| 沖縄から基地をなくそう2・24集会 かけはし2005.3.7号 |
二月二十四日、東京・永田町の星陵会館で「在日米軍基地の強化と再編を許さないぞ 沖縄から基地をなくそう!2・24集会」が開催された。主催は平和フォーラム、「戦争反対、有事をつくるな!市民緊急行動」、辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない!実行委員会などが参加した実行委員会で、約三百人が参加した。この日の集会は沖縄・辺野古の海に米軍基地を作らせない行動をすでに三百十二日にわたって連続して展開している現地の闘いを支援するとともに、二月十九日の日米の外務・防衛閣僚が参加した安保協議委員会(2プラス2)によって打ち出された米軍基地の再配置・強化に反対する運動を広げるために準備されたもの。沖縄からは、平和運動センターの仲間たちも多数かけつけた。
最初に「辺野古の闘いの記録 その5」のビデオが上映される。カヌーや抗議船を繰り出して防衛施設局の工事を阻止する姿が生々しく映し出された。
主催者を代表して平和フォーラムの福山真劫事務局長が「基地のない平和な沖縄を実現しよう。東アジアに非核平和地帯を作ろう。すべての米軍基地を撤去しよう」と呼びかけた。次に、三月十六日の発足をめざして準備されている野党議員による「沖縄基地問題議員懇談会」の動きを民主党の斉藤勁参院議員が報告した。斉藤議員は沖縄米軍基地の整理・縮小、地位協定の改定に向けて政府に働きかける、と決意を表明した。続いて、この集会に参加した福島瑞穂参院議員(社民)、近藤正道参院議員(社民)、川内博史衆院議員(民主)、那谷屋(なたにや)正義参院議員(民主)、若井康彦衆院議員(民主)、赤嶺政賢衆院議員(共産)が国会の中でともに闘う、と決意表明した。
沖縄からかけつけた呉屋(ごや)・中部地区労事務局長が普天間基地の即時返還を求める五十七万人分の署名を国会議員に手渡した後、宜野湾市が作成した基地即時返還を訴えるビデオが上映された。つづいて伊波洋一・宜野湾市長が報告を行った。
伊波さんは、「海兵隊は沖縄を守っているわけではなく、在日米軍は日本を守っているわけではない。自分の国を犠牲にしてまで米軍基地を置きたがる政府とはなんぞや、ということが問われている」と訴えた。
「辺野古に隣接したキャンプ・シュワブの米軍司令官は、目の前に広がる美しい海はわれわれの誇りだ、と言っていた。米軍司令官が美しい、という海をなぜ基地建設によってこわすのか。いま普天間から移設するとされる辺野古では、ボーリング調査に五年、建設工事に十年かかるとされている。それだけで十五年、さらに十五年の運用期限を加えると三十年だ。なぜこれから三十年も基地の負担に苦しまなければならないのか」。
「アメリカは、国内にある四百の米軍基地の四分の一を減らすと言っている。そして返還された基地の機能は他の基地に移される。世界的な米軍のトランスフォーメーションの中で、減らされる基地の負担が日本に集中されようとしている。日米の基地再編協議の中で、沖縄など在日米軍基地の縮小と兵力削減の方向性を追求していかなければならない」。
伊波さんは、このように日本政府の責任を鋭く提起した、
ヘリ基地反対協共同代表の安次富(あしとみ)浩さんは、三百日以上の座り込み、体を張った海上阻止行動の模様を報告するとともに「名護市の市民投票や市長選の時に裏で動き回っていたのは自民党橋本派の野中弘務や鈴木宗男だった」として与党政治家の責任を追及した。そして「二〇〇五年度予算にボーリング調査費として二十四億円も計上しているムダづかい」を批判し、「サンゴとジュゴンの海を私たちの財産として守ろう」と呼びかけた。
辺野古の海上基地建設・ボーリング調査を許さない!実行委員会の上原成信さんは、辺野古への抗議船費用のカンパを呼びかけ、会場から八万六千円が集められた。最後にWORLD PEACE NOW実行委員会、神奈川平和運動センター、自治労青年部からイラク反戦、自衛隊派兵阻止を訴え、在日米軍基地の再編強化に抗議するアピールが行われた。
今年も五月十五日に普天間基地包囲行動が準備されている。辺野古への海上基地建設反対、普天間基地の即時返還、すべての米軍基地撤去に向けてともに闘おう。(K)
「九条の会」をきく県民のつどい
平和をもとめる熱弁に感動した五千人の聴衆
【神奈川】二月二十五日、神奈川県民ホールで「『九条の会』をきく県民のつどい」があり、第二会場も満員の五千人が集まった。
作家の大江健三郎さん、作家小田実さん、評論家加藤周一さんらの大型講演会は早くからインターネットで流されていたため東京からの参加者も多かったようだ。
憲法9条を守ろう!を企画したのは県内に住む学者、弁護士、市民らであった。
午後六時十分、県民ホール入口は人の波。当日券を買うのにも人をかき分けなくなければならなかった。そして券とともに渡された第二会場の略図、ここも満員で中央通路に座った。
午後六時五十分からの大江さんの話は明治、大正、昭和の思想を振り返りつつ、作家夏目漱石の苦悩と丸山眞男の著作を引用しながら語った。
大江さんが若い時代経験した六〇年安保、一夜にして十万人から三十万人の人が国会へと向かったと証言した。また一九四五年八月十五日にかえるのだ!とも言った。すなわち憲法と教育基本法の大切さを語った。
続いて立った小田さんは、一九五八年にここ横浜からアメリカへと出発した旅の話から始めた。アメリカ南部は差別のるつぼだった。ブッシュのイラク戦争については自由と民主主義、それは白人中心主義そのものではないのかと批判した。
日本の平和憲法については9条こそ世界へ!と。これは小田さんがいつも語ることだが、そうだ!と言いたくなるほどの熱弁だった。
また小田さんは一九四五年を振り返りながら、戦争はもうこりごり、平和で行くしか日本は道がなかった、自信を持って平和憲法を押し出そうと結んだ。
三番バッターの加藤さんは憲法大原則、民主主義、主権在民、平和について語った。知の巨人を感じた。
民主主義と主権在民(人権、自由)は切っても切れない関係だと言う。平和の逆の戦争になれば民主と人権は破壊されるのだと言った。また戦争になれば独裁者が出てくる。平和憲法9条については、9条があるかぎり戦争は出来ない、いま9条はイラク戦争のまっただ中、大いに働いていると言った。
次に第二会場で、特別参加の井上ひさしさんが発言した。井上さんは「無防備都市」の意志を訴え、それが国際的な取り決めになった大きな力は、日本国憲法の前文と第9条だった、と語った。
閉会の言葉は脚本家の小山内美江子さん。「今朝起きたら雪で心配しました。憲法の大切さを伝えていきましょう」とあいさつした。
最後の発言は「9条の会」全国会議事務局の東大教授小森陽一さん。「今日は大成功でした。いま全国に9条の会が広がっていることに注目して欲しい。メディアも取り上げてきてくれています。しかし皆さん!今日参加した五千人の一人一人が友人に、9条を語っていくことが問われているではないでしょうか」。力強い訴えで本集会を締めくくった。 (M)
コスタリカの大学生サモラ君を招いて
大統領の戦争支持は憲法違反
二月二十七日、東京の文京区民センターで「ブッシュに挑んだ大学生〜イラク戦争支持は憲法違反!〜」という集会が行われた。この集会は、ブッシュの戦争を支持したコスタリカの大統領に対して違憲訴訟を起こし、最高裁による「イラク戦争支持は憲法違反」という決定を引き出したコスタリカ大学の学生ロベルト・サモラ君を招いて話を聞くために準備された。ロベルト・サモラ君を招く会、コスタリカ平和の会、ピースボートの共催で開かれたこの集会には二百人が集まった。
最初に映画「軍隊をなくした国」のダイジェスト版が監督の早乙女愛さんの解説つきで上映された後、ジャーナリストの伊藤千尋さんがあいさつを行った。
「一九八六年に初めてコスタリカを訪れた時、周囲の国がすべて内戦で、子どもたちが武器を持って戦っていたのに、コスタリカでは子どもたちがカバンを持って学校に行っていることに感動した。コスタリカは内戦後の一九四九年憲法で、自衛権を保持したまま恒常的組織としての軍隊を廃止した。その後、自国の平和を維持するとどまらず、周囲の諸国に積極的に平和を広げる努力もしている。コスタリカは軍隊をなくした後、軍事費をそっくりそのまま教育予算にあて、『兵士の数だけの教師を』『兵舎を博物館に』というスローガンを掲げた。その結果、識字率では中米一となった。一人一人が自分の意見を持ち、小学校の時から人権と対話を重視する教育を行っている。サモラ君が一人で違憲訴訟を行って最高裁判決を引き出したのは、そうした教育の成果ではないか」。
続いて拍手の中で、サモラ君が報告した。「コスタリカはリラックスした雰囲気に満ちた国だ」と切り出したサモラ君は、一八七一年にすでに死刑廃止を憲法に明記したことなど、自由と人権と平和を作りだしてきた自国の歴史を誇りをもって語った。
「私が違憲訴訟に踏み切ったのは、大統領がブッシュの戦争を支持してきたことへの怒りからだ。それは長年にわたって積み重ねてきた平和の文化、平和に生きる権利を踏みにじるものだった。日本は平和憲法を持っているが、それが今、危機に瀕していると聞いている。あなた方の憲法9条を守ることは、平和に生きる権利のための闘いだ。私は小さな国で法律を学ぶ大学生だが、一人で自分の国の大統領が戦争を支持することに反対することができた。皆さんも団結の力で平和を作りだしてほしい」。
その後、同世代の日本の若者四人とサモラ君とのパネルディスカッション。政治や社会に関心があり、運動に関わっている学生はコスタリカでも少数派であることなども紹介された。「自由、人権、平和」は、自分たちの実践によってこそ築かれていくことを確信しているサモラ君の言葉は、日本の若者にも大きな感銘を与えた。 (K)
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