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山谷越年・越冬闘争を闘い抜く             かけはし2005.1.17号

スタッフ・支援者一体で炊き出しパトロールを担う


パトロールに新た
な仲間も加わる

 十二月二十八日から一月四日の早朝まで、今年も山谷越年越冬闘争が行われた。
 二十八日昼過ぎより例年のように城北労働・福祉センター前に物資を運び込む予定だったが、「東京都」から「財団法人」へと変わったセンターはその影響からか、午後四時まで仕事をしており、そのため、テントの設営などは遅れたが、山谷労働者、上野や隅田川の野宿労働者を中心としたスタッフの努力で無事に二十八日夜のセンター前炊き出し、上野公園炊き出しから越年期の取り組みは始まった。
 三里塚からの野菜カンパや、屠場労組からの肉のカンパなども届き、炊き出しにお米のカンパを送ってくれている長野の農家の人々が村のマイクロバスで応援に訪れてくれた。
 センター前の朝晩の炊き出し、上野での炊き出し、上野、浅草、隅田川でのパトロールなどの行動をスタッフと支援者が一体となって担いながら、さらに隅田川(三十一日)、なぎさ寮(一日午前)センター前(一日午後)、上野(三日)の餅つきや、さすらい姉妹の芝居「谷間の百合」(三十一日、センター前)(三日、上野)などのイベントにも取り組んだ。そしてパトロールなどの課程で出会った仲間が新たにスタッフに加わっていった。

なぜ炊き出しが大
幅に減少したのか

 炊き出しは昨年よりもだいぶ減った。最も多かった年明けの二日、三日でも約三百人(スタッフ除く)であり、昨年は四百人を超える日もあったことを考えると、大幅に減少している。東京都の「山谷対策」である「なぎさ寮」の宿泊も昨年の約千四百人から二百人ほど減少したという。
 これについては、「マンション建設ラッシュ」によって昨年秋から仕事が若干出ているという中で、飯場が若年の労働者を年末年始にも引き留める傾向(高齢者は追い出される)があったことが上野のパトロールなどによって報告されており、それが一つの原因ではないか。
 さらにこの間、NPOによる野宿者宿泊施設が増えており、それも一因ではないかと考えられる。野宿者を集めて生活保護を取り、食費や宿泊費などの名目で上前をはねるというもので、福祉とは名ばかりの金儲けのためのものが大半で、「食事がひどい」「住環境が悪い」「職員が乱暴」などという話も良く聞く。一度入っても出てきてしまう人も多いのが実態である。
 大手の「スリーエス」はその実態が数年前写真週刊誌に取り上げられたが、前身は右翼団体である。また、台東区の福祉課には飯場の親父が「NPOを始めたいんだが」といって訪ねて来ることが増えているという。
 これらの水面下の「潜在的な野宿者」のことを考えれば炊き出しの減少は決して野宿者が減ったことを示すものとは言えないだろう。

少年たちのエスカ
レートする襲撃

 越冬中には野宿者に対する少年たちの襲撃の問題にも取り組んだ。
 これは昨年の九月頃より、隅田川で少年たちのテント生活者に対する襲撃が相次いで起きており、当初、「テントに石を投げる」といったものだったのが、「テントを壊す」さらには「住んでいる人に対して暴力をふるう」とエスカレートしていることから、十一月にも地域へのビラ入れと夜間パトロールを行ったが、越年中にも地域への「排除のない社会を!」というビラの配布と連日の夜間パトロールを行った。
 夜間パトロールでは少年たちに出会ったらなぜ野宿をせざるを得ないのかということなどを話して説得するという事にしていたが、結局少年たちには出会えなかった。しかし、パトで出会った仲間への聞き込みによって襲撃の実態が次第に明らかになってきた。
 襲撃が行われるのは夜間と早朝、年齢は中学生から高校生ぐらい、自転車に乗ってくる、五〜六人から多いときで十数人、狙われるのはテントの密集したところではなく、一軒もしくは数軒しかない所が多い、反撃ができなそうな高齢の仲間が狙われる、一度狙われると何回も執拗にやってくる、などの特徴がある。
 何回もテントを壊され移動を余儀なくされた仲間、テントでは寝られなくなり、商店街のアーケードで寝るようになった仲間、角材で殴られ血だらけになった仲間なども出ている。また、少年たちの投げてくる石もかなり大きいもので頭などに当たった場合、非常に危険である。
 越年期間中は少年たちによる襲撃はなかったが、越年闘争の終わった四日の夜にまた少年たちの襲撃が行われた。このままエスカレーションが続けば大変なことになる。今後も必要に応じてパトロールや地域への働きかけを強めていくほか、教育委員会や、学校現場などへの申し入れも検討中である。

襲撃を誘発する
排除との闘いを

 襲撃の問題を考えるときに、行政による野宿者への排除の姿勢がそれを誘発しているということを強調しなければならないだろう。
 東京都による地域生活移行支援事業は昨年十二月より隅田川の墨田区側で実施されているが、それに先だって春頃より墨田区の土木課は事業を利用したいものは隅田公園へ移れ、などと言ってテントの移動を迫ったり、仕事に就いていないものは事業を利用出来ない、などと、デタラメな「説明会」を隅田公園で行ったりしてきた。事業がまだ実施されていない時期に、事業とは全く関係のない土木課が勝手に説明会を開いてデタラメな説明を行ってきたのだ。
 二年間、約三千円の低家賃でアパートを貸すという事業だが、就労対策については「半年間は仕事を出す努力をする」というものでそれも月に四〜五万円程度、その先は自分で何とかするほかなく、二年経ったらアパートの大家とは家賃の交渉は自分でやらなければならない。
 月に四〜五万円では生活保護が当然適用されなければならないはずだが、それについては曖昧になっている。
 これでは多くの仲間がもう一度路上に戻って来ざるをえないだろう。しかし、都は都立公園条例の改悪を検討中であり、「公園適正化」の名の下、野宿者排除の姿勢を強めており、野宿者の命をギリギリのところで守っているテントが作れなくなれば多くの仲間が路上死を余儀なくされるしかない。
 台東区では十一月から区内の十公園で二十四時間体制の警備員による巡回を行っており、「新規流入防止」を合い言葉に新たな野宿者を排除している。テントのみならず、昼間にベンチでうとうとしていると警備員にたたき起こされたという仲間もいる。

「持たざる者」
の団結で反撃を

 政府は緊急雇用対策の打ち切りを決定した。理由は「景気は上向いている」というものだが、山谷でも高齢者特別就労などにこの資金が使われており、これら公的就労事業の減少は取りわけ高齢者など弱者に重くのしかかってくる。
 越年期の闘いが終わっても毎週の炊き出しや、パトロールなどの闘いは年間を通じて行われていく。新自由主義の野蛮が世界を覆い尽くす中で、ギリギリに追いつめられた野宿の仲間たちの地道な取り組みの中から着実に反撃の刃はとぎすまされつつある。 (板)



日本軍「慰安婦」被害者が院内集会

「戦時性的強制被害者問題の解決法」の制定を

 十二月三日、日本軍「慰安婦」被害者の尊厳回復のための日本政府による公式謝罪と法的賠償を要請する緊急院内集会が、全国同時証言集会「消せない記憶」東京実行委の主催で行われた。
官房長官が「心か
らおわび」と謝罪

 午前中に細田官房長官が日本軍「慰安婦」被害者の李容珠さん(イ・ヨンス、韓国)とベアトリス・トゥアソンさん(フィリピン)と会った。政府が公式に日本軍「慰安婦」被害者と会ったのは初めてだ。
 二人は官房長官に「日本政府による公式謝罪と法的賠償を」を要求した。官房長官は「慰安婦問題は父親の世代の罪だと思っている。みなさんの尊厳を大きく傷つけており、心から反省し、おわびする」と謝罪した。被害者の「中山文科相の歴史教科書から従軍慰安婦という言葉が減ってよかった」との発言に対する抗議に対して、長官は「中山文科相の発言は理解できない。日本国としての態度は変わっていない。平和国家建設のために、二度とこのようなことにならないために努力する」と答えた。
 院内集会で、岡崎トミ子民主党議員が官房長官との会見の様子を報告し「慰安婦」解決法の成立を訴えた。
 続いて、李容珠さんは「(細田長官の謝罪の言葉を聞いて)運動を十三年やってきて、こんなに気持ちが晴れたのは初めてだ。ハルモニたちは歳をとって病気でいつ死ぬかもしれない。生きている間に、解決するようにしてほしい」と訴えた。ベアトリス・トゥアソンさんは「戦時中、女性の尊厳を奪う暴力を受けた。加害国に来ることに緊張を感じている。暴力のない世界を実現するために日本にきた。日本は安保理に入りたいなら、キチンと責任をとってほしい」と要求した。
 共産党の吉川春子議員は「基金や法案について、官房長官は何の言及もしなかった。この点で不満が残ったが、長官の謝罪の言葉には胸にぐーんとくるものがあった。一日も早く法案を成立させたい」と語った。
 無所属の糸数慶子議員は「沖縄で、百三十三カ所に慰安所があった。平和の礎には、性的奴隷にされた人の名前は刻まれていない。世界での紛争で子どもや女性が犠牲にされている。政府はイラク自衛隊派兵の延長をしようとしている。米軍は沖縄の基地からイラクへ派兵している。加害者としてわれわれの責任が問われている」と発言した。
 質疑の後、東京実行委代表の酒井美直さんが「教科書から慰安婦問題が削除されて、この問題が風化している。この慰安婦問題を解決することなしに真の平和はない。明日、全国十カ所で同時証言集会を持つ。ぜひ参加してほしい」と訴えた。       (M)

要請
 日本軍「慰安婦」被害者の尊厳回復のための日本政府による公式謝罪と法的賠償を要請します

内閣総理大臣 小泉純一郎様

 私たち日本軍「慰安婦」被害者が声をあげ、日本軍に踏みにじられた名誉・尊厳の回復を求め闘い続けて十四年が過ぎようとしています。この間、私たちが切望してきた日本政府による公式謝罪と法的賠償は実現されないまま、多くの被害者たちが次々に亡くなっています。
 日本政府が解決を図ろうとした「平和のためのアジア女性国民基金」は、国家の法的責任を曖昧にした形だけのものであり、私たちの尊厳を二重に踏みにじるものでした。
 私たちが真に望んでいるのは、傷つけられた尊厳・奪われた人権を取り戻すことであり、そのための日本政府による公式謝罪とそれに伴う法的賠償です。
 国際社会からも国家による謝罪と賠償をし「慰安婦」問題の早期解決を行うよう繰り返し勧告・批判を受けているにも関わらず、日本政府はいつまで責任を放置しておくつもりなのでしょうか。
 戦時性奴隷制度などの性暴力や人権蹂躙、戦争の過ちを未来に再び引き起こさないためにも、日本政府が日本軍「慰安婦」制度への法的責任を認め、私たちが納得できる解決に向けて真摯に取り組むよう求めます。
 私たちはアジアの国々が真に平和な未来を共有できることを望んでいます。「慰安婦」問題の解決なしにそのような未来はありません。この問題の早期解決を実現するため私たちは以下のことを強く要請します。
1.日本軍「慰安婦」被害者への日本政府による公式謝罪と法的賠償
2.前項を実現するために必要な「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律」のすみやかな審議と制定
2004年12月3日

日本軍「慰安婦」被害者
李容珠(イ・ヨンス、韓国)
ベアトリス・トゥアソン(フィリピン)


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