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メキシコからの便り                  かけはし2004.08.23号

中間層の二極分化=貧困層の増大

2 「私は中流の上」

 「昨日はいいニュースと悪いニュースが一つづつあった」。
 どこかで爆弾事件があったのかという私の問いかけに対して、一人の教師がコメントする(実は私は今、クエルナバカの語学学校でスペイン語を習っている)。
 「いいニュース」とは、グアダラハラ(メキシコ第二の都市)であったEU諸国とラテナメリカ諸国との首脳会談のことである。この会談にはAPEC(アジア太平洋経済協力会議)とは違って、アメリカは参加することはできない。代わりにメキシコと国交を断絶したばかりのキューバのカストロ首相が参加した。もちろんベネズエラのチャベス大統領も参加している。
 アメリカを参加させずにキューバを参加させる、ここにはラテンアメリカとEU諸国のアメリカに対するささやかな反抗と矜持がある。しかし、この教師が「いいニュース」と言ったのは、もちろんそんなところに意味があるのではない。「中流の上」を自認するこの教師の、新自由主義経済への夢と希望が込められている。
 「悪いニュース」とは、もちろん同じ日にここモレーロス州であった銀行などへの爆弾事件である。幸い人のいない時間帯だったために死傷者はいなかった。しかし、世界中で爆弾テロ事件が頻発している時期だけに、メキシコ中に強い衝撃を与えたらしい。ニュース報道の極端に少ないメキシコのテレビ放送でも、この爆弾事件は首脳会談との関連で取り上げられ大きく報道されていた。
 「メキシコの景気はここ二年上昇し、せっかく社会も安定してきているのに、なんで一部の少数者がそれを壊そうとするのか」。
 教師は怒りを込めて解説する。二〇〇〇年の大統領選挙で七十年以上にわたってメキシコを支配していた、PRI(制度的革命党)が敗北し、代わってPAN(国民行動党)のフォックスが大統領に就任した。
 この教師によれば、そのことによってメキシコの不正と腐敗の政治は過去の物となり、メキシコには公正で民主的な時代が到来したのだと言う。もちろん大事なのは新自由主義経済による明るい未来である。二〇〇〇年の大統領選挙ではメキシコの民主化を願う中流インテリ層の票は左派PRD(民主革命党)を離れ、右派PANへと大きく流れた。
 PANはPRIよりも保守的ではあるが、北部工業資本家層に強い基盤を持っている。北部工業資本家は当然にもアメリカ資本との結びつきが強く、より明確に新自由主義経済を支持している。PANの勝利には民主化だけではなく、新自由主義経済へのメキシコの中流インテリ層の期待が込められている。
 長い景気の低迷と後退の後のたった二年の景気の回復。教師は黒板に富裕層、中流の上、中流の下、貧困層と書き、中流の上と中流の下の間にくっきりと線を引き、「私は中流の上です」とつけ加える。
 ラテンアメリカ社会の一つの特徴として、中間層が非常に薄いことがあげられる。その中間層の薄さはラテンアメリカ諸国の国内市場を狭隘なものにすると同時に、常にその社会を不安定なものにしてきた。新自由主義経済の好況がもてはやされていた頃、メキシコでは中間層の増大が伝えられ、社会の安定化への多大な期待が持たれてきた。しかし、その中間層が今、大きく二極分化し、片方は限りなく貧困層へと近づいている。この事実をこの教師も認めざるを得ないのだろう。
 他日、私は市場のマーケティングを専攻していたという大学を出たばかりの教師に、フォックス大統領をどう思うかと尋ねてみた。彼は「景気がいいですって」と笑って先の教師の意見を否定すると、富裕層、中流の上、中流の下、貧困層と書き、またもやきっぱりと中流の上と中流の下の間に線を引き、貧困の増大について説明をし出した。
      (尾形 淳)

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