| JR福知山線転覆事故 かけはし2005.5.16号 |
運転士の資質のせいではない
四月二十五日午前九時十八分、兵庫県尼崎市JR西日本の福知山線で快速電車が転覆脱線し、百七人の死者と負傷者四百六十人を出すというJRになって以来の大惨事が発生した。国鉄時代を入れても一九六三年の横須賀線鶴見脱線衝突事故で百六十三人の死者を出して以来、戦後三番目の大事故という悲惨極まりない事態である。
事故は宝塚発同志社行き七両編成の快速電車(乗客五百八十人)が、尼崎駅一つ前の塚口駅を通過した後、制限速度七十キロメートルの半径三百メートルの右カーブに時速百キロを超すスピードで進入直前、急ブレーキがかかり左に脱線転覆、線路敷地から六メートルしか離れていない九階建てコンクリートマンションに激突した。一両目がマンション内の階段式駐車場を破壊し、くの字に折れ曲がるように大破、二両目が一両目に覆いかぶさるようにマンションの柱に衝突し押しつぶされた。三両目、四両目も折れ重なるように脱線、大規模な転覆脱線事故となった。
その後のマスコミ、報道機関、事故調査委員会(国土交通省航空・鉄道事故調査委員会)によれば宝塚駅を九時三分に出発した同電車は三つ目の伊丹駅に三十秒遅れで到着、しかしその停車時に約四十メートルのオーバーランをし、停車位置を直し出発したときには一分三十秒遅れを出していた。
運転士は車掌に「短く報告して欲しいと」と車内電話で要請、車掌は運転指令(運転を管轄する部署)に「八メートルのオーバーラン」と嘘の報告、運転士は遅れを取り戻すべく事故現場のカーブ直前までの制限速度百二十キロの直線を限界までスピードをあげて回復運転(遅れを取り戻すときに通常行う運転方法)した。残されたモニター制御装置によれば半径三百メートルで制限時速七十キロの右カーブに百八キロのスピードのまま進入直前、急ブレーキをかけたため先頭車両が遠心力の働く左側に浮き上がり転覆脱線したと思われる。対抗線路の特急電車が百メートルまで接近、緊急停車した。もし停車が間に合わなかったら輪をかけた大惨事に至っただろうことは予測できる。
マスコミも事故調委も前述のように転覆脱線は速度超過が主要原因と報道している。そして運転士が過去三度の処分を受け、運転士経験が十一カ月で、昨年六月にも百メートルのオーバーランを起こし訓告処分を受けていることを公表し、事故の主要な責任をミスを取り戻そうとしてスピードを出しすぎた運転士の個人的資質と能力に転化しようとした。運転士が死亡している以上心身状態やブレーキ制動はどうだったか、どう行動したかについて不明な点も残っているとはいえる。
しかし、事故を検証していく中でさまざまな問題点が浮き彫りになっている。
事故はなぜ起こったのか
競争がもたらし
た超過密ダイヤ
JR西日本は分割・民営化以降、沿線人口が多く鉄道利用者も急増している京阪神路線を「アーバンネットワーク」と名づけ、JR西日本の総収入七千五百億円のうち半分近い三千億円を得るドル箱路線に仕立て上げた。競合する阪急宝塚線に対抗するため複々線化や快速列車の高速化、過密なまでの増発を急ぎ、宝塚―大阪間を阪急より七分以上も速く走り乗客を奪ってきた。半径三百メートルのカーブも、東西線との相互乗り入れのため旧来半径六百メートルあったカーブを変更、八年前に急造された線路であった。到着間近の尼崎駅は神戸線(東海道線)、宝塚線、東西線が乗り入れ、乗り換え時間が短いところで三十秒しか確保されていず、短すぎるなどの指摘が多くあったという。
到着時刻が遅れると接続する他列車にも影響が大きく、運転士に対する定時運転のプレッシャーは相当過酷なものだったという。だからわずかな遅れが出た場合でも、転覆現場間近までの制限速度百二十キロの直線で時間を稼ぐという方法がいつも取られていたと関係者は述べており「事故の運転士も遅れを取り戻そうと必死だったのだろう」と発言している。運転士の鬼気迫る必死な形相と動揺、あせる気持ちが伝わってくるようである。
一秒単位で遅れの
報告を義務づけ
JR西日本は二〇〇二年から日常的に遅れが目立つ列車に「要注意列車」と名づけ、主要駅での着発時刻を一秒単位で自主報告させていたことが明らかにされた。調査は年五回あり、大阪支社では四月八日から十四日まで尼崎駅発着を対象に調査していた。そのようにして定時運転を至上命令としていたため、制限速度限界までの「回復運転」は日常茶飯事で、会社でさえ「遅れが出た場合できるだけ回復に努める」と超過密ダイヤの中で回復運転を強要していたのだ。いつ事故が起きても不思議でない状況がすでに作られており、今まで事故がなかったのが幸いという他はない。
懲罰としてなさ
れた「日勤教育」
短いオーバーランなどのミスがあったり、遅れを繰り返す運転士には「日勤教育」という懲罰的研修があることも報道されている。
運転士の弁明(貧血での車内急病人の発生や利用者の混雑による出発時刻の短い遅れは頻繁にあるのだが)には一切耳を貸さず、運転技術に必要のない就業規則の書き取りや、「振り返り」や原因究明の何枚ものレポートを書かされ「今度やったら運転士をやめる」などの決意書を書かされるなど「いじめ」に近い研修が何日間続くか見通しのないまま続けられ、本音とは違う担当の指導助役の気に入るようなレポートなどを提出、助役の判断や地区長の裁量で研修を終了し再度乗務が許されるということである。当然、会社は裁量とその研修の長さを組合に対する組織攻撃として利用している。
その期間の月額十万円に近い乗務手当てはカットされる。JR西日本はJRグループ各社で一番初めに成果主義賃金体系を取り入れ査定に利用した。その結果、現場の労働者は減額の恐れにおびえてしまう。その責任の一端は成果主義賃金体系導入に抵抗できなかった労働組合にもあるのだが、結果として過密ダイヤの問題や利用者混雑の問題には触れられずに「日勤教育」は終了してしまうのである。
五十秒発車が遅れたというだけで「日勤教育」を受けさせられ、三日後に自殺に追いこまれた運転士がいた衝撃的事実が報道された。損害賠償を求めて父親が訴訟を起こしたが請求は棄却された。しかし棄却理由の中で懲罰的「日勤教育」との因果関係は認めている。
このようにダイヤ優先、定時運転の絶対確保、懲罰的脅しの状態で、程度の差はあれJR西日本の運転士に限らずJRグループの労働者は命を削るようにして業務させられているのだ。
分割民営化間もない一九九一年、四十二人の死者を出した信楽高原鉄道列車正面衝突事故で、裁判の結果JR西日本の安全責任が問われる判決が出たのは二〇〇三年である。
また〇二年、大阪東海道線で負傷者救出中の救急隊員が運転再開後の特急にはねられ死傷した事故で、JR西日本に対する大阪地裁判決は「ダイヤの正常化に関心を傾けすぎていた」と言及した。しかし、その教訓は安全軽視と競争原理の前に忘れ去られたのである。今回政府、国土交通省は、JR西日本に事故の責任を押し付けたままである。しかし二つの大事故の後もJR西日本の変わらぬ安全軽視と儲け第一主義の姿勢を放置していた監督権限についていえば、事故の責任は政府、国土交通省にもあることを見逃すことはできない。
「利益を上げる」
がすべてに優先
この間JR西日本の安全関連設備投資額は規模が違うとはいえJRグループの中でも低いほうであることが明らかにされた。JR東日本の半分以下、JR東海の六割である。
JR西日本の大阪支社(当該線区)の今年度の運営方針の第一が「稼ぐ」であり「安全輸送」が二番目であったという。その結果が大惨事と裏腹に民営分割後、〇四年度JRになって以来の最高収益をあげることになったのだ。人命と引き換えにしてまでも利益をあげる(稼ぐ)事を優先していたということである。
ヒューマンエラーをカバーする安全対策はどうだったか
旧型のATSしか
設置されていない
走行中の電車に自動的にブレーキをかけるのが「自動列車停止装置」ATSだ。福知山線のATSは最も古いタイプで、赤信号無視か車止めに衝突しそうなときにしか作動しない。今回のように制限速度を超えようとしてもブレーキはかからないのだ。最新式のATS―Pは線路内で列車の速度を感知して自動的にブレーキをかけ速度を管理する機能を持っている。このATS―Pの設置割合がJR東日本東京圏では一〇〇パーセント、全線でも三〇パーセントも普及しているにもかかわらず、JR西日本では七・七パーセントに過ぎない。さらに進んだ新幹線のように一区間に一列車しか入れず、中央司令室でスピードも管理できる自動列車制御装置ATCは、山手線や京浜東北線を除けば私鉄も含めてJRグループでも設置割合は全く低いといわなければならない。
そして列車ダイヤの過密化は、都市の過密化が限界にきていることの証でもあり、放置できない問題でもある。ハイテク機器に安全対策のすべてを任せてすむという問題ではないが、政府、JRに現在の最高水準の技術的安全対策を人的にも機械的にも二重三重にとらせていくことを強制する必要があるといえる。
脱線防止ガード
も未設置だった
脱線防止ガードについても取り上げられている。さる二〇〇〇年三月、五人が死亡した地下鉄日比谷線せり上がり脱線事故が記憶に新しい。この事故を受けて国土交通省は半径二百メートル以下の急カーブに、車輪のせり上がりを防ぐ車輪をはさむように、もう一つのレールのようなものを取り付ける脱線防止ガードの設置を指導した。しかし今回の事故現場のカーブは、半径三百メートルあるにもかかわらず設置を免れていた。脱線防止ガードが取り付けられていれば今回の事故は防げたかもしれない。脱線防止ガードを取り付けると隙間確保の保守点検が増えるために、人員削減を推し進める鉄道会社は設置に消極的になっている。政府、国土交通省は基準に厳しく対応させることに責任を負うべきである。
高速化と車両軽
量化による危険
車両の軽量化と百七人もの死者を出した事故の深刻さも密接な関係をもっている。各鉄道会社は高速大量輸送を推し進めるために車両の軽量化を競い合っている。強度について自動車の場合は国が安全基準を策定しているが、鉄道車両の場合は省令で具体的基準値を示していない。「脱線の予防に努めるのが考え方、脱線事故は想定していない」としている。
ところが今回想定外の転覆脱線事故が起きたのだ。転覆した今回の車両は「二〇七系」といわれ、山手線などに使われている車両と同じ高速化のためにステンレス製で軽量化されている。国鉄時代の一両三十トンと比較しても二割も軽い二十五トンである。そこに台車と車体の間に空気バネをはさみ、左右の縦ゆれを吸収している。しかし車両が軽量化されると乗客が多数乗車した時、突然重心は高くなりカーブにさしかかれば空気バネは平衡を保つように作用するため外へ押し出す力を与える。高い位置で遠心力が急速に高まるのだ。
JR西日本が当初カーブでの脱線にいたる限界速度は百三十キロメートルと発表したが、それは乗客が乗っていないことを前提にした机上の数値でしかないことも暴露された。軽量化は浮き上がりやすく脱線しやすい。しかも正面からの衝突には強くても側面への衝撃は全く計算外の車両は、コンクリートのマンションに激突すると原型がわからなくなるほど押しつぶされ(五十センチ幅までになったところもある)、バラバラになり、今回の事故に拍車をかけ多数の死者が出るような凄惨な事故を招いたといえる。
国が車両の安全基準を、根本のところで会社任せにしてきたことが批判されるべきである。事故を受けて二日、国交省は側面衝突対策、生存空間確保などの指針作成づくりに着手すると発表したが、遅きに失しているといえる。
JR西日本の腐敗と堕落
当然にもJRグループ全体のことでもあると思うが、JR西日本の会社の腐敗と堕落が顕著に表れている。一つは事故発生後に置石原因説を意識的に振りまいてみたり、事故列車の車掌に当初「直線でそんなにスピードを上げていたかはわからない」と真相究明をかく乱するよう工作を行ったことである。
またドル箱路線のため新型のATS―P未設置のまま復旧工事終了後、早期運転再開実施の公表を行った。しかし、犠牲者と家族の被害者感情を無視するような傲慢な態度が批判を浴び、一時は撤回はした。しかし今度はATS―Pを設置しての運転再開を急ごうとしているし、国交省もそのように誘導している。しかし事故や背景を検証するなら、真相究明はそこそこにしてATS―Pさえ設置すれば問題が解決するものではないことは明らかである。
そしてまた怒り心頭に発する事実が続いて暴露された。
事故列車に同乗して無事だった二人の運転士が、事故直後事態を知りながら出社する所属の運転所に携帯電話で報告をしたが、上司は出社を指示し、二人の運転士は救助作業には一切参加せず出社、事故報告をした上で上司の指示のもと、通常の乗務に服務していたことが発覚した。
事故現場では周辺の会社、工場、住民などが仕事を放り投げて救援場所やトラックや飲料水や救急用品を提供して、一人でも多く助け出そうと救助活動を全力で行っているときに、当該の会社の列車事故にはそしらぬ顔で上司の指示で出社したという。全く許せないことで処分を出せばすむというものでないことは誰にでも分かる。JR西日本会社はそのようなことしか考えていないことが報道を通じて伝わってくる。「稼ぐ」という方針に一言で表されているように、何もかも業務優先の体質が人間性を根本まで破壊しているのだ。
また事故当日、事故報告やニュースで事故の深刻さを知りながら天王寺車掌区の職員四十三人が区長も交えてボーリング大会を開催し、その後懇親会を開いて酒を飲んでいたという事実も暴露された。同じような事例がいくつも報告されている。腐敗の極みといえるだろう。
国労破壊攻撃と職場の荒廃
民営分割を前後して、会社に協力的な姿勢をとっていた労働組合は、会社の発展を支えることを方針化し収入増大に協力的であった。そのために組合組織全体も「稼ぐ」事を主目的とした会社の組織機構、方針、会社の行動指針と一体化されていった。何か個人的要求や意見を口にして、それが会社と相容れないものであれば会社からも組合からも孤立させられ迫害されるのが実態である。それがちっぽけな愚痴一つであってさえそうなのである。
会社組織も労働組合も個人の自立した考えと行動規範を抑圧し、命令と服従の拘束着でがんじがらめにしているのだ。何も自分からはいえず、指示待ち人間の労働者が作り出されていった。国労解体を主目的とした分割民営化攻撃を通して人間性をも破壊していった結果なのだ。
早急に究明を終わらせようとすることに反対していかなければならないし、まだまだ事故の真相究明の中で新しい事実や背景、事故原因に関わることが現れてくることであろう。
今回政府と国土交通省は、国の監督と権限にはほお被りしながら、JR西日本と運転士に事故の責任を押し付けようとしているし、テレビやマスコミもそのように報道をばら撒いている。しかし都市の人口急増に対する交通政策の無策と無責任、鉄道会社任せ、鉄道産業の無秩序な競争激化、過密ダイヤや安全対策に対する放任政策、交通産業に働く労働者の要求や権利保護への無責任さ、会社へ批判的組合の解体攻撃など、事故の直接的背景にあるものは政府・国土交通省の無責任を追及されてしかるべきものばかりである。
国鉄の分割民営化以降、公共交通の責任を投げ捨て競争原理にひた走る結果として起きた今回の事故は、弱肉強食の新自由主義が作り出したものであり、小泉政権の政策の結果である。百七人の犠牲者を出した悲劇を怒りに変えて事故の真相を明らかにしていかなければならない。
今こそ鉄建公団訴訟を軸に国鉄闘争の勝利、一〇四七人の解雇撤回・職場復帰をかちとって、反撃ののろしを上げよう。
(05年5月7日 蒲田 宏)
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