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ベトナム革命の勝利から30年              かけはし2005.5.23号

都市部で党の危機が進行

「大型テレビ、車を欲しがる新しい階級が生まれている」


 一九七五年四月三十日、ベトナム革命はついに勝利した。米帝国主義は歴史的敗北を喫した。それはベトナムと世界の民衆闘争史に残る勝利だった。サイゴン解放から三十年、「改革・開放」下のベトナムはどうなっているのか。ここに掲載するのは「インプレコール」誌のジャンミシェル・クリビーヌが、ベトナム系フランス人トロツキストのチュアンに対して行ったインタビューである。チュアンは近年、毎年のようにベトナムに里帰りしている。彼は自らの見聞や友人との討論を通じて、ベトナムの抱える諸問題を語った。

資本は党員が別人の名義で

――最近のベトナムはどうなっていますか。

 一年ぶりにベトナムを訪れて、「中産階級」が登場しているのを見ました。もちろん、これは都市部に限ったことですが。今や多数の企業、工業会社や商社が存在しており、その資本は党員が別人の名義で出しています。というのは、古い規則では、党員はビジネスに参加する権利を持っていないからです。多くの新しいビルが出現しています。それも二十階建ての高層ビルです。

――党員がオーナーになれるのですか。

 原則的には、なれません。しかし、いとこや友人の名義を使うことができます。

――旧ソ連との大きな違いは、ソ連では旧党幹部が公然と富裕になっているのに対して、ベトナムでは他の人々を隠れ蓑にして富裕になっている、ということですか。

 まさにそのとおりです。幹部の大多数は、一定レベルの教育があり、大企業家になりました。子どもを留学させ、経営者になって後を継げるようにしています。彼らは中国の例にならっているのですが、何年も遅れています。しかし、もっとすばやく行動するでしょう。というのは、人口を比べてみてください。企業家になった幹部の比率はベトナムの方がはるかに高いのです。
 ベトナムでは中国のような「王国]は作らない、と言われています。中国では、企業が省の規模に達する場合があり、分離のリスクをはらんでいました。中国では、特定の大企業家は党籍を隠していませんが、それは彼らが党に、そして国家にお金を貢いでいるからです。
 ベトナムでは、党員は商業や工業に従事する権利を持っていません。私は、企業を所有し軍の銀行を利用している軍人たちに会ったことがあります。彼らに聞いてみました。「企業の経営者なら、利益を生まなければならないでしょう。利益はどこへ行くのですか。軍ですか、それとも、結局のところ軍を支配しているのは党だから、党ですか?」。
 彼らの答えは次のようなものでした。「いやいや、私たちのシステムは非常に特殊で、話が長くなるので説明し切れません。利益の一部は軍へ行きます(兵舎の改善や賃金引上げ)。他の部分は一種の積立金になり、再投資されます」。

新しい階級の巨大な駐車場

――しかし、だれが積立金を管理するのですか。

 もちろん、企業家です。その過程で自分の分け前を取ります。

――東欧諸国との大きな違いは、党が依然として存在しており、すべてを支配しているということですか。

 まったくそのとおりです。党は依然として存在し、すべてを支配しています。特に、地方や少数民族の間ではそうです。地方や少数民族の間では、人々は依然として党を信頼しています。中央高地へ行って、地区当局を批判してごらんなさい。冷たい扱いを受けるでしょう。ホーおじさんは依然として彼らのアイドルなのです。少数民族の多くの人々が、子どもにホーという名前を付けています。なぜもっと「ローカル・カラー」豊かな名前を子どもに付けないのかと尋ねれば、「私たちを解放し、食べ物を与えてくれ、進歩を助けてくれた」ホーおじさんへの感謝のしるしなのだ、と答えます。都市では、事情は異なり、党の真の危機が存在しています。
 それは五年前に始まり、今や様々な形で表面化しています。新聞記事、政治局宛の手紙、インターネット、ありとあらゆる情報源があり、あらゆる文書を手に入れることができます。だから、経済的レベルでは大きな前進がありました。しかし、いつもそうですが、それは普通の人々にとっての前進ではありません。しかし、「中産階級」と「上層」プロレタリアートにとっては、大量消費が出現しました。私は、一年前との違いに驚きました。
 数年前から、ハノイやホーチミン市にはコーラ・スーパーマーケットがあります。現在はアメリカ大企業のメトロが設立されました。その宣伝コピーは「あなたが選び、支払い、持っていく」というものです。彼らは巨大な土地区画を購入し、米国を真似て新しい階級の自動車(自転車ではない)のための巨大な駐車場を建設しました。コーラよりホーチミン市に近いところに建設したので、コーラの客を奪うことになるでしょう。
 メトロに入るにはカードが必要です。その理由は、彼らの言うところによれば、企業、職人、協会向けに卸売価格で販売しているからです。彼らは地域の農民から農産品(ひるがお、レモン、など)を市場価格より低価格で買っています。しかし、それは市場で売っている農村女性の仕事の破壊の始まりです。メトロのひるがお一束の値段は、サイゴン市場より安いのです。

――多く買うことができる部分は人口の一部ですか、それとも、事実上人口全体の生活水準が上昇し始めているのですか。

 みんなの生活水準が上昇したのは確かです。しかし上昇の程度は様々です。労働者はメトロ・カードを何とか手に入れますが、そのことが小規模農業や零細農民に影響を与えています。ベトナム、特に南部は、家族経営商業によって特徴付けられます。家族が村の産物を、はるばる十五キロも離れたホーチミン市に運んでも、売れなくなりました。値段が高すぎるからです。

「不動産ブーム」が過熱

――政治的レベルのニュースはありませんか。「開放」が話題になっていましたか。

 事実上の開放が、これまでのところ、政治的にも少しずつ進んでいます。しばらく前から、知識層も役割を演じるようになりました。以前は彼らはすべて「路線に従わなければ」なりませんでしたが、今や路線を逸脱できるようになっています。このことはベトナムの国際社会への統合に関係があります。
 海外のベトナム人は、ベトナムの土地や家屋を、たとえそこに住まなくても、買うことができます。さらに、一九七五年以降にベトナムを逃れたベトナム人は、家や財産を回復することができます。家が占有されている場合は、当局が旧所有者に、占有者に別の家屋を提供するか、または立退き料を支払って問題を解決するように指示します。現在は「不動産ブーム」が過熱しており、大企業や富裕な個人があらゆるものを買いまくっているので、家は非常に高価です。過去一年に価格は八〇%以上上昇しました。すべてがパリやニューヨークより高い水準です。
 しかし、政治の問題に戻りましょう。しばらく前から、多くのベトナム人が、私費留学を含めて、海外留学するようになりました。以前は、留学先がソ連、東欧、中国でした。今は、オーストラリア、米国、フランスなど、どこにでも行けます。家族がすべての費用を出す場合も、国家公務員が近代行政技術を学ぶ必要があって、当局が派遣する場合もあります。多くの人々がすでに海外へ行き、種々の見聞をしました。彼らは帰国して「われわれはなぜあれこれをしないのか?」と言います。したがって、今や、民主主義と言わないまでも、一定の自由が存在するのです。

――この自由は、新聞やラジオやテレビにも反映していますか。

 現在、そこには未だ相反する意見は存在しません。また、多くの人々が外国へ行くことばかり夢見ています。以前は、直接大学に入学できる学生しか留学できませんでしたが、今では、お金があれば、十二歳から留学が可能です。
 私はモンペリエ(南仏の大学都市)でそういう子どもたちに大勢出会いました。彼らは両親と離れて留学します。彼らの世話を引き受け、滞在場所などを探してくれる組織があるのです(法外なお金を払う必要があります)。

トロツキストの著書が出版


――彼らがベトナムで教わる歴史は、未だ党の路線に従ったものでしょうね。

 その点に変わりはありません。依然として(いわゆる)「マルクス主義」の歴史です。しかし、ますます「マルクス・レーニン主義」は「ホーチミン思想」に置き換えられつつあります。
 他方では、グエン・アン・ニンという人物に関する決定的な開放がありました。彼は一九三〇年代のベトナムでは非常に良く知られた人物です。彼はトロツキスト指導者タ・トゥ・タオの友人で、彼らは一緒に新聞「闘争」を発行しました。
 彼はトロツキストではありませんでした。というのは、党に加盟することを望まなかったからです。実際、彼は自らを「非党員共産主義者」と述べています。私の意見では、彼は純粋の共産主義者でした。一九四一年にホー・チ・ミンが帰国する前に、ベトナムの党員のほぼ七五%を支えたのは彼でした。彼は、一九四三年にプロ・コンドルの監獄で獄死しました。
 これまでは、彼については限られたことしか語られず、良い人であり愛国者だったと言われてきただけでした。ホー・チ・ミンは、彼のことを評価していたようです。これまで、ディエム時代には、大サイゴン市場にいたる向き合った二つの道は、グエン・アン・ニン通りとタ・トゥ・タオ通りと呼ばれて言いました。これらの名前は、一九八五年まで変更されなかったのです。
 そして、今再び、この大通りがグエン・アン・ニンと呼ばれるようになりました。タ・トゥ・タオに関しても、今や彼のことが語られ始めました。書籍も出版されています。
 特に、一九四五年に、タ・トゥ・タオと同様、スターリニストによって暗殺されたトロツキストであるファン・バン・フンの著書が出版されました。出版社「文化と情報」は、昨年、彼の主要著作のひとつを出版しました。私も一冊持っています。
 私は本屋の主に、「トロツキストの本を売るのかい?」と聞いてみました。彼は私を見てこう言いました。「トロツキストだって?、そうだよ。しかし、彼は愛国者だったじゃないか。」この本は飛ぶように売れました。もはや手に入りません。なぜなら、発行されたのはわずか六百部だったからです。
 グエン・アン・ニンに関しては、名誉回復と言うことはできません。なぜなら、彼は一度も非難されたことはなかったからです。しかし、彼は完全に忘れられていました。彼の「記念館」がホーチミン市の近くに建設されました。そこには、あらゆる文書が、タ・トゥ・タオの写真を含めて展示されています。これは二〇〇三年に開館しました。
 現在は、一九三〇年代の時期が、きわめて多様な人々のわずかな「記憶」の中で省みられています。それらは、ダニエル・エメリの著書『民族主義から共産主義へ』の中でも取り上げられています。
 私はまったく楽観的ですが、他方では、党内には鋭い権力闘争が存在しています。党内には、コード・ネームT2(第二諜報局を表す)という組織が存在します。この中にT4と呼ばれるエージェントがあり、(伝説的共産党書記長)ザップとすべての「オールド・タイマーたち」に関するきわめて批判的な報告書を書きました。
 私は、彼らが党の歴史を書き直し、「古きもの」を排除しようとしている過程にあるかもしれない、という印象を持っています。彼らは、それらを破壊するために最悪のことについて語っています。徹底的に誹謗せよ、かならず何かが染み付くものだ。それはスターリンの原則です。しかし、すでに、反逆の始まりとなる動きも存在しています。
 ザップは抗議の手紙を書きました。私はベトナム語のこの手紙を持っています。次のように言っています。現在の指導部には能力のある指導者が存在していない。書記長ノン・ドゥク・マンは、種々の分派間の妥協の結果に過ぎません。彼は、ホー・チ・ミンの隠し子であるといううわさがあります。ジャーナリストが彼にそのことを尋ねたら、彼は笑いながらこう答えたということです。「ホー・チ・ミンがすべてのベトナム人の父であることは、あなたも良くご存知のとおりです。」

支配しているのは「ドル」

――ベトナムが資本主義によってしだいに乗っ取られようとしていることは明らかですが、彼らはいつそれを認めるでしょうか。ロシアで起こったような事件が必要でしょうか。

 私は、そうは思いません。なぜなら、彼らは一九八九年の事件に傍観者的立場を取ったからです。彼らは一九八七年以降「開放的」になり、その後ブレーキをかけ、数十の党が「無秩序」をもたらしたハンガリーの事態を非難しました。今や、ドイモイ(刷新、改革開放)から十五年が経ちました。大型テレビ、車を欲しがる新しい階級が生まれています。ヨーロッパで四万ユーロのメルセデスが、ベトナムでは十万ユーロ相当もします。さらに、一杯のフォー(伝統的スープ麺)の値段が一年で倍になりました。値上がりしていないのはタクシー料金ぐらいのものです。観光客向けであることと激烈な競争のためです。

――今、ベトナム人はアメリカのことをどう思っていますか。アメリカとの死闘を経た後、アメリカ人の習慣の多くを受け入れているように見えますが

 支配しているのはドルです。これには疑問の余地はありません。彼らは、アメリカ人を「猿真似」しているのです。若者たちは、一九七五年に終わった戦争に関心を持っていません。すでに三十年も前の話なのです。戦争を戦った人々は、不満をもっているか、あきらめています。多くの人々は、第十回党大会を待っています。党大会は来年に予定されており、飴玉を与える以上のことが行われると期待されています。

――資本主義の再確立と民主的開放の始まりという、この矛盾した状況の中で、われわれは何ができるでしょうか?

 われわれは、少なくとも、過去の革命家の正当な位置を回復しなければなりません。そして、グエン・アン・ニンを通じて、虐殺されたすべてのトロツキストの名誉回復を勝ち取る必要があります。若い世代が知らない、そして古い世代が思い出したがらない、一九三〇年代について再び語る必要があります。ファン・バン・フンの著作の出版は、勇気付けられる兆候です。
 これに続いて、ホーがまだ知られていなかった時代の「闘争」グループのメンバーのすべての著作が出版されるべきです。このほか、われわれにできることは、トロツキーの著作の翻訳を続け、さらにベトナム革命に関するトロツキストの著作を翻訳し、抵抗の時代と現在におけるわれわれの立場を知らしめることです。
(電子版「インターナショナル・ビューポイント」05年4月号)


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