| 戦後60年と反動化する日本の歴史認識 かけはし2005.8.15号 |
侵略戦争を正当化する極右民族
主義と東アジア国際関係の危機 |
「50年決議」と「60年決議」
八月二日、衆院本会議は「戦後60年決議」を自民、公明、民主、社民の四与野党の賛成で可決した。共産党は反対にまわった。同決議は「わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦痛を反省し、あらためて追悼の誠を捧げる」としている。
この衆院決議は、十年前の「戦後50年」にあたって行われた衆院決議と比べても後退している。何よりも「50年決議」には形だけではあれ挿入されていた「植民地支配」や「侵略的行為」などの文言が削り落とされているのだ。もちろん、衆院の「戦後50年決議」は「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念をを表明する」というものであった。それは「植民地支配や侵略的行為」を、「世界の近代史上」でどの国も行ったことだとして相対化するものだった。そして決議を推進した村山内閣与党の社会党が、この国会決議を「新たな補償措置の根拠とはしない」と決めて、韓国などの「軍隊慰安婦」を先頭にした戦後補償の要求を切り捨ててしまったことを忘れてはならない。
しかし、ごまかしに満ちた「50年決議」にさえ含まれていた「植民地支配」や「侵略的行為」という言葉が欠落してしまったことは、この十年間で歴史認識の反動的転換が質的に進んだことを示している。自民党の「新憲法要綱案」の「前文」に「盛り込むべき要素」では、「先の大戦」は「日本国民」が「克服」してきた「幾多の試練、苦難」の一例として取り上げられているのである。「先の大戦」は`誇りある日本の歴史aを飾りたてる紋章になってしまった。
日中・日韓関係の袋小路
戦後六十年の二〇〇五年は、敗戦帝国主義国家としての戦後日本の最終的な清算と「普通に戦争する帝国主義国家」としての確立が、軍事・政治・社会・イデオロギーのあらゆる面で攻撃的に進められている実態を浮かび上がらせた。
それはとりわけ小泉首相が固執する靖国参拝、侵略戦争と植民地支配を全面的に肯定する「つくる会」教科書を全国各地で採択する動き、独島(竹島)・釣魚諸島(尖閣列島)への領土要求や東シナ海天然ガス資源開発をめぐる中韓両国との対立の拡大などに示されている。
一月には、NHKの「女性国際戦犯法廷」報道歪曲が安倍晋三や中川昭一ら自民党極右政治家の圧力によるものであったことを明らかにした「朝日」報道に対して、朝日新聞やVAWW―NETジャパンを攻撃するキャンペーンが展開された。
二月には、島根県議会による「竹島領有決議」案の提出に対する韓国からの抗議への「逆ギレ」的批判が飛び交った。
とりわけ四月以後、日本の「国連安保理常任理事国入り」が浮上する過程で中国全土で繰り広げられた「反日」デモは、日本国内では「中国非難」の民族主義的排外主義の大合唱を引き起こした。日本大使館や日本企業への投石、破壊に対して「損害賠償」を求める声がマスメディアを席巻し、首相の「靖国参拝」に対しては、「外国から批判されて取り止めてはならない」、「東条英機ら『A級戦犯』とされた人びとは犯罪人ではない」という侵略戦争の事実そのものを正当化する言説が広がった。そして中国のデモの「暴走」は「反日教育のせい」であるとか「裏で中国政府が糸を引いている」といった、責任を中国に転化する暴言が閣僚をふくむ自民党の有力政治家を先頭に主張された。
新自由主義的グローバリゼーションがもたらした社会と個人の「アイデンティテイーの危機」の中で、自らの存在意義を「国家の誇り」に同一化し、「敵」としての他者を作り上げて暴力的に攻撃するという排外主義の心情が、ここに典型的に表現されている。この右翼ナショナリズムは、日本遺族会会長をつとめる保守派政治家の典型である古賀誠が「『首相の参拝は近隣諸国に配慮して』などと言うと、すぐに『中国による分断工作にのった発言だ』といったヒステリックな反応が出てきます。これは非常に危険な風潮だと心配しています」「日本全体が右傾化するなかで、私のような意見があたかも左寄りの発言のように受け取られてしまう。これは本当に危うい状況です」(『現代』05年9月号、加藤紘一との対談)と嘆くほどのレベルに達しているのだ。
アメリカ公認の民族主義
北朝鮮の金正日の全体主義的独裁体制による日本人拉致という国家的犯罪によって、絶好のはけ口を見いだした攻撃的国家主義は、明らかにその大衆的基盤を拡大している。一九九〇年代を通じた経済危機に強制された新自由主義的「構造改革」の進行は、右肩上がりの経済成長に依拠した企業主義的「国民統合」を完全に崩壊させた。
青少年から中高年層にまで及ぶ失業・雇用破壊と賃下げ、生活不安は、「日本沈没」とは対照的に経済的・政治的・軍事的パワーを飛躍的に増大させた隣の「資本主義大国」中国への恐怖感を煽り立て、自らを「国家」と一体化させてそこによりすがる心情を増幅させている。小泉内閣の閣僚たちをはじめとする極右政治家たちの侵略戦争への公然たる正当化と、中国・韓国からの「靖国公式参拝」批判などに対する対決姿勢は、中国・韓国などとの外交関係をこれまでにない最悪の状態にまで陥らせ、解決策のない袋小路に陥らせている
しかし重要なことは、こうした日本における右翼国家主義の展開に対して、アメリカ帝国主義はそれを積極的に活用しようとする方針を取っていることである。
ソ連・東欧のスターリニスト体制の崩壊による冷戦構造の終結の後、一九九〇年代前半に一時期その方向性を見失った日米安保体制を、「米英同盟型日米同盟」へと戦略的に強化する上で重要な役割を果たしたアーミテージ報告(「米国と日本:成熟したパートナーシップに向けて」 二〇〇〇年十月)は「日本の政治システムはリスクを避けている。しかし、次世代を担う政治家や国民は、経済力のみではもはや日本の将来を保証することは不十分であることに気付いている。それどころか国民は国旗や国歌を法制化し、尖閣列島の領土問題などに関心を示すなど、国民国家の主権や尊厳に新たに関心を払っている。これらの変化が日米関係に投げかける意味は大きい」として、新世代のナショナリズムを肯定的に評価した。「日本軍国主義の復活」に対する不安を抱いたアジア諸国の政治家を慰撫するために、日米安保は日本の軍事大国化を抑えるための「ビンの蓋」だと米軍高官が公言していたことを考えれば、それは重大な変化の兆候であった。
そして「9・11」とブッシュ政権による「テロリズムとの闘い」を前面に掲げたグローバルな単独主義的先制攻撃戦略は、日本政府のそれへの全面追従とともに、アメリカの側から日本の攻撃的ナショナリズムへの統制を取り払う力学を解き放ったのである。「集団的自衛権」の発動に制約を課してきたる憲法9条の改悪は、アメリカの支配階級にとって至上の命題となった。
米軍事戦略と極右派の連動
潜在的「脅威」として浮上する中国に圧力をかけ、その影響力を可能なかぎり削減するという点において、米日の支配階級の利害は一致している。
二月十九日にワシントンで行われた日米両政府の外交・防衛担当閣僚による安全保障委員会(2プラス2)で、日米の「共通の戦略目標」として「台湾海峡」問題を組み込んだ(本紙05年2月28日号)。七月四日の毎日新聞はグアム・ハワイを拠点にアジア・太平洋地域で米軍が戦力強化を進めていることを報じ、それが「中国軍の動向を懸念したもの」とするヘスター米太平洋空軍司令官の発言を紹介した。八月二日に閣議で報告された二〇〇五年度版「防衛白書」は中国海空軍の近代化と増強を特記し「軍近代化の目標が、中国防衛の目標を超えるものでないのか」と警戒心をあらわにしている。
日米のアジア・太平洋における広範な共同軍事作戦計画が、「中国の脅威」をターゲットにしたものであることはいっそう明瞭になりつつある。
まさにこの展望の中で、日本の極右ナショナリストたちは、ブッシュ政権の「お墨付き」を得たと確信して攻勢を強めてきたのである。
今日、極右派の代表的イデオローグとして振る舞っている中西輝政・京大教授はハンチントンの「文明の衝突」理論を高く評価しつつ、ブッシュ政権誕生以前の段階ですでに次のように述べていた。
「……近年の中国が、経済の発展が減速し始める中で突出した軍事増強路線を続けており、共産党の独裁体制が続く限り、どうしても性急なナショナリズムやアジアの覇権に手を伸ばそうという志向はなくならないことがはっきりしてきた。日本にとっては同じ`覇権主義aであっても、このような未成熟で『粗野』な『覇権』よりも、アメリカの成熟し経験済みの『覇権』の方が、誰が見ても相対的には好ましいはずである」(ハンチントン『文明の衝突と21世紀の日本』、集英社新書・二〇〇〇年一月刊への中西による解題)。
日本の極右国家主義がブッシュの「対テロ戦争」の下で、徹底した「親米・反中」として政治的に表現され、中国を将来的な最大の「脅威」として想定したアメリカの「覇権」的軍事戦略に一も二もなくすり寄った形でしか登場しえないことが、端的に示されている。「靖国」派が同時に米国追従派としてしか登場しえない、歪んだあり方がここに表現されている。
「東アジア共同体」とは
天皇制日本帝国主義の敗戦六十年の今日、「靖国」や「つくる会」教科書に見られる侵略戦争・植民地支配の全面賛美、中国や韓国・北朝鮮に対する侮蔑に満ちた排外主義の煽動に対して、われわれは日本帝国主義の戦争・植民地支配の全面的な批判の上に立った謝罪と補償を通じた、アジア近隣諸国との新たな友好と平和の関係を打ち立てることをあらためて日本政府に要求する。
十年前と比べても勢いを増している反動的国家主義の流れは、しかし決してたんなる「復古」なのではない。それは資本の新自由主義的グローバリゼーションと表裏一体の関係にある「対テロ」グローバル戦争が強調される今日の情勢の中に、その存在根拠を持っている。
小泉政権の「靖国」参拝強行や「独島」・「釣魚諸島」の領有権、そして「つくる会」教科書が引き出した日中や日韓・日朝外交関係の危機は、自民党や財界の一部にも深刻な危機感を作りだした。こうした中で、「対米追従」の道から中国をはじめとしたアジア諸国との友好・共生の関係へ、外交戦略を大きく切り換えるべきだという主張も、広がっている。われわれは、ブッシュ政権と一体となった極右国家主義との闘いをさらに広げていくために、最大限広範な共同の闘いを作りだしていかなければならない。
同時にわれわれは、そうした「東アジア共同体」を志向する主張の中に、アジアにおける資本主義的グローバリゼーションの構造をさらに推進していくために、日本政府が中心となって日本・ASEAN、日韓、日中のFTA(自由貿易協定)を推進していくイニシアティブを発揮していくべきであり、その中で日本経済の「構造改革」と「規制緩和」をいっそう深めていこうという主張が自覚的な形で展開されていることにも注意を払う必要がある(たとえば谷口誠『東アジア共同体』、岩波新書)。
「靖国」問題などで東アジアの外交関係の袋小路を自ら作りだした小泉政権は、その一方で「アジア重視外交」の名の下に、二〇〇二年一月にシンガポールで「東アジア・コミュニティ」構想を打ち出し、それは二〇〇三年十二月に日本・ASEAN特別首脳会議で出された「東京宣言」でも語られた。さらに二〇〇四年九月の国連総会一般演説で小泉首相は「ASEAN+3の基礎の上に立って、私は『東アジア共同体』構想を提唱しています」と述べた。今年一月の通常国会冒頭の小泉首相・施政方針演説でも、EPA(経済連携協定)促進の文脈の中で「多様性を包み込みながら経済的繁栄を共有する『東アジア共同体』の構築に積極的な役割を果たしていきます」との文言が盛り込まれた。
もちろん日本政府にとってそれは、「東アジア共同体」に対するアメリカの警戒心にも配慮しつつ、中国への対抗意識から敢えて主張したという性格が強く、具体性をまったく欠いている。しかしここには、資本主義のグローバル化の中で、二一世紀の世界経済の成長センターとなる東アジア地域で、中国ともパートナーシップを発展させながら主導権を発揮する必要があるという支配階級の意思が反映されていると考えるべきだろう。
そうであればこそ、われわれは日本帝国主義が侵略戦争の責任をとらないばかりか、それを正当化し、自衛隊の海外派兵・参戦と憲法改悪を急ピッチで進めようとする動きに対する闘い、ならびに東アジアの新自由主義的グローバリゼーションの中での国境を超えた資本の搾取・収奪に対する労働者民衆の国際的に連携した闘いに、同時に挑戦しなければならないのである。
それは必然的に、「平和、人権、公正、民主主義」を求める東アジアの労働者民衆の国際的連帯を実践的に強めることを通じて現実化されるだろう。戦後六十年にあたって改めて日本帝国主義の戦争責任の追及、戦争被害者への謝罪と補償を求めるとともに、今日の改憲と「戦争国家」化の攻撃、それと表裏一体をなす新自由主義的グローバリゼーションに対して闘うことを、われわれの主体的責務として引き受けよう。
(8月8日 平井純一)
|