もどる

沖縄からすべての米軍基地を撤去せよ          かけはし2005.6.20号

辺野古の闘いは政府と防衛施設庁を追いつめている

沖縄上京団が報告集会


安次富浩さんが海上基地建設阻止を熱烈に訴える

 五月三十日、普天間基地の包囲行動を五月十五日に二万四千人の結集で成功させた沖縄からの派遣団が東京を訪れた。この日、国会での集会や議員への要請行動を行った派遣団は、辺野古の海上基地建設に反対して毎週月曜日の防衛施設庁前で行われている辺野古実(辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない!実行委員会)の抗議行動にも参加した。
 5・15普天間包囲行動実行委員長の山内徳信さん(元読谷村長、元沖縄県出納長)は、降りしきる雨の中で、普天間基地の即時撤去、辺野古海上基地建設計画撤回を訴える沖縄県民の意思を熱っぽく訴えた。この日、那覇防衛施設局は、四月二十六日から始まった危険な夜間作業については「安全面、環境面から現状では困難」との認識を示し、当面実施しないことを示唆した。二十四時間体制で工事阻止を貫いている住民・漁民の闘いに那覇防衛施設局は追い詰められているのだ。
 沖縄と連帯する東京東部実行委員会の前田薫さんが、江東区亀戸にあるサンコーコンサルタント社に対してボーリング調査のための工事強行と海上抗議行動を闘う人びとへの暴力行為をやめさせる交渉を行ったことを報告した。三鷹のアンポをつぶせ!ちょうちんデモの会の平田一郎さんは、防衛庁と防衛施設庁に向けて辺野古海上基地建設の白紙撤回を求める要請文を読み上げた。

カンパを持って来
る自民党支持層も

 つづいて午後七時半から飯田橋の東京しごとセンターで、緊急報告会が八十一人が参加して行われた。最初に辺野古実から沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さんがあいさつした。
 上原さんは「私は、辺野古の闘いは勝利したと確信している。いま防衛施設庁は、辺野古の負けの代償としてなにを獲得するのかをめぐってねばっているが、ここで押しまくることが必要だ」と自信に満ちた発言を行った。
 つづいて名護・ヘリ基地反対協議会共同代表の安次富(あしとみ)浩さんが現地の闘いを報告した。
 「四月二十六日深夜の午前三時、防衛施設局は単管やぐらに終結して作業を開始した。金網を張ったり、資材をやぐらの上に載せたりした。これはジュゴン保護のために日の出一時間後から日没一時間前までしかボーリング調査作業を行わないという確認を反故にするものだ。施設局側は、準備作業は環境配慮事項には入っていないという強弁で、こうした深夜の工事を進めてきた。四月二十七日には夜間に無灯火で船を出すという危険な行為を始めた」。
 「現地の反対運動は四月二十六日以後、二十四時間体制で闘いを継続している。沖縄県の行政も夜間作業の中止を防衛施設局に申し入れた。夜中に車を飛ばしてテントを訪れカンパを持ってくる人や、自分も船舶免許を持っているので船を出したいという人も新たに現れている。沖縄県民の八〇%が辺野古基地建設に反対しているということは、自民党支持者や創価学会員も反対しているということだ。自民党支持者でも私たちにカンパを寄せてくれる。世論が私たちを支えているから敵の側もおおっぴらな弾圧はできない。だから夜の奇襲攻撃をかけてくる。旧日本軍のやり方と同じだ」。
 こう述べた安次富さんは、参加者に辺野古の闘いへのいっそうの支援を呼びかけた。
 辺野古のボーリング調査阻止の闘いは昨年四月十九日の座り込み開始以後、一年以上を経過して、確実に基地建設計画そのものを撤回させる勝利の局面に入りつつある。さらに気をゆるめることなく、普天間基地の即時返還、辺野古新基地建設阻止、基地の県内移設反対、すべての米軍基地撤去に向けて運動を広げよう。       (K) 


沖縄戦「集団自決」の真実とは
「自由主義史観研究会」による「軍の命令」削除運動許すな

改めて問いなおす
悲劇の背景と実相

 六月五日に「今こそ知ろう『集団自決』の真実」集会が東京で催された。ビデオが放映され、下島哲朗さんからチビチリガマの事実について説明を受けた。「集団自決」が沖縄戦六十年を機に教科書採択のターゲットになっていることへの見解を示し、靖国情勢、辺野古阻止行動などにも下島さんの話は及んだ。
 「集団自決」については、平和祈念資料館での展示物改ざん問題を契機にした沖縄国際大学の教員である石原昌家さん監修の『沖縄戦の証言』などに詳しい。この著書が出された時期は、サミット後、右派の翁長市長が当選し、那覇市議会に日の丸が議場で掲揚され、沖縄県議会に一坪反戦地主の公職追放が陳情として出されるという事態が相次いだ。沖縄戦における日本軍兵士逃亡の過程で、殺害だけでなく、「集団自決」「マラリア」というかたちでの犠牲者が生み出され、「本土」では天皇、天皇の軍隊が関わった事実を隠蔽しようとする圧力について改めて問い直したのだった。

模擬授業で「沖縄
戦」の真実をねつ造

 この集会の前日(6・4)に、自由主義史観研究会(藤岡信勝代表)は緊急集会「沖縄戦集団自決事件の真相を知ろう」という集まりを開いている。「集団自決は軍命であった」という記述を教科書から削除するよう求める決議を行ったというのだ。
 沖縄タイムス(6月5日付)の報道によれば「集会には約八十人が参加。同研究会が五月に慶良間諸島を訪ねて得た島民の証言をビデオで紹介。同諸島の『集団自決』に軍命はなかったとする授業をすでに行っている神奈川県の中学校教諭の模擬授業もあった。/同研究会はこれまで教科書から『従軍慰安婦』の削除を求める運動を展開し、今回の検定で実際に記述が削除された経緯を踏まえ、戦後六十年の今年は『沖縄プロジェクト』と銘打ち、沖縄戦の『真相の解明』に取り組むとの意向を示している」。
 また参加した人によれば、模擬授業の結末は「(渡嘉敷島、座間味島の守備隊長である)赤松大尉、梅沢少佐は住民思いの素晴らしい軍人だった」ということになり、生徒役もそのような感想を言うそうだ。なんという授業だ。
 「集団自決」の経験を証言した人の著書を、本人に無断で切り取って、軍命ではなかったことの証拠にも用いたという。悩みぬいた末にやっとの思いで証言した人をさらに、追い詰めるこのような行為は許しては今後証言を得る活動成立しなくなるだろう。だが、証言を無理にこじつけないことには日本軍としての関与がなかったという証明は難しいに違いない。
 直接、日本軍人の命令を受けずに沖縄の人が「自決」を急いだり、役場の人の号令で危険な場所に大勢の人が招集される、といったことの方が、皇民化教育の恐ろしさと「天皇の軍隊」の暴虐を裏付けていることになると思うのが自然だろう。この研究会の人たちは、天皇アキヒトの園遊会発言が示したように、言葉で発されない強制によって民衆が唯々諾々と動く事が美しいと本気で感じている。「『生きて虜囚の辱めを受けず』は日本人の美意識」と言い切るセンスこそが新しい教科書推進派の核心なのだろう。

昭和天皇の戦争犯
罪を糾弾しよう

 沖縄戦の被害を風化させまいとする沖縄の報道においても、日本軍が沖縄の住民を追い詰めたという言い方を積極的に出来なくなる方向にすでに入っているように感じるが、「沖縄プロジェクト」の動向に注意を払ってもらいたい。下島さんは現在「虹の会」の活動を通して沖縄戦を経験した方の証言を聞き取る活動を継続して取り組んでいる。「大事なのは軍命があったか、なかったのかということではない。沖縄戦は悪というような一般化には反対だ。事実を知り、言葉の意味を考え、その背景を知ることが大事だ」と強調する。
 一般化を慎まねばと思いながらも、沖縄戦の現場証言を知り、その背景として昭和天皇ヒロヒトが沖縄を捨て石にして保身を図った事実と重ねあわせる作業が重要ではないかと思う。この作業の先に、すでに具体的な被害を世界中で振りまく米軍基地の撤去と、新たな日本軍の登場を担保する靖国神社の解体とを勝ち取る事が出来るだろう、と思う。「天皇ヒロヒトはなかなか卑怯者だ。アジア諸国に戦争被害者への謝罪と補償を!」の宣伝を強化し、アンチ皇民として中国、朝鮮半島の民衆と連帯しよう。      (海田)

【訂正】本紙前々号(6月6日号)1面「小泉は靖国参拝をやめろ」1段9行目、同25行目の「東条英樹」、4面「サイパン『慰霊』訪問糾弾」5段中見出しから27行目「東条英樹」を、いずれも「東条英機」に訂正いたします。


もどる

Back