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JVJAがシンポジウム                 かけはし2005.4.4号

NHKの問題点を摘出

元デスクがジャーナリズムと政治権力のあり方を検証


「公共放送」はなぜ
権力と闘えないか

 三月十日、「ジャーナリズムは政治権力とどう向かい合うべきか―公共放送NHKと政治権力―」と題するシンポジウムが開催された。主催は日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)。会場の東京・文京区の文京シビックセンターには約二百人が集まった。
 NHKは日本で最も影響力のあるメディアである。この「公共放送」は、なぜ権力と闘わなくなったのか。なぜ彼らを監視する役割を果たせなくなったのか。こうしたテーマで本シンポが開催された。発言者はいずれも元NHKデスク。メディアの中心にいた彼らの証言から、現在のNHKが抱える問題点を解き明かしていく。
 司会はビデオジャーナリストの土井敏邦さん。まずJVJA共同代表の森住卓さんが開会のあいさつをした。
 「私は朝日の報道―長井さんの会見を衝撃的に受けとめた。NHKの問題は、今のジャーナリズム全体の問題だ。その根の深いところを考えたいと今日の集いをもった。NHK内部で何が起きているか。話してもらえると期待している」。

ロッキード事件
追及の経験から

 第一部は「NHKの体質と問題点」。最初の発言者は大治浩之輔さん。大治さんはかつてNHKの社会部デスクという立場で、二十九年前に起きた「ロッキード事件」を担当した。今日のシンポジウムはこの「ロ事件」を中心に、NHKと政治の関係を検証していく。
 大治さんはまず「本物のニュースには、それなりにリアクションがあって当然だ。情報で武装した市民に奉仕するために私たちはある」と前置きして、当時の状況を振り返った。「ロ事件の第一報は海外から飛び込んできた。航空機売り込み合戦をめぐる疑惑では、七六年二月に衆院で証人喚問をやった。私たちは小さな疑惑を一つ一つ追っていった。その過程で、さまざまな方面から圧力がかかった。抗議やどう喝の電話が多かったが、私たちは覚悟を決めて取材を続けていた。やがて全国から激励の電話が鳴り始めた。私たちは身の引き締まる思いで圧力に屈せぬ取材をしてきた」。
 発言の二人目は、元NHK政治部デスクの川崎泰資さん。川崎さんもまた当時、NHK上層部と衝突しながら疑惑の解明に取り組んできた。「当時マスコミはどこも内部で、疑惑の追求か隠蔽かの二つに分かれた。海老沢は私の同僚のデスクだ。彼は会長になったが、引退しなければならなくなった。私たちはこうしてみなさんの前でしゃべっている」と当時を振り返った。「記者として志を貫くにはどうしたらいいか。組織のあらゆるしがらみを断ち切ることだ。そこにジャーナリズムの精神がある」。

NHKを海外メデ
ィアと対比すると

 三人目のパネラーは服部孝章さん(立教大学教授・メディア論)。服部さんは韓国のハンギョレ新聞やイギリスBBCと比較しながら、NHKの問題点を指摘した。
 「日本には政権交代がないから、ジャーナリズムにも緊張感がない」「NHKには労働組合があり経営委員会があるが、誰にも知られていない。閉鎖的な組織だ。NHKは今、視聴率を稼ぐために『ライブドア問題』ばかりを連日伝えている。安倍晋三についてはリベラルなイメージを演出している。イラク報道にも問題がある」。
 ここで資料として、昨年十一月の「ファルージャ大虐殺」の記録映像が上映された。車で次々と運び込まれる犠牲者の遺体。包みを解けば、すでに腐乱して虫がわいているもの、黒こげのものなど正視に耐えない衝撃だ。人々は手分けして彼らを土葬しながら、カメラにむかって米軍を糾弾する。

「水俣」から学ん
だ報道の「視座」

 上映が終わると、テーマは「イラク報道」へと移る。発言が一巡して大治さんに戻る。
 「イラク情勢については私たちより、ここにいるフリーの人のほうがよく知っているだろう。私はかつて取材した『水俣』のことをいつも思い出す」「『視座』が違うと報道も変わる。当時水俣に一週間滞在した。胎児性水俣病の両親に対しては何も聞けなかった。やがて母親の方から語ってくれた。私は女の子と親のあいだにうずくまってしまった」。
 大治さんは幼い患者と家族の間で葛藤を続けた。「『魚が売れなくなるから報道するな』と、すごい剣幕で犠牲者に疎まれたこともあった。そんな中で取材の視座を獲得していった」「私たちは常に自分の背中に、人々の眼差しを背負っている。そこに視座を置けば、圧力は圧力ではなくなるのだ」。大治さんは常に冷静に、しかし言葉の一つ一つに力を込めて、明快に訴えた。ジャーナリストとしての揺るぎない確信と、強固な意思がひしひしと伝わってきた。

実名を記載して上
層部に厳しい批判

 川崎さんが語った。「日本でのイラク反戦デモを、NHKはいっさい報道しなかった。現場の記者は書き、ビデオを回していたのにだ」「上からの圧力があった。圧力をかけたのはM(発言では実名)という理事だ。こういう人物がNHKでは出世する。民放はフリーの記者の情報を金を出して買っているが、NHKはいっさいやらない。BBCでは買っている。それは公共放送としての使命感からだ」。川崎さんは終始早口で、まくし立てるように喋りまくる。「自分の数々の著作には関係者がすべて実名で書いてある。メディアは四十社近くが私に取材にきた。何かコメントがもらえると思っているのだろう」。「べらんめぇ調」の威勢のいいリズミカルな口調が、時に笑いを誘い親近感を持たせる。余計な権威を感じさせない人柄で、大治さんとは好対照である。
 会場から広河隆一さんが登壇した。広河さんは「NHKにも民放にもいい番組があった」と前置きして、「メディアもジャーナリストも、国益という海のなかで動いている。ジャーナリストは、居心地のよさに満足することもあるだろうが、国家が進む方向性の中で、自分はどうするのか、という点が問われている」と語った。
 さらに「写真誌『デイズ・ジャパン』の編集作業では、誌面で毅然とした態度を取りきれない自分に悩んだりした」と静かに胸の内を明かした。

市民のメディアが
求められている

 この後、「占領地から報道するイスラエル人ジャーナリストの証言」と題した映像が上映され、第二部に入った。テーマは「ジャーナリズムはどうあるべきか」。
 まず服部さんが発言。「最近やたらと泣かせる映画が増えてきたと感じている。人々には怒る場所がない。テレビづけの毎日で、テレビの質も低下している。朝日対NHKという構図では、圧倒的にNHKに力がある」「たとえば岩波書店の『世界』というメディアは貴重な存在だ。市民の連帯のメディアが育っていかないと巨大メディアに対抗できない」。
 会場との質疑応答が始まった。最初に「NHKの記者たちは、ある種のエリート意識を持っているのではないか」との問いがあった。回答として大治さんは「私にはなかった。権力に対抗するのに、そういう気分にはなれない」「現場では管理職であるデスクが、局長と闘っていた。上からの圧力を拒否していた」「優秀な記者は人事異動で現場を外されてしまう。上層部は卑劣なことを平気でやる。彼らの卑劣さに気づかなかった自分たちにも甘さがあった」。

政治部の記者は
まさに特権階級

 川崎さんの返答。「エリート意識とは違うかもしれないが、私は失脚したあとに、NHK社員であることの力を痛烈に感じた。NHKのバッジをしていれば国会内を自由に歩ける。政治部の記者はまさに特権階級だった。特別機で出かける政治家の外交にもついて行った」。
 大治さん。「NHK記者という名刺の強さは特権だ。どこにでも入ることができ、誰とでも会える。水俣の被害者はそうはいかない。だから私は被害者に代わって、その力を利用しようと思った」。
 続いて「組織ジャーナリズムに対抗できるのは組織ジャーナリズムだけなのか」という問いがあった。川崎さんは「海老沢が進めてきた『地上波デジタル化』で、みなさんの家のテレビは、いずれまったく使えなくなる」「政権が、自民党がこういう海老沢を支持してきた。みなさんは事実を知らなすぎる」と強調した。
 さらに「日本に公共放送が必要かどうか。まず、NHKをなくすことだ。一度徹底的にNHKを壊すことだ」と主張した。

NHK│破壊か
それとも再生か

 これに対し大治さんは「私はNHKを簡単につぶすことはできないし、そうすべきではないと思う。公共放送は、そうかんたんに作れない」と反論した。そして「NHKには権力と対決してやめたトップはいない。イギリスのBBCは何事も組織で責任を取ろうとするが、それはイギリスの文化や歴史や風土が生み出したのだ」と解説。「NHKを壊すのではなく、内部にいる真面目な人々を支援して、NHKの再生を手助けしていくことが必要だ」と結んだ。
 三時間近くにわたって、NHKをめぐる中身の濃い議論が実現した。司会の土井さんが最後に発言した。「今日ここに、朝日の本田雅和記者を呼ぶつもりだった。メールで連絡をとると『元気ですからご安心を』ということだった」「雑誌『諸君!』の四月号で、安倍晋三はまたしても本田記者や長井さんを誹謗中傷している。これは私たちジャーナリスト全体への侮辱であり、せせら笑いである」。土井さんは糾弾し、「私たちJVJAは十人足らずの小さな組織だが、みなさん一緒に日本のジャーナリズムを守っていきましょう」と呼びかけた。
 閉会後会場から壇上に上がって、パネラーと名刺交換する参加者の姿が印象的だった。組織のしがらみを断ち切り、巨悪に立ち向かって不正義を告発しようという姿勢は、多くの人々の共感を呼ぶものだ。 (S)


韓国、台湾、沖縄、日本の遺族会が共同行動
「靖国神社への参拝をやめろ! 合祀を取り消せ!」 


 三月三日、衆議院第二議員会館で韓国、台湾、沖縄、日本の四地域遺族会共同行動が持たれた。小泉首相は靖国神社への参拝をやめろ! 靖国神社は合祀を取り消せ! の訴えである。参加した国会議員も意見を正しく受け止めたいと言った。
 現在靖国神社には、二百六十万人以上の戦没者が神として祀られているが、このうち二万八千人が「朝鮮」出身者、二万二千人が「台湾」出身者というから大変な人数です。
 当日、一行は強行日程でした。午前八時半、靖国神社へ合祀取り消し要求、午前十一時に首相官邸小泉首相に参拝中止要求、午後一時半には院内集会、午後七時に東京で市民集会。靖国では、明治天皇の関係で神になったもの、戻すわけにはいかないと言ったというからあきれる。小泉首相は国会中で会わず。台湾から来た立法委員の方は台湾ではこんなことは考えられないと言っていました。
 韓国のイヒヂャさんは陳述書で次のように言っています。
 「私の父は、私が生まれていくらもしないで、日本によって強制連行されて、引っ張って行かれて、家族はいつかは生きて帰ってくるものと期待して生きてきました。しかし私の父は帰って来ず、戦後半世紀が過ぎてやっと、中国方面で戦死した事実を確認しました。しかし、日本の厚生省は家族に生死さえ教えてくれず、靖国神社にはこれを教え、日本の軍神として祀っているという事実を知って、身の毛のよだつ衝撃と怒りを禁じえません」と。
 台湾の立法委員、高金素梅さんは太平洋戦争下の原住民の姿を次のように書いています。
 「日本は原住民を敵視しながら、戦争が始まると一九四二年三月、『高砂義勇隊』を編成し、原住民を最前線に送りました。高砂義勇隊は名目的には『募集』という形式をとっていましたが、実際は派出所の警察官が選出し、指名したものにほかなりません。多くの人が戦死し、残された家族は大変な思いで生活してきました。ところが戦争が終わっても日本は戦死者の遺族に対して十分な補償はしていません。日本は私たち原住民に対し、『二大滅族』の許し難い重罪を負っているのです」と。
 沖縄の金城実さんはチビチリガマの体験を語りました。
 ここで本集会の実行委員長であり、日本人遺族・住職の菅原龍憲さんのメッセージ文の一節を引用させていただきます。
 「小泉首相は二〇〇一年八月十三日以来、四度にわたって靖国神社参拝を行いました。このような行為に対して私たち遺族は押さえがたい屈辱と抑圧を覚えます。首相による靖国参拝は『遺族の宿願』と言われてきましたが、決してそうではありません。むしろ私たちは遺族であるがゆえに、首相の靖国参拝を容認することはできないのであります。小泉首相は靖国参拝の中で『戦没者に対して敬意と感謝を表する』、『戦後の平和と繁栄は尊い命の犠牲の上にある』という言葉を繰り返してきました。このような言葉が、そのもっともらしさにもかかわらず、どれほど人間の内面に無自覚で欺瞞に満ちたものであるかを私たち遺族は痛恨の思いで受け止めてきました」。この他、主婦(遺族)が語った反靖国運動をやってきて良かったという言葉がとても印象的でした。
 小泉首相はいま、五回目の靖国行きをねらっています。イラク戦争をやりながら靖国に行く、この偽善を許してはならないでしょう。      (U)


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