| 反戦運動と憲法改悪阻止の闘いの結合へ かけはし2005.3.21号 |
改憲への重要な踏み台だ
今国会で大きな焦点になっているのが、憲法改悪のための「国民投票投票法案」である。二〇〇一年十一月に作成された憲法調査推進議員連盟(改憲議連)の「日本国憲法改正国民投票法案」を土台に、昨年十一月に自民・公明の与党の間で改憲「国民投票法案」が合意されたが、この与党案を土台に法案が提出される可能性が強い。
今年、最終報告を出して役割を終える衆参両院の「憲法調査会」を改組して「国民投票法案」を審議するための委員会にする国会法改悪案が、第一段階である。この国会法改悪の成立によって作られた委員会で、「国民投票法案」が審議にかけられ、スピード審議で成立させるというのが政府・与党のねらいだ。
しかし憲法改悪のための法的整備であり、改憲のための重大な踏み台という本質を持っているにもかかわらず、「国民投票法案」に反対する批判は、いまだ「改憲阻止」ないし「護憲」運動のなかでも十分に浸透しているとは言いがたい。まずこの法案がどれほど反民主主義的なものであるのかを、検討してみよう。
「一括」賛否方式の危険性
第一に自公案の最大の問題点は、「投票用紙の様式や投票方法などは(改憲案)の発議の際に定める法律による」とし、改憲案を個別条項ごとに○×をつけるのか、それとも一括して賛否を問うのかという肝心の問題を外していることである。この点がなぜ重要かといえば、政府・与党と日本経団連ら支配階級の改憲にあたっての最大の狙いが9条の明文改憲にあるにもかかわらず、全体として改憲意見が多数を占める世論の中でも、9条に絞れば依然として過半数が改悪反対の立場をとっていることである。
改憲派が民主党などの意見を取り入れて、「環境権」や「プライバシー権」などの「新しい人権」条項を導入して「リベラル」的オブラートで改憲のねらいを包んだとしても、肝心の9条について「改正」案に反対が多数だったとしたなら、それこそ「元も子もなくなってしまう」のだ。したがって、支配階級の側はあくまでも個別条項に賛否を問うかたちではなく、「一括」して○×をつけさせる方式を導入しようとするだろう。改憲派の総帥とも言うべき中曾根康弘元首相は、はっきりと「一括」方式を主張している。
しかし、それでは現在のところ民主党も巻き込んだ改憲論の全体的合意を獲得することは困難である。そこで、問題を先送りにしてとにかく改憲のための「国民投票法案」だけは成立させようというのだ。ここに、今回の「国民投票法案」の反動的意図が最もはっきりと露呈している。
第二に、憲法九六条の「(憲法「改正」の)承認には国民投票において、その過半数の賛成を必要とする」という条文との関係である。この「国民投票法案」では、「有効投票の総数の二分の一を超える場合は、当該憲法改正について国民の承認があったものとする」としている。「過半数の賛成」が「有効投票総数の過半数」にすりかえられている。
たとえば、投票率が五〇%を切り、かつ「白紙」など大量の無効票が出た場合、有権者の二割程度の賛成で「承認」とされる場合が想定される。「最高法規」である憲法「改正」という重大な問題に関して、そのような低率での「承認」は認められるべきではない。世界各国の大統領選挙などでは、投票率が過半数を割った場合には、選挙そのもののやり直しをするところが少なくない。民主主義の空洞化を克服していくためには、そのような規定は最低限の歯止めなのである。
とにかく反動的な改憲をやりやすくするためだけの民主主義的「正統性」のまったく欠落した、こうした改憲「国民投票法案」をわれわれは絶対に認めることはできない。
報道規制と重罰で反対派潰し
第三は、「国民投票」のスピードアップである。自公合意案は、「国民投票は改憲発議から三十日以後九十日以内に行う」としている。二〇〇一年の改憲議連案が「六十日以後九十日以内」としていることからも、さらに一カ月の短縮である。これは改憲案についての矛盾や疑問が噴出しないうちに、一気呵成に「国民投票」にまでもっていこうとするものにほかならない。
第四に、メディア規制もいちじるしいものがある。改憲議連案では「国民投票に関し、その結果を予想する投票の経過又は結果を公表してはならない」とか「新聞紙又は雑誌は、国民投票に関する報道及び評論において、虚偽の事項を掲載し、又は事実をゆがめて記載する等報道の自由を濫用して国民投票の公正を害してはならない」「国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊の特殊の地位を利用して、当該新聞紙又は雑誌に国民投票に関する報道及び評論を掲載し、又は掲載させることができない」としている。しかもこれらの条項に違反した場合は「二年以下の禁固又は三十万円以下の罰金」という重い罰則を課される。
その一方で、マスコミに憲法「改正」等の意見広告を掲載するのは規制の対象にならないのだ。つまり、資金的に潤沢な財界や与党などの改憲派はいくらでもメディアを利用することができるという結果になってしまう。
さらに「交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し……国民投票の自由を妨害したとき」には「首謀者は一年以上七年以下の懲役又は禁固」「他人を指揮し、又は他人に率先して勢いを助けた者は、六月以上五年以下の懲役又は禁固」「付和随行した者は、二十万円以下の罰金又は科料」という重罰が待っている。これは、国民投票にあたってデモ・集会などを警察力をもって弾圧するものだ。
このひどさを人々に伝えよう
このようにして「国民投票」という最も民主主義と自由のスペースが保証されなければならない時に、民主主義と自由が剥奪され、「警察国家」体制が強化されるのである。
これは改憲派が作ろうとする憲法の中身、そして「国民投票」の反民主主義的性格を自ら明らかにするものだと言わなければならない。「国民」の最高の「主権行使」の場が、「主権侵害」の横行する場に転化してしまうのである。
このような憲法改悪のための「国民投票法案」の上程・成立を阻止しよう。しかも問題は「憲法改悪のための」ということにとどまらない。この法案そのものが、「新しい民主主義」や「新しい人権」という美名とは裏腹に、民主主義と自由と権利の破壊を一段レベルアップするものなのだ。
労働者・市民の権利を奪い、戦争国家体制とグローバル資本のほしいままの独裁を狙う憲法改悪の本質が、この「国民投票法案」の中に貫かれている。しかし残念なことに、いまだ法案の危険な本質はメディアでも大衆運動の中でも十分に明らかになってはいない。小泉政権と与党は、ギリギリまでこの法案の中身を示すことなく、一挙にスピード審議で可決・成立に持ち込もうとするだろう。この三月から五月にかけて、改憲「国民投票法案」の実態を多くの人びとに訴え、反対世論と運動を大きく作りだしていこう。「5・3憲法集会」の成功をかちとっていく過程の中で、われわれは「国民投票法案」反対の闘いを作りだしていかなければならない。(3月13日 平井純一)
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