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                            かけはし2004.08.9号

占領と闘うイラク民衆との連帯を強めよう

イラク抵抗運動の今

 アル・リカービさん(イラク民主的国民潮流)に聞く

 七月三十日、東京で「『人質』解放、そしてイラク抵抗運動の今 アル・リカービさん(イラク民主的国民潮流)に聞く7・30集会」が開かれた。
 この四月、イラクで発生した日本人「人質」事件で、日本側の市民による救援運動と結んで解放に大きな役割を果たしたイラク民主的国民潮流(CONDI)のスポークスパースンであるアル・リカービさんが来日した。
 来日の目的の一つは、昨年十二月に来日して小泉首相と会見した際、「週刊ポスト」誌が「政府筋情報」として、リカービさんが日本政府から巨額の資金を得てそれと引き替えに自衛隊の安全について約束したという、一〇〇%事実に反する虚偽報道を行ったことについて、記事の訂正と謝罪、損害賠償を求める裁判に出廷することだった(7月28日に東京地裁で行われた第一回口頭弁論については記事別掲)。
 来日したリカービさんを呼んで、ワールド・ピース・ナウが集会を開催した。会場の在日本韓国YMCA青少年センターホールには百五十人が集まり、占領に反対する政治諸勢力がいま、何をめざし、どのように闘おうとしているのかについて聞いた。
 集会では最初に、ATTACジャパンの秋本陽子さんが経過報告、続いてこの六月にもファルージャなどを取材したフリージャーナリストの志葉玲さんが、スライドを映しだしながら、イラク現地の状況について解説した。

志葉玲さんが生々しい現地報告

 米軍に虐殺された六百人とも千人とも言われる市民の多数が埋葬されたファルージャのサッカー場。遺体が判別できないほど損傷しているため、墓標には服の色、男か女か、大人か子どもかしか書かれていない。
 空爆で家ごと吹き飛ばされ、そこには大きな穴だけが残り、水が貯まって池のようになっている。焼けただれて破壊された救急車。なかにいた患者は即死したという。動くものは何でも砲撃されたのだ。診療所の受付にも生々しい弾痕がある。
 同じジャーナリストの橋田さんと小川さんが殺害されたマハムディーアでは、米軍の激しい掃討作戦によって多くの市民が殺害され、無差別に連行されてアブグレイブ刑務所に送られていた。米兵によるレイプが多発し、妊娠させられた女性が「一族の恥」として殺害されるなどということも起こっていた。このマハムディーアを訪れた志葉さんは、反米感情と同時に、「米軍に協力する者はだれでも絶対に許さない」ということで反日感情が高まっているのに驚いたと報告した。
 さらに志葉さんは、自衛隊の駐留するサマワの状況について報告した。「自衛隊員のうち、給水活動に従事しているのは五百五十人のうち十人程度。自衛隊が給水することになっている範囲には二万人いるが、配っているのは五百五十人の隊員が使った水の残りで、一日百五十トン程度しかない。村によっては一カ月に一回しか給水車が来ないところもある」。
 「自衛隊は米軍に破壊された学校を修理していることになっている。しかし働いているのはイラク人だ。外務省も地元の建設業者に依頼して学校建設を支援している。それなら自衛隊を送る意味はない。この二〜三カ月、『自衛隊は口先だけだ』『失業対策を何もやっていない』という不満が高まっている。掲示板に貼られた自衛隊の広報『富士』が破られていた。これはサマワの行政府だが、サドル師のポスターが貼られている」。
 最後に志葉さんは、武装勢力に殺害された橋田さんの遺志で日本で目の手術を受けて帰国したモハマド君と家族や、装甲車に連れ込まれる人々のスライドを映し出しながら、「何も変わってはいない」と語った。
「モハマド君のお父さんは失業している。家は空爆で壊された。いまもファルージャはザルカウィの拠点だとして空爆されている。しかし爆撃された跡から出てくるのは、女性や子どものちぎれた服ばかり。人々は『ファルージャにはザルカウィはいない。イラクには大量破壊兵器があるといって攻撃してきたのと同じだ』と言っている。米軍が民家に乱入して住民を連行することも続いている。『権限移譲』と言っても何も変わらない。むしろ暫定政府が米軍にゴーサインを出していることで、ますますおかしい状況になっている」。
 リカービさんは、現在イラクが何に直面しているのか、イラク民主的国民潮流をはじめとする占領に反対する政治勢力がめざす「憲法制定国民会議準備会」とはどのようなもので、どんな展望のもとに闘いを進めようとしているのかなどについて、簡潔に報告した(要旨1面)。
 報告を受けて参加者から出された多くの質問に、二人が答えた。最後に、ワールド・ピース・ナウ実行委員会から、「9・11テロ」三周年の九月十一日午後、東京・明治公園で大きな反戦イベントを開くことが発表され、参加が呼びかけられた。      (I)



週刊ポストはイラク民主的国民潮流へのデマに謝罪を
リカービさんが怒りの冒頭陳述


 来日したイラク民主的国民潮流(CONDI)のアブデル=アミール・アル・リカービさんは、七月二十八日、東京地裁民事三二部705号法廷に原告として立った。
 リカービさんは、昨年十二月に訪日して小泉首相と会見した際に、「日本政府が百億円を拠出し、その資金を使ってイラク南部の部族を動員し、イラクに派遣される自衛隊の安全を確保することをリカービ氏が約束した」という一〇〇%の虚偽情報を「週刊ポスト」誌(04年2月6日号)が掲載した件に対し、同誌の出版元である小学館を告訴したのである。
 「首相官邸」が発信元とされているこの情報は、カタール国営通信のアラビア語ニュースによってアラブ全域に配信され、リカービさんとイラク民主的国民潮流の名誉と信頼を大きく傷つけた。この報道は、リカービさんの小泉首相との会見を「自衛隊の派兵にイラク南部の有力部族長の子弟がお墨付きを与えた」という、まったく事実に反する日本政府の情報操作を無批判に拡大し、侵略戦争と占領に反対して闘ってきたリカービさんを中傷するものにほかならなかった。
 記事の取り消しと謝罪、そして損害賠償を求めるこの裁判で、リカービさんはアラビア語で冒頭陳述を行った。
 「もっとも恐ろしいことは、あの訪問(昨年十二月の訪日と小泉首相との会見)が占領に対するわれわれイラク人とその勇敢な闘いのための希望の源から、私個人に対してだけでなく、私が属し、その代表を務める潮流への大きな政治的かつ精神的な名誉棄損となったということです」。
 「私個人としては、イラク民主的国民潮流の同志も同じですが、私たちは政府の立場や幾つかのジャーナリズムの立場には関係なく、日本の人びとと友好の精神を持ちつづけてきましたし、これからも持ちつづけたいと思っています。私たちが申し上げたことを証拠立てることとして、私たちは日本人の人質の生命の安全に寄与しましたし、その解放にも尽力しました。いま現在に至るまで、私たちは日本がアメリカの指揮の下で、世界的な規模で展開される戦争や植民地主義や支配の政策から遠ざかって、二つの国と二つの国民を近づけるために私たちがしている努力を取り入れてくれるように希望しています」。
 この日の第一回口頭弁論を終えた後、リカービさんは司法記者クラブで海渡祐一弁護士らとともに報道陣にこの裁判の意味を説明した。
 「週刊ポスト」の記事が地域の住民にも損害を与えたという訴えの意味を記者から質問されたリカービさんは、「百億円が日本政府から拠出されたというのが事実なら、そのカネはどのように分配されるのかという猜疑心と対立を住民の間に引き起こすのは当然ではないか」と答え、同報道の犯罪性を厳しく指摘した。
         (K)               

イラク市民と語る――
今井紀明さん、高遠菜穂子さん、アリ・スレイマンさんの報告を聞く


 七月二十二日、東京で「イラク市民と語る――私たちにできること」と題する集会が開かれた。この集会は、イラク反戦運動や日本人人質救出運動、劣化ウラン弾被害者を支援しようとする運動などに携わってきたグループや諸個人が呼びかけ人となって作られた実行委員会によって開かれた。
 集会では、イラク人質事件の今井紀明さん、高遠菜穂子さん、イラク現地で高遠さんの活動を支援してきたイフサン・アリ・スレイマンさんと、昨年来ファルージャ、サマワ、ナジャフやサドルシティーなどで取材活動を行ってきたジャーナリストの田保寿一さんがそれぞれ報告し、現在の心境やイラクの戦争被害者への思いなどについて語り合った。会場の中野ゼロ大ホールには、二階席まで埋めつくす千三百人が集まって四人の報告やトークを聞き、一刻も早く侵略戦争をやめさせようという思いを新たにした。

もっと若い人たちにも広げよう

 最初に今井紀明さんが報告に立ち、政府・右翼・右翼マスコミがデマを振りまきつつ一斉に行った「自己責任論」によるバッシングをめぐって、「平和を求める人々に『異質』というレッテルを貼って排除するものだ」と批判した。そして「市民運動は狭い。音楽とかアートからも若い人たちに広げる可能性を見いだせるのでは」と語った。
 昨年十月と今年の一月、そして三月にファルージャを訪れた田保寿一さんは、高遠さんや今井さんたちが人質となった背景としての占領軍支配の暴虐に対するイラク民衆の激しい怒りと抵抗について報告した。米軍の空爆や戦車の砲撃で破壊された家々や、殺害された子どもの葬儀、悲嘆にくれる母親、こぶしを振り上げて米軍に抗議する人々の姿などがスライドで映しだされた。この爆発する反米感情のなかで、自衛隊を派兵して米軍に協力する「日本」が標的となり、今井さんや高遠さんたちが人質となったのだった。
 高遠さんは、戦火に脅え苦しむイラクの人々とともにあろうとし続けた現地での活動や、武装勢力に拘束された体験などについて、涙ながらに語った(要旨3面)。
 イブラヒムさんは、「日本から、肩書きのない市民の大使がたくさんやってきた。私はその活動に大きな敬意を抱いていた。その一人が菜穂子さんだ」と語り、日本人人質事件をめぐるイラク人の気持ちやイラクの現状について、静かに報告した(要旨3面)。
 報告の後、四人が壇上に並び、会場からの質問に答えた。最後に高遠さんは「私たちに何ができるか」にこう答えた。「十人いれば十人に必ず役割があって、一人一人がそこにいることが力になる。『私にはなにもできませんが』とペンを執ったという人の手紙は、私を励ましてくれた」。
 人質事件の際、全国から多額のカンパが集まった。東京での家族の宿泊代金やヨルダンへの航空運賃などすべてを支払ってもかなりの額が余った。集会の最後に、その資金を元に、アラブの子どもたちを支えるネットワークを結成することが発表された。一刻も早く侵略戦争をやめさせようという共感の拍手が会場にあふれた。     (I)

7・22集会 高遠菜穂子さんの報告から
私はイラクで何を見、何を感じ、何をやってきたか

 ラマディで出会った青年に、四月のバグダッド陥落以来、ファルージャでたくさんの人が殺されているのに、なぜ取材に行かないのかと言われた。ファルージャから帰ったばかりのジャーナリストも「大変なことになっている」と言っていた。病院で必要なものを集め、ファルージャへ行った。病院で腕と腹を撃たれた十五歳と二十一歳の青年にあった。腕の添え木は段ボールだった。薬品は素人でもびっくりするほど何もなく、酸素ボンベも空っぽだった。バグダッドで日本のいくつものNGOにぜひファルージャに行ってほしいと頼み、何度も薬品を運んだ。
 当時、米軍がやっているひどい話をたくさん聞かされた。気分が悪くなるような、信じられないような話が多かった。それがいまアブグレイブ刑務所で表に出て、イラクの人々の怒りは燃え盛っている。私ももっとしっかり受け止めて、もっと日本の人々に伝えるべきだったと反省している。

米軍がイラクでやっていること

 米軍がやっていることは本当に乱暴で、見ていて怖くなるようなものだった。たとえば検問で渋滞しているところで、米兵が英語で「ゴー・バック」と叫びながらマシンガンで車をガンガン叩いている。人が集まり始め、「まずい」と思ってアラビア語で「少し下がって」と声をかけ、それで分かったドライバーが後ろに下がるなどということがしょっちゅうあった。
 昼間は気温が五十度にもなり、夜になっても三十度〜四十度で、屋上で寝る人も多い。屋上で寝ていて米軍に撃たれ、包囲されて病院に行けずに死んでしまった人もいる。病院に行かせてもらえず、米兵に「家に帰って死ね」と言われたという青年が、くちびるをぶるぶる震わせ、怖いほどの顔で「必ず復讐する」と言っていた。
 薬品を運ぶ車には英語とアラビア語で「日本からの援助」と書いていたが、米兵が私たちの頭に銃口を突きつけ、「下りろ」と叫んで道路に腹ばいに並ばせた時は本当に怖かった。怖くて顔を上げられず、米兵の靴だけを見ていた。でもこんなものはイラクの人たちが受けた仕打ちに比べれば大したことではない。この一年間、とんでもない数の命が奪われた。私が接してきた人もたくさん亡くなっている。

私がイラクで訴え続けたことは

 友人が「僕は戦争には参加しないが、報復したいという気持ちは良く分かる」と語った。その時、私は「米軍も報復と言っている。それでは戦争は終わらない」と反論した。たしかに占領軍との生活は厳しいと思う。でも傷ついていく子どもたちを見ていると、「そうだ、米軍が悪い」とは言えなかった。私がそう言えば、報復したいという気持ちがもっともっと強くなってしまうのではと思ったからだ。
 二十才前後の若い米兵も、自分の身を守るのに精一杯で無差別に発砲している。私は「アメリカを憎むな、無視しろ」と言ってきた。「イラク人が誇り高い民族なら、それを体現してほしい。いまの状態では世界中の人が人道支援に入ろうと思っても入れないではないか」と言い続けた。
 それを理解してくれた人が、グループを作ってだれにも頼らずにファルージャを再建する活動を始めたというメールを送ってきた。五つの学校が空爆されたが、その修理を始めた。一つにはもう子どもたちが通い始めているという。それは私にとって最高の励ましだった。
 七月九日のメールには、七十二歳のイブラヒム・ナワークさんの二十八歳の長男が、家に戻るところを米軍に撃たれて殺されたことについて書いてあった。墓地に行くこともできず、泣き崩れながら庭に埋めたが、三日後に家宅捜索に押し入ってきた米兵に墓を暴かれて遺体を汚され、イブラヒムさんはショックで立ち直れないほどの打撃を受けているという。
 モスクも何度も攻撃された。敬虔なイスラム教徒にとっては、私たちには想像もできないような屈辱ではないかと思う。自爆テロと言っても、一人一人に家族があって急にそんな覚悟を決められるものではない。「俺はこれからファルージャに行く。同胞と家族の仇を取る。そして俺も死ぬ」。そういうことを言う人たちに私は命乞いをしていた。
 イスラム教のことは余りよく分からないが、彼らを敬いたいと思う。同じ人間だ。違うのは言葉だけだと思う。今回の事件で、このことを痛いほど知った。(報告要旨。文責編集部)


7・22集会 イフサン・アリ・スレイマンさんの報告から
菜穂子さんは泣いたのに私はなぜ泣かないのか

 菜穂子さんたちが人質になったニュースを聞いて、すぐ対策本部を作り、バグダッドのインターネットカフェをセンターにして活動を始めた。新聞が菜穂子さんがストリートチルド連の支援活動をやっているということを報じると、イラン人はみな「大変なことになった」という危機感を持った。人々の感情を示す一つのエピソードは、カフェのオーナーが私たちが一週間も使ったのに「イラク人全体の問題だ」と言って一銭も代金を受け取ろうとしなかったことだ。菜穂子さんが世話をしていた十八人の子どもたちは、ファルージャに連れていってくれと泣きながら私に頼んだ。
 私は三日前にバグダッドを立ったが、家族が心配だ。五〇%以上の人が失業している。飢えている人は間違いを犯しやすい。恐怖にかられた人も間違いを犯しやすい。安全面で大きな問題がある。電気は三時間使うと四時間停電すると言った状態だ。飲料水も一日二日断水することもある。多くの家族は全く収入がなく、子どもたちはストリートチルドレンになっていく。
 皆さんにお願いしたい。ひとつは医療だ。医者もおらず薬品もない。困難な手術が必要な患者がたくさんいる。国外で適切な治療が受けられるように援助してほしい。もう一つは、菜穂子さんのプロジェクトの一つだが、技能を身につけるトレーニングセンターを造りたい。たくさんの人が技能を身につけ、家族を養えるようになる。菜穂子さんはアバスという少年を溶接工として働けるよう手配した。ストリートチルドレンに仕事を与えるプロジェクトも、グループでできればもっと良い方向に行く。
 最後に話したいことがある。菜穂子さんは泣いたのに、なぜ私は泣かないのか。私たちは三十五年間苦しんで、涙が涸れてしまったからだ。皆さんありがとう(報告要旨。文責編集部)。


在日米軍再編と04年版「防衛白書」
米軍の世界規模での再編成と連携し本格的侵略軍化する自衛隊


 七月十五、十六日の両日、ワシントンで、「在日米軍再編」をめぐる日米両政府の外交・防衛審議官級協議が開催された。この協議は、米政府が進めている米軍の世界規模での「変革・再編」(トランスフォーメーション)の一環である。同協議で、米政府が日本側に提示した計画案は、在日米軍をアジア・太平洋全域から中東までカバーする司令中枢として抜本的に再編・強化する内容となっている。
 米側の主要な提案は以下のようなものである。
 @米海軍厚木基地を米軍岩国基地に移設。
 Aグアムの第13空軍司令部を東京・横田基地の第5空軍司令部に統合。
 B米ワシントン州の陸軍第1軍団司令部を神奈川県のキャンプ座間に移転。在日米軍司令官を在日米空軍司令官から在日米陸軍司令官(第1軍団司令官)に変更し、司令部をキャンプ座間に置く。
 C在沖米海兵隊の一部を本土に分散的に移駐。
 米軍の世界的な「変革・再編」とは、ラムズフェルド国防長官が提唱し、「冷戦型」の戦力配置から、より機動的な「対テロ」即応の戦力配置に変更するためのものであり、この構想にもとづいてドイツを初めとした在欧米軍の削減、在韓米軍の一万二千人縮小などの方針が打ち出されている。
 今回の米政府の日本への提案は、横須賀基地の米第7艦隊司令部と合わせて、陸海空三軍の司令中枢を日本に集中し、グローバル戦争遂行のための一元的展開を図ろうとするものにほかならない。
 この計画は、すでに五月の段階で十数ページにわたる文書として提示されていた。しかしここには、米空母艦載機の夜間離発着訓練(NLP)の岩国移転などがふくまれるために、「地元の反発」を恐れた首相官邸が「参院選までは手をつけるな」と外務省と防衛庁に指示していたものである。
 七月十五、十六両日にわたった日米協議は「継続」となった、と報じられている。しかし米政府は、日本側に対して「今夏中の取りまとめ」に向けて協議を加速させるという強い圧力をかけており、あくまでアメリカの戦争戦略に追随する小泉政権は、この構想を追認する以外の選択を持ちえない。すでに政府は、航空自衛隊の航空総隊司令部(東京都府中市)を横田基地に移し、日米の統合運用に向けた連携を強化する方針を検討している。
 沖縄・宜野湾市の伊波洋一市長は、七月十一日に米軍普天間飛行場の二〇〇八年までの撤去を米政府・議会に直接要請するために訪米した。しかし、外務・防衛審議官の日米協議では「在沖米海兵隊の本土への一部分散」が提起されているにもかかわらず、普天間基地の返還問題については米側から具体的に提示されなかった。それは、ラムズフェルド自らが「世界で一番危険な基地」と見なしている普天間基地の返還を、名護市辺野古への新基地建設へのバーターとして行うことに、日本政府の側が固執していることと関連しているものと思われる。
 米軍のグローバルな戦争戦略の統合的な推進の実態は、六月下旬から八月までの予定で七つの米空母攻撃群を太平洋、大西洋、ペルシャ湾、地中海、南太平洋の五地域で同時に展開する世界初の同時軍事演習である「サマーパルス04」で示されている。海上自衛隊の護衛艦4隻や潜水艦1隻、P3C哨戒機8機が参加してハワイ沖で行われている環太平洋合同演習「リムパック04」もその一環であり、米軍横須賀基地はこの地球規模の同時演習の中で重要な出撃基地の役割を担っているのだ(「しんぶん赤旗」7月13日)。
 そして在日米軍基地のグローバル戦争の司令中枢としての再編・強化が、アメリカと連動した自衛隊の本格的な「侵略・遠征軍」としての強化と関連していることは言うまでもない。七月六日の閣議で了承された04年版「防衛白書」は、それを鮮明に打ち出している。
 「防衛庁・自衛隊発足五〇年を迎えて」との副題がついた04年版「防衛白書」は、ブッシュドクトリンに示される「対テロ」を口実にしたアメリカ帝国主義の世界的な先制攻撃戦略を前提に、イラク侵略戦争を肯定的に評価した上で、「第6章 今後の防衛庁・自衛隊のあり方」で次のように述べている。
 「今後の防衛力については……存在することによって脅威に対する抑止効果を果たすことを中心とするだけでなく、事態などの性質に応じて、多様な段階・局面において適切に役割を果たし、機能することが求められている。すなわち、わが国の平和と安全の確保に万全を期すとともに、その前提となる国際社会の平和と安定のため、国内外の安全保障環境に対して実効的に対応し得る能力を保持し、能動的に働きかけることが重要であり、『より機能する自衛隊』への転換が求められている」。
 「わが国を含む国際社会の平和と安定のための活動への主体的・積極的な取組として……必要とされる地域に部隊などを迅速に派遣し、継続的に活動を行い得るよう、即応性、機動性、柔軟性などを確保する」。
 さらに「自衛隊による国際社会の平和と安定のための活動」を「付随的任務」という位置づけから「本来の任務の一つと位置づける」ことを本格的に検討するよう示唆している。
 きわめて明白である。アメリカの「対テロ戦争」の中で、自衛隊を「能動的に働きかけ」「機能する」存在へと強化し、海外派兵のための「即応性、機動性、柔軟性」を持った戦力を整備し、海外派兵を「本来の任務」とすることが強調されているのだ。それは「恒常的派兵法」の制定を射程に入れたものである。
 また、MD(ミサイル防衛)システムの導入が「わが国より米国に武器を輸出する必要性」を生じさせることを明記し、「武器輸出三原則」については「各般の観点から検討する」ことも打ち出している。さらに本文とは区別された「コラム」欄で、「集団的自衛権をめぐる憲法調査会の議論」を取り上げ、「集団的自衛権の行使を認めることに肯定的な発言」が出されていることをわざわざ紹介している。
 イラク派兵と「多国籍軍」=占領軍への参加で、自衛隊は明らかに「ルビコン川」を渡った。04年版「防衛白書」は、こうした米軍の新しい世界戦略に対応した海外派兵を「主任務の一つ」とする自衛隊の「侵略軍」化を、追認的に打ち出したのである。
 米軍の世界的な「変革・再編」(トランスフォーメーション)を通じた、在日米軍のグローバル戦争司令中枢としての強化は、海外派兵を恒常的主任務とした自衛隊の再編と一体のものである。一九九六年の「日米安保共同宣言」、一九九七年の日米新ガイドライン、そして周辺事態法と有事法制、アフガン・イラク特措法は、グローバルな帝国主義軍事同盟の「能動的」「機能的」実体を構成する海外侵略軍=自衛隊を本格的に登場させつつある。
 沖縄の反米軍基地闘争、韓国・フィリピンなどの反米軍闘争と連帯し、米軍の「変革・再編」に伴う新たな反基地闘争のネットワークの形成に全力を上げるとともに、自衛隊の侵略軍化に反対する運動をアジア・中東の民衆運動とともに作りだしていくことが、ますます重要になっている。
  (7月17日 平井純一)                  
追記:七月二十九日の東京新聞、読売新聞などでの報道では、当初報道されたグアムの米空軍司令機能の横田基地への統合ではなく、米空軍横田基地の部隊を司令機能を残してグアムに移転・統合するという方針が打ち出されている。米軍基地のグローバルな再配置の構想については、アメリカ(政府、軍)と日本政府の相互の思惑もふくめて、まだ最終的に確定していない部分もあり、それが報道にも反映されている。八月の日米間の再協議で詰められるとされている在日米軍基地の再編計画の具体的内容について注視が必要である。    (7月31日)                               


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