| 休戦ラインと海上の軍事的相互信頼構築と南側政府への経済協力・支援要請 |
「実利」。今日の北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)をけん引している力だ。これはすなわち実利のためならば名分には必ずしもこだわらないとの意味を内包してもいる。以前の北韓ならば実利よりも理念や名分をまず並べたてた。飢え死ぬというハン(恨)があったとしても理念だけを懐に抱いていさえすれば、どうにかこうにか耐えられる、と考えた。けれどいまや世の中は変わった。実利が保障されるならば体面ぐらい多少もみくちゃになったしても目をつぶって越えていくとの姿勢だ。
北韓は03年10月7日、キム・ジョンイル党総書記推戴6周年記念中央報告会で、いわゆる「3実主義」を明らかにした。報告に立った党書記チェ・テボクは、経済面においては情報産業時代の要求に合わせて「実利」を重視し、「実力」と「実績」によって党を支えることを求めた。以前の実利に、さらに実力と実績がつけ加えられるとともに、北韓の変化は速い流れに乗っている。実利は経済回生と密接な連関のあることは改めて言うまでもない。
このような脈絡のなかで、北韓の全方位平和攻勢は予定されたスケジュールとして読みとれる。キム・ジョンイル国防委員長が4月に中国を訪問したことや、5月に小泉・日本総理をピョンヤンに招請して活発な周辺国との首脳会談を展開したのは本格的な実利外交のシグナル弾と読みとれる。
キム・ジョンイル国防委員長の最近の国内での動きも注目を集めるところだ。竜川駅での大爆発の惨事によって二の足を踏んでいた彼は最近、経済への取り組みで忙しい日々を送っている。彼は5月17日の平安北道・新義州の楽園機械連合所に続き、6月1日には平北・亀城工作機械工場を、3日には清川江機械工場をそれぞれ訪れて現地指導した。彼の強調点は「生産における実利を徹底して保障しよう」という実利主義の実現にある。これにより北韓社会は、どこでも「実利保障」の話で持ち切りだ。
南北韓が土壇場の6月4日、軍事分界線(休戦ライン、MDL)一帯での対南北誹謗放送と南北関係の地雷原である西海(黄海)北方限界線(NLL)海上の武力衝突防止案に劇的に合意したのも実利を取りまとめようとの計算が先立っていたからだ。
将官級会談の南側代弁人であるムン・ソンムク大領(大佐)は「(今回の合意によって)西海の緊張が解消し、ワタリガニ漁の漁民たちが安心して生業に従事できるようになった」し「宣伝活動の中止と、その手段の除去の合意も、先鋭に対決していた軍事分界線において双方の軍人たちが信頼の芽を育める契機を作った」と語った。
南と北は6・15首脳会談4周年の6月15日を期してあらゆる形態の宣伝活動を中止し、拡声器放送、宣伝電光板などの宣伝手段を3段階に分けて来る8・15光復節までに完全に撤去させる。西海上ばかりでなく155マイルの休戦ライン非武装地帯の軍事的緊張を緩和する重要な諸措置というわけだ。
事実、わずか2回の将官級会談でこのような合意がなされるだろうと予測した人は、だれもいなかった。NLLに対する南北間の認識の差が余りにも大きかったためだ。南側はNLLを実質的な海上境界線として認識しているのに反して、北側は韓国(朝鮮)戦争以後、国連軍司令部がNLLを一方的に引いたがゆえに認めることはできないとの主張を展開してきた。大多数の専門家らは、この厳しい見解の違いを簡単に狭めることはできない難題として受けとめていた。
けれども北韓軍部は以前のように会談の場を蹴って出ていくことはできなかった。実利的アプローチではないからだ。時期的に6月を過ぎるとワタリガニのシーズンを逃し、合意の薬効も利きめが薄れるばかりか、急がれるべき食糧支援、さらに開城工団、鉄道・道路の連結、金剛山観光特区などの諸懸案に悪影響が及ぶのを望まないようだ。
事実、軍事分界線一帯の対北放送の中断や宣伝物の撤去は北韓軍部が、いっそう喜ぶ成果だ。軍事分界線は南北韓の国力の差を実感できる所のうちの1つだ。北韓は甚だしい電力難などによって南側に向けて持続的に放送する余力はない。北韓軍部の不満は、南側が誹謗放送をしているからではない。最近、南側の軍部隊は6メートルほどの大型電光板を設置し、寸分の誤りもない正確な天気予報など、各種のニュースを送り出した。軍事分界線向かい側の北韓軍人たちは、このニュースを見て少なからぬ心理的動揺を受けていたことが知られている。デジタルとアナログの技術の格差を感じるように、北韓の新世代の軍人らの士気が大きく削がれると、北韓軍部は放送の中断と各種のスローガンが書かれた標示板の速やかな撤去を要請してきたのだ。
また北韓軍部は南側の大規模な食糧支援要請を、これ以上、引き延ばすことはできなかったようだ。同日、ピョンヤンで開かれた第9次南北経済協力推進委員会(以下、経推委)で北側は南側に予想通り例年レベルの食糧支援を要請した。将官級会談で南北韓が劇的妥結を実現した直後だ。結局、南側は同胞愛と相互援助の原則からコメ40万トンを借款方式で支援すると明らかにした。
南北間の軍事的緊張緩和は何よりも開城工団の事業など南北経協をめぐる不確実性の除去に最も寄与するものと期待される。北韓軍部は、これまで背後で南北経協を陣頭指揮してきた。北韓軍部の協力のない南北経協の活性化は考えがたい。仮に開城工団をすでに合意した日程通りに進捗させようとするならば電力・通信などの基盤施設の建設が、つまずきなしになされていかなければならない。この諸課題もまた軍部の所管であることが知られている。「開城工団の北側の開発の主体は軍部だと見ても無理はない」。現代峨山の関係者の診断だ。
将官級軍事会談北側団長(首席代表)のアン・イクサン少将(准将に該当)が6月3日、全体会議に先立って「南側にやってきて東海線の鉄道と道路の連結工事がどのように進行されているかを見たかった。戻る時には連結工事がどの程度、進行したか、ぜひとも見たい」と語ったのも経協に対する関心のほどを、うかがわせる。
結局、北側の内部事情を見ると、経協が成功するかどうかは北韓軍部の手にかかってるわけだ。北韓は02年9月の南北軍部実務会談で「軍隊が経協事業を後押ししよう」と公言したことがある。いまや南北韓の軍部が金剛山観光、開城工団、鉄道・道路の連結など、いわゆる3大経協事業を円滑に推進するために、往来の人員や車両の通過を円満に保障しなければならない、と主張したのだ。すでにずっと以前から南北の軍部間の軍事的信頼構築の芽は育まれてきたのだ。
このように経協と軍事的信頼の構築は切っても切れない関係にある。3大経協事業が南北間の軍事的緊張緩和のひきよせ役をしているわけだ。政府や現代峨山の関係者たちによれば、軍事的緊張緩和の糸口は金剛山観光事業が露払いとなり、この事業を踏み石として開城工団の開発事業や京義・東海線の鉄道・道路連結事業が誕生できた。このうち、どれか1つがきしみでもすれば、軍事分野にすぐさま影響を及ぼしかねないのが南北経協の現実だ。
これは別の言い方をすれば、南北経協が進展すればするほど軍事的緊張緩和の速度も早まり得ることを意味する。南北経協にかけられた「パイ」が大きければ大きいほど南北の軍事的信頼の措置も深まり得るのだ。したがって少なくとも一部で考えられているように、北韓軍部が開城工団進出の障害物となるだろうという見方は正しくない。
6月5日未明、ピョンヤン・羊角島ホテルで終わった第9次経推委の結果も、北韓軍部の影響力を実感させる。南側の会談関係者たちによれば6月4日、雪岳山から将官級会談が円満に合意に達したとの知らせが伝わるとともに、いっこうに進まなかった会談合意文の作成が急速に進展した。
経推委南側代弁人のパク・フンニョル統一部交流協力局長は6月5日未明、終結全体会議を終えた後、記者たちと会い「4日未明の将官級会談が良い合意によってまとめられたとの連絡を受けるとともに、経推委もうまくいくだろうとの確信を持った」と語った。
開城工団内に設置される経協協議事務所の役割や開城工団の通信網構築の方式をめぐって意見が厳しく対立したが、将官級会談の合意を契機に両者は互いに1歩ずつ引き下がり、接点を模索した。北側が要請した食糧支援に南側が肯定的回答を送り、これによって北側も初めて譲歩をし始めた、ということだ。これは他方では軍事問題に押されざるをえない経推委の位置を象徴的に示している。
北韓は開城工団を経済全般の回生のための足がかりと考えているようだ。北韓は工団内に建てる経協協議事務所を当局間の経済協力分野の協議のチャンネルとして活用しようとし、この窓口を通じてなされる民間経協も当局が保障してやることを主張した。これまで南韓の民間企業と北韓当局レベルで幾多の合意がされたが、実際の履行件数は指折り数えられるほどに少なかったことから、軍部の不満が高まっていたことが知られる。
南側の各企業は、合意をしても対北事業の属性上、短期的に収益があがらないと辛抱しきれず手を引くというケースが多かった。こういった事業の中断は北韓にも少なからぬ打撃を与えたことは、もちろんだ。そこで北韓は民間経協についても南韓当局レベルの支援を公式的に要求したのだ。少なくとも今後は事業の中途放棄を防止しようとの思いからだ。
けれども南側当局は経協事務所が民間の困難さを支援する機能は持つが、当局間の協議のチャンネルや保障機構として使おうというのは自由な民間経協の基本趣旨にふさわしくないとして1歩ひき下がり、北韓当局をイライラさせてきた。
開城工団の通信網構築も、南北間の見解が先鋭に食い違った問題だった。今回の会談で最大の難物だったとも言える。パク・フンニョル統一部交流協力局長は「開城工団が年末までに生産を始めようとするなら電力と通信を時間的に間に合って供給することが核心問題」であり「今回の会議で一応、9月末までに提供することで合意した」と語った。
さらに彼は「われわれは主に工団立地企業を対象に南側と連結することに重点をおいており、北側はソウル―ピョンヤンを連結するネットの一環とすることに重点をおいた。われわれは当面、開城工団まで連結し、後で状況を見てピョンヤンまで連結すべき時に論議すればいいではないか、と説得し結局、われわれの主張通りにすることで合意した」とつけ加えた。
南側は「通信網の連結は当面、開城工団に入る韓国企業を対象とした支援にすぎない」との立場であるのに対して、北韓は「開城工団を飛び越えてピョンヤンまで連結される基盤施設の一部」として認識していたわけだ。また北韓は、民間事業者の主導ではなく南側当局の責任の下で推進しようと主張し、対立した。南側政府の段階的で慎重なアプローチ方式と、これとはまるで対照的な北韓のせっかちさを読みとれるところだ。北韓が南北経協を経済回生のカギと見なしている限り、南北間の軍事的緩和は持続的になされるようだ。(「ハンギョレ21」第513号、04年6月17日付、イム・ウルチュル記者)
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