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                            かけはし2005.1.1号

北朝鮮が抱える矛盾とその性格

日本政府の経済制裁発動に反対する
金正日は拉致被害者家族の要求を受け入れよ

 十一月の第三回日朝実務者協議で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)側から提出された拉致事件「死亡者八人」のものとされる遺骨などの鑑定・分析結果はその杜撰さから被害者家族らの怒りの火に油を注ぐものとなった。また国会では共産党、社民党を含む全政党を挙げて北朝鮮への経済制裁発動検討に入っている。本紙が二年前(02年9月30日号)に指摘した「金正日に英雄主義・妄動(ママ)主義としてさらしものにされた特殊機関が果たして隠忍自重するか? 拉致・抹殺に対する真相糾明の追及の手が彼らのもとに殺到することになるのだ」という局面の中で金正日と側近特殊機関は機能不全に陥りつつある。経済再建のために日朝国交によって巨額の経済支援を取り付けようとした金正日の構想ははるか彼方に遠のいてしまった。この失政ダメージに金王朝は追いつめられ対日方針の転換を迫られているのだ。「経済制裁」など全く必要ない。そしてまた「安否不明者十人は生存している」という前提に立った日朝協議の推進によってはたして「八人死亡」説がくつがえるのだろうか? 北朝鮮に何を求めていくべきなのか?

六カ国協議をめぐる攻防

 二〇〇二年八月から始まった三度にわたる北朝鮮核問題をめぐる六カ国協議では、米側の「完全で検証可能な後戻りのできない核放棄」(CVID)要求とそれに対する北朝鮮側の「安全保証」と「損失補償」の要求を基本的対立点として進み、作業部会設置や非核化のための第一段階措置の必要性など協議形式での合意にとどまり内容的前進はみられていない。
 こうした中で協議への悲観論が強まっているが、ひるがえって二年前までは米朝二国間協議にのみ執着してきた北朝鮮が六カ国協議の場に参加せざるを得ず、また今後も協議参加継続を表明せざるを得なくなっている現在の局面はむしろ好機の到来とみるべきだろう。北朝鮮は当面第二期ブッシュ政権の基本路線表明(一月予定の一般教書演説)を待って今後の方針を定めてくるだろう。
 今後の協議では韓国核開発に対する米や国際原子力機関(IAEA)の「二重基準批判」を強めてくることが予想されるが、再選におごる米ブッシュ、そして対北朝鮮経済支援攻勢で金正日への牽制力を強める中国がこれ以上の協議長期化を受け入れるかどうかの局面として推移するだろう。そしてまた六カ国協議への過大な期待は必要ない。北朝鮮の社会危機進行の速度は六カ国協議進行の速度よりも早く深く進行している。

破綻した北朝鮮経済の行方


 崩壊した経済体制(配給システム)の再建をかけた〇二年七月の「通貨レート改訂」は逆に高インフレと貧富差拡大(一部特権層の富裕化と多数の貧困化)を招き無政府化の中で弱肉強食の論理が浸透している。ピョンヤン市内に新たに開設された総合市場が官許の取材を通して紹介されているが、利用可能なのはピョンヤン市民の一〇%にも満たない人々である。庶民が利用できる市場では中国製や韓国製の多様な製品が席巻し、自国産製品は完全に駆逐されてしまっている。
 中朝間を往来する人々の証言を総合すれば有給者で平均月収七十五円から百五十円、高収入者で同五百円、コメ(白米)一キログラム三十円というのが円換算の実勢、対ドル実勢レートは一ドル=二万から二万三千ウォン(公式レートは一ドル=百三十ウォン)と伝えられている。トウモロコシやコメの価格はこの一年で六倍になりドル・元・円との交換レートも日に日に変動するという中、この数年間の国際機関からの継続した食糧支援(日本を除く)で食糧事情が最悪期を脱しているため金正日体制の延命がかろうじて確保されているというのが現実だ。
 弱肉強食と化した市場経済化の進行はこれまで金正日への核心的忠誠層とされてきた軍・党をも貧富格差拡大の渦に巻き込み、こうした忠誠層の内部にも対立と葛藤が蔓延し始め、中国共産党の北朝鮮アナリストですら、最近の脱北者の中には軍将校や政府高官が含まれていることを指摘している。
 また北朝鮮の民衆自身の間でも国際支援物資や流通商品を通して韓国・中国の経済発展が広く知れわたり、「なぜわが国だけがこんなに貧しいのか?」「本当に米帝の経済封鎖のためなのか?」という素朴な疑問が芽生えている。
 こうした流れが臨界点に達して金正日専政独裁支配の銃剣による統制を無力化させる日はもうその先に迫っている。自壊のプロセスが緩慢に潜行的に進行するかそれとも急激な形で顕在化するかの方向性が今年の動きの中で明らかになってくるだろう。

南北経済協力はどう進むか


 金剛山観光開発と開城工業団地建設という二大事業を通した二〇〇〇年六月南北共同宣言以降、南北経済協力は両政府の統制下で進行している。韓国現代グループが九八年から始めた金剛観光開発事業は、延べ82万人の観光客によって毎月平均百万から二百万ドルの観光収入をもたらし、北朝鮮の党と軍の貴重な外貨獲得源となっている。
 二年前の陸路観光開発によって観光客は倍増し、昨年十二月から今年二月にかけては韓国政府主導で中高生二万人の研修旅行プログラムが進められ、外国観光客のみが利用できる地元ホテルでは北朝鮮住民三百人が働いているとも伝えられている。
 韓国側の経済的丸抱えで進められている開城工業団地建設事業は、昨年十二月に韓国側進出企業七社のうちの数社が実験的操業を開始した。工業団地造成現場では一千人の北朝鮮労働者が就労中と伝えられ計画が軌道に乗れば十万人の北朝鮮労働者の雇用が、そして完工時の二〇一二年には外国企業一千社の入居が見込まれている。
 しかしその実態は使用電力まで韓国から送電するということからも明らかなように「南北経済協力」というよりも「南の資本進出」「北の植民地化」であり、当地で働く北朝鮮労働者を餌食にして韓国資本と金王朝が利潤を折半するというものだ。また金正日が核開発路線を突き進むかぎり南北経済協力も実験的規模に終始し南北統一セレモニーのための「北のショーウインドウの一部」と化してしまうだろう。
 ただしこうした官許の実験的南北交流プロセスの中とはいえ、南北民衆が接する機会が着実に増えていること自体はプラスの要因である。このことを軽視してはならないしそこから派生する出来事を注視していきたい。また南北の民衆自身が、その先に「統一」の構造を描くとするなら率直にそれを受け入れるべきだろう。

脱北難民を救済するために

 アジア全域に約十万人が滞留しているとされる脱北難民のうち〇四年までに韓国に亡命した人は六千人に達し、韓国政府が受け入れ態勢の再整備を余儀なくされるまでになっている。当初は貧困と飢餓からの脱出者が大半だったが後には「繁栄と自由」への渇望から脱北を決意した人も増加し北朝鮮政府高官や軍将校の脱北情報も相次いでいる。
 最近では脱北者が北朝鮮国内の家族と連絡を取り合って食糧を届けたり北朝鮮へ再入国そして家族を連れて再脱北する人たちの存在までが明らかになり、中朝国境警備が格段に強化(中朝とも軍を投入)されているにもかかわらず「実利」(賄賂)に呑まれる北朝鮮側警備兵の士気の低下と弛緩が垣間見える。
 日本にもこれまでに約六十人の脱北者(帰国運動で北朝鮮に渡った在日朝鮮人や日本人配偶者そしてその子孫の人たち)が帰り、その数はさらに増加するため日本政府や民間での受け入れ態勢の必要性が指摘されている。
 日本でも脱北難民問題を通してようやく北朝鮮での人権抑圧の実態について関心が寄せられ始めているが、ノムヒョン政権下での韓国では南北統一や国家保安法廃止を目指す市民運動団体などが脱北者支援や北朝鮮民主化を目指す運動には冷ややかに対応するという状況にある。昨年には脱北者が創設した北朝鮮向け放送局の開設に際して両者が「南北の統一か北の人権か」をめぐって街頭で衝突する事態も起きている。
 また本紙連載「韓国はいま」欄で紹介されている韓国社会運動団体の北朝鮮人権問題に対する視点も「米帝による北崩壊シナリオ」の一面的強調に終始しており、無数の脱北者が告発して止まない金正日専政独裁支配による人権・生存権の圧殺の実態に向き合う姿勢は全く感じられない。
 韓国での「ねじれ現象」の原因は一つには「北を刺激して戦争の再来を煽るようなことはしたくない」というストレートな反戦・反米・平和意識、二つには同一民族として南北間で解決を図る問題に第三国が関与するのは自尊心に関わるという民族意識があると思われる。したがって問題を「金正日独裁支配への迎合」と単純化するのではなく、北朝鮮人権状況へのこうした理解の落差の由来を自覚しながら北朝鮮の人権抑圧に反対する運動を進めていくことが必要だ。

拉致事件糾明と日朝交渉


 十一月の第三回拉致問題日朝実務協議で日本側が求めた安否不明者十人の情報について北朝鮮側は「八人死亡」の資料を新たに提示したが、日本側の遺骨鑑定や関係者証言からその信憑性がくずれて拉致被害者家族の怒りの火に油を注ぐ結果となった。
 各種世論調査では北朝鮮経済制裁論が七〇%台に達し、参院拉致問題特別委員会(12月14日)では共産党を含む全会一致で北朝鮮制裁検討決議が採択されるに至っている。二年前の小泉訪朝直後には、金正日が拉致事件を自白した衝撃が走る中においてもピョンヤン宣言に両首脳が署名し、国交交渉推進の世論が高まり経済制裁論などは影を潜めていた。この二年間を経た「逆転」は何によってもたらされたのか。
 拉致という国家犯罪が明らかになった以上は、被害者の原状回復に日朝両政府が誠意を持って対応することが求められ、またそれが実現されることを誰もが当然視した。最初の拉致被害者五人の帰国後の北朝鮮残置家族の引き続く出国という当然の求めに対して、北朝鮮側は「五人帰国の約束」論をたてにして原状回復を拒み続けた。
 こうした局面に便乗する日本保守政界有力者や自称ジャーナリストそして彼ら自身が、「日本の極右反動」と批判して止まない「救う会」幹部などの非公式ルートを通して「出国の対価」(体面の確保と経済支援)を二年近くにわたって探り続けた。そして万人を敵に回した徒手空拳の暴挙で二年前には世論の六割を占めていた日朝国交交渉推進機運を自らの手で彼方に追いやってしまった。こうした経過の上に安否不明者十人についての北朝鮮側の「不誠実対応」に対する制裁論の高まりがある。
 では日朝協議での北朝鮮の対応は「不誠実」という理解で足りるのか。「安否不明者十人は生きている」ことを前提にした協議に今後の展望があるのか。単刀直入に言って協議はあと何回続けようとも結果は同じ、「八人死亡」の前提は揺るがないだろう。
 アメリカが北朝鮮で行っている朝鮮戦争時行方不明者遺骨調査などとは異なり、相手は金正日言うところの「特殊機関」であり事態は彼らの「英雄主義」「妄動(ママ)主義」の結果として生じたのだ。「特殊機関」という本来あってはならないはずの非公式の組織が外交舞台などに出てくるわけがないし、公式機関(北朝鮮政府)に協力することなどあり得ない。
 かつての日本の石井(731)部隊が、アメリカ占領軍当局傘下の諜報組織がそうであったようにかれらは証拠など残さずに失せるものだ。かつての日本の特殊機関要員を養成した陸軍中野学校の在籍者はまず戸籍を抹消することから「活動」が始まった。「特殊機関に会わせろ」と求めても「もはや存在しない」で終わりだし「八人死亡」(存在しない)と説明するしかないのだ。
 「死亡」とされた拉致被害者家族がこれまでの北朝鮮当局の説明に納得できず心情的に生存説に傾くのは、金正日指揮下の北朝鮮工作機関による大韓航空機爆破事件(87年)の韓国人被害者家族会代表らが、ひとりの死体すら発見されないことを根拠に今も生存説(韓国政府による真相隠蔽)を主張しているのに通じるものがある。
 しかし被害者家族と日本の世論を敵に回して国交交渉が進展することなどあり得ないことを思い知った北朝鮮が、ここまで意図的に「生存者隠し」に拘泥して事態を悪化させるだろうか。北朝鮮政府は被害者家族が受容できる「八人死亡」の説明責任を果たし、併せて賠償責任(死に至らしめたことの)についても自ら明確に意思表示する必要がある。
 三回の日朝実務協議の推移と結果は日本の労働者市民に対して、金王朝の体面と経済支援確保のためには核武装や軍事大国化を呼号する日本の保守反動にすら取り入る金正日専制独裁支配体制の生き残り戦略の露わな一面を白日の下にさらした。二年前に国交交渉進展に希望を託した労働者市民の失望感は大きいけれども、逆流にひるまずに北朝鮮経済制裁論の高まりに反対していかなければならない。
 経済制裁論はそもそも効果があるかないかの「実効論」で是否が論じられるものではない。どのような人道上の問題があっても歴史的につながりの深い隣国に、植民地支配の清算が未解決の隣国に、わずか二年前に両国首脳が署名したピョンヤン宣言の相手国に「制裁を加える」外交など論外だ。
 北朝鮮に対し日朝協議の場をを通して拉致被害者家族に誠意ある対応が取られない限り国交交渉に進展はない。それを知らしめる外交を貫くことは道理に拠って金正日専政独裁支配体制をジレンマに追い込む道に通じる。そのことこそが北朝鮮の民衆自身が金正日に「審判」と「制裁」を下す日の到来につながるだろう。

暗礁に乗り上げる金正日外交


 拉致問題糾明の現局面は北朝鮮のかたくなで強硬な姿勢によってもたらされているのではない。逆に金正日が首脳会談の場で「調査を白紙に戻してやり直す」と公言した結果が、虚偽と杜撰を織り交ぜた「証拠資料」の羅列となり、金正日専制独裁支配体制の統治・統制力の破綻、金正日と党や軍の特殊機関の間での葛藤の兆候が窺わせる。
 そもそも北朝鮮の特殊機関といえばそれは金正日を頂点とした金正日と一体不可分の機関であり、金正日が特殊機関を公の場でなじることも特殊機関が金正日に反対することもあり得ないものとして成立していたはずだ。
 そうした関係が二年前の9・17で金正日によって破棄されて亀裂が生じ、この亀裂の拡大を防ぐためには拉致真相糾明・追及をなんとしても遮断するしかないところに追い込まれてしまった。そして金正日の企図した日朝国交交渉を通した経済協力の展望もはるか彼方に遠のいてしまった。
 この事態は北朝鮮外交の失敗として自覚され、内部での矛盾を拡大させる要因として作用している。この窮地の局面に日本による経済制裁が発動されたらどうなるか?
 「金正日政権の政治的立場を強化してしまう可能性がある。閉鎖的・強権的な北朝鮮の体制には敵の存在が必要だ。日本の北朝鮮敵視政策は戦争の一歩手前まできたとして日本を敵役に仕立てて内外で緊張を高める戦術をとるだろう。配給停止や物価高騰などの内部矛盾をすべて日本のせいにできる」(日本在住脱北者がアジアプレスの石丸次郎さんのインタビューに答えて)。
 金正日外交は暗礁に乗り上げてしまった。今年は南北朝鮮間はもちろん、日朝、中朝、米朝、そして六カ国協議も、北朝鮮自身が動かざるを得ない一年として推移するだろう。(荒沢 峻)


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