ドイツ総選挙 どの政党も過半数取れず、躍進する左翼党―PDS
かけはし2005.10.3号 |
九月十八日投票のドイツ総選挙は、保守派のキリスト教民主・社会同盟の大勝という当初の予想をくつがえし、現政権与党の社会民主党との大接戦になった。次期政権の行方はいまだに確定していない。この中で唯一の勝利者は、新自由主義反対の立場を明確にした新しい左翼党―PDS(民主社会主義党)だった。同党の今後の闘いは、ドイツの反資本主義左翼にとって重要な意味を持っている。
左翼党―PDS
が得票率を倍増
ドイツの議会選挙は注目すべき結果となった――ほとんどすべての政党が大きく得票を減らした。その中でリベラル派のFDP(自由民主党、強硬な新自由主義派)は得票率を二・四%伸ばした。左翼党―PDS(民主社会主義党)は得票率を倍増させて八・七%を獲得し、さる二〇〇二年の選挙での敗北の後に、再び連邦議会に復帰した。
選挙前の世論調
査は予想できず
大きな驚きは、選挙前の世論調査のどれもこの結果を示さなかったことである。あらゆる事前の調査は、キリスト教民主同盟の明確な勝利を予測していた。しかし社会民主党と保守派(キリスト教民主・社会同盟)はほぼ同じ票数を獲得し、その差は一%以下である。
保守派は得票を大量に減らし(その票はおもに自由民主党に流れた)、社民党はさらに多くの票を失い(おもに左翼党―PDSに流れた)、緑の党は得票率を約〇・五%減らした。情勢はなお複雑である。発表された自由民主党と保守派の連合も、この七年間政権の座にある社民党と緑の党の連合も、過半数となっていないからである。
どの政党も違いの
ない新自由主義
世論調査によれば、ドイツの選挙の歴史では初めて、投票日の前日までにだれに投票するかを決めていない有権者が高率を占めていた(それは二〇%に達した)。
その第一の理由は、近年の政策に示されている各党の綱領がきわめて似通っていたことである。どの党も、よりラディカルかそうでないかの違いはあれ、新自由主義改革のいっそうの推進を発表しており、昨年のシュレーダー―フィッシャー政権の重要な新自由主義的措置(年金カット、税制改革、医療改革、失業給付の削減など)のすべてに全政党が賛成したことを、だれもが知っている。
事実上、議会には野党が存在しない(より強硬な措置を求める自由民主党からの批判を除けば)。したがって大多数の態度未定の有権者は、少なくともその個人的評価(シュレーダーVSメルケル)によって影響されやすく、この点ではシュレーダーがはるかに有利な立場にいた。
第二に、社民党は伝統的な労働者階級の有権者、とりわけ最近の地方選で大敗北を喫したノルトライン・ヴェストファーレン州の工業地帯で、多数の票を取り戻そうと努力した。
キリスト教民主同盟は、選挙期間中にきわめて不人気な新しい税制改革と、付加価値税の引き上げを発表するという誤りをおかし、そのことが違いを作りだした。ほとんどの人びとは、いっそうの社会保障切り捨てを恐れ、シュレーダー政権が増税を回避するという嘘を信じた。
さらにキリスト教民主同盟は、多数の票を自由民主党に奪われた。さらに強硬な新自由主義政策を求める人びとは、二大政党(キリスト教民主・社会同盟と社民党)の連合の可能性を避けるために自由民主党への投票に変わったからである。結局のところ二つの政党ブロックのどちらも過半数を得ることができなかった。ほとんどすべての党が得票を減らしたにもかかわらず、いつものように、だれもが勝利を主張した。
当面、もっともありうる選択はまさしくキリスト教民主・社会同盟と社民党との連合だろう。なぜなら自由民主党は、選挙前に絶対に社会民主党との連合政権に参加しない、と断固として明言していたからである。いわゆる「ジャマイカ連合」(黒/キリスト教民主同盟、黄/自由民主党、緑/緑の党。黒・黄・緑はジャマイカの国旗の色)の理論的可能性も依然として存在する。しかしもっとありうるのは、二大政党によって構成される政権である。その際、首相はシュレーダーでもメルケルでもないだろう。現在起こっており、新聞で言及されているのは、まさに劇場的なものであり、必要な交渉が議題にのせられている。少なくとも、来るべき連合の形成は大きな違いをもたらさないだろう。政策の全般的路線は、すでに述べたように四つの政党間で違いはないのだ。
労働者階級が左
翼党―PDSに
しかし真の勝利者は、実際にはいまだ結成されていない新しい左翼党である。ドイツの法律では、主要に西ドイツに基盤を持ち、前社民党員と労組指導者が結成したWASG(労働と社会的公正のための選挙オルタナティブ)と、PDS(民主社会主義党。旧東独の政権党の後継者)が、共同リストを作ることはできない。選挙直前の短期間で二政党が統合するのは不可能だった。
そこで合意がなされた。PDSは党名を「左翼党―PDS」に変更し、WASGの候補者にそのリストを開放した。この戦術は成功した。それは全国で八・七%を獲得した(二〇〇二年は四%)。
「左翼党―PDS」への投票の多くは、労働者階級からのものだった。選挙後の信頼しうる分析によれば、労働者の一二%と失業者の二五%が左翼党に投票した。それは、同党の四百万の得票のうち百万が失業者からのものであったことを意味する。
左翼党が二三%から二七%を獲得した旧東独地域と、大都市と工業地帯に集中した形で得票が三・五%から七・九%だった旧西独地域との間には、依然として大きなギャップがある。いくつかの地域でのPDSの二〇〇二年の選挙結果と比較すれば、得票数は数倍になる。
全体的に言えば、これは新自由主義に反対する投票だが、社会主義支持の票ではない。左翼党―PDSは、先述した新自由主義的措置に反対し、アフガニスタンと旧ユーゴスラビアの紛争へのドイツ軍の参戦に反対し、オルタナティブな税制改革を求める点にしぼったキャンペーンを行った。
社民党の前党首で、一九九〇年の同党の首相候補だったオスカー・ラフォンテーヌは、WASGに参加し、新議会で議席を得るが、彼はおもに新ケインズ主義的思想を代表している。しかし彼の立候補が、西独部における左翼党の成功の理由の一つであったことは確かである。
ラディカル左翼の
新しい闘争課題
何よりも一九五〇年代以来初めてわれわれはドイツ議会に真の左翼野党を持つことになる。当面、PDS(幾つかの地方ではすでに社民党との連立で自治体の政権党になっている)指導部が、連邦政府に参加する機会を持つ危険性は存在しない。
左翼党は現在つまはじきにされている。だれも彼らに語りかけない。左翼党は他の政党によって、公然かつ一致して「反民主主義的」と見なされている。しかしこの勢力の存在は、社会の展望に関する大衆的討論のスペースを切り開く。それはこの二十年間ほとんど忘れられていたような討論である。
最初の記者会見でWASGとPDSの指導者たちは、この一、二年のうちに統合プロセスがなされるだろうと発表した。このプロセスは、ドイツにおけるすべての左翼にとって最も重要である。それは、新組織の結成がたんなる「古き良き時代の社会民主主義」の再生(これは明らかにラォフォンテーヌを中心としたWASGの右派と、PDSのロタール・ビスキー、グレゴール・ギジの路線である)に終わるのか、それとも社会のオルタナティブモデルのために活動し、議会外の社会的闘争に関与する複数主義的な社会主義政党になるのか、を決定する。
こうした闘いが来年中に起こることは確かである。規制緩和が進行するからである。新しい左翼党を社会運動と結びつけ、また統合プロセスの中で、より良い未来へのドアを開く綱領のために闘うことは、同党内部のラディカル左翼の任務となるだろう。
(タデウス・パトは、RSB〔革命的社会主義者同盟。ドイツの第四インターナショナル支持組織〕の指導部で、第四インターナショナル国際委員会メンバー)
(「インターナショナルビューポイント」電子版05年9月号)
フランス
LCR夏季学校に800人
今後の展望と反撃の組織化に向けて活発な政治討論
「ノン」が静かでな
い夏をもたらした
フランスは九月になると、政治的「休憩」の夏のバカンスが終わり、再び政治生活が戻り、再び闘いの季節を迎える。その意味では、例年、夏は秋以降に備える時期でもある。多くの政党や社会運動団体は、毎年、八月末か九月初めに「夏季学校」や「祭り」を開催し、秋に向けて「理論武装」を行うのが常である。
今年は、例年に比べるとそれほど静かな夏にはならなかった。五月二十九日の国民投票で欧州憲法条約が否認されたからである。この否決の衝撃の余波が今年の夏を静かでないものにしているのである。
持続性のある社会的・政治的戦線
LCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)も例外ではなかった。八月末にポール・ラカートにおいてLCRの第十四回夏期大学が開催された。約八百人の人々が参加し、そのうちの四〇%がまだ党員ではない人たちであった。
欧州憲法条約に反対するキャンペーンでは、LCRとそのスポークス・パーソンのオリビエ・ブザンスノーが中心的役割を果たした。そのために、マスコミがこの夏季大学に大挙して押しかけてきた。マスコミの関心は主として、国民投票勝利後の展望をめぐる論争であった。
その意味で、LCRの夏季大学とその中で開催された各政治勢力の間の論争は、テレビ、ラジオ、新聞で大きく取り上げられた。LCRが主催した左翼の立場の「ノン」の政治勢力の間の討論会は、夏季大学に参加した人々をさらに上回る一千人の人々が参加した。LCRが「左翼の立場からのノン」の政治勢力の広範な発言者を招待したので、それだけを聴きに来る人々もいたからである。
招待された発言者の中には、共産党のマリー・ジョルジュ・ビュフェ全国書記、社会党内の「社会的共和国のための潮流」のジャン・リュック・メランション、農民連盟のジョゼ・ボベ、SUD(連帯・統一・民主)労組連合のアニク・クペなどが含まれていた。
論争は、社会的、政治的展望や綱領や政治同盟の可能性をめぐって展開された。社会党内で欧州憲法条約に反対したジャン・リュック・メランションは、社会党のファビウスからトロツキストに至るまでの新たな左翼連合を目指すべきだと主張した。
これは疑問の余地のある主張であって、ファビウスは、欧州憲法に反対票を投じることを支持したのだが、彼の立場は反資本主義ではないし、最近になってようやく明らかになった彼の新たな反自由主義の路線でさえけっして人々を納得させるようなものでないことは確かである。
共産党の全国書記のマリー・ジョルジュ・ビュフェは、「単に抗議するだけにとどまることのない、勝利するための多数派の人民連合」を呼びかけた。
オリビエ・ブザンスノーは、「持続性のある社会的・政治的戦線」を呼びかけ、二〇〇七年の選挙を語り合う前に、ドヴィルパン政府が続けている新自由主義的攻撃に対する反撃の組織化についてまず話し合う必要があると強調した。この戦線ではすでに、いくつかの大衆動員が日程にのぼっている。とりわけ、九月十六〜十七日の民営化最初の鉄道便の運行阻止闘争、十月四日の全国労働組合デーの行動などが予定されている。
そうした闘いと並行しながら、左翼での論争は続くだろう。九月十日から十一日には、共産党が毎年一度の「リュマニテ」祭りを開く。LCRはこのフェスティバルに初めて、LCR独自のスタンドを設けるとともに、「ノン」の勝利後の展望をめぐる中心的論争に参加する。
夏季学校参加
者の構成と年齢
LCR夏季学校にはどのような人々が参加したか?
性別
女性:45%
男性:55%
年齢
20歳未満 :5・5%
20歳〜30歳:19・5%
30歳〜40歳:15・3%
40歳〜50歳:18%
50歳〜60歳:31・7%
60歳〜70歳:6%
70以上 :4%
最年少者:15歳 最年長者:84歳
LCRのメンバーであるかどうか?
メンバー :60%
メンバーでない:40%
JCR(青年組織)のメンバー:2%
何回目の参加か?
最初 :33%
2、3、4回目:32%
5回目以上 :35%
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