになるだろう」し、「これについての被害を避けることもまた民主労総が、あえて担わなければならない歴史的、社会的責任であることを痛感する」として辞職の撤回を合理化した。
続いて、下半期闘争についての責任を果たし、闘いが終わり次第、ただちに早期選挙を実施する一方、「委員長本人は首席副委員長指名権者として無限責任を取り、以降は民主労総の選挙に出馬はしないことを明らかにする」と強調した。全く、とんでもない発想と言うほかはない。彼は、いったいこの状況にあって再び出馬する考えが、これっぽちでもあったと言うことなのか。問わざるをえない。
それ以降に進められた質疑応答において、イ・スホ委員長は通常国会終了後に非正規職、労使関係ロード・マップ問題が落ちつく年末ごろに選挙が行われるであろうと予想しつつ、この決定は「実質的には総辞職と何ら変わらず、ただそれが2カ月遅れになると言うにすぎない」と語り、責任回避の意図のないことを再三にわたって強調した。
現体制維持―早期選挙実施方案の実効性について疑問が示されると、イ・スボン代弁人は「むしろ選挙を控えているということになれば、それぞれの組織が闘争に、よりまい進できるという側面もあり、そこまで考え抜いた決定」だと付け加え、失笑を買った。
今回のカン・スンギュ不正事態を一層悪化させたイ・スホ委員長の職務停止・復帰騒動は、現執行部の安逸な没歴史的情勢認識をさらけ出している。これに加え、MBCをはじめとする保守メディアの報道もまた、委員長の職務停止の件を年初の代議員大会での消火器噴霧の場面と連動させて、まるで内部の政派の構図が今日の事態に影響を及ぼしているかのような歪曲報道を通して、事態の本質を歪めることにひと役買った。
階級性と自主性の回復のために
民主労総執行部は、すでに政治的に死んだ。10月11日の記者会見を通じて明らかにされた対策によって再生することは不可能だ。したがって「下半期闘争のための現行維持や早期選挙および選挙不参加」というイ・スホ委員長の記者会見は実に卑劣このうえないものだ。彼が提示した倫理綱領だとか、幹部たちの財産公開が、いったい不正や腐敗を阻む装置になり得るのだろうか?
今回の不正事件は、いわゆる民主労組運動の危機の本質が何であるのかを如実に示している。また04年末から提起された、いわゆる危機論争が、問題の核心からどれほどかけ離れていたのかを明らかにさらけ出した。
民主労組運動の危機の本質は、いわゆる代表性の危機を超え、アイデンティティの危機であり、指導力の危機であって、その政治的核心は政権や資本に対する民主労組の自主性の危機にあった。
いわゆる組織革新委員会をカン・スンギュ首席が委員長として担任したこと自体が、アイロニーだ。革新されるべき対象が革新を論じるというとんでもない状況だとの批判が、事実をもって立証された。だがこれはカン・スンギュ個人の問題ではなく、民主労総現執行部全体の問題だ。
現在の危機は、単に民主労組運動の戦闘性回復だけではなく、階級協調主義の流れの強化の中で、民主労組の内部から毒キノコのように育った階級協調―妥協主義と官僚主義を人的にも制度的にも清算することと同時に、民主労組運動の自主性や階級性を回復させるときにのみ克服できるだろう。
いま必要なことは、ぐじゅぐじゅとした弁明や詭弁ではない。万が一にも現執行部に最小限の良心でもあるのならば、即座に総辞職をし、下半期の闘争での白衣従軍(官位を捨てて従軍すること)を宣言すべきだ。早期選挙を云々しつつ、そのイスに恋々としている時ではない。不正や腐敗から自由な非対委(非常対策委員会)の構成を通じて下半期・反新自由主義ゼネスト闘争の旗じるし、反帝・反戦・反世界化国際連帯闘争の旗を掲げなければならない。
エセの政治勢力化の論理によって大衆を欺く無償教育・無償医療、世の中を変える闘いを叫ぶのではなく、政権や資本の新自由主義攻勢に堂々と立ち向かい、労働者階級の生存権と民主的権利のための闘争、非正規職撤廃と労働解放のための闘争に踏み出すのでなければならない。
念を押して強調するが、民主労総指導部の総辞職は現在の事態の解決策ではなく、単に解決のための第1歩にすぎない。また非対委の構成がすべての問題の解決策でもない。だが即刻辞職することと非対委の構成は、大衆的信頼が失墜した現在の状況にあって、強力な闘争や抜本的革新を通じて民主労組運動の階級性と自主性とを回復するために、苦しくも厳しい努力を避けて進むことはできない、そういうレベルのものだ。(「労働者の力」第88号、05年10月14日付、ウォン・ヨンス/編集長)
【資料】
危機に直面した民主労総の正しい解決を望む
民主労総事務総局・活動家
民主労総は今、背任収賄容疑で拘束されたカン・スンギュ首席副委員長事件によって創立以来、最大の組織的危機を迎えています。執行部は、これに対して「現指導体制によって下半期闘争を遂行した後、早期選挙実施」という対策を示しました。だが、これは事態の深刻性に、あえて目をつぶった安易な状況認識であり、ごう慢な発想です。
1.「カン・スンギュの事態」は民主労総全体の危機です
…略…
2.現執行部の総辞職を繰り返し促します
…略…
3.なり代わって贖罪する思いで民主労総を辞職しようと思います
われわれは長くは民主労総の創立時から、短くはこの数年間を民主労総事務総局の一員として労働者大衆の権益向上と平等社会実現のために働いてきた専門活動家たちです。ひたすら社会進歩のために汗を流すという自負心ひとつで働いてきました。民主労総が大衆的信頼を失えば、われわれの活動の正当性もともに地に落ちざるをえません。
ところで「カン・スンギュ事件」が表面化した10月7日以後、常任執行委員を除く事務総局のメンバーたちは、事態解決のための意見を掲示する機会を得られませんでした。問題の執行部方針が発表された翌日の12日になって初めて事務総局会議が開かれ、それでさえも信頼回復のための指導部の決断を要求する声は徹底して黙殺されてしまいました。
われわれは事態がこの状況に至るまで事業執行の担当者として指導部をキチンと補佐できなかったことに一抹の責任を感じます。したがって現執行部の無責任さになり代わって罪を償う思いで民主労総を辞職しようと思います。われわれはまた民主労組運動の大義と伝統を破壊する「非常識」の隊列に、断じてともにいることはできません。
もちろん民主労総は、われわれが青春を捧げ、われわれの血と汗、手あかが染みこんでいる所です。ひいては自身の夢であり未来そのものである民主労総を離れるということは活動家としては実に苦渋に満ちた選択でないわけがありません。けれども原則の崩壊する状況に順応するよりは、あえて組織をよみがえらせる1粒の麦になろうと思います。
われわれと考えを異にする事務総局の活動家もありえるでしょう。また志を同じくしながらも、さまざまな事情から行動をともにできない方もいらっしゃるでしょう。われわれは、ただいかなる位置にいたとしても民主労総の大衆的権威と信頼を回復することに力を注いでくださることを心底から訴えます。
最後に、危機に直面した民主労総を救うために指導部の決断を重ねて促します。
2005年10月13日
国際部長イ・チャングン、企画次長チョン・ウニ、対外協力局長イ・ファンミ、非正規局長チャ・ナモ、宣伝局長ファン・ヘウォン、争議局長パク・ソンボン、政策局長キム・テヨン、組織局長ハン・ソンジュ、組織部長イ・スンチョル、総務部長パク・インソ、編集部長パク・スンヒ、編集次長パク・スギョン、編集次長イ・ジョンウォン
(「労働者の力」第88号、05年10月14日付より)
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