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05年情勢の展望と課題                  かけはし2005.2.7号

「総体的危機」を「反資本政治運動」の出発点に


2005年の危機の本質

 2005年に入って「危機」、「危機意識」が全面化している。いわゆる北核問題をめぐる「韓(朝鮮)半島の戦争の危機」は、韓半島を含む東北アジア地域全体の情勢を数年ぶりに外交的、軍事的緊張へと駆り立てている。04年中ずっと論難の焦点となっていた「経済危機」論争は「経済危機なのか、どうなのか」のレベルを越えて、その原因についての診断と克服の方案をめぐって一層拡大し、深化している。
 貧富の格差の拡大に伴う生計型の犯罪や自殺率の増加、経済的理由による離婚率の増加、そして400万人を上回る信用不良者の量産など、いわゆる「社会共同体、家族共同体の解体の危機」は、もはや事新しいものではなくなった。
 非正規職の拡大と構造化による雇用の量的質的危機、これと共に物価の上昇や税金の引き上げなどによる「労働者・民衆の生存の危機」は危機意識を越えて「怒り」と「恐怖」のレベルにまで駆け上った。これに加え、04年末のコメ交渉の妥結に伴う市場開放の拡大によって農業と農民の生存は一層、風前の灯の「危機」に追い立てられており、FTA(自由貿易協定)交渉の加速化によって教育、医療、文化の市場開放が拡大されれば「教育の危機」、「社会福祉体制の危機」、「文化のアイデンティティーの危機」は予測を許さない状況に進展するだろう。

諸勢力全体に危
機の構造は貫徹

 全面化する「危機」、「危機意識」は経済社会的レベルにのみ限定されはしない。議会政治勢力全体が葛藤、対立、内紛、そして多くの国民の議会政治への不信というその末に、見も知らぬ「危機」に向かって疾走している。
 ざっと見渡せば、ハンナラ党を中心とした守旧勢力は04年末、いわゆる「4大改革立法」の通過阻止を通じて「危機」の現実から避けられたかのようだが、04年には私立学校法や国家保安法阻止のための守旧保守勢力の総決起や行政首都移転についての憲法裁判所の決定への依存に見られるように、確かに死力を尽くして「既得権の危機」から抜け出そうと苦労はした。だがより問題なのは変化する情勢、つまり危機の現実に対していかなる政治的展望も与えられないことによって、ハンナラ党を初めとする守旧保守勢力の政治的危機は、より深化するだろうという点だ。
 ノ・ムヒョン政権と開かれたウリ党など、新自由主義の改革勢力もまた、04年に政治的勝負をかけていた、いわゆる「4大改革立法」を貫徹しぬけなかったことによって、「改革」を通じた政治的主導権の掌握に失敗したまま内紛の炎に包まれている。しかも「4大改革立法」を「イラク派兵延長」や「ニューディール2法」、そして05年予算案の通過とバーターするという屈辱的な妥協をすることによって、今日の情勢の下で「改革」が持っている限界と意志・力量の不在を余すところなくさらけ出して見せた。

労働者・民衆陣
営も危機に直面

 労働者・民衆陣営もまた、この「危機」の現実から自由ではない。04年4月の総選挙を通じて10議席の第3党として議会進出に成功した民主労働党は、議会内での第3党としての限界だけではなく、この時期、労働者・民衆陣営の政治的代表体としての役割をキチンと果たせないことによって労働者党員たちの離脱や内部の路線論争に包まれている。
 「国家保安法の撤廃なのか、民主中心の独自的政治なのか」、「改革の第2中隊なのか、経済主義なのか」をめぐって民主労働党内の民族主義勢力と社会民主主義、社会主義勢力が繰り広げている内部の路線闘争がどのように帰結するかはいまのところ見守るしかないけれども、その溝は一層深まりゆくだろう。
 民主労働党に属してはいない、いわゆる「階級的左派」勢力は、いかなる政治的展望も現実の政治力量も持てないまま孤立し、無気力な状況に直面している。非正規職闘争や社会的合意主義への批判、そして反グローバリゼーション闘争などで部分的な声をあげているものの、このような闘争と結合する政治的、組織的展望や企画は不在だ。
 この間、反新自由主義闘争の大衆的な橋頭堡としての役割を担ってきていた民主労総もまた、最近の内部アンケート調査の結果によれば、調査対象幹部の3分の2が「民主労総は危機に直面している」と診断している。「現場組織力の弱化、短期的利益中心の組合員の実利主義、企業別労組体系の基本的限界、組織内の政治的、組織的立場の違い、変化する環境に対応する戦略の不在、上級団体指導部に対する組合員の不信、上級団体幹部らの官僚主義」などが、その「危機」のメルクマールだ。

新自由主義の拡大と全面化


 だが「政治、経済、社会的『危機』が深化、拡大し全面化している時期」との規定は05年の情勢の性格を明らかにするのには充分ではない。すべての勢力と政治・社会勢力がこのような危機の現実から脱け出すか、あるいは克服するための闘争を展開するだろうし、その現実の諸勢力の闘争の結果として、またそれだけ05年の韓国社会の現実は変化するだろう。
 そして諸階級と政治勢力は自身が直面した危機と力量とによって現実を診断し、闘争の方向を定め、方法を具体化するだろう。現実は余りにも流動的で情報は制限的であるがゆえに、05年の情勢力がどのように展開されるかは完全に予測することはできないが、大きな流れを中心に05年に情勢が表す諸特徴について探って見よう。

「分配」の問題だ
けを政治争点化!

 何よりも05年は政権と資本の新自由主義的開放化、構造調整、労働の柔軟化攻勢が一層全面化するだろう。
 04年末の、いわゆる「ニューディール3立法」のうち「基金管理基本法」と「民間投資法改正案」は既に国会を通過し、「国民年金改正案」は2月の臨時国会を待っている。2月の臨時国会での「非正規職立法」まで処理されれば法的整備は完了する。経済特区に続く企業都市建設が今年中に具体化されれば、資本の支配は一層拡大され、「解雇の自由化」と「労働3権の制限」、そして「民主労組運動の無力化」は一層強化され深化するだろう。
 韓国・シンガポール自由貿易協定(FTA)の妥結に続くFTA交渉の加速化、コメ交渉の妥結、そして教育、医療、知的財産権の分野での開放の拡大などは市場の競争の激化に伴う構造調整や労働柔軟化の攻勢、そして農業の解体をさらに全面化させるだろう。
 ところで、ここでわれわれが注目しなければならないのは「新自由主義的グローバリゼーションと構造調整、労働柔軟化」が大勢的な流れ」として定着(制度化、日常化、内面化)しているという点だ。民主労組運動を中心とした労働者たちの大衆闘争が、このような流れを反転し抜くことができず、民主労組運動内の主流的な流れは「社会的合意主義」の幻想を捨てきれないまま新自由主義の資本蓄積運動の論理に取り込まれており、民主労働党や市民運動団体なども「分配」の問題だけを政治社会的に争点化するばかりで、「資本の運動それ自体」に対する政治争点化はしないからだ。
 「反資本」を主張している階級的左派陣営は現実において具体的な政治的企画さえできていない。

「社会的大妥結」
攻勢を打ち破ろう

 2番目に、05年には「新自由主義のグローバリゼーションと構造調整、労働柔軟化の結果」として表れる政治、経済、社会的危機を縫合するための「国民統合」、「社会統合」、「社会的大妥結」攻勢が一層具体化し、全面化するだろう。
 ノ・ムヒョン政権は新年のあいさつで05年の国政の指標を「経済の再生、韓半島の平和定着、国民統合」と規定し、大企業と中小企業、先端産業と伝統産業、正規職と非正規職、首都圏と地方、そして上・下位階層へと2極化された経済問題を解決するために「同伴成長についての社会的容認」、つまり「経済力を備えた大企業や先端産業はさらに促進させ成長の先頭に立って率いるようにし、技術や競争において立ち後れた中小企業や市民階層には幅広い支援をしてともに発展」していく、という構図を明らかにした。そしてこのための政治社会的基礎として「労使政間の社会的大統合」を構想している。
 このような国政の基調にしたがって、まずハンナラ党と改革立法をめぐる政治的緊張を最小化し、議会内の妥協政治を現実化させた。このような流れに歩調を合わせて、いわゆる社会の元老や各市民・社会団体は最近、「経済・社会的2極化問題を解消し、積極的な仕事の場づくりを通じて新たな成長のパラダイムを組み立てよう」との内容の「2005希望の提案」宣言を発表するとともに、「社会的大妥協」の雰囲気づくりに乗り出した。
 そして2004年の世論の攻勢とゼネストの留保によって自信感を手にしたキム・デファン労働部長官は、民主労総が「いかなる条件もなしに労使政委員会に復帰」することを脅迫している。労働運動内の改良主義者たちはすでに04年に「労働運動の危機論争」を通じて、それまでの反自由主義闘争について反省し、「社会的大妥協」の道に踏み出すことを促した経過があり、民主労総イ・スホ執行部は05年を「全面闘争の準備期」とみなし、「社会的交渉」に積極的に乗り出すことを公言した経過がある。労使政委員会はすでに下からの業種別労使政協議会と地域別労使政協議会を具体化させ、踏み出している。「社会的大妥協」の構図が現実化するということは「経済の再生」、すなわち「資本の競争力強化」のための新自由主義的開放化と構造調整が後戻りできない大勢だということを認めた中で、その結果として生じる「貧困」と「社会経済的2極化」、そして「仕事の場創出」を解決する方案について論議するというのだ。そしてこのような「社会的統合」という枠の中で「譲歩」を前提とし、また同時に強制するという論議だ。


北核問題は階級的
観点からの方案を

 第3に、05年の情勢において注目すべき点は、北核の危機をめぐる韓半島、東北アジア情勢の変化が国内の階級情勢に及ぼす影響だ。
 ブッシュの再執権とネオコン(新保守主義)の全面的な登場によって米国の単独行動主義が一層強化され、北核の危機は一層高まるだろうとの展望もあるものの、05年の上半期には6者会談の再開をめぐる攻防が中心となるだろうし当面、戦争の危機にまでは至らないだろう。
 昨年11月の韓米首脳会談以後、北核問題でブッシュの了解を手にしたノ・ムヒョン政権は開城工業団地など南北経協の拡大、南北首脳会談を目標とした南北対話の復元を中心に、北韓を6者会談の枠内に引き出し北核問題を主導的に解決し、北韓体制の漸進的改革開放を誘導しつつ、韓半島の平和体制を構築し、これを土台として資本の安定的な対北進出を模索するだろう。北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)もまたブッシュの2期の対北政策の変化や、その真意に注目しつつ、一方では市場経済の部分的導入を通した経済の活性化と、他方では体制の危機に備えた内部統制を強化している。
 だが万一、ノ・ムヒョン政権の対北政策が05年の上半期中に6者会談を通じた解決の方案を見いだせないとき、北核問題が国連安保理に上程され、経済封鎖など北韓に対する国際的な圧力は一層高まることになるだろうし、韓半島をめぐる軍事的緊張は高まるだろう。
 ところで、ここで注目すべきことは、北核の危機をめぐる情勢が漸進的に進むにせよ、急速に進むにせよ、米国の東北アジア軍事戦略の再編の過程での駐韓米軍の位置づけの変化(地域機動軍化)とMD(ミサイル防御体制)の構築に、韓国もまたこのような帝国主義的軍事同盟の一部として奥深く編入されていくだろうし、北韓は国際的な圧力とチュチェ体制の矛盾と限界によって数年以内に体制の転換を模索せざるをえないだろう、という点だ。
 そして同時に南北経協の拡大による資本の進出が南韓労働者階級に及ぼす影響について、民族主義的観点からではなく階級的観点から方案を模索しなければならない。

独自的政治展望の具体化を


 韓国社会は1997年のIMF・通貨危機以後、「IMF勧告案」にそって新自由主義的開放化と構造調整、労働柔軟化を全面化してきた。2000年の初盤に通貨危機は克服されたものの、その結果として経済的2極化の深化、貧富の格差の拡大、失業の増大や非正規職の量産の構造化など、一層深まった経済危機に直面している。
 新自由主義改革勢力を中心とした支配階級全体は、この「危機克服」の解決法として新自由主義の開放化と構造調整の攻勢を一層全面化すると同時に、「社会的大妥協」という矛盾した解決法を強要している。そして「北核の危機」の解決を通じて、このすべての危機を主導的に克服していこうとしている。これは新自由主義のグローバリゼーションと武装化が全面化している現情勢にあって、主導的な資本の分派が取らざるをえない必然的な攻勢だ。
 労働者・民衆陣営は、いま1度、戦列を整え、このような攻勢に対する闘争を準備しなければならない。何よりも、「新自由主義的グローバリゼーションと構造調整、労働柔軟化」、そして「社会的大妥協」の構図に対する政治的態度をいま一度、ハッキリとしなければならない。
 「反省」しなければならない点は、労働者民衆陣営がこれに対して「階級的団結」という政治的態度を鮮明にできなかったことであり、「革新」すべき点は民主労組運動内の改良化や官僚化を克服することだ。現場組織力の復元と強化は、このような反省や革新を通じて実現されるだろう。
 05年の「経済の活性化」は「解雇の自由化」や「労働3権の制約」、そして究極的には「民主労組運動の無力化」をねらったものだ。05年にも労働者たちの生存権や労働3権を守護するための闘争は膝を屈することはないだろう。生存権闘争自体の組織力ではなく、この生存権闘争と結合する政治的展望と企画を「労働者階級の独自的な政治活動」として具体化させていかなければならない。
 貧困、2極化、働き場の創出は、もはや労働者・民衆陣営だけの課題ではない。韓国社会のすべての政治・社会勢力の課題だ。これを資本の危機管理や危機統制の枠に限定させようとする試図に立ち向かい、反資本の政治的展望と企画とによって進展させていかなければならない。
 北核危機に対する韓半島情勢の変化についても民族主義的観点は、その進歩性を喪失していくだろう。階級的な観点から新しい主体を形成しなければならない。
 05年、韓国社会の総体的な危機を「反資本政治運動」の出発と位置づけて踏み出そう。(「労働者の力」第70号、05年1月14日付、パク・ソンイン/「労働者の力」会員・韓国労働理論政策研究所副所長)


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