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                           かけはし2005.7.11号

福士敬子さん(杉並)が3選

「二大政党」構造を突き破る平和・改憲阻止の自立した政治潮流を


自民の後退と民主の躍進

 七月三日投票の東京都議選は、「国政選挙なみの政治決戦」として各党が位置づける激戦となった。公明党の強い要請によって、自民党は「国政の最大課題」とされた郵政民営化法案の衆院での採択を、混乱にともなう悪影響をおそれてわざわざ都議選投票日後に引き延ばすほどだった。
 投票率は前回(50・08%)を大幅に下回る43・99%で、史上二番目の低さとなった。小泉ブームが吹き荒れた前回の獲得議席(五十三)を維持することをめざした自民党は、現有議席から三減らして四十八にとどまった。自民党の得票率は前回の35・96%を5%以上落として30・66%となった。
 議席・得票率を最も伸ばしたのは民主党である。民主党は議席を前回獲得の二十二から三十五に増やし、都議会第二党となった。得票率も13・53%から24・51%に躍進した。国政・地方政治とも自民党を支えてきた公明党は着実に現有議席を二伸ばして二十三とし(獲得議席では前回と同じ)、得票率でも前回の15・09%を18%に増やした。国政において小泉・自民党政治を延命させる上で最大の「功労者」である公明党は、東京においても石原の強権主義的都政にとってその比重をいっそう高めることになった。
 他方、共産党は前回大幅に落ち込んだ議席・得票からの巻き返しはならず、得票率でほぼ前回並み(15・57%)、議席は二減の十三となった。共産党は「二人区の文京区と日野市で議席を獲得した」ことを重要な成果であるとし、「二大政党制に向かう政治的流れが強まる中で、今後の前進への足がかりを確保した」と主張している。その限りにおいては、この評価は決して「強がり」とは言えず、むしろ今日の政党間の力関係の中では「健闘」したと評価することもできるだろう。しかし、今日の小泉政治・石原政治への大衆的不安感、「戦争国家」化と改憲への流れの加速化、失業と貧困、福祉切り捨ての新自由主義、環境破壊への批判を、政治的に吸引していく方針を共産党は打ち出しえていない。
 また民主党との支持協力で議席増をねらった生活者ネットは、前回の六人全員当選の勢いを失い、三議席に半減した。候補者を一人に絞った社民党は、議席回復に失敗した。
 こうした労働者・市民の主体の側の困難が凝縮的に表現された今回の都議選の結果を、自覚的に克服する方向性をともに討論していく必要がある。

政策争点の意識的回避

 マスメディアは、都議会においても「二大政党」構造が形成されつつある、と分析している。しかしこの「二大政党」間の争点は何だったのか。「国政選挙なみの政治決戦」といっても、この「二大政党」間のバトルでは今日の国政で大きな論点となっている「靖国」も「憲法」も語られず、石原都政の評価も対決軸とはなりえなかった。
 「二大政党制」は決して政策をめぐる対抗的選択を提示するものではなかった。何よりも都議会では共産党と「自治市民」の福士敬子都議を除いて、自民、公明、民主から生活者ネットにいたる事実上の石原都政「総与党化」構造が作られていた。それは石原の腹心・浜渦副知事が辞職を強制される契機となった「やらせ質問」に関与していたのが民主党議員であったことに、その一端が見て取れる。
 浜渦副知事を追及した都議会自民党は、「本丸」の石原都知事には攻め込まず、週に二階ぐらいしか都庁に出勤せず、浜渦の「側近恐怖政治」にすべてを委ねていた石原の「管理責任」には手をつけなかった。そればかりではない。自民党の候補者は石原とにこやかに握手したポスターを街頭に張りめぐらし、「石原人気」にべったりすりよった。
 この自民から民主やネットに至る都政「総与党化」構造の上に展開された都議選は、当然にも極右排外主義の旗手として、中国人・韓国人への差別、女性蔑視、領土拡張と戦争国家化、「日の丸・君が代」強制と不起立教員への処分乱発、「つくる会」教科書の採択、靖国参拝、憲法改悪の挑発的キャンペーンを繰り返す石原都知事への批判は、この「二大政党」の選挙戦から排除されていたのである。
 いやむしろ「安全・安心の町づくり」を名目に、外国人を「潜在的犯罪者」として排除し、警察官を増員して人権無視の「監視社会」への「草の根」からの協力を推進する宣伝をふりまいた点においては自民、公明から民主党にいたるまでの「石原与党」は共通していた。

福士応援にかけつけた人びと

 こうした中で、自治市民93の福士敬子さんが定数六議席に十三人が立候補して最大の激戦区となった杉並選挙区で文字通りの接戦をかちぬき、六位で三選を勝ち取ったことは大きな成果であった。
 「一〇〇%市民派」のキャッチフレーズで闘った福士さんは、一九九九年の補欠選挙で当選して以来、石原都知事の「外形標準課税」導入や、浜渦副知事の選任に対し都議会の中でただ一人反対を貫いてきた。福士さんは、都教委による「日の丸・君が代」の強制や処分の乱発に対しても文教委員としてきっぱりと反対してきた。
 また「開発」型行政による税金のムダ遣いを厳しくチェックするとともに、都議一人あたりに月六十万円支給されている政務調査費の報告にかならず領収証を添付する条例提案など、孤立を恐れず不正にノーと言いつづけ、真に市民的・民主主義的な活動を実践してきたのが福士さんだった。
 福士さんの選挙運動では、これまでと同様に地域の住民が時間を割いてボランティアでかけつけ、ポスター貼りやビラ配り、電話かけなどに奮闘した。福士さんを落としてはならないという思いは、杉並区だけではなく全都の市民活動家にも共通していた。「虹と緑」の自治体議員も新潟など全国からかけつけて選挙運動を手伝った。また「勝手連」を結成して支援を呼びかけ、ビラまきや宣伝に毎日のように集まった人びとの活動も目立っていた。WORLD PEACE NOWに参加した若者の中からも、福士さんの選挙運動を懸命に担った人たちが生まれた。
 各政党が「全国選挙なみ」に力を入れ、連日党首クラスを投入した東京都議選で福士さんが当選したことは、地域に浸透する国家権力主導の相互監視社会に風穴を開け、平和と人権と民主主義、住民自治にもとづく地域づくりの足場を防衛し、発展させていく上で重要な意義を持っている。
 政治情勢は、憲法改悪を最大の政治焦点としながら激動期に入っている。憲法改悪阻止の全国的闘争と広範な共同戦線の形成は、自治体レベルでの変革の力を結集し、多様なネットワークを形成することによってこそ現実性を持ちうる。われわれはそのために闘っていかなければならない。(7月4日 純)                     

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