| 「暴走する公安と脅かされる言論社会」集会 かけはし2005.4.25号 |
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「表現の自由」に対する規制治安弾圧体制の強化を許すな |
四月六日、立川自衛隊宿舎反戦ビラ弾圧事件弁護団、国公法弾圧・堀越事件弁護団、葛飾マンションビラ配布弾圧事件弁護団、板橋高校事件弁護団は、東京・弁護士会館で「『これって犯罪?』 暴走する公安と脅かされる言論社会」と題する集会を開き、四百人が参加した。
集会は、主催者あいさつから始まり、石崎弁護士(国公法弾圧弁護団)が「四事件で共通しているのは、市民の表現行為への弾圧ということだ。今までは起訴されないケースだと考えられてきたが、検察公安部は表現行為が『犯罪行為』だとして起訴した。国公法違反で起訴にしたのは三十三年ぶりだ。このような暴走を許してはならない。集会は、言論の自由を守るための出発だ」と発言した。
魚住昭さん(ジャーナリスト)は、「なぜビラ弾圧事件が起きたか」というテーマから提起した。冒頭、元外務省国際情報局の佐藤優著の『国家の罠』(新潮社)を取り上げながら、「検察庁の国策捜査は、小泉政権の維持と安定のために、抵抗する勢力・分子を壊滅させるために事件化してきた。警視庁公安部による弾圧も、小泉政権と石原都知事のご機嫌とり、リストラを防ぐために仕事を作り出している。このように官僚組織の腐敗・堕落・崩壊が進行しているなか、民衆の抵抗をともに作っていこう」と訴えた。
監視社会、戦前の隣
組がつくられそうだ
続いて、奥平康弘さん(憲法学者)は、「表現の自由」をめぐる考え方に絞って論じ、「ビラを配布する権利とビラを受け取る権利がある。この両者のコミュニケーションを保障したものが表現の自由だ。だから建物の管理者が勝手にビラ入れを禁止するのは、居住者の情報を受け取る権利を奪うものだ。これは原則だ」と強調した。
次に、四弾圧事件の被告と弁護団から闘う決意表明と裁判状況について報告がされた。
高田幸美さん(立川反戦ビラ弾圧被告)は、「ビラ配りなんて一番逮捕されないものだと思ってた。七十五日間も勾留されたが、皆さんのおかげで一審で無罪をかちとりました。政府に抗議したから取り締まられた。こんな政府はおかしいと主張し、共に団結していこう」と呼びかけた。
堀越明男さん(国公法事件被告)は、「『憲法を守れ』というビラを配布して逮捕された。国家権力の犯罪だ。七回の公判において、公安が長期にわたって尾行、盗撮していたことが明らかになった。公務員の政治活動に対する弾圧として、絶対に負けることはできない」と訴えた。
藤田勝久さん(板橋高校卒業式威力業務妨害事件被告)は、「都教委によって学校が壊されてしまっている。その集大成として『日の丸・君が代』強制がある。だから、私はささやかな抗議をした。四月二十一日に第一回公判が始まる。頑張っていきたい」と発言した。
荒川康生さん(葛飾区マンションビラ弾圧事件被告)は、「今回の事件を通して、監視社会、戦前の隣組みが作られてしまう危険を感じた。無罪だけでなく、逮捕・起訴によって失ったものを返してほしい。裁判所を憲法に従えという声で包囲していこう」と呼びかけた。
最後に集会アピールが採択され、主催者を代表して内田雅敏弁護士(立川反戦ビラ弾圧事件弁護団)が閉会のあいさつを行った。
警察と検察が用
意周到に準備
小泉政権は、自衛隊のイラク派兵とセットで戦時治安弾圧体制を強化している。その先兵である公安警察と検察公安部は、昨年、自衛隊の宿舎にイラク派兵反対のビラを入れた行為を住居侵入罪(二月二十七日不当逮捕、立川自衛隊宿舎反戦ビラ弾圧事件)、休日に職場とは関係のない地域で共産党のビラを配布した行為を国家公務員法違反(三月三日不当逮捕、国公法弾圧・堀越事件)、卒業式開始前にビラ配布した行為を威力業務妨害(十二月三日不当起訴、板橋高事件)、マンションの郵便受けに議会報告を入れた行為が住居侵入罪(十二月二十三日不当逮捕、葛飾マンションビラ配布弾圧事件)とする不当弾圧を連続的に強行した。
国家権力は、これまで新左翼や労働争議団のビラ配布などの表現活動に対して「過激派に人権なし」とキャンペーンしながら不当弾圧を繰り返してきた。しかし、小泉政権の戦争ができる国家作りのための重要な柱である治安弾圧体制構築にとって、市民運動や共産党のビラ配布行動も放置しておくこができないのだ。四弾圧事件は、その国家的意志の現れであり、憲法改悪の先取りとして「表現の自由」への公然たる規制を暴力的に強行したのである。つまり、小泉政権による自衛隊のイラク侵略戦争への派兵決定と同時に、これまでの治安弾圧体制から戦時下の弾圧体制への転換をかけて準備してきたのであった。とりわけ立川反戦ビラ弾圧と堀越さん弾圧が、令状逮捕、大掛かりな家宅捜索など用意周到な展開からわかるように、弾圧発動に向けたターゲットとして設定していたのである。
立川反戦ビラ弾圧、葛飾マンションビラ弾圧、板橋高校・藤田さん弾圧事件の担当検事は、崎坂誠司という同一人物である。超反動崎坂の立場もあろうが、一連の弾圧は、警察と検察当局との意志一致に基づいた組織的犯罪行為である。
このような小泉政権と公安検察・警察による攻撃に抗して、立川ビラ弾圧一審無罪判決を勝ち取った成果をステップにしながら四弾圧事件の被告と弁護団が、ガッチリとスクラムを組み、反撃態勢の構築と反弾圧運動の拡大をかけてスタートしたことは、反戦・憲法改悪反対勢力にとって重要な踏み出しである。四弾圧事件の無罪判決勝利とビラ弾圧を許さない支援・連帯の闘いに取り組んでいこう。 (Y)
戦争と治安弾圧に抗議
強風の中、池袋の繁華街で反戦デモ
四月十日、東京・池袋の東池袋中央公園で「有事立法・治安弾圧を許すな! 北部集会実行委員会」が主催して「戦争と治安弾圧はゴメンだ!4・10池袋デモ」が行われた。強風の中を四十人の労働者・市民が参加した。
この日は午前中に、例年のように陸上自衛隊練馬駐屯地で行われた「練馬駐屯地祭」への抗議情宣に実行委員会として取り組んでからの集会・デモだった。
最初に戦争に協力しない、させない練馬アクションの池田五律さんが基調を提起、自衛隊のイラクからの撤退を求め、東京都国民保護条例、共謀罪など治安弾圧立法、三軍統合運用を進める防衛庁設置法改悪、ミサイル迎撃に対して現場指揮官に権限を移譲する自衛隊法改悪などに反対し、地域からの闘いに取り組もうと訴えた。
続いて、板橋歩こう会、練馬アクション、鉄建公団訴訟に取り組む国労闘争団、北部労働者共同闘争会議、「日の丸・君が代」強制に反対!板橋のつどい、部落解放同盟練馬支部、戦争協力はイヤだの声を!南西部実行委員会、戦争に反対する中野共同行動が次々に連帯のあいさつを行い、デモに出発した。
春の強風が吹く中を、デモは花見の人並みなどでにぎわう池袋の繁華街に「戦争反対」の訴えを響かせた。(K)
読書案内
「雅子の『反乱』」
桜井大子・編 社会評論社 二〇〇〇円+税
大衆天皇制の〈政治学〉
「男女平等」の概念が一転、「女帝容認論」 天皇の元首化を許すな
昨年、五月十日の皇太子ナルヒトの「マサコの人格否定をする向きがあったのも事実」という発言(「人格否定」発言)以来、「開かれた皇室」「女帝容認論」などが右派のメディアだけでなく女性週刊誌なども巻き込んで文字通り「国民的」話題となっている。本来、われわれ労働者にとって皇室の人間が離婚の危機にあろうが、誰とくっつこうがそんなことは全く関係もないし興味もない話である。なんの断りも、礼もなく我々の金を持参金に平然と結婚するような人間たちにかしこまってみたり、サマ付けで呼んでみたりするのも常識で考えておかしな話である。
だが、こうした「常識」的思考すら通用しないところにあるのが天皇であり天皇制というシステムの摩訶不思議なところである。ナルヒトの発言以降、話は女帝容認か否か、マサコに皇室外交のフリーハンドを与えるか否かに集中し、そもそも(皇太子の発言を事実と仮定するとだが……)マサコを`疲れさせa、表に出られなくしたのは皇室(天皇制)そのものの根本的問題に因るのではないのか?もちろん、こうした議論は一般的なマスメディアには登場しない。それどころか「男女共同参画」や「ジェンダー」といった観点から女帝容認論が自称「フェミニスト」の間から飛び出す始末だ。皇太子夫婦の危機という、天皇制の窮地はこうして「男女平等」という理念のさん奪によって体制側に回収されようとしている。
天皇制という政
治が抜け落ちる
そうした中で、本書は前半部分で今回のスキャンダルの本質は何かとそれへの対抗策として「雅子様かわいそう」というレベルでの議論とどう向き合っていくのかについて、後半は今回の自身の危機を天皇制はいかに「克服」して、生き残りを図ろうとしているかについて議論している。
天皇制にあっては夫婦間の危機という私事さえも政治的な問題にならざるを得ないが、マスメディアを通じた表象としての「皇太子夫婦」は皇太子という政治性がカモフラージュされ、「夫婦」としての一般性、大衆性を得られるように仕組まれている。それゆえ、この危機を体制側が「女帝容認」「皇室外交の公然化」といった天皇制の飛躍の足がかりにしようとしていても一般的には前述のように本質的な部分が隠蔽され、はぐらかされた格好で伝えられてしまうのだ。
天皇制が他の政治闘争以上にハードルが高いのは、そのタブー意識よりもこういった天皇制固有の性質にあるように思われてならない。誤解を恐れず言うなれば、「雅子様かわいそう」「愛子さまかわいい」といった言説それ自体は必ずしも体制側の論理に与しているとはいえない。
確かに、アイコを一人の子供と考えれば「かわいい」のかもしれないし、自分の出産まで公にされるマサコ個人は確かに「かわいそう」と言えなくもない(もちろん、`最大限好意的に見ればaということであるが……)。それに対して、「天皇制の非人道性」や彼女らの特権的地位、といった「政治的な正しさ」を対置してもなかなか噛み合わないのが現実である。一連の「スキャンダル」が天皇制という制度の矛盾とひずみを露呈したのであるなら、われわれはそのひずみを最大限に押し広げなければならない。女帝容認の世論から天皇制自体への批判的言説を導き出していくかということが今後のわれわれの課題であろう。
憲法に「皇室外交」
の概念は存在しない
本書で指摘されている「皇室外交の違憲性」についても注目する必要がある。皇太子の発言以来、女帝容認派を中心にマサコに「外交官としての経験を生かした」活躍の場を、という声がある。これは今まで皇太子が行ってきた皇室外交をマサコの自由にやらせろ、ということであるが、そもそもこの「皇室外交」なるものの是非についてはあまり議論になっていない。
憲法7条は天皇が`内閣の助言と承認のもとに行うa国事行為について具体的に限定しているが、その中に国家の代表として他国の首脳と会談する行為(「皇室外交」「国際親善」)は含まれていないのである。「皇室外交」は9条のそれと同様に、既成事実の悪質な積み重ねによって有名無実化し、皇太子に「もっと皇室外交をさせろ」、と平然と宣言させてしまうまでになっているということは、来るべき改憲闘争との関連でも憂慮しなければならないだろう。
自民党の改憲案(いわゆる「論点整理」)においては天皇が宮中で行っている祭祀行為も「公務」として憲法に明記しようとしているが、これが「皇室外交」の既成事実化とともに天皇を名実ともに国家元首化するステップであるのは言うまでもないだろう。
公明党を丸め込んでの改憲構想はついに自民党が今年十一月までに「新憲法草案」をつくることを「国民に約束」するまでになっている。種々の政治スケジュールからこの日程がずれ込むことは大いにあり得るが、しかし、支配階級が戦争とグローバリゼーションの時代を勝ち抜くために自衛隊国軍化と天皇元首化を軸とした反民主的、非人権的な憲法の改悪は着実に前進している。
彼我の力関係がいまだわれわれに不利であるとしても、政府・資本による強引な政治スケジュール強行が様々な局面でそのひずみを露呈することは今回の「スキャンダル」だけではない。繰り返しになるが、われわれの任務はそうした敵の支配秩序の矛盾に大胆に切り込みそれを逆に連中の「致命傷」にしてやることなのである。改憲決戦に向けて天皇制のそもそもの問題、矛盾に視野と知識を蓄え、改憲を阻止していこう。(半田しのぶ)
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