「植物による再吸収」とは
温室効果が強まったことに関する被告第一号は、二酸化炭素である。二酸化炭素は炭素循環において主要な役割を演じている。図式的に言えば、炭素循環のサイクルは次のようになる。
1 二酸化炭素は植物に吸収され、葉緑素と太陽光によってセルロースに変わる。
2 この変換は、光合成と呼ばれている。
3 このサイクルは、呼吸と死んだ有機体の分解によって終わる。これによって有機物に含まれている炭素は解放される(二酸化炭素またはメタンの形で)。
しかし、二酸化炭素ガスは残る。暖房用の石油や石炭や天然ガスの燃焼は、このサイクルの中に新たな量の炭素をもたらし、植物(および土壌および海洋)はこれを完全には吸収できず、炭素の一部は大気中に(主として二酸化炭素の形で)蓄積され、温室効果を高める(17)。
気候変化に対する闘いの観点からは、二つの非常に異なる過程を区別することが決定的に重要である。一方では、石油燃料の使用に由来する排出源の削減、他方では、植物による吸収による大気中の二酸化炭素濃度の低減である(この場合をわれわれは、炭素を「吸収」させ「とらえる」と言っている)。最初の側面が戦略的に決定的に重要である。IPCCは、二十一世紀中は、大気中の二酸化炭素濃度の変化にとって、化石燃料の燃焼による二酸化炭素の排出が決定的要因であり続けることが事実上確実であると述べている(18)。炭素再吸収は、気候変化を減衰させることしかできない(19)。
しかし、この「決定的要因」と「減衰要因」の階層が、京都議定書では抜け落ちている。反対に、議定書は排出量の削減と吸収の増加をいっしょにし、二つの過程の収支計算を招いている(20)。言い換えると、樹木を十分植えれば、あるいは作物なしの耕作をすれば、石油を燃やし続けることができることになる。
これは短絡した論理であり、逆効果は明らかである。問題は将来の世代に押しつけられ、事態は悪化し続けることになる。また、論理の方向も誤っている。なぜなら、生態系が吸収する純二酸化炭素量を正確に測定することは困難であり、地球温暖化と二酸化炭素濃度の上昇との関係でこの吸収量の変化を予測することも困難である(21)。
排出量削減を回避する手法
京都議定書には、三つの異なるメカニズムが定められている。すなわち、「共同実施」、「クリーン開発」、「排出量取り引き」である。これら三つはすべて、京都で行われた約束の経済的コストを軽減することを目的としている。
「共同実施」は、議定書に署名した先進国が共同投資によって排出量削減の目的を達成することを可能にするものである。たとえばヨーロッパにおいて、西の企業がエネルギー効率を高めるための投資を東側に行うと、自国の排出レベルに相応の貢献をすることができる。彼らにとっては、投資が行われなければ排出がもっと大きくなっていたことを「証明」するだけでよい。この点では、発電用燃料を石炭から天然ガスに置き換えることにより、外国企業および外国政府にとって大きな可能性が開かれる。
これらの可能性を識別することを専門的に行う調査コンサルタント会社が活躍している。このようにして、ノルウェー企業のポイントカーボン社はルーマニアを同社のお得意様にしている。共同実施プロジェクトをこれほど歓迎する国はほかにないと高笑いしている(22)。この逆効果は、次のようなことである。東への投資(これは西側資本が「新しいヨーロッパ」を買い占める文脈の中で、いずれは行われることである)によって、西の巨大工業グループは、温室効果に対する闘いに不可欠な複雑で費用のかかる設備や技術的適合に向かって足を引きずっていくことができる。
「クリーン開発メカニズム」は、先進国が南の国に投資して排出を削減し(または吸収を拡大し)、それに応じて自国の排出レベルを適合させるものである。この枠組みの中で、EUは南の諸国へのクリーン・テクノロジーの売り込み努力を倍加し、一部の汚染企業は第三世界に土地を買って成長が速い樹木を植え、北で石油燃料を燃やしてできる二酸化炭素に対応するカーボン・クレジットを取得している。
EU内部では、オランダが新植民地主義的実践のチャンピオンであり、フィンランド、オーストリア、スウェーデンがこれに続いている(23)。しかし、米国の大企業はそれほど立ち遅れておらず、京都議定書があろうとなかろうと、企業は気候変化への対策が不可避であることを自覚している。彼らは将来の気候交渉で位置を占め、市場シェアを獲得し、消費者の間でのブランド・イメージを改善したいと考えている。
この点では、第三世界の植林プロジェクトに参加すること以上に良いことがあるだろうか。それは否定的効果を隠すのに十分である。否定的効果は多々ある。これらの「樹木の産業的プランテーション」(それは森林ではない!)は農民の離村を加速し、食糧生産耕作を低下させ、輸出依存と再植民地化を深刻化し、生態系と生物多様性を破壊する(ブラジルのプランター・プロジェクトはその好例である)。また、「クリーン開発メカニズム」が北の汚染を削減するわけではないことも忘れてはならない。反対に、北の汚染とそれにともなう健康および環境への影響が続くことを可能にしているのである。
「空気の私有化」が始まる
取り引き可能な排出量は、「柔軟メカニズム」の礎石である。各加盟国には排出割当量が与えられる。先進国は、これらの割当量を領土上に設立されている企業に分配する。排出量が目標を下回った者は、「汚染する権利」を他に売ることができる。京都議定書を批准しても、しなくても、すべての大汚染会社はこの取り引きに関与する。米国では、クレジットはシカゴ気候取引所で売り買いされている(24)。
一部のエコノミストによれば、炭素換算トン当たり十四ドルの価格では、京都議定書の枠組の中で作り出される「排出権」は二兆三千四百五十億ドルの抽象的創出に相当し、歴史上国際条約を通じて創出される最大金額の資本となる(25)。取り引き制度はすでにEU内でも設立されており、そこでは二〇〇五年以降「クリーン」な企業が自分の汚染クレジットを「ダーティ」な企業に売ることができる(すでに五千の大企業が最初の段階から関与している)。
ここでもまた、「共同実施」の場合と同じように、東が炭素の本当の容器を構成する。ベルリンの壁の崩壊以前の巨大エネルギー消費者であった旧「ソビエト・ブロック」の経済はその後、崩壊した。京都議定書の枠組における目標の基準のおかげで、これらの諸国は「カーボン・クレジット」を処分し、他の加盟国が取得することができ、したがって自国の排出の削減を回避することができる。
市場経済の観点からは、温室効果ガスの産出の削減をこのような仕方で管理することはおろかしいことではない。排出権の制度は米国においては機能し、空気中の二酸化硫黄濃度を減らし、酸性雨を減らしている。制度のエコロジー的効率は政治的意志にかかっており、それは割当量の設定と割当量低減のリズムに表れる。
しかし、この種のメカニズムに頼るには、社会の中での広範な議論が必要である。なぜなら、排出権の商品化は、人類を、一見して想像を超えた結論に、すなわち空気の私有化に導くからである。「風を売る」ことは不可能であり、将来も不可能であり続けると主張するものもいる。しかし、「汚染する権利」を買わないことは、汚染されたものの所有権を肯定することにならないのか。
二酸化炭素の場合を正確に見れば、いったん大気中に排出された二酸化炭素は、空気の他の成分である窒素、酸素などと分離することはできない(26)。数百万トンの「二酸化炭素廃ガス」の所有者になることは、大量の汚染された空気の所有者になることと確かに同じである。
確かに、空気を物理的に囲い込むことはできない。しかし、空気を法的に囲い込むことは完全に可能である。排出割り当てを受ける北の国と企業は、それを半永久的な所有権と考えるようになるだろう。これらの権利を分配することは、二百年にわたる帝国主義的開発の結果を、種々の国や国のグループに帰属する空気の「当然の」分け前と考えるようになることである。
先進国では、空気の「サービス」の対価あるいは少なくとも汚染除去のコストを市民に支払わせるための法的処置を迅速に課すことができるだろう。これらのサービスの維持は民間部門に依託されるだろう。そして、環境の大義名分のもとに、真のコストは消費者に課され(水の場合と同じように)、企業は競争力ある価格から利益を得るだろう。
南の諸国について言えば、南の諸国は一種の「気候新植民地主義」の犠牲者となるだろう。彼らが排出権の割り当てを増やすことを望めば、彼らは無責任と非難され、北の企業からのクリーン・テクノロジーの購入を強制されるだろう。それだけでなく、「クリーン開発メカニズム」のおかげで、これらの企業は自らの排出を補償する「炭素再吸収」やその他のコスト効率的な手段をさっさと手に入れることになるだろう(27)。
ビジネスの論理が招く破局
京都議定書をめぐる交渉が苦労の多いものであったとすれば、その理由は気候変化が、非常に大きな適応を必要とするような現実であることをだれもが知っていたためである。そのような対策は米国・欧州・日本の力関係に干渉し、気候変化は大きな戦略地政学的問題になっている。
「柔軟メカニズム」や「炭素再吸収」をめぐる新自由主義的攻勢は、この文脈の中で起こっている。その機能は、もちろん、温室効果ガスの排出源の絶対に必要な緊急の削減を弱め、実際には向きを変えさせることであり、その目的は大企業の利潤率を守ることである。しかし、この攻勢は同時に、もっと広範に、気候変化に対する闘いを、もうかるビジネスにし、南の支配の道具にし、天然資源の資本主義的横領のフロンティアにすることも追求しているのである。
この攻勢は前進を続けており、国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP)での「柔軟メカニズム」に関する議論で、化石燃料の使用による排出の削減よりもますます優先されるようになっていることを指摘しておく必要がある。
二〇〇三年十二月にミラノで行われたCOP―9では、ノルウェーが提出した、モノカルチャ(単作農業)と遺伝子組み換え作物(GMO)の禁止を追求する修正案は拒否された。一方、気候変化はますますだれにも明らかに、差し迫ってきており、資本主義的蓄積の論理は人類を一大破局にむかってますます引きずり込もうとしている。
原注
(17)化石燃料の他に、永久凍土領域は炭素の巨大な容器であり、これは現在は循環サイクルから除かれている。永久凍土領域が融けるとこの炭素が解放される可能性がある。これは気候システムの中で起こる可能性のある一種の「復古効果」の例である。
(18)第三回評価報告書、作業グループ一の報告書、技術的要約、六〇〜六二ページ
(19)第三回評価報告書、作業グループ三の報告書、技術的要約、四〇ページ。二世紀の間に破壊された森林面積のすべてが二一〇〇年までに植林されることによってのみ、この比率は達成されるが、これは極めてあり得ないことである。
(20)京都議定書第三条第三項。
(21)一部の研究は、「シンク」が「ソース」に変わる可能性があることを示している。たとえば、熱帯の森林では、二酸化炭素の比率が上昇することは虫の繁殖に好都合になり、弱くなった生態系は二酸化炭素を捕捉するのでなく二酸化炭素を排出するようになる。
(22)「フィナンシャルタイムズ」二〇〇三年六月二十五日
(23)「欧州における温室効果ガス排出の傾向と予想」二〇〇三年、EEA「環境問題レポート三六」
(24)「VOAニュース」二〇〇三年十月二十二日
(25)デビッド・ビクター著「京都議定書の挫折と地球温暖化緩和の闘い」プリンストン・ユニバーシティ・プレス、二〇〇一年
(26)一部のテクノクラートたちは、二酸化炭素の排出を減らすのではなく、地中深くに埋め込む完全システムを試みている。「炭素を元の場所に戻す」、「ビジネス・ウィーク」二〇〇三年十月二十九日
(27)南の諸国の開発の可能性に対するクリーン開発メカニズムのこの逆効果は、「ローハンギング・フルーツ効果」と呼ばれている。
(「インターナショナルビューポイント」04年4月号)
|