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台湾原住民族「戦死者」遺族が靖国合祀と小泉の参拝を糾弾 かけはし2005.7.4号

「私たちの祖霊は靖国の神ではない」

台湾から60人の代表団が来日

小泉首相靖国参拝違憲台湾原住民族訴訟が結審

 【大阪】旧日本軍の軍人・軍属として戦死した台湾原住民族の遺族たちが、小泉首相の靖国神社参拝で精神的な苦痛を受けたとして、首相と国・靖国神社を相手に、違憲確認と一人一万円の損害賠償を求めて、二〇〇二年三月大阪地裁に起こした訴訟の控訴審が、六月十七日に結審した。判決は九月三十日に出される。
 昨年五月の大阪地裁判決は、首相の参拝は「個人の宗教的動機に基づいてなされた行為」で、国との関わり合いは強くないので、「総理大臣の職務と関連する行為とは言えない」として、請求を棄却した。同じような靖国裁判は全国六地裁で起こされている。憲法判断に踏み込み、総理大臣としての職務行為であると判断したのは、〇四年四月の福岡地裁判決だけである。
 六月十七日の公判に向け、台湾からは六十人の「還我祖霊行動」代表団が来日した。彼らは六月十四日に靖国神社を訪れ、合祀されている犠牲者の霊を持ち帰る伝統的な儀式を行おうとした。このことについては、駐日台湾代表部と日本政府との間で合意されていて、靖国神社は第一鳥居前を提供し、儀式を平和的に行うならば靖国側は見て見ぬふりをすることになっていたという。
 ところが一行を乗せたバスは神社近くで警察に取り囲まれ、下車することも許されなかった。警察は、「靖国神社の鳥居前を右翼が占拠していて、近づけば皆さんの安全が守れない」と言ったという。鳥居前は靖国側が許可したところだと言ってもラチがあかないので、一行は靖国神社を呼んだ。靖国神社は来るなり、「あなた方が来るからこんなことになるのだ」と言い、一行によって「靖国神社の神聖がけがされた」と言った。「さまよっている祖霊を返してほしい」と言うと靖国神社は、「もう日本の神になっていると言い、神社を管理しているのは自分らだからと開き直った」という。バスには台湾のマスメディアも同乗していて、取材のため窓から下りようとしたら警察官にはがい締めされ警棒で殴られたそうだ。その光景は外国のメディアによって世界に報道され、その直後に、報道の自由を侵害する日本警察を非難するカナダなど外国のメディアからのファックスが素梅さんの事務所に入ったという。
 素梅さんは日本警察のおかげで自分らのことが世界に知られたと言った。右翼を排除すべきは日本警察の仕事であるはずなのに、バスの運転手は、一行の動きを逐一警察に報告するよう指示されたという。
原告が靖国側の反
対尋問を圧倒した

 六月十七日の公判では原告団長の高金素梅さん(チワス アリさん、台湾初めての女性原住民族立法院委員、タイヤル族)に対する主尋問と反対尋問が行われた。公判後一行は、裁判所の前を流れる堂島川の河川敷に集まり二重の円陣をつくり、代表団に参加した七つの部族がそれぞれ伝統的な祈りの歌を歌い、祖霊を取り返すための儀式を行った。そして弁護を担当した中島弁護士と新井弁護士に戦士をたたえる歌を歌った。
 その後宿舎のホテルで報告会が行われた。反対尋問では靖国神社側の弁護士が、素梅さんに対し「あなたは遺族ではないのになぜ訴訟を起こしたのか、それは立法院委員としての政治的パフォーマンスではないのか、お金のためではないのか」という内容の尋問をした。素梅さんは、「靖国合祀は原住民族の問題だ。自分はタイヤル族を代表してきた。お金は賠償金一万円を要求している。(カネのためと言って)原住民の尊厳を侮辱すべきでない」と、反対尋問を圧倒した。
 靖国神社側の弁護士は、靖国にまつられていることをありがたがっている台湾の遺族が多いという自らの憶測をもとに、他の立法院委員は賛成しているのかと尋問した。素梅さんは「原住民の立法院委員は十人いるが、すべて私の行動を支持している」と明確に答えた。
 素梅さんは、靖国側に質問(靖国は家族の同意を得て合祀しているか。祖霊は日本の神になるはずがない、原住民には祖霊を弔う方式がある、われわれの文化を尊重せよ。靖国は何を根拠にまつっているのか、それがないなら私たちの人権を冒涜している。祖霊を私たちに返し、合祀名簿から削除せよ)し、裁判官にも自分たちがつくった写真集を見てほしい、そうすれば家族の痛みがわかると言った。
 公判では異例のことらしいが、右陪席判事が素梅さんに、原住民族には神という考えがあるか、仏教のお寺とかのように祖霊をまとめてまつる所はあるかを質問している。素梅さんは、神という概念はない、祖霊は族の伝統的なやり方でまつっている、と答えた。靖国参拝違憲アジア訴訟団事務局長の菱木さんは、素梅さんの答弁はすばらしかったと感動を語った。訴訟団の中島弁護士は、「どんな社会でも死者を祀るのは家族だ。祖霊を返すのは当然のこと。問題は、それをどのような法的権利として認定するかだ」と語った。

歴史は許せても忘
れることはできぬ

 六月十八日は、台湾原住民族との交流会が行われ、「『靖国』と台湾原住民族の闘い」と題した講演があった。講演では、素梅さんがスクリーンにうつる写真を見せながら、日本の台湾侵略の歴史を説明した。写真は、台湾原住民族に対して旧日本軍が行った大規模な攻撃、原住民が日本軍の軍刀で首をはねられた瞬間、皇民化教育を行っている教育所・軍への徴兵や戦線への召集、霧社事件、高砂義勇隊などだった。
 侵略の軍事行動は一八九五年から一九四五年まで百六十回にわたって行われたいう。台湾には十二部族の原住民族がいる。「高砂義勇隊」として組織された二万人の原住民は南方戦線などに送られ、多くが戦死し、靖国神社にまつられている。素梅さん自身も侵略の具体的な事実を知ったのは三年前のことだと言った。彼女は、「タイヤル族の末裔としてこの事実を広く知らせていく責務を感じた。歴史は許すことはできるが忘れることはできない」と語った。    (T・T)


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