| 12月WTO香港会議での合意阻止にむけて
(3) かけはし2005.7.18号 |
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農民を殺し、発展途上国の失業、貧困を増大させるWTO反対 |
国連ミレニアム開発目標
二〇〇〇年九月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッド・ガバナンス(よい統治)、アフリカの特別なニーズなどを課題として掲げた「国連ミレニアム宣言」が採択された。この宣言に沿って二〇一五年までの具体的な到達目標を示したミレニアム開発目標(MDGs)が同年の国連総会で採択され、ミレニアム・プロジェクトが展開されている。
ミレニアム開発目標(MDGs)は、八つの目標を掲げ、それぞれ具体的な数値で二〇一五年までの到達目標を示している。八つの目標は、@極度の貧困と飢餓の一掃、A初等教育の完全普及、Bジェンダーの平等、女性のエンパワーメントの達成、C子供の死亡率削減、D妊産婦の健康の改善、EHIV・エイズ、マラリアなどの疾病の蔓延防止、F持続可能な環境作り、Gグローバルな開発パートナーシップの構築である。
具体的目標として「一日一ドル未満で暮らす低中所得国の人々の割合を、二〇一五年までに一九九〇年時点の二九%を一四・五%に削減する」、「二〇〇五年までに初等・中等教育におけるジェンダー間格差を解消し、二〇一五年までに全ての段階の教育において男女均等の機会を確保する」等が掲げられている。この目標そのものは、発展途上国の強い要望と国際的な市民運動の側からの働きかけを反映している。
しかし、ATTACベルギーのフランシン・メストラム氏が指摘するように、「貧しい国は経済発展なしに貧困を解消することはできないし、そのためには国内産業を保護しなければならない。それは現在の新自由主義経済の下では不可能である」、また「政策課題をトップダウン方式で押し付けられるべきでない」(「国際通貨税キャンペーン」のウェブサイトに掲載、〇五年五月)。
昨年九月国連総会の前にフランスのシラク大統領とブラジルのルラ大統領が呼びかけた首脳会議では、MDGsを実現するための資金調達を目的に、国際通貨取引税などの「国際連帯税」の導入が提案された。この提案そのものは、新たな税収源として、既存の国際機関の管理の下で導入されるという内容であり、ATTACをはじめとする世界の市民運動が提唱してきた金融資本への規制、市民参加による開かれた国際税という構想とはほど遠い。しかし、国際通貨取引税をはじめとする国際連帯税が現実の日程に上り始めたという点で画期的であった。
また、今年のG8に向けては、主催国である英国政府がアフリカ支援を前面に打ち出し、それを後押しする形で有力NGOを中心に「ライブ8」を頂点とする「G│CAP(貧困に反対するグローバル・キャンペーン)」が全世界的に展開されてきた。
しかし、この一連のイニシアチブの中で、世界銀行・IMFを通じた新自由主義政策の推進を補完し、それに「人道主義」の装いを与えるための戦略が、有力なNGOをも巻き込む形で進められていることを見過すことはできない。
貧困削減戦略ペーパー
世界銀行とIMFは、一九八〇年代から九〇年代にかけてアジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国に対して、債務返済猶予の条件として、「構造調整プログラム」(SAP)と称する新自由主義的政策の導入を強制してきた。少数のエリートたちが机上で作り上げた処方箋に従って、各国は通貨切り下げ、輸出促進、国家財政の引き締め、福祉切捨て、民営化を進めた。その結果が悲惨な失敗に終わり、多くの国で対外債務が増え、貧困が増大したことは今日では周知の事実となっており、世界銀行自身が失敗を認めている。
このSAPに代わって提唱されているのがPRSP(貧困削減戦略ペーパー)とHIPC(重債務貧困国)イニシアチブである。
世界銀行東京事務所の広報用資料によると、「一九九九年九月、世界銀行、IMFの主要関係国から構成される開発・暫定委員会において、重債務貧困国(HIPC)および全てのIDA(国際開発協会)融資対象国に対し債務削減とIDA融資供与を目的としたPRSPの作成が要請されました」。これは「IMF、世銀の理事会による債務削減対象国の認定にあたり、政策改善などの必要条件を満たしているかどうかを判断するための資料とされる。PRSPは、マクロ経済的な基盤の重要性を認めつつも、強力な市場経済の制度的、構造的及び社会的な基盤も同じように重視するアプローチである」。
SAPの経験から、「当該国主導」を打ち出しているが、その内容は「過去の経験から、長期的な開発と貧困削減には、『市民社会』及び民間セクターとのコンサルテーションを踏まえた、途上国自らの主導による社会変革が必要であると考えられています。最も重要なのは、当該国自身の貧困削減に向けた理解と姿勢です」というもので、過去の失敗を反省することなく、一層の内政干渉を公言している。また、「包括性(マクロ経済だけでなく、構造問題、主要経済セクターについて問題を分析し、対応を検討)」、「パートナーシップ(国連、地域開発銀行、その他の多国間・二国間援助機関、NGO、学界、研究機関、企業とのパートナーシップへの積極的な取組み)」の重視という形でSAPの基本的な内容を継承している。重要なことは、IMFや世銀の側に、「債務削減対象国の認定」の権限があるということである。
パートナーシップの対象にNGOが含まれていることは、協調的なNGOをこの戦略に抱え込み、そこから将来のエリートを育成していくという狙いである。実際、最近の国際機関の文書で、貧困削減の文脈の中で頻繁に使われている「グッド・ガバナンス(よい統治)という用語は、貧困削減がうまくいかないのは発展途上国の政府の腐敗や非効率(「バッド・ガバナンス」)に原因があるということを含意しており、それを克服するためにNGOを活用することが意識的に追求されている。
貧困を生み出す構造を隠蔽
今年のG8に向けて、英国を中心にアフリカ支援を主要なテーマとした「ライブ8」と「G―CAP(貧困に反対するグローバル・キャンペーン)」が展開された。英国では、最大のNGOであるオクスファムを中心に、労働党、労働組合、企業家、メディア、著名人がこのキャンペーンに総動員された。G8の直前に世界九都市で開催された「ライブエイド」は、英国で二十万人、米国で百万人という空前の参加者を集めた。
しかし、「Zネット」のウェブに掲載されたパトリック・ボンド氏のレポート「時流に乗るNGOはアフリカを失望させるのか?」(ATTAC Japanのウェブに日本語訳が掲載されている)は、英国におけるキャンペーンの欺瞞性に関連して、次のような事実を指摘している。「南アフリカの低所得のアフリカ系住民は、英国国際開発省(DFID)が水道民営化計画に資金を提供し、それによって市レベルで破滅的な試験的プロジェクトが導入されたことによって犠牲にされた」。
「先月、タンザニア政府はダル・エス・サラーム市の水道事業に関するロンドンのバイウォーター社との契約を破棄せざるを得なくなった。同社がアダム・スミス研究所の協力によって配水と料金の目標を達成できなかったためである。この事業にはブラウンと国際開発省のクレア・ショート、ヒラリー・ベンによって、英国の国家予算が投入されていた」。
このキャンペーンの中では、労働党政権が関わっているこうした事実や、貧困削減戦略ペーパーに示される新自由主義的政策は隠蔽されている。
また、南アフリカ労働組合会議(COSATU)の第二副委員長のビオレット・セボニ氏はあるNGOのワークショップ」で、「(今年に入ってから)衣料産業では輸入の急増により七万五千人の雇用が失われ、履物産業はほぼ消滅した。家具産業、プラスチック産業、酪農、製薬会社等でも多くの雇用が失われた」と窮状を訴えている。WTOで進められようとしている関税引き下げは、アフリカ諸国における工業セクターの発展を閉ざし、自立的な産業構造の発展を不可能にする。
「貧困を過去のものに」を掲げる「ライブ8」と「G―CAP」は、参加している大部分の人々の善意にもかかわらず、このような貧困を生み出し、固定化する構造の変革へと人々の関心が向かうのを妨げている。キャンペーンのシンボルである「ホワイトバンド」(貧困削減のメッセージが書かれた白いリストバンド)が中国製であり、スウェットショップ(搾取工場)で製造されていたことが報じられている。
貧困解消のために必要とされていることは、まず第一に、欧米諸国および日本が過去の数百年に及ぶ植民地支配と、独立後の(反共政策のための)腐敗した独裁体制への支援(それこそが「後進性」や「バッドガバナンス」と呼ばれる状態の根本原因である)を謝罪し、それに対する無制限の補償に応じることである。これは植民地主義の歴史の中で何世代にもわたって形成されてきた差別と偏見を克服するための長期にわたるプロセスを伴うだろう。
第二に各国・各地域の条件に適合した多様な発展の可能性を保証すること、つまり国際機関が各国の金融政策や関税、政府財政への介入をやめることである。小生産者への支援や医療・教育への支出が、「国際ルール」なるものよりも優先されるべきである。
第三に各国・各地域の条件に適合した自立的な産業発展を支援することである。5月31日付の「ガーディアン」紙によると、「発展途上国が世界の輸出の中に占めるシェアを五%増やせば、これらの諸国は年間に三千五百億ドルの追加収入を得ることができる。これはヨーロッパの首脳が二〇一五年までに提供することを約束した金額の三倍である」。これは国際的協調に基づいて発展途上国の製品への輸入割り当てを実施すれば実現できることである。
そして第四に、「トップダウン」方式のプログラムではなく、「(アフリカに)無数に存在しているボトムアップ(「下から」)型の人種差別反対運動、フェミニズム運動、エコロジー運動、とくに経済的不公正に焦点を当てたそのような運動を支持し、強化し、互いに結びつける」(パトリック・ボンド、前掲のレポート)ことである。
再分配の新システムが必要
貧困の問題は援助や慈善事業では解決しない。それは地球上の資源と生産力と蓄積された富を公正に分配することによってはじめて、解決に向かうことができる。
世界には八十五万の系列企業をもつ六万五千社の超国籍企業(多国籍企業)があり、その売上を合計すると十八兆五千億ドルになると言う。これは世界の総生産の約半分だそうだ(スーザン・ジョージ「オルター・グローバリゼーション宣言」、〇四年八月、作品社)の九九ページを参照)。
また、UNCTAD(国連貿易開発会議)の報告によると、世界の貿易の三割が多国籍企業の企業内貿易である。
米国の「インスティチュート・フォー・ポリシー・スタディーズ」の「トップ200――企業のグローバルな力の増大」と題するレポート(二〇〇〇年十二月)は、世界各国のGDPと企業の売上を上位からランキングしている。それによるとゼネラルモーターズが二十三位、ウォルマートが二十五位、エクソン・モービルが二十六位となっており(日本企業では三井、三菱、トヨタが三十七―三十九位)、デンマーク(二十四位)、ポーランド(二十九位)、ノルウェー(三十位)のGDPと並ぶ規模となっている。こうして並べてとき、上位百のうち五十一が企業であり、四十九が国家である。
このように巨大化した多国籍企業の行動原理はきわめて明快である。「私は、グローバリゼーションを次のように定義する。つまり、私のグループ企業が望むときに望むところに投資する自由、そして、私のグループ企業が生産したいものを生産し、買いたいと思うところから買い、売りたいと思うところで売り、しかも労働法規や社会慣行による制限を可能な限り撤廃する、そういった自由を享受することである」(ABB社の元社長、パーシー・バーネヴィック氏の発言、スーザン・ジョージ、前掲書二六ページより)。実際、従業員数百十四万人という世界最大の雇用主であるウォルマートは、文字通りに「労働法規や社会慣行による制限を撤廃する自由を享受」していることで知られている。
国家に匹敵する強大な経済力を持ち、国家や国際機関に対して重要な影響力を持っている巨大多国籍企業の意志決定機構は全く閉鎖的で非民主主義的である。重要な決定のほとんどが少数の最高経営者の気紛れに委ねられ、重要な情報は企業機密とされる。公開されるのは株主向けの粉飾された決算報告書だけである。
国際経済のルールを民主主義の原理に基づいて確立するとすれば、まず第一に、その重要な成員となっている巨大多国籍企業の閉鎖的で非民主主義的なあり方を統制しなければらなない。巨大多国籍企業は、その活動規模に見合った税を負担しなければならないし、その活動による環境への影響等の社会的コストを支払わなければならない。タックスヘブンの廃止、国際的協調による法人税引き上げ、国際通貨取引税・環境税、脱税行為に対する懲罰的重加算税は、ごく合理的な措置であろう。
巨大多国籍企業は、労働者に尊厳のある労働条件を保障しなければならない。莫大な利益を得ている企業が、競争を理由として人員整理を行ったり。労働条件を切り下げることは道義的に許されないだけでなく、社会的影響が甚大である。
巨大多国籍企業は不当な搾取や不正な活動によって得た利益を弁済しなければならない。独占禁止のルールが国際的に厳格に適用されなければならない。知的財産権は必要最小限度に制限されなければならない。企業機密は廃止されなければならない。企業によるメディアのコントロールは排除されなければならない。
このような民主的統制を通じて、多国籍企業の利益・資産を国際的に再分配することを可能にするシステムこそが求められている。
このような提案が即座に多数の人々に支持されることはないだろう。しかし、今日では次のことも明らかとなっている。もはや巨大企業がその資産や利益を生産的な方法で活用し、社会の発展に貢献することは稀である。膨大な過剰生産能力を抱えて、巨大企業同士が「サバイバルゲーム」を展開している。行き場を失った資本は企業買収や通貨への投機を通じて国際・国内経済を撹乱している。このような経済は持続不可能であり、持続するべきではない。新自由主義的グローバリゼーションに抵抗する国際的な運動は、そのことを数え切れない事例や分析を通じて警告し、告発してきた。
問われているのは、世界的に拡大してきた新自由主義的グローバリゼーションに抵抗する運動を豊かな基盤として、明確な反資本主義の立場に立つ運動を再構築することである。そのためには問題の基本的な構造を明らかにし、根本的な解決の方向を示すための意識的な努力が必要とされる。 (つづく)(小林秀史)
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