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討論 新しい世代、新しい体験にもとづいた新しい党を   かけはし2005.2.14号

大衆的な反資本主義政党建設のために

必要なステップは何か

フランソワ・サバド

 欧州選挙の結果は、ヨーロッパにおける反資本主義政党の建設に関する討論を再開させた。
 この討論の口火を切った一人は、英国の極左派の中で最大かつ最も大きな影響力を持つ社会主義労働者党(SWP)のアレックス・キャリニコスであった。マレー・スミスは、今日ではフランスに住み、LCRの活動家であるが、長年にわたってスコットランド社会党(スコットランドで登場を遂げた新しい反資本主義政党)の指導的メンバーであった。アラン・ソーネットは、国際社会主義グループ(第四インターナショナル英国支部)の指導的メンバーであり、RESPECT統一連合の指導部メンバーであるが、この二人も寄稿した。これらの論文は、インターナショナル・ビューポイントのWebサイト(interunationalviewpoint.org)で読むことができる。
 ここに、フランソワ・サバドの寄稿を発表する。フランソワ・サバドは、革命的共産主義者同盟(LCR、第四インターナショナル・フランス支部)政治局員、第四インターナショナル執行ビューローのメンバーである。

反資本主義政党と革命党

 アレックス・キャリニコスとマレー・スミスは、ヨーロッパにおける方針と建設の問題に関する必要な討論の口火を切った。キャリニコスとは異なり、われわれは、既存のいわゆるモデル、すなわち「RESPECT」型の選挙同盟、スコットランド社会党のような広範な政党、LCR│LOのような選挙連合から議論を始めない。これらの介入や組織化の形態は、各国の階級闘争や革命運動の歴史のあまりにも特殊な産物である。これらは一般化できない。われわれはむしろ、ヨーロッパの政治情勢の広範な特徴から出発し、方針のいくつかの重要な問題を明確化することを選択する。

ブルジョアジーの攻撃の政治的効果


1 ヨーロッパの情勢は、新自由主義的反動をめぐる新たな攻撃の暴虐によって特徴づけられる。すなわち、ドイツにおける失業手当の削減と社会保障の解体、フランスにおける年金および社会保障改革と新たな民営化、オランダにおける年金、健康保険制度、社会保障に対する攻撃である。一九八〇年代の英国における「サッチャーリズム」の後、一九四五年以降確立された社会的関係を破壊する新たな波が進行した。過激な資本主義的攻撃は、グローバリゼーションの現在の局面の枠組の中での帝国主義間競争の先鋭化がもたらしたものであり、ヨーロッパ・ブルジョアジーは米国およびアジアの強国との関係で新たなマヌーバーの余地を切り開こうとしているのである。

2 これらの攻撃の暴虐性は、新たな社会的政治的緊張を作り出している。ストライキ、闘争、デモによる社会的抵抗を呼び起こし(ドイツにおけるハーツ4計画反対のデモ、フランスにおける年金改革とEDF民営化に反対するストライキとデモ、オランダにおけるデモとストライキ)、政府の超新自由主義的政策に対する拒否を呼び起こしている。すなわち、フランスおよびイタリアの新自由主義的右翼やシュレーダーのSPD―緑政府やブレア政府に対する拒否である。

3 これらの攻撃の暴虐性は、また、政治的危機の要素を作り出している。すなわち、大部分の国における棄権率の高さと、右翼および左翼のあらゆる政治的装置の弱体化に示される政治的代表制の危機である。政権党は、新自由主義的リストラを支持しながら、どのようにして社会的基盤を確立することができるのか。この弱体化には、内部分裂がともなっている。ここでも、右翼も左翼も同様である。
 フランスでは、多数派政党は共和国大統領ジャック・シラクと党の将来の委員長ニコラス・サルコジーの対立によって引き裂かれている。左翼の側では、ヨーロッパの労働組合運動と体制内左翼の多数派の全般的進化においては、社会自由主義との統合が進行し、右に向かっているが、崩壊と分裂も進んでいる。ドイツでは、労働組合官僚とSPDの一部は、オスカー・ラフォンテーヌの姿勢によく似た形で、シュレーダーに反対している。フランスでは、あらゆる予想に反して、社会自由主義の化身の一人であるローラン・ファビウスが、欧州憲法国民投票に「ノー」を訴えている。情勢の圧力は、このように崩壊と鋭い転換をもたらしている。

社会党の得票増加は何を意味するか


4 これらの進化は、社会民主主義および左翼一般の分析の問題をふたたび提起する。英国SWPがしばしば提起することとは逆に、われわれは社会党がブルジョア政党になったとは考えていない。われわれはそのような分析を行ったことはない。同様に、有権者人民層が左翼を使って右翼を負かすことができるという事実をわれわれが過小評価していたとしても、それはわれわれだけではなかったのであって、最もびっくりしたのは社会党自身であった。われわれは最近の大会文書の中で、政権交代の枠組の中では、社会党が選挙で多数派を勝ち取ることがあり得ることを説明している。
 われわれが説明し、維持している見解は、新自由主義的な資本主義的グローバリゼーションの圧力の下で、社会民主主義は「社会自由主義化」の過程を経験し、政策が右傾化し、指導部と行政の最高レベルおよび資本家の頂点との高度の相互浸透が行われた、ということである。この過程が、不均等にではあるが、人民階級の重要なセクターの伝統的左翼組織からの離反をもたらしていることをわれわれは指摘してきた。実際、社会党の選挙結果の改善やフランス共産党の選挙の得票の安定は、これらの党の成長や左翼の再構築の力学を反映しているわけではない。二〇〇三年の選挙における社会党の得票は、一九七〇年代の左翼労働組合や、イタリア共産党やスペイン共産党の発展のようなダイナミックな変化を反映してはいない。

急進派にのしかかる後退局面の重圧


5 しかし、すべてのこれらの闘争、すべてのこれらの対決は、これまで後退や社会的敗北に終わってきた。反戦運動の力も、グローバルな正義の運動のエネルギーも、情勢の底流の方向を逆転させることはできなかった。その結果、資本主義的攻勢がいっそう深化し、伝統的労働者運動の位置は後退させられた。このことが広範なセクターの意識のレベルに影響を与えたが、労働組合機構を包囲するほど強力ではなく、労働組合機構は新自由主義的枠組を受け入れた。
 これらの敗北は、賃金労働者の士気に影響を与えた。いくつかの歴史的状況の中では、部分的敗北の経験と教訓が労働者組織や社会的運動を発展させ、階級闘争の潮流の成長をもたらしたこともあったが、今日の状況はこれには当てはまらない。闘争の連続的な波、そして後退は、急進的な潮流に重くのしかかっている。
 アレックス・キャリニコスはこれを次のように表現している。「社会的、政治的闘争と選挙の関係は極度に複雑であり、入り組んでおり、間接的である」。しかし、この入り組んだ要素こそが、たとえばフランスのLCR―LOリストの後退を説明するのである。イタリアのPRC(共産主義再建党)の選挙結果は、前進したが、われわれは「厳密に言えば」これを急進的左翼組織の選挙結果と考えることはできない。多くの面で、PRCは急進主義的左翼に位置付けることができるが、その組織や選挙結果は、何よりも伝統的共産党運動の一部としての色合いを持っている。

いま問われる政治方針の核心


6 これらの情勢の中で、反資本主義的政治方針の鍵となる要素は何か。
 第一に、革命家は「労働者階級の利益とは別の利益を考えない」のであるから、階級の統一と独立の政策を再確認しなければならない。それには、労働者とあらゆる労働者組織の統一戦線の戦術が必要である――反戦運動やグローバルな正義のための運動の社会的動員を通じて、反資本主義的綱領の防衛と結合して統一戦線戦術を実行する必要がある。この文章の場を借りて、われわれはLCRに向けられた非難、すなわちわれわれが右翼を拒否する運動の「外部」にいるとする非難を拒否するものである。
 政府および右翼に反対するわれわれの立場、すなわちすべての社会的左翼、労働組合および政治的左翼の統一は、第一に闘争の中で具体化されている。次に、この方向性は、選挙運動に移し変えられ、政府および右翼に真に反対するわれわれの行動として提起された。確かに、われわれは第二回投票で左翼への投票を呼びかけなかった。この問題は、選挙戦術の問題であり、二回投票による過半数得票というフランスの特異性に関係しており、統一戦線政策の最終決定ではない。われわれは選挙運動全体を通じて、たえず全左翼の共同行動を提案してきた。
 われわれの主張は右翼と左翼を区別してきた。われわれは左翼内部の論争に対してそれほど大きな影響力を持たなかった。これが、フランスの政治生活の観察者にとって、「反政治」の非難が成り立たない理由である。
 オリビエ・ブザンスノーを立てた二〇〇二年の大統領選挙以降、われわれは大した「政治」は行わなかった。しかし、これらの選挙においては、左翼への投票を呼びかけることは社会党指導者に白紙委任状をわたすことであると判断し、そのような呼びかけを行わなかった。さらに、わが有権者の大多数が第二回投票で左翼に投票したとしても、投票を呼びかけなかったことをとがめた人はほとんどいなかった。
 左翼への投票ということ以上には、一九三〇年代や一九七〇年代に存在したような賃金労働者と伝統的左翼の関係は存在していない。社会党への投票、あるいはフランス共産党への投票でさえも、社会党の政策支持の投票というよりは右翼反対の投票なのである。ここでもやはり、一九三〇年代や一九七〇年代とは違って、闘争、改良主義組織の成長と闘争の政治的結果が社共政府をもたらすという相互関係は存在しない。投票の呼びかけの意味は、今日と一九七〇年代では同じではない。なぜなら、労働運動と改良主義指導部の関係がかつてと同じではないからである。

反資本主義綱領と統一戦線戦術


7 統一戦線戦術は、反資本主義綱領をともなう必要がある。フランスにおいては、われわれが労働者サービスの緊急社会的民主的計画と呼んでいるものである。われわれは、この観点からわれわれの選挙運動を規定したいと考えている。
 それは、アレックス・キャリニコスとは反対に、選挙綱領が革命的綱領の全体性を取り上げるという意味では、「公然と革命的社会主義的」ではない。そうではなく、われわれは過渡的綱領のいくつかの重要なテーマ、集団的レイオフの禁止を求める闘争、賃上げ、公共サービスや民主的権利の防衛を取り上げ、これらの即時的、反資本主義的要求が社会的動員とブルジョアジーと手を切った、労働者の政府によってのみ実現できることを説明する。
 この政府は、主要な人民の要求を満足し、資本主義制度と手を切ることを開始するという任務によって定義される。
 この公式はいまだ「代数的」である。たとえば、反資本主義的政府、労働者に忠実で権利はボスにある政府など、多くの名前の下に進めることができる。しかし、これによって、国家を管理するすべての政府の政策と資本主義経済を区別することが可能になる。これは、権力の問題を回避することではない(ハロウェイその他が、われわれがそうしようとしていると言っているが)。
 革命的左翼は権力および政府の問題に向き合わなければならないが、しかしそれは自らの態度を明らかにすることであって、階級協調主義的政府に参加することではない。もちろん、この問題の討論の話題性は、各国の政治情勢に依存するが、権力の問題に関する一般方針を規定することは決定的に重要である。したがって、選挙同盟の形成にある種の柔軟性が生まれるが、そこにおいて選挙同盟は政府問題に直面することになり、われわれはこの問題を回避することはできない。われわれが設立した連合の麻痺あるいは分裂の脅威にさらされるわけである。中期的・長期的プロジェクトとしての反資本主義政党の建設は、政府問題に関する立場を明確にする必要がある。
 この論争は、国際的急進主義左翼全体の論争である。すなわち、われわれは社会自由主義が支配する政府に参加または支持すべきか、という問題である。ブラジルのPTのルラ政権に対する対応、イタリアにおけるPRCの態度、欧州左翼の各国共産党の態度は肯定的である。
 これらの党は、このタイプの政府を支持または参加しようとしているか、またはその準備をしている。われわれは、歴史的経験全体が教えるところに従って、これは重大な誤りであると考える。このタイプの参加は、労働者の運動を支配階級の利益に従属させる。大衆動員のエネルギーを後退させる。幻滅と士気阻喪を引き起こす。階級和解の政治に対するわれわれの反対の根拠は、この点にある。

いかに新しい党へ踏み出すのか

8 統一戦線と反資本主義的綱領は、新しい反資本主義勢力建設の二つの基本的柱である。しかし、この展望は、より基本的には、新しい歴史的時期の座標軸を定めることである。
 一九九二年以降、LCRは次の三つの課題を掲げて活動を行ってきた。すなわち、「新しい時代、新しい綱領、新しい党」である。新自由主義的性格の危機、社会的抵抗、社会民主主義の進化とスターリニズムの衰退は、新しい政治勢力、労働者運動の再建のための空間を開放した。このことは、革命組織の政治が、それぞれの段階において、この道を進むイニシアティブを規定することを意味する。
 このことから前提として第一に必要になるのは、新しい党の内容を規定することである。これには、過渡的綱領の本質的要素を含めることが重要である。すなわち、即時的要求、社会の反資本主義的変革の要求と、労働者政府および民主的社会主義を結びつける権力の展望を組み合わせることである。
 反資本主義政党が、既成秩序を管理する政府への支持や参加を拒否することは明らかである。したがって、この党は「階級闘争」戦略と綱領的境界を持つが、綱領的境界は、権力の革命的獲得の様式がアプリオリには明確でないという意味で完結的ではなく、一連の綱領的問題を残している。実際、多くの綱領的定義は経験に基づいて定まるであろうが、この新しい党の基礎は確固としたものである必要がある。
 同様に、改良と革命の間の選択、あるいは革命の種々の概念は、この党の建設における判別式ではない。われわれは急進的な改良による社会の変革を目指す人々と協働することができる。この党の基礎は、重要な問題を明確にするものである。すなわち、階級闘争、民主主義、資本主義的管理の政府への参加の拒否、国際主義である。
 では、どのようにして、われわれは政治的組織的レベルで前進するのか。アレックス・キャリニコスが示したように、現在の時期は、一九二〇年代と似た条件の中で新しい党が誕生することはありそうにない。すなわち、革命的左翼と社会民主主義から出発して革命的立場へ移行する潮流の融合、あるいは革命的マルクス主義者の中核と社会党または共産党がそっくり融合して新しい党が誕生することはありそうにない。
 新しい仮説を設ける必要がある。新しい党の基軸は、恐らく、古い伝統的組織にとって外部的なものになるだろう。その社会的経済的基盤は、新しい世代、闘争の経験、社会運動に基づいたものになるだろう。それは革命の歴史の赤い糸を引き継ぐが、なによりも二十一世紀の革命的政治を表現するものになるだろう。しかし、この新しい党は、命令によって設立されるものではない。それは出来事によって特徴づけられる政治的経験のプロセス全体から、また労働者運動の再編成や新しい党の建設の条件を作り出す重要な勢力の結集から生まれるだろう。
 スコットランドでは、社会的問題と民族的問題の特殊な組み合わせが、スコットランド社会党の出現を可能にした。ポルトガルでは、共産党を起源とする複数の潮流、UDP(旧毛沢東派)、PSR(第四インターナショナル支部)、独立した個人の結集が左翼ブロックを誕生させた。革命家が「階級闘争」を基盤としてこの過程を組織化することが決定的であるが、彼らは、革命的組織の現在の枠組を大きく乗り越えるエネルギーを基礎にした場合にのみ新しい党を建設できる。
 新しい党は、革命的組織の偽装から生み出すことはできない。新しい反資本主義勢力は、革命的組織を広範に乗り越えたものでなければならない。この付加価値なしには、新しい勢力は、革命的勢力のプロジェクト、あるいはその戦線の一つの表現に過ぎなくなる。フランスでは、LCRは数年にわたって新しい政治勢力のためのイニシアティブを取ってきたが、LCRの拡大版に過ぎない新しい党を提起したのではなく、LCRの歴史と綱領的基盤を抜きにして新しい党を提起したのであった。

革命組織と新しい党との弁証法


9 革命家と新しい広範な党の間のこの弁証法は、決定的に重要である。新しい政治勢力の重要性は、まさに、現在の革命組織と、労働者による権力の革命的獲得に不可欠な新しい大衆的革命党の建設の間の戦略的媒介項の構築の問題である。労働者運動を広範な基礎に基づいて再編成し、反資本主義的基礎の上に一連の経験を経験し直さなければならない歴史的時期全体に結びついた媒介項である。これは労働者にとって新しい政治的表現の現実性である。
 しかし、広範な党のこの経験のすべては、目的(社会主義革命)を忘れることなく行われる必要があり、したがって目標を達成することができる党の建設は、活動家だけでなく大衆運動のセクターの準備と教育が前提になる。また、この広範な党の内部の革命的潮流の活気が保存され、深まり、強化されることが前提になる。
 荒削りの広範な党を通じて革命的指導部の建設を追求することは、新しい党が革命組織よりはるかに広範である場合にのみ可能である。革命的組織の真の超越の条件が存在しなければ、新しい勢力の形態が革命組織の形態より小さな意味しか持たないのにそのような党の建設のリズムとモードを早めるならば、政治的組織的広がりを獲得することなく実質(綱領、歴史、革命的経験)を失う。
 したがって、広範な党の条件が存在しないがゆえに、広い意味での革命的指導部のための力の蓄積は、安直に新しい勢力を宣言することによってではなく、この新しい党の条件を擁護するイニシアティブによって、本質的には革命的組織の構築を通じて行われる。(「インターナショナルビューポイント」04年12月号)


パレスチナ問題は反戦運動の中心課題である

               ミシェル・ワルシャウスキー


 ミシェル・ワルシャウスキーはジャーナリスト・著作家で、イスラエルのオルタナティブ情報センター(AIC)の創設者の一人である。ここに再録する「世界的反戦運動連合の私の同志たちへの手紙」は、反戦運動国際会議(ベイルート会議)開催中にベイルートの日刊紙「ア・サフィール」04年9月18日付に掲載されたもの。(「インターナショナルビューポイント」編集部)

 前回の反戦運動国際会議で、次回の会合がレバノンのベイルートで開催されることが決定された。この会議にイスラエルの活動家がだれも出席できないことは明白であった。にもかかわらず、私はこの決定を心から歓迎する。世界的な反戦運動がアラブ世界に根ざすことは最高の重要性を持っている。アラブ世界は、イラクとパレスチナの二つで戦われている今日の帝国主義の攻勢の前線である。
 シリア系レバノン人の場合がそうであるように、イスラエルの法律は、「オルタナティブ情報センター」(AIC)の私のイスラエル人同僚がベイルート会議に参加することを不可能にしている。しかし明確な区別をつけることが重要である。
 イスラエルに関するアラブ側の決定は、イスラエルとの関係正常化に反対する正統性のある闘いからもたらされている。他方、市民がアラブ諸国を旅行することを禁じるイスラエルの法律は、活動家の間でのどのような協力をも妨げる周到な政策に基づいている。より正確に言えば、その目的が「正常化」(すなわち平和と正常化という偽りの印象)の創出ではなく、帝国主義戦争、植民地主義的シオニズム、われわれの地域における占領に反対するわれわれの闘争を調整する目的を持った協力であるような、あらゆるタイプの協力を妨げることである。
 私はこの手紙で、このグローバル戦争と反戦運動、そしてパレスチナ問題の中心性について強調したい。なぜパレスチナ問題は、市民社会と政治社会の幾百万の活動家にとって、そんなに重要なのか。新自由主義や戦争に反対するあらゆるデモで、なぜイラクや他の旗よりもパレスチナの旗のほうが、はるかにたくさん至るところで翻っているのだろうか。それはイスラエルの占領が最も残忍で、最も殺人的だからなのか。違う。残念なことに、ロシア軍が正真正銘のジェノサイドを遂行しているチェチェンのように、もっとひどい状況も存在している。
 それはパレスチナの民族運動が、世界の民衆を鼓舞する源泉だからか。違う。パレスチナの運動よりもさらに影響力があり、もっと勝利に近づいている運動も存在する。

パレスチナは戦争の実験場である


 「イスラエルの友」の一部は、イスラエル―パレスチナ紛争の問題に中心的位置が与えられているのは、反戦運動と反グローバリゼーション運動の活動家たちの反ユダヤ主義を確証するものだと主張するだろう。私は、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカにおけるわれわれの運動が、「イスラエルの友」とは違って、つねにレイシズム――もちろん反ユダヤ主義をふくむ――に反対する運動の前衛であったことを知っており、このきわめて中傷に満ちた非難に同意することはできない。
 私の意見では、パレスチナ問題の中心的位置は、地球上の他のどのような紛争よりも、ブッシュ政権とその同盟者が開始したグローバル戦争に賭けられているものを、集中的に表現しているという事実によって説明される。
 現実に、パレスチナ問題は戦争の実験場だった。すべての方法、論議、正当化、すべてのイメージ、技法は、世界のあらゆる場所で実行に移される前に、パレスチナで試されていた。われわれがイラクでの「チェックポイント」を見るならば、それらがパレスチナの「コントロールポイント」のカーボンコピーであることに留意しなければならない。われわれがイラクの刑務所で行われた拷問の身の毛もよだつイメージを見るならば、それらのほとんどは昔からのイスラエルのやり方である。
 単独行動主義の概念は、ジュネーブ協定、より一般的には第二次大戦後の政治秩序が、もはや適切なものではないという宣言である。ブッシュの新戦略の枠組みは、ここ十年間のイスラエルの政策の核心をなすものであった。イスラエルは二〇〇〇年以後ふたたび、たんなる敵以上のものであり「存在そのものの脅威」であると彼らが認識したパレスチナ民衆に対して、予防的でグローバルで永続的な戦争を行っている。

グローバル資本主義下の植民地支配


 歴史的なあらゆるできごとを思い出してみよう。一部の人びとは、米大統領の背後にイスラエルの利益に奉仕する政策を実施させるように操作する「ユダヤの陰謀」があるために、シャロンとブッシュの戦略は似通っているのだ、と説明しようとしている。
 しかしもっと簡単な説明がある。ここ十五年間にわたって、アメリカとイスラエルと欧州の政治家たちのグループ――専門家、退役軍人、実業家――がいっしょになって、ソビエトブロック崩壊後の新しい世界のビジョン、新しいグローバル戦略を描き上げてきた。
 彼らの一部はイスラエルのリクード党と関係を持った。彼らはネオコンとして知られており、さまざまな調査センターやシンクタンクで、「イスラム主義の脅威」、「文明の衝突」、「予防的グローバル戦争」といった概念を発展させてきた。
 彼らの主要な仮説では、ファシズムに対する勝利後に樹立されたグローバルな政治秩序は、もはやふさわしいものではない。新たな脅威は、もはや共産主義や「歴史の終焉」ではなくイスラム主義テロリズムであり、米国はこの脅威に対して世界を守る権利があり、イスラエルはこの新しい世界戦争の中心で、米国の単独行動主義が国連の多国間協調主義に代わるべきだというものだ。イスラエルのネオコンは、ワシントンで権力の座につくより五年前に、ネタニヤフとその一味によって権力を獲得した。米政府はイスラエルのやり方のコピーであるという印象が持たれるのはそのためだ。
 ある意味では、パレスチナに対するイスラエルの政策はグローバル規模のネオコン戦略の一種の地域的実験場である。この戦略は世界の再植民地化に基づいている。それは地域的協力者を通じて米国とその同盟者の支配を押しつけ、こうしてグローバル・アパルトヘイトのシステムを打ち立てるものだ。
 それはパレスチナで崩壊し、いまイラクで無制限の軍事力を面前にしても異例なほど激しい抵抗闘争のおかげで崩壊しつつある。
 それは当然のことながら、彼らのグローバル支配に対する未来の挑戦を中立化させる目的を持った予防戦争を行使する単独行動主義的戦略である。二十一世紀の始まりに際して存在しているのは、もはや地域紛争ではなく、一方では米帝国主義とその同盟者、他方ではグローバル資本主義と植民地支配に抵抗する全地球の民衆との間の新植民地戦争の構造の下での、地域的な戦闘である。

アパルトヘイト戦略に対決を


 パレスチナ問題が中心的位置を持っている第二の理由は、このグローバルで永続的で予防的な戦争の前線が、イスラエルが「アパルトヘイトの壁」を築いている前線に位置するからである。カルキリヤとトゥルクラムにあるこの壁の東から、「悪の枢軸」、「ならず者国家」が始まる。クファルサバとズルヤギルにあるこの壁の西からブッシュの文明が始まる。
 イスラエルは「蛮人」と戦う文明の前線におり、パレスチナはマクドナルド、マイクロソフト、三菱、ラガルデールの文明と戦う世界の民衆の巨大な部隊の前線にいる。
 この壁は、イスラエル人とパレスチナ人の間のアパルトヘイトの壁であるだけではない。それは地球的規模での生死をかけた戦争をもたらす、二つのグローバルな社会勢力に世界を分ける普遍的なアパルトヘイトの壁である。帝国主義諸国の内部でも存在するグローバルな正義を求め、戦争に反対する運動は、世界に「文明の衝突」をもたらそうとするアパルトヘイト戦略に対する巨大な挑戦である。これはまた、反植民地主義運動が存在するイスラエルにもあてはまる。この運動は規模はそれほどではないが、大規模なアパルトヘイト制度の設立、パレスチナ民衆への永続的・予防的・植民地戦争の政策に、日常的活動の中で挑戦する上で決定的である。
 われわれが植民地主義と占領に対して闘う用意ができているかぎり、占領軍としての兵役を拒否する兵士や、ユダヤ人とアラブ人の真の共生のために闘う男女が存在するかぎり、この地域の民衆にとっての破局を回避する可能性は増大するだろう。
(「インターナショナルビューポイント」04年12月号)               


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