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                            かけはし2004.06.7号

小泉改革と「急増する老人犯罪」

現代日本社会の縮図そのものだ

 五月三十一日のNHK「クローズアップ現代」は、「急増する老人犯罪」という特集だった。尾道にある高齢者刑務所。受刑者の平均年齢は七十四歳で、満員状態である。廊下には手すりが設置され、歩行を補助する手押し車も置かれている。要介護受刑者も多い。朝夕、受刑者の症状によって仕分けられた薬袋が配られる。もちろんここも刑務所だから一日六時間の作業が義務づけられてはいるが、高齢のため手順をなかなか覚えられず、作業のできない受刑者も多いという。
 入っている受刑者は、たとえば七十三歳で生活苦のため夫婦でコンビニに強盗に入った者。身寄りがなく心臓病で介護保険を受けていて、身の回りの世話をしてくれるただ一人の人だったヘルパーが「仕事をやめる」と言ったので「やめないでほしい」と頼んだが断られ、かっとなって殴りつけ負傷させてしまったという者。その他、その他。

 六十五歳を過ぎて初めて罪を犯す者が多い。これら高齢受刑者の八〇%以上が二回以上服役しており、その半数以上が出所後、一年以内に再び犯罪に走っている。ある受刑者は、北海道の刑務所を出所後、ただ一人の身寄りである弟を訪ねたが家に上げてももらえず、中学校を卒業後に最初に就職した地方にフラフラと行き、一銭も持たずに食堂でラーメンとビールを頼み、再び刑務所に入ったと答えていた。
 八十三歳の受刑者が仮釈放で出所する。刑務官が言う。「生きていくのは大変だとは思うが、一日も早く職に就いて自立できるように努力してください」。彼には頼ることのできる身寄りはない。八十三歳にもなった元受刑者を雇う企業が、一体どこにあるというのだろうか。
 出所後、六カ月間入ることができる再生保護施設からハローワークに通い、どんなに低賃金でもいいからと職探しする六十六歳の元受刑者。連絡先が再生保護施設だと、それだけで断られてしまう。生活保護を受けるには住所が必要だ。アパートを借りるには、敷金、礼金、それに保証人も必要になる。保証人のいらないアパートもあるが、割高だ。
 番組は、自立しようとしても社会に否定され、意欲を失う高齢者が多いと語っていた。ある再生保護施設では、自立できるように自信をつけさせる意識改革として、元受刑者たちにお互い良いところをほめ合わせ、互いに拍手し合うなどということをやっていた。

 国谷キャスターは「先進国のなかで、刑務所に入る高齢者がこんな短期間に二倍、三倍に増えた国はない」と言う。なぜ日本ではこんなにも高齢者犯罪が増えているのか。世界でも最高の高齢化社会になったから、高齢者に関わるトラブルが増えたとか家庭に高齢者を守る力がなくなったからなど、番組のなかでは、同義反復のようなことばかりが語られていた。しかし、「経済大国日本」のあまりにも貧困な社会保障のあり方こそ、「急増する老人犯罪」の原因であることは、ほとんど語られることはなかった。
 四十年間、毎月毎月保険料を納めても、月にわずか六万円あまりしか受け取れない国民年金。受給資格を得るためには、最低でも二十五年間保険料を納め続けなければならず、それに一カ月でも足りなければ二十四年十一カ月分の保険料は払い損になってしまう。国民年金しか受け取っていない高齢者は八百九十万人。その半数近く、四六%の受給額は月三万円台である。年金しか収入のない所帯は、高齢者所帯の五九・六%に上っている。
 家賃を払わなければならないとしたら、月三万円台の年金では、どんなに切り詰めたとしても生きていくことはできない。憲法ですべての人に保障されているはずの「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を侵害する低水準の社会保障。「先進国」に例のないほど貧困な社会保障。これこそが「先進国」に例がないほど「急増する老人犯罪」の背景である。七十歳、八十歳を過ぎて出所し、「自己責任」でアパートを借りて就職しなければならないとしたら、ホームレスになるか再び小さな犯罪で刑務所に入る以外の道はほとんどないと行っても過言ではないだろう。

 激増する中高年の自殺や過労死、過労自殺などと並んで、「急増する老人犯罪」は弱肉強食の新自由主義政策を押し進めてきた現代日本の縮図そのものである。「自己責任」をキーワードとした年金大改悪をはじめとする「小泉構造改革」は、生活苦に陥った高齢者を刑務所に追いやっているのである。      (義)


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