| 「現代自動車」非正規職労組員が抗議自殺 かけはし2005.10.3号 |
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社会の両極化を強化・進行させる非正規職を撤廃せよ! |
1.また一人の労働者の死を迎えなければならなかった。
蔚山現代自動車非正規職労組の組合員、リュ・キヒョク烈士の死だ。
9月4日、31歳の若さで非正規職という辛さと悲しみ、解雇者という名のくびき、加えて会社への立ち入り禁止という仮処分まで受け、一人で人生を断ちきる選択をした。
2.だれが彼を死に追いやったのか?
「現代」資本の非正規職労働者と労働組合に対する弾圧が、彼を殺した。
現代自動車は昨年、1万人に及ぶ非正規職の労働者たちに対して不法派遣の判定を受けたが、これを解決するどころか、完全な請負制への転換の企図や、交渉拒否を貫いている。いや、むしろ非正規職労組員220余人に対して懲戒あるいは解雇し、120余人を業務妨害などの嫌疑で告訴・告発を乱発している。
若い一人の労働者を監視と統制によって苦しめ、はては不誠実な者として烙印を押し、解雇者として路頭に追い払うにとどまらず、労働組合活動をするからとして会社への立ち入りさえできなくし、彼をこのハン(恨)多き世の中と離別させたのだ。
3.ノ・ムヒョン政府も共犯だ。
ノ・ムヒョン政府は、よしんば労働部(省)を通じて不法派遣の判定を下したとは言うものの、それ以外にはいかなる解決の努力もすることなく「対岸の火事」を決めこんだ。
ノ・ムヒョン政府は現在、韓国社会の最大の問題は「社会の両極化の解消」だと騒ぎ立てているものの、むしろ「非正規改悪法案」を通して不法派遣を合法化しようとし、非正規職を量産しようとしている。
「両極化の解消」というもっともらしい言葉を吐き散らしてはいるものの、その原因については口をつぐんだまま、矛先を正規職労働者らに向け、この状況の中でうめき苦しんでいる非正規職の労働者たちに屈従か、さもなくば死を要求しているのだ。
4.非正規職撤廃! 死者も生者も、すべての労働者の要求だ。
「2対8の社会」と表現される社会の両極化は、さらに一層拡大・強化されている。資本や政府さえもが、これを主要な解決すべき課題だとはやし立てているけれども、その本質は隠ぺいし、社会的合意主義を通じて懐柔と統制を強化しようとする。社会両極化の解消は、何よりもまず非正規職の撤廃にある。
全く同じ労働をして少ない賃金を与えて、より搾取することができ、思い通りにならなければいつでも解雇することができ、労働者に懐柔と脅迫とによって競争を煽り立て、非正規職と正規職とを問わず、すべての労働者に自分だけが生き残ることを求めさせようとするのだ。
すでに労働者の半分以上が非正規職労働者となってしまった社会、この世に正規職と非正規職とに引き裂かれた生き方を強要する社会を資本と政権は作ろうとする。
死んだ者はその死によって非正規職の撤廃を叫んだ。残された人々もまた恐れと切迫感と怒りとによって「非正規職の撤廃」を叫んでいる。あたかも独裁の抑圧の中で「民主」を、残された者と死んだ者とが要求していた、かつてのわが歴史のように、この国のすべての労働者たちが「非正規職の撤廃」を求めているのだ。
5.「労働者の力」は、キム・キヒョク烈士の死がムダにならないように、すべての労働者たちとともに団結し、この国から「非正規職が撤廃される世の中」を目指して闘争しぬくことを決意するものである。
2005年9月6日
労働者の力
(「労働者の力」第86号、05年9月9日付より)
ハリケーン・カトリーナとニューオーリンズ
貧富の格差、人種差別の現実、没落する帝国の兆候
腐敗し始めた
アメリカ社会
「ここで明らかになったのは、ブルジョアジーはもはや社会の支配階級となるには適合せず、自身の存在条件を社会に圧倒的法律によっても強制できなくなった、という点だ。彼らが支配者として不適合な理由は、ブルジョアジーが奴隷制の中で奴隷の生存を保障してやることができないためであり、ブルジョアジーが奴隷を扶養するかわりに、奴隷がブルジョアジーを扶養しなければならない状態に陥らざるをえないためだ。社会はもはやこのようなブルジョアジーの下で生きることはできない。重ねて言うが、ブルジョアジーの存在は、これ以上、社会と両立することはできない」(カール・マルクス『共産党宣言』)。
去った者と残
った者の分裂
ハリケーン・カトリーナが残した傷痕は残酷なものだった。ある者は第2の9・11の事態だと比喩したりもした。人口50万、ジャズの都市ニューオーリンズは外形的には去った者と残った者とに分裂し、米国社会に内在していた階級的・人種的境界線を克明にさらけ出すこととなった。
カトリーナが荒らして行った廃墟に残った10万人は、疎開令にもかかわらず移動する車両がなく、またカネもなくて脱出できなかったニューオーリンズの都市貧民たちであり、その大部分は黒人や女性、老人などの弱者たちだった。特にスーパードームやコンベンションセンターの状況は21世紀のハルマゲドンそのものだった。電気やガスが断たれ、衛生設備は故障した。最悪の状況にあっても軍は該当地域への出入りを統制し、自殺者まで発生した。
またテキサス州など近隣地域に待避した多数の住民たちを収容した被災民収容施設もまた、そうよいものではなかった。救護の手はなく、水や食料の不足に加え、軍はこれらの人々を施設に隔離した。被災民収容施設は被災民を潜在的犯罪者として取り扱うという、もうひとつの捕虜収容所だった。
帝国内の植民地
ニューオーリンズ
ニューオーリンズの被害が一層大きくなったのは、ニューオーリンズという都市自体が米国資本主義によって「低開発」された地域だ、という事実にある。
現地住民の証言によれば住民の67%が黒人であり、40%が読み書きができない。子どもひとりあたりの教育費も低く、教師の給与水準は米国全体で48位のレベルだ。毎年2学級以上の青少年が学校をやめ、毎年5万人の学生が欠席する。悪名高いアンゴラ刑務所は黒人たちであふれており、囚人の90%が刑務所で生涯を終える。
住民らの平均所得も米国全体平均の4分の3のレベルだ。産業が空洞化した状態で、大部分の職業はサービス産業の低賃金、非正規職の職種だ。したがって、ある意味ではすでにカトリーナ以前に貧困と人種主義、投資の忌避や産業の空洞化、腐敗のハリケーンがニューオーリンズを強打していた。カトリーナは単にニューオーリンズの人種と階級問題に火をつけたにすぎない。
略奪問題と根
深い人種差別
今回のカトリーナの事態が全世界の耳目を引く煽情的事件として拡大したのは、まさに略奪問題だった。疎開令以後、事実上、都市の機能自体がマヒ状態に陥るやいなや、残された貧民たちには飲む水もなく食料もなく、いかなる交通手段も残されていなかった。
極限的状況に追いやられた人々が水と食料を求めるために、閉められたコンビニエンス・ストアや商店に入ったのが「略奪」だった。非常の状況にあっても資本主義的財産権は保護されなければならない、という論理だった。
だが白人たちが水や生活必需品を略奪する場面は食料「探し」とし、黒人らが水や食料を求める場面は「略奪」と表現された。この略奪騒動は、その原因についての診断というよりは煽情的な報道によって、軍隊の投入や即刻射殺命令を正当化する手段として悪用された。
現地人の証言によれば、いわゆる略奪者の90%は連邦政府が何も提供しなかったために飲料水や食料、おむつ、医薬品を略奪したという。またテレビなど非常用品に属さない物件を盗んだ人々も脱出費用を捻出するための行為だった、との主張も説得力を得ている。
また略奪行為とともに危険度を強調し、救護作戦の遅れを弁明する手段だった銃声の場合も、平常的のニューヨークで発生している銃撃件数の50分の1にも達しない数字だった。
ブッシュ政府
の対応の安逸さ
ニューオーリンズの状況が悪化の一途をたどっている経過は、政治指導者の安易な態度が大衆の激しい憤りを買うに充分だった。
ブッシュは共和党の後援パーティーで後援金を募金していたし、副大統領ディック・チェニーはゴルフ場でゴルフを楽しんでいた。国務長官コントリサ・ライスは7千ドルの値段の靴をショッピングしていた。
ブッシュの連邦政府と州・地域政府の対応はカトリーナの被害規模に比べて極めて安逸なものだった。
これは残留被災民を収用したスーパードームやコンベンション・センターへの適切な救護物品の集中やその管理は全くなされず、近隣地域に待避した被災民たちに対する対策も皆無の状態だった。国土安保部所属の連邦災難管理庁(FEMA)の安逸な対応も事態の悪化に輪をかけた。
一方、ルイジアナ州知事キャスリン・ブランコはカトリーナが接近しつつあるとき、具体的な防災対策を提示するかわりに「カトリーナの等級(勢力規模)を弱めてくれと手を合わせてお祈りしよう」との発言をすることによって周囲を驚かせ、事態が最悪に至った9月3日を「祈りの日」と宣言したりもした。
イラク侵攻によっ
て堤防工事が中断
ニューオーリンズやメキシコ湾地域はハリケーンの常習被害地域で、過去には1927年のミシシッピー大洪水、近くは昨年9月のハリケーン・イバンが襲ったときも被害規模は甚大だった。
だが1990年代中盤に堤防工事のために5億ドル規模のプロジェクトが発注されたが、その半分程度が支出された後、イラク侵攻を理由として予算が削減され、工事自体が事実上、中断された状態であった。こういった意味でブッシュのイラク戦争はニューオーリンズの被害を増幅させることに決定的な寄与をしたのだ。
また被災民の救護と復旧作業のために投入されるべき州防衛軍の半分以上がイラクに派遣されていた。ブッシュ政府はイラクへの侵攻と占領に年間3千億ドル以上を注ぎ込んでいるが、まさに自国民の保護に欠かすことのできない施設に投資する金額は大胆に削減していたのだ。その結果、想像を絶するカトリーナの威力の前に堤防の崩壊や排水施設のマヒによってニューオーリンズ全体が水の中に沈むという21世紀のアトランティスへと変わった。
地球温暖化と周
辺湿地の開発
メキシコ湾岸のフロリダ、ルイジアナ、テキサスなどの沿岸諸州は常習的なハリケーンの被害地だ。今回のカトリーナの場合、メキシコ湾の海水温度が急激に上昇したことによって、テキサスに上陸していたカトリーナの威力を倍加させ、ルイジアナに南北戦争以来の最大の自然災害をひきおこした。
これはマクロ的には地球温暖化の影響であり、地域的にはルイジアナやニューオーリンズが観光事業に集中し、無差別的な湿地開発をしてきたことも被害を悪化させたひとつの要因だった。
メキシコ湾の周辺湿地はハリケーンの進行を遅らせる緩衝地帯の役割をはたした。だが無分別な開発によって湿地の半分以上が消え、ハリケーンの威力は、ますます強くなるすう勢だった。だが観光収入を最優先とする新自由主義の政策の下で環境部門は政策的優先順位から排除されざるをえない状態だった。
事実を歪めるマス
コミの機会主義
事態の初めのころ、多くのマスメディアは略奪や銃撃騒動の煽情的報道を除けば、事実報道を中心として連邦政府に対して多少、批判的な態度を取ったのだがすでに事態が充分に深刻なものとなり、連邦政府がより積極的に介入するとともに、マスコミの報道態度は変わり始めた。
現地での自発的な活動さえ統制している軍将校へのインタビュー、ブッシュをはじめとする政治家たちの現場訪問や成功的な軍事作戦が報道の中心をなすとともに、マスコミは連邦政府の手中に入っていった。これとは対照的に強かんや殺害などに関するありとあらゆるウワサや流言飛語、確認されていない報道が、検証もなしに垂れ流されている。
明らかになった人種
問題と階級問題
ニューオーリンズの事態は米国社会の根深い人種主義と階級差別、環境悪化、社会的計画を市場によって代替した新自由主義などが一体となった惨劇だ。よしんば、軍隊を投入して金持ちたちの財産を守り、騒乱状態を未然に防止したとは言うものの、事態の本質は軍隊の投入によって解決される性質のものではない。
いや、むしろ問題はニューオーリンズの都市自体が完全に破壊されただけに、住民らの復帰が実現されないままである。
また反戦運動団体や活動家たちが「戦争ではなく救護を!」というスローガンの下、闘争を始めており、被災住民たちもまた初めのころの個人的抵抗を超えて組織化に乗り出している。したがって救護の手によってニューオーリンズの悲劇が治癒されるのではなく、怒り憤った大衆の組織化と闘争によって新しいニューオーリンズの建設が実現されていくのでなければならないだろう。(「労働者の力」第86号、05年9月9日付、ウォン・ヨンス/編集委員長)
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