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最高裁の不当な再審請求棄却糾弾             かけはし2005.3.28号

石川一雄さんは無実だ!  
「えん罪が晴れるまで、とことん闘う」

反動化と国権主義をはねかえし狭山闘争の勝利を!

 三月十七日、最高裁第一小法廷(島田仁郎裁判長)は狭山事件の第二次再審請求の特別抗告に対して、許すことのできない棄却決定を行った。一九六三年の狭山事件以来、実に四十二年、第二次再審だけでも十八年七カ月が経過している。無実の石川一雄さんは、無期懲役で仮釈放という重い判決を背負って生きていくことをまたもや強制された。こんな理不尽なことがあってよいのだろうか。今回の棄却決定に心からの怒りを覚える。

証拠調べもせず
恣意的判断を下す

 第二次再審請求で、弁護団側は、@脅迫状と石川さんの筆跡は全く違うA部落差別によって教育を奪われた石川さんの事件当時の国語能力では脅迫状は書けなかったB犯人の残した封筒の「少時」記載部分が万年筆で書かれていることを指摘し、「ボールペンで書いた」という自白は事実に反し、自白全体の信用性に合理的な疑いがある――などを主張していた。
 それに対して、第一小法廷は「@脅迫状と事件後に書いた文書には類似する特徴が多いA事件当時、石川さんは不十分ながらも漢字の読み書きなどを独習し、自らの意思、感情を的確に表現する文書を作れる能力は身につけており、小学校低学年の能力などとは到底認められないBあて名はボールペンで書かれたもの。石川さんは事件当時、万年筆とインク瓶を持っていた公算がかなり大きく、たえと万年筆の跡があっても有罪認定を左右しない」とし、弁護側の主張を退けた(朝日新聞、3月18日)。
 部落解放同盟中央本部は緊急抗議声明でこの最高裁判決を以下のように厳しく批判している。
 「最高裁は、鑑定人尋問などの事実調べを行うことなく特別抗告を棄却した。『少時』が万年筆で書かれていることや抹消文字の存在、ボールペンと万年筆の二種類の筆記用具が使われていることを指摘していた元警察鑑識課員の齋藤正勝鑑定書、奥田豊鑑定書には棄却決定はまったく触れず、『肉眼で観察したところ《少時》と《様》が別の筆記用具で書かれたと認められない』と勝手に決めつけている。少なくとも、犯罪捜査に長年たずさわってきた三人の元警察鑑識課員が鑑定しているのであるから、『肉眼で観察』などと言う前に、鑑定人尋問を行って判断すべきである」。
 「さらに、今回の棄却決定は、万年筆が使われた痕跡については完全には否定しきれず、『実物を観察しても(そのような痕跡があるかどうか)判然としない』とごまかし、さらに石川さんが当時万年筆を所持していた公算が高いという趣旨の驚くべき恣意的判断をしている。しかし、その根拠としている供述調書は、何ら証拠調べもせず、最高裁が一方的に持ち出してきたものである。事実調べもやらずに、石川さんが万年筆を持っていた可能性もあるなどというあらたな認定を持ち出して有罪を維持することじたいが、再審の理念、趣旨に反している」。
 「部落差別によって教育を奪われた非識字者の実態を十分理解し、石川さんと脅迫状の国語能力の違いを調べるべきだという主張にたいしても、棄却決定は識字の視点から出された意見書を無視して、『当時の石川さんには脅迫状は書けた』と一方的に決めつけている」。(略)
 「弁護団は、最高裁にたいして証拠開示命令・勧告の申立をおこなっていたが、検察官は、開示請求された証拠について存在しないとして応じておらず、最高裁は証拠リストを弁護側に提示し、証拠開示請求に積極的に応じるよう勧告ないし命令すべきはずであったが、それもしなかった」。
 石川さんは緊急会見で、これからも「えん罪が晴れるまで、とことん闘う」と決意を述べている(別掲)。さらに、部落解放同盟中央本部は「われわれは、今回の最高裁による特別抗告棄却決定に断固抗議し、狭山事件の再審・石川さんの無罪をかちとるとともに、反動化と国権主義をはねかえし、あらゆる差別撤廃と司法における人権確立をめざして、闘いをさらに強める」と緊急抗議声明を発表した。石川さんの無実を晴らすまで闘いぬこう。 (M)

石川一雄さんの記者会見の発言から
非常に怒りを持って読みました

 私も、今回だけは、こんなかたちで皆さんの前にご報告するとは考えてもいませんでした。若干不安はありましたけれども、世論の風も吹いているし、しかも多くの証拠が発見されているということから、今度こそ、最高裁は誠実に私たちの訴えを聞き、差し戻しをしてくれるんじゃないかと連れあい(石川早智子さん)と話しておりました。
 ところが今日一時頃、証拠調べをする前に裁判所から封筒が来ましたので、「棄却だ」と直感しました。中を開いてそれこそ一気に読みました。非常に怒りをもって読みました。これほど怒りを持ったことはありません。
 弁護団が出した新証拠を裁判所がきちんと見てくれていない。全く一方的です。恐ろしいことだと思いました。これだけの証拠がありながら事実調べをやっていないということは、正義が司法に勝てないのか。正義は力に負けてしまうのかと。
 中山先生(中山武敏・主任弁護人)が「石川さんが勝利するまで闘う」と言ってくださいました。もちろん私たちも、弁護士の先生方にお願いして、えん罪が晴れるまではとことん闘います。
 私たちの支援をしていただきたく、今日も訴えさせていただきにまいりました。
 ぜひとも皆さんにも、公平かつ公正に、市民の皆さんに狭山事件のことを今までどおり伝えていただければ、これからも広がっていくと思います。よろしくお願いいたします。(部落解放同盟東京都連合会ホームページより)



子どもと教科書全国ネット21
「つくる会」の教科書採択を阻止しよう

 三月十二日、東京・全水道会館で子どもと教科書全国ネット21は、「そんなにすばらしいの?『つくる会』が絶賛しているイギリスの教育改革」の集会を行い、約七十人が集まった。
 文科省は、○六年四月以降に中学校で使用する教科書の検定結果を三月末に発表する。その後、教科書見本発行、展示会、調査研究を明らかにし、八月に各地の教育委員会が教科書を採択する。このような教科書採択システムに合わせて、新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)は、天皇制と侵略戦争賛美の歴史教科書・公民教科書(扶桑社版)の採択に向けて運動を行っている。各地の地方政界、経済界、教育界、言論界などを巻き込みながら採択率一〇%をめざすなどと言っている。
 すでに「つくる会」は、先行して憲法改悪と教育基本法改悪キャンペーンを日本会議、民間教育臨調、自民党など保守派とともに展開してきた。戦争ができる国家作りと連動した「つくる会」の教科書採択を許してはならない。
 この集会は、「つくる会」教科書問題を見据えながら、「つくる会」、日本会議、自民党などの「イギリス・サッチャー政権時における教育改革をモデルにせよ」という主張を批判し、新自由主義的教育改革を許さない取り組みとして行われた。
 勝野正章さん(東大助教授)は、「戦後イギリス教育改革史のなかの子ども」について提起した。勝野さんは、冒頭、「一九八八年、イギリス・サッチャー政権が強引な手法によってイギリス教育法が『改正』され、国家が教育内容に責任を持つと改めた。自民党、民主党、日本会議などは、この『サッチャーに学べ イギリスはいかにして教育危機を克服したか』『国家主権を取り戻す戦いから始まったサッチャーの教育改革』などと評価し、教基法改悪を射程にした発言を繰り返している。日本会議事務総長の椛島有三は、このイギリスの教育改革法で栄光史に変わり、自虐史観からの解放となったと主張している」と語り、右派勢力の攻撃性格を明らかにした。
 入江曜子さん(作家)は、「そんなに新しいの?『つくる会』の教科書」というテーマで、「国民学校教科書」と「心のノート」を比較検討し、巧妙にマインドコントロールをしている危険性や歴史の偽造について批判した。なお入江さんは、岩波新書『日本が神の国だった時代』、『教科書が危ない』で詳論している。
 俵義文さん(子どもと教科書ネット21事務局長)は、「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワークの取り組みを紹介しながら地域ネット作り、教育委員会に対する申し入れの取り組み、網の目の学習会、宣伝活動など二〇〇五年の教科書採択問題に向けた取り組みを提案した。また、日本・中国・韓国の共同編集による「東アジアの近現代史」が五月に刊行されることを報告した。
 最後に、「つくる会」教科書を採択を阻止するために取り組みを強化していくことを全体で確認した。(Y)      



映画「パッチギ!」によせて
愛は政治的現実にたじろぐ世界は結局君たちのもの!

 `私の世界aを知ってもらうには`あなたの世界aを知らなければならない……当たり前のことであるはずなのに私たちにはそれがいつも大きなハードルとして現れる。それは国家や民族といった政治的言説においてもそうであるし、恋人や夫婦同士といった私的な場合においても、である。この映画で繰り返し歌われる「イムジン河」はそうした私たちを様々に分け隔てる`河aの象徴として歌われる。
 映画「パッチギ!」が作品として優れているのは`在日aというテーマの重さゆえではない(もちろんそれも重要なファクターではあるのだが……)。そうではなくて、一九六八年の京都、という限定された時間と空間に多様な人やコミュニティーが重層的に存在し、それぞれが独自の営みを持ちつつ同時に一つの世界を作っている、という事実を物語として(言うまでもなく、よくできた「物語」は人を「おもしろがらせる」という要素が要求される)昇華させているという点ではないか。
 それは、朝鮮高校と日本人高校の対立として、春の円山公園で在日韓国人、朝鮮人、そして日本人(主人公、康介と居合わせたラジオディレクターの大友)がともに宴に集う姿として、アンソンと桃子のすれ違いとして、繰り返し描かれている。それぞれが「在日」や「日本人」であるということの政治性ゆえに康介がキョンジャを求めたとき、桃子がアンソンを求めたとき、彼・彼女たちの間には越えなければならない`河aがあることをお互い認識せざるを得ないのだ。`愛があれば何でもできるaなどとは問屋が下ろさない現実が両者を何度も引き裂くだろう。

あたかも「イムジ
ン河」のように

 夜の河原での康介(主人公)とキョンジャ(ヒロイン)のやり取りが印象的だ。

キョンジャ「もしもの話よ、アタシと康ちゃんがずーっと付き合って……」
康介「うん?!」
キョンジャ「もし結婚するなんてことになったら、……朝鮮人になれる?」
康介「……」
O・L
(シナリオより)

 夜の鴨川を渡り、キョンジャに「付き合ってください」と告白したはずの康介はここで沈黙したまま終わる。青春映画の見せ場ではないか、なぜ、沈黙しなければならなかったのだろう? この物語で`愛aは政治的現実に常にたじろぎ、`敗北aしているのだ(もちろん、これが作品のウリなのだが……)。敗北はこれだけではない。それは物語の終盤、アンソンの友人、チェドキの葬式でも繰り返される。棺桶に近づく康介にチェドキの伯父が言い放つ、

伯父「帰れ!……(激情して)もう帰ってくれ!」
康介「……」
一同「……」
伯父「お前はどっかへ行け!日本語や!イノンチョッパリ!」
(中略)
伯父「(前略)お前らニッポンのガキ、なに知ってる、知らんかったらこの先もずーっと知らんやろ、バカタレ!……ワシらはお前らとは違うんやぞ」
康介「……」
(シナリオより)

 葬式、という状況も手伝ってかここでの伯父の問いかけと康介の沈黙はキョンジャとのシーンよりも「在日」と「日本人」との間の境界をさらに重く、くっきりと象徴している。康介の渡ろうとする`河aは大きく、困難の多い`河aである。あたかも「イムジン河」のように……。だが、`河aが河である以上、いつかは渡ることはできるのである。思いの丈をぶつけて歌った「イムジン河」が伯父たちに届いたのかは分からない……。エンディングで康介をキョンジャが一人で迎えに来ているのが象徴するように、それはキョンジャにしか届かなかったのかもしれない。

`河aを渡る困難
踏み出す気高さ

 しかし、ともかくも二人は(もちろん他の連中も)`河aを渡りだしたのだ。無事に渡りきることができるか、それは物語の中では語られない。ただ、`河aを渡りだすことの困難さとそこから一歩踏み出す気高さだけが映画では語れているだけである。
 「在日」の現実に無知である康介、重い現実にたじろぐ彼は恐らく表象としての「日本人」、つまりキョンジャやアンソン達を差別する(差別しうる)主体としての「日本人」の姿であるだろう。彼の`格好の悪さaに時に笑ったり、時にやり切れなくなるのは自分もまさに彼が表象する「日本人」であるからではないだろうか?そうした「日本人」の格好の悪い現実を認め、引き受けるところから「在日」の問題や朝鮮半島との関係に向き合う(「日本人」として「在日」という存在に向き合うこと)、というのがこの映画の本質である。この作品が持つに至った日本映画史における大きな意義はそこにあるように思うし、それは今日の政治情勢を抜きにしてもなお変わることはないだろう。(中里哲)


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