八月十六日、辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会は、東京の防衛庁・防衛施設庁に対して、十三日に米軍普天間基地から飛び立った米海兵隊のヘリコプターが沖縄国際大学構内に墜落した事故への抗議、および米軍普天間基地の無条件返還と辺野古新基地建設計画撤回を求める申し入れ行動を行った。
実行委の申し入れ行動は、那覇防衛施設局による沖縄県名護市辺野古の海上に米軍の新基地を建設するためのボーリング調査の工事着工を阻止するために辺野古住民、「命を守る会」、「ヘリ基地反対協」などの団体が四月十九日から連日辺野古漁港前で座り込みを続けていることに連帯して、六月十四日の第一回申し入れ行動を行って以降、毎週月曜日、午後六時半に行い続けてきた。この日の行動は、十三日の米海兵隊ヘリ墜落事故の発生もあって、首都圏各地から六十人の仲間たちが駆けつけた。
実行委の仲間は、「十三日の米ヘリの沖縄国際大学墜落事故を糾弾する。普天間基地を即時閉鎖・撤去すべきだ。これまでにも上回る怒りを持ちながら本日の闘いを貫徹していこう」と訴えた。
次に、この日、米大使館に対してヘリ墜落事故に対する抗議申し入れ行動を行った上原成信さん(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)は、「一九九五年の沖縄・米兵の少女レイプ事件の時、米大使館前で徹夜で座り込みを行い、芝生の出入りが自由だった。だが、今では警官が規制し、近づけさせようとしない。申し入れに対しても不誠実な対応だった。みんなで力を合わせ、普天間基地を取り返すまで頑張っていこう」とアピールした。
NCC平和・核問題委員会の小笠原公子さんは、「今回の事故では、学生や周辺住民、警察も閉め出して米兵が証拠物件を持っていってしまった。これは一体どこの国の話なのだ。沖縄は誰のものなんだ。防衛庁の人たちは、誰を守ろうとしているのか。普天間基地を取り戻し、辺野古の海上基地建設をやめさせなければならない。米軍基地はいらない」と厳しく批判した。
ウチナンチューの怒りとともに三多摩市民の会の古荘斗糸子さんは、「一九九五年の沖縄少女レイプ事件を契機に運動を取り組んできた。事件、事故が起きるたびに日本政府・防衛庁に怒りをぶつけてきました。私たちは、本当にやめさせたいという思いで来ているんです。会に寄せられて声だけででも、多くの人たちが怒っています」と発言した。
辺野古の座り込みに参加し、駆けつけた仲間は、「今日で座り込みは、百二十日になります。実際には、八年前の辺野古の移転が決まった時からおじい、おばあたちは座り込んでいますから、八年とプラス百二十日になります。沖縄の人たちは怒っています。ヘリは、墜落しながら部品を周辺住宅にまき散らしながら沖国大にぶつかり三度爆発し、破片を飛び散らし炎上したのです。破片によって民家のガラスなどが破壊されているのです。その後、周辺は閉鎖されていた。危険な状態が続いているにもかかわらず、普天間からの飛行再開を強行しています。沖縄の人たちは、怒っています」と訴えた。
中野共同行動、ヨッシーとジュゴンの家からのアピール後、芹澤礼子さん(基地はいらない!女たちの全国ネット)は、参加者を代表して申入書を読み上げた。最後に参加者全体で、「辺野古への海上基地建設を阻止するぞ」「防衛庁は白紙撤回しろ」「ボーリング調査をただちに中止しろ」とシュプレヒコールを繰り返し、防衛庁・防衛施設庁付近一帯に響きわたった。 (Y)
米軍ヘリ墜落事故に抗議
沖縄・普天間基地の全面返還を米大使館に申し入れ
八月二十日、「辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会」は、正午から米大使館前で、米軍ヘリの墜落事故を糾弾し、沖縄・普天間基地の全面返還をめざす申し入れ行動を行った。
この間、警視庁・赤坂警察署は、米大使館前での抗議・申し入れ行動を厳しく制限し、米大使館に申し入れ書提出のアポイントメントを取っている場合でも、「一団体につき三人に限る」などの難癖をつけ、米大使館前に人が集まること自体を認めず、米大使館からは遠く離れた溜池のJTビル前で阻止線を張ってきた。
しかしこの日は、約四十人の仲間が三々五々米大使館前に集まり、二時間近くにわたって抗議・申し入れ行動を行った。赤坂署の警備係は、市民の集まりをやめさせようとしたが、市民たちは最後まで意思を貫いて猛暑の中でアメリカ大使館前にとどまった。
抗議・申し入れ文提出は、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、ウチナンチューの怒りとともに・三多摩市民の会、基地はいらない!女たちの全国ネット、ふぇみん婦人民主クラブ、東京教組など十数団体に及んだ。
最後に「ヘリ墜落事故糾弾、普天間基地即時全面返還、辺野古新基地建設阻止、イラク戦争反対、占領軍の即時撤退」などを訴えるシュプレヒコールを声の限りに米大使館に届けた。(K)
東京都は排除ではなく仕事と住宅を保障せよ
にぎやかに山谷夏祭り開催
【東京北部】八月七日、玉姫公園で、山谷夏祭りが行われた。
昼過ぎよりスタッフが集まり公園に資材が運び込まれる。トラックの荷台を利用してステージを作り、クーリングタワー(建築現場で使う足場)でやぐらを組む。
焼きそばや焼きトン、フランクフルトなどの屋台の準備も平行して進められる。
午後五時に開会、入り口でくじ引きと、タオルが配られ、まず炊き出しのカレーライスで腹ごしらえ。
実行委員会の仲間の開会あいさつの後はくじ引きの抽選が行われる。景品は電気カミソリやカセットコンロ、キャンプ用テントなど。続いてゲームが行われる予定だったが、突然の雨で一時中断を余儀なくされてしまう。
再開後は「Dr.すし」というラップと「しずバンド」という沖縄民謡の演奏が行われ、再び公園内に活気が戻ってくる。そして、仲間たちのカラオケで盛り上がり、最後は盆踊り大会を楽しんだ。
今年二月に発表された、東京都の「ホームレス地域生活移行支援事業」は二年間で二千室のアパートや都営住宅を借り上げ、月額三千円ほどの低家賃で貸し付け、月約四万円程度の仕事を紹介する、とされていた。これには多くの当事者団体や支援団体が、二年後にはどうなるのか?、約八万円の生活保護の水準から見てもあまりに低すぎる、アパートに移ればよいという問題ではない、公園で野宿出来ないようになったら、新たな野宿者は行き場がない、と、反対や懸念が、表明されてきた。
しかし、そのアパートや都営住宅もまだほとんど確保出来ていないことや、仕事の紹介も最初の半年だけだということがわかってきた。
これでは多くの人々がまた路上へと戻って来ざるをえないだろう、そして戻ってきても公園にテントすら作ることが出来なければ、どうすればよいのか。
ホームレス「支援」の事業としてはほぼ破産が目に見えているこの事業だが、東京都はあくまで推進する姿勢であり、それはやはりこの事業の目的が「公園のテントを目に見えて減らす」ことにあることを示している。
また、九月一日に行われる防災訓練では隅田川の野宿者のテントが訓練のじゃまになるとして撤去の対象にされていることも含めて、石原都政による自衛隊参加の防災訓練に反対する行動が準備されている。
山谷、野宿の仲間の闘いに注目と支援を。 (板)
|