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「国際女性の日」―新たな女性の主体形成        かけはし2005.4.18号

性差別と性暴力を労働運動の中から根こそぎ一掃しよう


労働運動と女性主義戦略

 既存の労働運動が包括できなかった女性的な争点や組織化の方式を苦悩しつつ設立された全国女性労組が、創立されてから昨年で5周年を迎えた。5年前に400人で始まり、今やその10倍を超える5千人となり、大工場の50万よりもはるかに価値ある成果だと彼女らは語っている。そうだ、彼女らは特殊雇用や最低賃金、学校非正規職の問題などをかかげて非正規職女性労働者の問題を社会的なイシューとして提起するうえで大きな役割を果たしつつ、組織を広げてきたのだ。
 女性独自労組はこのように5年前に自らの独自的な運動の方向を設定し、大変ではあるが意味のある行軍をしている。ソウル女性労組が内部民主主義の問題などによって葛藤を味わっていたのに反して、全国女性労組の量的な成長は一応、安堵感に近づいている。この文章では女性独自労組の自己組織化の実践を尊重しつつも、その枠を越える労働運動全体の課題の側面から女性主義の戦略をどう実現するのかを提案してみようと思う。

「家族賃金」の虚構的神話

 労働運動が、いわゆる「女性主義の視角」を受けいれるのは今や珍しいことではない。資本主義の歴史が「家族賃金」という「イデオロギー」によって家父長制と共鳴した男性労働者と資本家の共謀が作り出した歴史だという点は、全く事新しくもない話だ。それにもかかわらず、民主労総の標準生計費は依然として男性生計扶養モデルに従っている。残念なことに民主労総でさえも「公私の役割分離」と「性別分業」イデオロギーから自由ではないからだ。そればかりではない。正規職男性労働者たちの仕事の場を守るという資本家の女性優先解雇と相まって「性差別的構造調整」を日常化させる没階級的で反女性的な結果をもたらしている。
 「家族賃金論」は家族と社会的生産の間の近代的関係の発達、そして特に産業生産において性によって構造化された労働市場や女性の周辺的位置と歴史的に関連がある。家族賃金の導入過程において「ジェンダー・イデオロギー」の役割は一層、強調された。歴史的資本主義の下で家族賃金はひとつの神話だ。家族賃金は家父長の権力を再構造化した。家長の賃金は労働力の価値を保障するのに不充分だった。労働者階級の家族の大多数は決してひとつの所得によって生きぬくことができないという点を示したのだ。男性の家族扶養は虚構的神話だ。
 ここから女性は極めて困難なジレンマに直面したが、家族賃金が保障されない状況にあって女性たちは家族を扶養するために労働市場に踏み出さなければならない状況に追いやられた。だが家族賃金によって女性は被扶養者と見なされ、男性よりも少ない賃金を受けることとなり、雇用の不安定性から脆弱な状況に転落した。賃金労働と家事労働の2重苦のために女性は自発的にパートタイムや臨時職、家内労働などの非正規職や非公式部門に就業するケースが大部分だ。
 低賃金と雇用の不安定性は家族内の権力関係においても女性に否定的な影響を及ぼす。女性が家庭の仕事をより多く負担しなければならない状況は、女性は労働市場に参与するが一層、不利な状況をもたらし、それ自体が女性にとっては繰り返される悪循環なのだ。
 家族賃金は労働者階級の戦闘性を弱体化させ、労働市場において男女間の葛藤条件を創出しつつ、労働力の再生産が労働者個人の責任だとする賃金契約の道徳主義と結託することによって労働者階級を絶えず分離させ、弱体化させた。そのためにパレットは「家族賃金は労働者階級の闘争の目標や理想となることはできない」と語った。女性労働に対する性的差別を通じて家父長制と資本主義の共謀が持続される。労働運動が果敢にこの悪循環の環を断ち切ろうとして乗り出さないならば、女性労働の社会化、再生産労働(家事労働、育児、介護労働)の社会化を主張をするとしても、資本主義の家父長制それ自体に対する直撃弾を飛ばすことはできないだろう。

女性労働の周辺化を許すな

 女性労働の周辺化は、新自由主義のグローバリゼーションが性差別的であり、女性抑圧的なジェンダー・イデオロギーを動員して女性に2重の労働を賦課することによって次第次第に固定化されつつある。世界経済の支配的秩序として登場した新自由主義の経済秩序は企業の再構造化を中心にして労働での費用節減と統制を通じた労働柔軟化を強化している。資本の移動性に対する無制限的保障を許容する労働柔軟化は労働の脱熟練化、非公式化そして労働の女性化へと進んでいる。女性労働の周辺部定着化は、女性労働を多様な形態の臨時職として偏在しつつ、なされている。
 周辺化された労働として非正規職問題は不当労働行為を伴いつつ女性に集中されており、女性労働の低い生産性や臨時性という虚構的根拠に基づいているが、これは女性労働に対する価値切り下げや女性労働を柔軟化された労働力として対象化させる明白な性別化された労働搾取を可能にしている。すなわち、伝統的に女性の労働領域は家庭であって、家庭での女性の労働は再生産労働として生産性が低い労働とみなしている。だからといって、このような資本制的論理によって労働生産性が正確に測定可能なものではない。いや、不可能だ。
 したがって、家庭での女性労働に対する価値切り下げは男性の領域であるものとみなされている生産労働においてさえ、生産性の低い労働と評価されたり臨時的な労働と評価されている。女性労働の臨時性についての確信もまた、家父長的性別分法イデオロギーや資本の要求によって柔軟化された女性労働の選択的搾取を可能にするための家父長的戦略にほかならない。性別分法イデオロギーや女性労働に対する性差別的諸装置が女性労働を低い賃金、低い地位に転落させている。
 公私の領域分離イデオロギーや性別分法イデオロギーが女性労働者たちを搾取する装置として巧妙に作用する。女性が働ける職種は限定されており、同時に男性職種に比べて価値が切り下げられているからだ。女性労働権を闘いとることにおいて核心となる前提はまさに「公私の領域分離―性別分業イデオロギー」の克服だ。ここが前提とされるとき、結果として女性の貧困化、貧困の女性化は克服される。

「再生産労働の社会化」要求


 既存の労働と搾取についての分析にジェンダー関係の関数を投入したり、女性理論に労働の概念を導入することによって労働を女性主義的に再概念化しようとするさまざまな試みが進められている。感情―サービス労働を肉体―精神労働と大別される労働の一領域として拡大しようとの主張もある。また「使用価値」よりは「社会的価値」という次元から家事労働を分析したりもする。
 家事労働は強制性を漂わせる。妻として、母として、嫁としてのそれぞれの役割が主婦という身分によって職業化された。家族関係を中心としたそれぞれの役割は情緒的側面が強調される人間関係だが、このような諸人間関係が職業を構成し、労働となるということだ。また、父系家族制度によって女性は男性の家庭に一方的に編入され、主婦はこの関係で肉体的労働ばかりでなく、この中で生存し、これを管理するための感情労働に苦しめられる、と考える。
 このような理論的接近はそれ自体として新鮮でありながらも「女性主義的経済と経済学」が必要であることを逆説している。女性の時間を無報酬、無労働、無生産、結局は無価値とみなしてきた男性中心の生産中心主義を支える資本主義的家父長制の諸イデオロギー、代表的な家族イデオロギー、母性イデオロギー、純潔イデオロギー、異性愛主義などを克服しなければならない。男性―近代的時間の外におかれた「女性の時間」を深く穿(うが)ってつき進む試みが必要だ。
 女性たちの活動は労働ではないもの、価値を生まないもの、したがって生産的でないものとみなされた。女性を社会的活動から隔離し、彼女らの活動を価値のないもの、あるいは価値の劣るものへと仕立てるこのような条件を通じて、社会的領域において、または家庭的な領域において性的な差別が繰り返し再生産される。新自由主義のグローバリゼーションを労働の不安定化の観点から批判しつつ、女性の労働権争取と再生産労働の社会化を要求するさまざまな主張が政治的想像力とともにあふれ出なければならない。

運動内の家父長制をなくそう


 最後に、労働運動の性差別的構造と談論、女性にかかわる議題の周辺化や普遍・特殊の談論、議事決定の過程からの女性排除や組織・個人の2分法、日常活動の家父長性(非公式労働―性役割分担にかかわる疎外感、性的嫌がらせや性暴力、意思疎通における困難さ、学閥主義、縁故主義、年齢主義に縛られた男性同士のネットワーク、能力主義)など、女性活動家たちが経験している運動社会の家父長性を一掃しなければならない。
 労働運動において没性性(sex-behind)をなくしていくための意識的な努力が不断に傾注されなければならない。労働運動は決して性中立的ではない。家父長制に対する問題意識の欠如は単に組織内部の問題ではなく、その境界を行き来する社会的な問題へと拡張されている。労働組合が女性問題において保守的な立場を持ち男性中心的に運営されるなら、他の事案において進歩的であろうとも保守的で性差別的な組織として映らざるをえない。
 女性差別の2大源泉である性差別と性暴力を労働運動から根こそぎ一掃するための多様な諸実践がなされなければならない。労働運動は性別化された権利として女性権を考え、普遍的人権や労働の権利として女性労働権を認定しなければならない。運動社会において日常的になされているさまざまな差別は、公的領域、すなわち資本家を相手とした闘争に集中され、私的領域の差別に化けたがゆえに発生しているのだ。
 本当の性平等社会は女性たちの労働権と、男性とは独立した自律した行動権が保障される中で、その実現を早めることができる。女性労働者たち自らが女性たちのための条件を改善するために作業場や労働組合で闘い、自らの関心事を発言するとき、男性によって受動的で非独立的なものとみなされてきた女性たちのイデオロギー的構造に対して正面から挑戦することができる。
 女性主義の運動は根本的な抑圧に対する抵抗であり、すべての差別に対する撤廃を主張することにちゅうちょすべきではない。新自由主義のグローバリゼーションに体する労働運動の対応は女性主義運動の不屈の抵抗イデオロギーと接合されなければならないと同時に新たな女性の主体の形成へと踏み出さなければならない。(「労働者の力」第74号、05年3月17日付、イ・ファンヒョナ/会員)


故右島一朗さんの追悼プレート設置
                     吉鶴憲二

 四月九日、右島さんの連れ合いの政子さんら総勢八人で丹沢の予定していた場所にプレートを無事設置することができました。
 好天に恵まれて、本当に気持ちの良い丹沢行になりました。当日は、朝九時少し前に寄(やどりぎ)バス停に到着し、入山口のあるキャンプ場で給水を済ませてから、寄沢の河原と沢沿いに巻道をゆるやかに登りました。クサリ場を登り、沢を抜けて、少し進んでから一般登山道を離れ、寄コシバ沢に降りました。五分も下ると水量の多い寄沢本谷で、本谷最初の三メートルはザイルを出して下降、続く最後の六メートルほどの滝は、順番にハーネスとヘルメットをつけて、エイト環にザイルを通して本格的な懸垂下降。八人が下降し終わるまで三十〜四十分もかかりました。
 ここがイイハシの大滝(三段―四五メートル)の落ち口で、プレートを設置する場所です。涼しい風が吹き込み、下には去年三月に右島さんの打ち込んだハーケンが見えます。ここからの眺めが「丹沢では一番好きだ」と右島さんはいつも言っていました。
 思っていたより岩が硬く、打っても打っても跳ね返されました。足場も悪く、交代しながら一時間以上もかかってようやく穴を開けることができました。
 「丹沢を愛した右島一郎さんへ あなたの特等席から丹沢の四季を楽しんでください! 04・8・8赤石沢にて永眠 享年55才 友人・家族一同」と書かれたプレートを設置しました。
 花を飾りワインで献杯。


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