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読書案内 『石井武の生涯』「石井武の生涯」を刊行する会 七つ森書館 2000円+税                     かけはし2004.08.30号

地に生きる生活者、「誇り高き国策への抵抗者」

10年戦争のつもりが40年戦争に最後まで三里塚農民の心を貫く


世直しの「たすき渡し」に!

 三里塚芝山連合空港反対同盟世話人の石井武さんと共に闘ってきた仲間たちは、昨年十月に相談会を開き、石井さんの一周忌(この七月八日)に向けて「武さんのたたかいの生涯を刻む本」を出そうということになった。
 参加者たちは、「いま生きている私たちだけではなく、これからの世を生きる人たちへの贈り物にしよう」、「世直しの志の`たすき渡しaをしていく本にしよう」「三里塚の百姓として権力と対峙し、凛として生き抜いてきた人間石井武を丸ごと民衆のたたかいの歴史の中にしっかりと刻みつけたい」などと語り会ったという。そして、本年一月、発起人による呼びかけアピールと編集作業グループを組織し、「石井武の生涯」を刊行する会を立ち上げ、様々な葛藤と苦闘の蓄積のうえでゴールにたどり着いた。
 本書は、故石井さんとともに新たな闘いの出発を確認するために発刊されたと言える。怒涛のごとく迫り続けてきた国家権力の暴力に抗して鋭角的なベクトルで突破せんと、走り続けてきた石井武さんの歩みをまとめたものである。刊行する会の掲げた「石井武さんという一個の人間を通して、三里塚の農民のたたかいと、その意味を重層的に描きたい」というテーマは、読者に十分に迫力ある形で届くはずだ。
 さらに、石井アピールは、現在の三里塚における闘いの指針を提示している。二〇〇二年四月、政府・空港公団は、暫定滑走路供用を強行して以降、毎日、東峰と横堀地区住民の頭上をジェット機が飛び、騒音や排気ガスをまき散らし、生活・環境破壊を繰り返しつづけている。成田国際空港会社となってからも、国際空港競争からの遅れを取り戻そうと必死になってBC滑走路の完成を狙い、暫定滑走路北側延長キャンペーンと東峰、横堀部落に対する追い出し攻撃を強めている。
 しかし、このような国家権力の全体重をかけた攻撃と対峙し、たくましく生き続ける三里塚農民たちという闘争構造は全く変わっていない。成田空港からの自衛隊のイラク出兵強行という事態において明らかなように、戦時下における三里塚闘争という姿が、ますます鮮明になってきている。本書を通して石井さんが胸の奥底から主張し続けた反政府・反戦・国際主義、そして生活権と人権の確立は、闘いによってしか実現できないことが確認できるだろう。

苦労の中で培われた反骨心

 いきなり表紙の写真から石井さんのアジテーションが飛び込んでくる。これは三里塚現地集会で石井さんが発言している写真で、空港公団の二期工事着工策動が強まっているなか、阻止闘争に向けて全国陣形構築に集中せよと訴えている姿だ。
 石井さんは、常に敵の攻撃の性格を冷静に分析しつつ、全国的な反撃をいかに創り出していくのかというところにポイントを置いて主張していた。このような石井さんの姿勢は、本書のあちこちの行間から次々と突きつけられる。噴出し続ける石井武節は、叱咤激励、間断なき指導としてあり、同時に反転攻勢の回路をたぐり寄せようとする目的意識が存在していたことを実感させられる。
 加瀬勉さんは、このような石井さんを苦労人だと規定したうえで、「生活の中で白刃を何度も潜り抜けてきた。その都度腹を決め、腹をくくり試練を乗り越えて生きてきた。小さい決心決意を積み重ねてきたことによって自然に試され訓練され大きい問題に直面しても動じない自分になっていた」(「石井武さんを偲ぶ」)とスケッチし、石井武その人という実存を浮き彫りにしている。刊行する会は、それこそが「状況認識における徹底したくそリアリズム」と結論づけた。

苦労の中で培われた反骨心

 さて本書は、以下のような構成になっている。「プロローグ 追悼」では、石井さんの同志であった小川ルミ子さん、鎌田慧さん、上坂喜美さん、加瀬勉さんたちが、それぞれのポジションから発言している。「第一章 闘病と最後の闘い」は、石井紀子さんと石井こうさんへのインタビューを行っている。
 石井紀子さんは、結語で「最後まで同志でいてくれたのが、お舅さんとの間にそういう関係を持てたっていうのが、すごく幸運だったと思います」と言い切った。そういえば同じような趣旨の発言を今年の三里塚反対同盟旗開きでも表明していた。参加者たちの間では、この発言の重さをしっかりと受け止めつつ、新たなスクラムの始まりなんだなと確認し合い、かつ深く感動したことを思い出した。
 「第二章 いま、若者に語る三里塚」は、聞き手が相川陽一さんで石井武さんが開拓時期や闘争の歴史、政府・空港公団・警察に対する批判など大いに語っている。陽一さんは、かつて青年行動隊として闘い、後に空港推進派へと転向してしまった現在の相川勝重芝山町長の息子だ。
 インタビューの中で石井さんは、第一次代執行阻止闘争の思い出などを語るところで、家族ぐるみ、部落ぐるみの闘いだったと強調し、勝重とも一緒に穴に入って闘ったことを語っている。石井武さんは、「おめえの親父が〈芝山〉町長になったーなんだって変なふうに言われっかもしんねえけどね、その当時は、やらざるを得なくやってたんだよ」と述べ、さらに「始まった頃から主だったことは知ってるわけだから、俺も。ほだからおめえの親父も知ってべえけども、知ってたって、親父から聞くわけにはいけねえもんなぁ〈笑〉」と突っ込むのだ。陽一さんは、「気が引けますね〈笑〉」と対応するしかない様子だ。
 石井さんの高笑いと陽一さんの苦笑がクロスするシーンがなんとも言えない面白さとなっている。だが、このクロスこそが次の世代への「かけはし」を構築しつつあることを感じさせるシーンでもあるのだ。
 「第三章 三里塚農民の心」では、「インタビュー 闘病・戦争体験・獄中闘争〈聞き手・渡邊充春〉、石井恒司が語る「幻のシルクコンビナート構想」、大野和興「三里塚農民、ラルザックを行く」、大原隆「石井さんとラルザック」が収録されている。いずれも貴重なメッセージだ。

病気を押してまで闘い続けた

 最後に石井武さんは、政府・空港公団・警察権力に対して厳しく糾弾し続けたが、さらにマスコミに対しても常に怒っていた。例えば、東峰神社の立木伐採事件について、「まさか政府がこんなことはやらないだろうということ、法治国家なんだから〈やらないだろうと〉思ったやつ、それをけろっとやられちゃうということだよなあ。それが一番悔しいよなあ。それに対して、報道の自由だから仕方がないけれども、政府側の悪いことをしたことは、新聞なんかにほとんど載せねえだろ。神社の木切ったなんかしたって、切った後の写真を載せで、大した混乱もなく木を切りましたとって〈報道するだけで〉、違法な形で、警察に守られながら、強盗でやったなんていう記事なんか、どこ見たってひとっつもありゃしないよ。そういうのがね、一番辛いというか、悔しいというかな、やっぱ俺たちはどこまでも売んないという、決心をさらに固めさせるという結果になってきてるよな」と発言している。二〇〇二年四月十八日の暫定滑走路供用反対集会の時も、きつい身体状況だったが、満身の力をこめて無批判的に報道している各社を糾弾していた。石井さんが報道に対して、繰り返し批判していたことの意味をあらためて認識した。
 空港公団による東峰神社立木伐採事件は、東峰部落の所有権をめぐる裁判闘争を始め、昨年十二月に東峰部落の総有を認める勝利的和解をかちとった。裁判勝利後、東峰部落は、神社に新たに植木を行ったり、鳥居から社殿への道をコンクリート舗装するなどの整備を続けてきた。さらにこの八月二十日には、神社の屋根を銅板にする補修作業にも着手した。石井武さんの遺志を受け継ぎ、東峰部落に連帯を! (遠山裕樹)



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「生きていたんだ!4トロ」

                   北川良介

 拝啓 残暑お見舞い申し上げます。
 吃驚(びっくり)しました。昨日、いたずらで「日本革命的共産主義者同盟」をインターネットで検索してみました。トップでヒットしました。生きていたんだ!
 「かけはし」という週刊紙まで発行しているなんて! ほんとに吃驚しました。
 恥多い青春の時代に、「4トロ」は私の人生の希望でした。大田龍、酒井、木原、織田、懐かしい名前が走馬灯のように駆け巡り、想起されました。
 トロツキスト同志会以降の闘争史の総括も、仕事を放り投げて、読みました。客観的で、冷静に論述されていました。感動しました。周辺徘徊シンパでしかなかった、私には知りえなかった分派闘争の内実も「そうだったのか!」と四十年かかって得心しました。
 現在の私には、「社会主義」は二十世紀の壮大な夢……。青春の記念碑となっています。「過渡的綱領・物価スライド制賃金・加入戦術……反帝国主義・労働者国家擁護・スターリニスト官僚打倒・植民地民族解放闘争支援……」これ等のスローガンと、その思想の内実は、なんだったのか?齢、幻冬に至っても、なお燻ぶっています。いや、むしろ、墓場への時間が計測できる今こそ、「第4インターナショナルとは?」でなく「社会主義とは?」なんだったのかと思います。
 ソ連邦の崩壊以降の世界史の大転換によって生み出された「社会主義の理想」「社会主義の史的唯物論的必然性」が根本的に問われなければならないと考えます。多分、その鍵は、中国を筆頭とする「社会主義市場経済」或いは「ドイモイ」「刷新」の解析ではないかと思います。スターリン主義の経済構造を根拠づけた「新経済政策」とも、重ね合わせて研究する必要があると思います。過渡期世界とはいえ、市場原理、競争原理無しにはプロレタリア国家が建設されないとすれば、アプリオリに「反資本主義」を措定しても、前提の根拠自身が疑わしく思われます。
 確かに、私自身も、多くの私の周辺の友人・知人達も「グローバリゼーション競争原理」に苦吟しています。年功序列の美風的労働規範は既に完全に過去の遺物となっております。優勝劣敗の競争原理によって、ささやかな「労働者家庭」も崩壊の危機に晒されています。にも拘らず、反文明主義でない限り、レーニンが「ソ連邦全国の電化!」を呼びかけたことを正しいとする限り、経済建設、国家の下部構造の進化の法則を解明し、「社会主義の理想」の原理再構築が必要です。
 既に六〇年代にして、雑多の小ブル急進主義者、新左翼に比して、「4トロ」は「大人」でした。大人であればこそ、「内部ゲバルト主義反対!武装中立」も実践できたし、今日も組織活動を持続できているのでしょう。どうか、「オルナティブ」な理論活動が活性することを期待いたします。ほんとに「社会主義は人類の理想」なのですか?
 最後に、私の趣味で、同封のような歌曲を作りました。「眠れロシア」……社会主義鎮魂の歌です。些か、非生産的な歌ですから、貴紙面での、お取り扱いはご自由になさって下さい。
 諸氏の益々のご活躍を祈念いたします。   敬具
     (04年8月18日)
(楽譜は紙面の都合で割愛しました。編集部)


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