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平 田 誠 剛(78年三里塚空港開港阻止・管制塔占拠闘争元被告) |
『もぐら道3000日』は、扉をめくると「誠剛君、出獄おめでとう!」という松下竜一さんの言葉で始まる。松下さんは、彼が発行する「草の根通信」に、私が獄中から毎月送っていた駄文をまとめて単行本にすることを許してくれただけでなく、過分の前書きまで付けて下さったのである。
その前書きに、松下さんや「草の根通信」との付き合いがどのようにして始まったか、簡潔に記されている。管制塔占拠闘争から三年たった八一年。かたや「草の根通信」の「ずいひつ」にセンセが書いた潮負け睾丸の悲哀、こなた手紙に書かれた当時の活動家の友インキンタムシの暴虐描写。松下センセは「コーガンを介して互いの〈感性〉の質を確認し」、私に連載を依頼したとある。
「君の野放図な楽天性と哄笑、不屈の意志力、そしてやや含羞を伴って垣間覗かせるナイーヴな詩心が、いかに多くの読者を惹きつけ、励まし続けたことか。然り、君は桎梏の身でありながら、自由の空の下に逼塞している者達を励ましてやまなかったのだ」。
松下さんはそう書いて下さった。本当にそうであったならうれしい。やはり、前書きを読み返せば、うれしくて、そして悔しくて、申し訳なくて、涙をこらえる思いになる。
実際は、松下センセに、獄中の私が支えられていた。原稿や手紙のやりとりと面会が、いいかげんな私をどれほどなぐさめ、まっとうにしてくれたことか。
八年近くの獄暮らしを終えて、まもなく松下さんを訪ねた。整えられた部屋には、もう一人、目の大きな銀髪の女性が端座していらした。単純で上品なうつくしさをもつ人だった。
「セイゴでしょう?」「ルイさんですね」
私がじかに知っている女性では、この世でいちばんカッコいいおばあちゃん、伊藤ルイさんだった。三人で飽きることなく話し込んだ。
松下さんは作家として「現場を離れない」と言った。高名な批評家の名をあげて、彼がおかしくなった(言動が民衆から離れたところにある)のも現場を離れたからだ、と。ルイさんは自らも軽々としていながら、「いつでも好きなように、(獄から)出たり入ったりしていたのでしょう」と笑った。確かに私の身体は心に乗って「出たり入ったり」していたが、それも松下さんやルイさんがいてくれたおかげだった。
『豆腐屋の四季』と言っても、この紙面の読者でもピンとくる人は多くないだろう。私はテレビドラマのタイトルとして、最初にそれを知った。松下さんの処女作のはずである。ドラマ主演の緒形拳さんの風貌は、どことなく松下さんに似ている。けれど新国劇の看板役者として、大刀を振り回してきた緒形さんの肉体とは、松下さんの身体ははるかに遠いものだった。
結核に痛めつけられた身体にむち打つようにして励んだ過酷な豆腐屋の仕事のなかで、彼は短歌と散文とが織りなす表現を紡ぎ出し、『豆腐屋の四季』として自費出版した。それが大手出版社に移ってベストセラーとなり、テレビドラマにもなったというわけである。
『豆腐屋の四季』は相聞の物語である。あまりに貧しいうえに家庭に問題を抱えている身体の弱い長男(つまりは「家長」)が、近所の美しい少女の成長を見守りつつ、愛情を育てていくことを唯一の希望にして、貧しく美しく生きる姿が刻み込まれている。奥様になられる洋子さんの役は、川口晶だったように記憶する。
テレビドラマで忘れられないシーンがある。林隆三扮する弟が「俺も佐世保に行って、暴れてこようかな」と、壁に凭れかかって捨て鉢に言う。緒形拳が「バカなことを言うんじゃない」と怒る。原子力空母エンタープライズ阻止闘争のことである。『豆腐屋の四季』の主人公は、そのような人物として描かれていた。
松下さんは、その後、その「法(のり)」を逸する道を選んだ。地元でも松下さんの評価が変わってきたのも当然だ。美談とあえかな感傷だけを受け入れる体制的な「世間」にとっては、もう都合のいい貧しい豆腐屋の青年ではなかった。
作家になっても変わらないのは極貧暮らしだった。けれど、それさえも笑いのネタにして松下センセは豊前火力発電所建設反対運動の顛末と、おろかしい我が身の暮らしぶりを書いた。その一方で、松下竜一が、権力にまつろわぬ人々の姿を次々と書き抜き、著作にしていったのである。
社会的問題に関わる第一作『風成の女たち』を書くときから、松下さんは、本格的に作家になる道を歩んだのだろうと思う。『風成の女たち』は、代々カジキマグロの突きん棒漁で生きてきた臼杵市の小さな漁村の人々が、セメント工場進出を阻んだ闘いの記録である。この闘いのイニシアチブを取り、献身的に働き続けた漁師の妻、「おなごし」たちを活写したものだった。
このおなごしたちとの出会いがなくて、松下さんははたして豊前火力発電所建設に反対する運動をはじめただろうか。また、その運動の機関誌として誕生した「草の根通信」のようなミニコミ誌が、松下さんの手で創出される機会があったのだろうか。つまり私たちとも、松下さんが出会う機会があったのだろうか、と思う。
さて、白状すれば、『豆腐屋の四季』の感性や価値観は、半ば身もだえしながら否定にかかる私の中にも、どうしようもなくありつづけてきた。きっと著者自身もそうであったろうと思う。しかし、同時に松下さんの中には、それらを突き抜けずにいられない、より根元的な存在の実感があったのに違いない。
九州の男が好きだ、という人と話をしたことがある。なぜ好き、どこが好き、と尋ねる私に、彼女は「暗い、そして熱い」と答えた。表面のちゃらちゃらの下には、なにか暗闇があって、そのもっと下には「熱いマグマのような、どろどろしたものが動いている」と。何人かの九州の男が思い当たった。そのうちの一人は、松下さんだったし、よく考えてみれば、私の九州時代の友人は、そんな奴らばかりだった気がする。
ときどきマグマは噴き上がる。豆腐屋時代に「泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん」という朝日歌壇入選作がある。松下さんの中に、始めからあった激しさがよく分かる短歌だ。松下さんは、いつも穏やかにして、私たちにはつぶやくようにしかものを言わず、しかも、けっして威張らない人だった。けれど、「志」といったものとは違う、何か震えるような、マグマがどろどろと動いているような、ラジカルさが松下さんには確かにあった。それは、気質としての血と、知性と、庶民性が分かちがたく結びついたものだった。松下さんの著作は、そこから生まれてきていた。
松下さんと私とは、互いにそんなことを語りはしなかったが、「コーガンを介した感性の一致」といった表層のオッチョコチョイぶりだけでなく、不遜な言い方を許してもらえれば、その下層にある暗い底の岩漿を感じ取りながらの付き合いだった気がするのである。
笑う力と暗い下層を凝視する目。静かにしていても、底深くあった熱い岩漿のようなもの。反体制運動に関わる者にきちんと知っておいて欲しい。孤絶しても意志を捨てずに生き抜くには、おバカで軽薄に見える単純な正義感と、根深い存在の実感の両方が必要だ。
松下さんとは、ルイさんが亡くなったあとの「お別れの会」で挨拶されるお顔を、遠くから拝見したのが最後になった。これほどまでしてもらったのに、私は、松下さんやルイさんたちの信頼、期待を裏切った。なのに相対して詫びることもせずに、二度と会えない別れにしてしまった。左翼としての活動からも離れ、身を削って書く作業も放擲したままである。
「書くか?」
ただ一言だけ発して目を覗き込み、有無を言わせなかった松下さんの思いに、私はついに応えていない。
それでも「どれほど不肖でも私はあなたの弟子でした。松下竜一という名前、生き方、その仕事を、私は忘れません」と、宛主のいない中津の家へ、私は、鉄面皮であっても書き送らずにはいられなかった。
一三歳になる娘の机の上に『風成の女たち』が置いてある。母親が「お父さんが世話になった人の名作だよ」とだけ言って渡した文庫本である。説明するのに辛い関係でも、いつか松下さんの作品を読み込んで欲しい、と私は願う。
ゴホゴホと苦しい咳をしながら、持ち場を離れず闘い続けた松下さんの一連の著作を、一人でも多くの人に読んで欲しい、と願う。
入江曜子著――岩波新書
『教科書が危ない―――「心のノート」と公民・歴史』
教育現場で進む国家主義教育の危険性を指摘
二〇〇一年、新しい教科書をつくる会の『新しい公民教科書』、『新しい歴史教科書』が検定を通過し、二〇〇二年には文部科学省から全国の小中学校に道徳の補助教材「心のノート」が配布された。教育基本法改正への動きが、憲法改正に先立つように急激に進められているなかで、本書は、これらの教科書や補助教材を用いて教育現場で既に行われている国家主義教育の危険性を指摘している。
本書は四部構成で、第一章、第二章でつくる会の教科書に対する批判、第三章で『心のノート』に対する批判を展開し、終章ではこれら三冊に共通する意図を、中教審答申の「期待される人間像」から読み解いていく。
各章でそれぞれの教科書の文面やビジュアルを引用しながらどのような点が問題なのかを解説してあるので、もとの教科書を読んだことがない方もわかりやすく読むことができるだろう。特に『心のノート』については、ノートを単独で読んだときには美しいイラストややわらかな言い回しに惑わされて見落としがちになりがちな部分まで厳しく指摘されている。
『心のノート』の問題点として言われることのひとつに、巧みに子どもの考えをひとつの「正解」に導くような誘導尋問的な問いかけがあるが、これは子どもの思想をコントロールするための仕掛けであると同時に、このノートが子どもの道徳心を評価対象にするための道具であることを示している。
評価される道徳心とはそのまま「愛国心」であり、国の言うことには決して異議をとなえない実直な精神である。道徳という教科は今までは、指導上の達成目標を設定し難い教科であったが、このように明確な答えを用意することで、子どもへの評価を容易にしたのだ。
評価は、競争社会のなかで特定の価値観を押しつけるためにはとても有効な手段である。将来的に社会の下層に追いやられないために、子どもたちは自ら国家の押しつけるイデオロギーを学習し、身につけていく。
本書はこのような『心のノート』の仕組みと、ゆとり教育をはじめとする現在の新自由主義的教育改革との関係も分析しながら、国家権力が現在、国民統合のために教育をどのように利用しようとしているかということもわかりやすく解説する。教育改革の目的を考えるときに、私たちはこれらの教科書の問題に触れずにいることはできない。
ちょうど今は全国で教員採用試験が行われている時期であるが、東京都では道徳と総合に対する関心、そして「愛国心」や『心のノート』に対する理解は採用の合否を決めるひとつの重要なポイントになっている。教員採用試験受験者に向けた雑誌の多くも『心のノート』をどのように活用するか、道徳になにが求められているか、といった対策特集を組み、教育者としての適正や専門的な知識よりも、政府方針をどれだけ忠実に理解し、実践することができるかが採用基準になっている現状を反映する。ここでも教員志望者は国への忠誠心を評価される仕組みになっている。
そのようにしてつくられた東京都の教育現場では、道徳教育と平行して「日の丸・君が代」強制が徹底され、これに反対した約二百人の教員が都教委と石原都政によって処分を受けるといった今までには考えられなかったような事態も進行している。
石原による教育改革方針と、本書で分析されている三冊の教科書に共通するものに、グローバル社会のなかで破壊されてきた伝統や日本人の誇りを取り戻すための教育が必要だというような主張がある。これは、自らが押し進めているグローバル化に付随する社会問題を今までの教育の問題にすり替えて、教育基本法改悪を正当化しようとする政府と同じ、とんでもない論理である。
私たちは、石原都政や政府の進める教育のグローバル化と新自由主義的教育改悪に強く反対しながら、このような自作自演の主張も決して許してはならない。教育現場の内側と外側から反撃を展開していこう。(深沢瑞江)
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