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読書案内 『トロツキー研究』46号特集‥トロツキーの思想と現代社会 編集・発行 トロツキー研究所 2500円+税       かけはし2005.9.12号

トロツキーの思想と実践は現代世界にどう再生するか



アソシエ21学術
講座の報告から

 『トロツキー研究』の今号は、昨年十一月から今年三月まで五回にわたって開催された「アソシエ21」学術思想講座「トロツキーの思想から現代社会を考える」で行われた各講師の報告を、大幅に加筆・修正した論文の特集である。五回の報告のうち志田昇の「西方と東方――トロツキーとグラムシ」については、原稿が間に合わなかったたため今号には収録されていない。
 私は五回の講座すべてに参加したが、トロツキストではない人びととの真摯な討論はなかなか刺激的であり、私自身にとってもさまざまに問題意識を触発されて有意義なものであった。世間的には「今さらトロツキーやロシア革命なんて」という風潮が支配している。とりわけ日本ではそうだ。しかし、それはスターリニズムを真剣に主体的な問題として総括・克服しようとしない姿勢と結びついている。現代資本主義世界の変革をめざそうとするかぎり、二十世紀の革命運動がぶつかった問題は何だったのかへの格闘が避けて通れないはずであり、スターリニズムが表現したロシア革命の挫折と生涯をかけて闘ったトロツキーの思想について省みないですますことはできない、と私たちは考えている。教条主義的な擁護や排斥は、研究者や活動家の取るべき態度ではなない。

ロシア革命は
擁護しうるか

 上島武の「ロシア革命の今日的意義――ロシア革命は擁護しうるか」は、ロシア革命当時からあったボルシェビキ批判を再検討した上で、一九一七年十月革命を歴史的に防衛する立場から提起されている。それは、スターリニスト官僚独裁の形成とソ連崩壊という結果から解釈して、ロシア革命そのものを歴史の壮大な「負の経験」として抹殺したがる今日の風潮への批判でもある。
 上島のこの立場は「資本主義は労働者階級によって打倒されないかぎり打倒されないが、そのかわり労働者階級のみならず、すべての階級の共倒れ、すなわち人類の滅亡までを引き起しかねないというのが今日の歴史的特徴である。そしてまさにロシア革命は、ロシアの労働者が考えられるかぎりで最大・最多数の人間集団を味方とし、共同行動者としてこの人類的課題に挑戦した最初の出来事だったのである」という「むすび」の節の言葉に示されている。彼は、一九一七年のロシア革命が「一時的・部分的成功にとどまって資本主義から社会主義への世界的傾向の端著となりえなかったのは、かの『予言』(「共産党宣言」のこと)の誤りの結果ではなく、予言を実現するのに必要な客観的・主体的条件に欠けたからである。だから運動はもう一度やりなおすしかない」と述べる。
 もちろん上島は、「ロシア革命に対する評価は、十月のめざましい成功によってだけではなく、その後に経験した革命の後進性・孤立性に根ざした悲哀によってだけでもなく、これらに立ち向かう中で記録された多くの失敗と挫折によっても下されなければならない」とも指摘している。そこで上島が問題としているのは、労働者・農民の主体的条件を軽視したレーニンの「過度の自信」や楽観主義、さらにはレーニン自身の経済学上の誤りとして「農村内部におけるブルジョア的要素とプロレタリア的要素との対立を過大評価し」たこと、レーニンに初期から貫かれていた「代行主義」などである。

トロツキー過渡
期経済論の検討

 西島栄の「トロツキーと過渡期経済論――経済建設と労働者民主主義のあいだ」は、時系列的にトロツキーの経済建設論を追ったものであり、講座の報告の時も膨大な資料とともに提起されたが、案の定、長大な論文となり三回にわたって分載されることとなった。したがって今回はその「上」である。
 西島は、冒頭にトロツキーの過渡期経済論=経済建設論を理解するための基本視点を四つ上げている。第一は「事前の理論的準備がほとんど皆無であった」こと、第二は「西欧の社会主義者たちが想定していた状況よりもはるかに困難な状況下で過渡期経済の建設に着手するという事態であった」こと、第三は「以上の二つの事情……からして、トロツキー自身の過渡期経済論の試行錯誤と思想上の変遷をまぬがれなかった」こと、第四は「国家ないし社会の(社会主義的な)経済建設ないし一般的に経済発展の課題と、政治的・経済的・社会的な意味での労働者民主主義の実現と労働者の個性の開花という課題をどのような形で有機的に結合するのか」というテーマをトロツキーが追求し続けたということである。
 今号では、@革命前のトロツキーの見解、A十月革命の直後から内戦期、B戦時共産主義の危険、C労働組合論争とネップへの転換、Dネップの最初の時期、E「社会主義的な本源的蓄積」論と鋏状格差危機、F左翼反対派の闘争、の各時期に分けて、その特徴と変化について論じている。
 西島が述べるように、トロツキーの過渡期経済論の歴史過程的・総合的解明については国際的にも不十分なところが多く、次号以後の展開を大いに期待したい。

ヨーロッパ連邦と
大衆的労働者党

 湯川順夫の「トロツキーとヨーロッパ連邦の展望――多民族の共生をめざして」は、バルカン問題を切り口に、第一次大戦と共産主義インターナショナルの時期における「ヨーロッパ社会主義合衆国」のスローガンや、ウクライナ問題、チトーとユーゴ革命の問題を論じ、さらに今日のグローバリゼーションの時代における新自由主義のEUと、それに対決する社会主義的左派の展望を射程に入れている。
 湯川が言うように、グローパル化した資本主義に対する抵抗が、伝統的共同体や宗教への回帰という形をとり、それが極端な形で「原理主義」や排外主義として表現される傾向にある今日においてこそ「民族問題に対して、かえって民族主義を現実主義的に肯定する立場でない立場からアプローチすることが、すなわち、マルクス主義の立場からアプローチすることが求められている」と言えよう。
 その際に問われていることは、マルクス主義がどの点においてつまずき、かつそれを超えようとする問題意識を提出してきたのか、という主体的な総括である。「多民族の共生」という今日の重要な課題を、マルクス主義の歴史の中で理論的に継承・復権し、現在の情勢の中で実践的に深めていくことが必要だろう。その点からも、トロツキーの錯綜したバルカンの民族問題への接近方法や「ヨーロッパ社会主義合衆国」論などについて、あらためて取り上げることができる。そして言うまでもなくそれは、ヨーロッパにとどまらずアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどで多くの対立・衝突を引き起こしながら、差し迫った死活の課題となっていることである。
 山本ひろしの「トロツキーと大衆的労働者党の展望――大衆的労働者党の消滅に抗して」は、日本における大衆的労働者党の不在、すなわち社民党の消滅的危機、共産党や新左翼の衰退など、「日本の労働者階級は、新自由主義的な労働政策と企業主義的な経営管理の下で、労働者階級を階級として確立していく手がかりをほとんど失いつつあるという危機に直面している」という現実を見据えつつ、それへの対処をどのように構想していくのか、という問題意識からスタートしている。
 山本が、そこで取り上げているのが一九三〇年代にトロツキーが関わった「アメリカにおける労働者党」についての主張と討論である。ここにおいてトロツキーは、一九三二年のアメリカにおける「労働党の結成」という方針への否定的な立場を修正し、一九三八年の積極的な方針へと舵を切ることになる。
 もちろん当時のアメリカと現在の日本においては、主体的条件も客観的条件も異なっているが、労働者階級に基礎を置き、労働者の利害を体現する「大衆的労働者党」の不在という現実にどう切り込んでいくのか、という討論からわれわれが学ぶべきことは多いはずである。

左翼反対派と党内
民主主義の本質

 本号ではさらに「左翼反対派の闘争(4)」を小特集として組んでいる。今回は一九二六年六月のトロツキーの政治局宛書簡「党内官僚主義と党内民主主義」、ならびに同年九月に書かれた「第一五回党協議会によせて――覚書」が掲載されている。
 前者は、「党内民主主義の本質」とは「党と国家が直面する基本的諸課題を、正確かつ時宜を失せず、党組織に提起し、それらの問題の解決を図るようにすることである」というウグラーノフの定式、つまり「党内民主主義」の発信はもっぱら党機構からなされるという主張に対して、それが「システムとしての党内官僚主義の理論的定式化」であるとして鋭く批判したもの。後者は、党内の官僚主義的抑圧体制が政治路線における非ボルシェビキ的中間主義への退行にほかならないことを、国内政策・国際政策の両面から批判したものである。
 のびのびになっていたトロツキーの初期文学論(6)、「グレープ・イワノヴィチ・ウスペンスキー論」(下)も、ようやく掲載されている。 
(平井純一)        
          



女たちの戦争と平和資料館を訪れて

被害者女性の「長い戦後」をあらためて知ることが重要


 女たちの戦争と平和資料館が八月一日に開館したと聞いて、訪ねてみた。八月十五日の天皇制と靖国を問う集会において、ネット右翼の介入の恐れが指摘され、「軍隊慰安婦」情報を集めるためにホットラインを開設するという発言をスタッフの方からもらっていた。場所は早稲田奉仕園などのある敷地の一角にある。閑静な場所だ。
 入口部分には年表と並んで、たくさんの女性の顔写真がはってある。被害を受け、名乗りをあげた女性たちの写真だ。入館すると国際女性戦犯法廷で原告となった人たちの被害の経過と近況、加害兵士のパネル、「慰安所」の地図、などが記されたパネルが並んでいる。
 写真が多用されていてわかりやすいが、女性国際戦犯法廷の集会にも参加して被害の一端がわかったようなつもりになっている自分には重い一撃だ。たとえば国際法廷のビデオで、原告の女性が天皇有罪と聞いて歓喜するシーンは圧巻だが、喜んでみせた女性たちの長い「戦後」をそこで改めて知るのである。膨大な作業の裏づけが後で知ったことだが、この展示は常設ではなく、年二、三回更新される特別展示である。この「第一回特別展 女性国際戦犯法廷のすべて」は十一月二十日までだ。
 もう一つ印象深かったのは、展示だけでなく、ビデオ、ブース資料書籍が充実していることである。書籍は環境、ジェンダー、天皇制など分野別に整理されており学習の場所として利用する人も今後増えるのではないかと思われる。一番奥には松井やよりさんが切り抜いた新聞、雑誌のスクラップが膨大な数で保管され、閲覧できるようになっている。何回か集会での発言を聞いたことがあるだけだが、松井さんの面影を浮かべながらスクラップブックの中身をのぞいた。
 ご存知の方も多いだろうが、亡くなった松井さんの強い遺志でこの資料館は実現した。数々の原稿を書き上げた書斎も再現されている。特別なことを告発する場所というより、当然のことを不断に問いかける静かな場所だ。
 ポルノグラフィーにあふれ、治安維持・戦争礼賛を刷り込むメディアに包囲されながら、女性ばかりでなく、男性にとってもおのれを取り戻す拠点になっていくだろう。    (海)

 お問い合わせは「女たちの戦争と平和資料館」
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2―3―18AVACOビル2F
TEL03―3202―4633 FAX03―3202―4634
メールアドレス:info@wam-peace.org
URL:http://www.wam-peace.org



電通労組首都圏支部大会決議
管制塔被告連帯基金運動に応え民衆の抵抗権圧殺を許さない


 一九七八年三月二十六日、晴天の三里塚空港は、開港を阻止する全国の労働者、農民、市民に包囲され、突入、占拠闘争の末、福田内閣の最重要政治課題であった三月開港は、阻止されました。この闘いは、空港建設の一方的な閣議決定から強制収用、強制開港という政府の強権発動への当然の異議申し立てでした。
 今、政府は失政を自ら認め、「国はどんな状況下でも土地を強制収用しない」と表明していました。しかし、管制塔を占拠した元被告十六名に対しかけられた「損害賠償」の時効を直前にしたこの四月から一億三百万円の強制執行が行われるという事態が起こりました。失政の結果生じた闘争での「損害」の賠償請求を行うこと自体許せません。
 四月から、元被告たちは給与の四分の一から全額を天引きされており、会社を辞めざるをえない仲間等、精神的苦痛を強いられています。損害賠償に異議申し立ての裁判をしましたが、却下され、支払わないという法的手段は取れなくなりました。このまま放置しておけば、元金に対する年利5%(約二百万円)の利息が増え続けます。
 これは、断固として現地で闘い「暫定平行滑走路」の延長を拒み続けている反対同盟と三里塚闘争に対する「報復的」攻撃であり、北側延長を決定したことによる再燃する反対闘争への押さえ込み(見せしめ)の攻撃であり、開港阻止闘争のような民衆の異議申立や抵抗権を強権で押しつぶそうという小泉の決意の表れでもあります。
 元被告団、弁護団、反対同盟は、一億三百万円を一括で支払う、十月末まで基金を募ることを苦渋の選択として決定しました。
 開港阻止闘争を先頭で闘い、日本の労働者、農民、市民の「大義の春」を実現した管制塔元被告たちは、その後最高で十二年にわたる獄中での生活を送ってきました。苦難のなかで、家族、社会、職場の関係をつくり上げてきた彼らが、また職場を奪われ、生活が破壊されようとしていることをただ見ているわけにはいきません。
 私達は、空港包囲、突入、占拠闘争をともに闘った仲間として、元被告団、弁護団、反対同盟の決定を支持します。
 電通労組は、この三里塚空港包囲、突入、占拠闘争を闘い、貫いたなかから誕生した組合であります。四人の職場の仲間の不当逮捕と救援活動、電電公社、全電通(現NTT労組)からの三里塚二重処分との闘いを通し、三里塚闘争の大義をもって電通労組の一方の軸として産声を上げました。
 私達は、三里塚の大地で青春を謳歌し、同じ時代、同じ瞬間に勝利を分かち合った仲間たちを断固として支えるため、管制塔被告連帯闘争基金の呼びかけに応え、一切の管制塔元被告に対する弾圧、三里塚闘争の大義を押しつぶそうとする攻撃を跳ね返し、失政に対する労働者、民衆の抵抗権圧殺を許さない闘いを展開する決意です。
 右、決議する。
                           二〇〇五年九月三日
            電気通信産業労働組合首都圏支部第3回定期大会参加者一同 

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