もどる

                           かけはし2004.05.31号

小泉訪朝と日朝首脳会談-何を問題にするべきなのか


 

 五月二十二日に小泉首相が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問して金正日総書記と首脳会談を行い、国交交渉再開などを合意して北朝鮮に残されていた五人の拉致被害者家族とともに帰国した。
 首脳会談では日本側が「食糧などの人道支援実施」と「ピョンヤン宣言順守なら経済制裁はしない」ことを明らかにし、北朝鮮側は「拉致事件被害者五人の即日帰国」と「安否不明者十人の再調査と結果報告」「ミサイル発射モラトリアム」を確約して終了した。会談時間はわずか九十分(通訳時間を考慮すれば実質四十五分)であり、合意事項も内容からみて日朝間事務当局の事前調整通りのもので目新しいものはない。結論的に言うなら、フライングの後に再びスタートラインに着いたというレベルの予備的会談だったと言い得るだろう。
 会談終了直後から、「五人の帰国」のみという乏しい結果とは逆の「食糧・医療支援」「経済制裁不発動」確約という譲歩に対して「小泉外交の敗北」をなじる論調がかしましいが、そもそも経済的に破綻した人道支援対象国相手の外交に「成果」や「勝利」を期待して論じること自体が間違っており、北朝鮮の一貫した自縛外交に風穴をあけるために何が必要かを基準にした外交がこれからも問われ続けることになるだろう。
 その意味で「北朝鮮核開発」問題と「安否不明者十人再調査」問題の二点を今後の国交交渉再開の中でどう位置づけていくかが焦点となってくる。昨年一月に核拡散防止条約(NPT)から脱退して以降「核抑止力保持」を公言してはばからない金正日独裁支配体制による「外交のもてあそび」は、「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため関連するすべての国際的合意を順守する」と明記されたピョンヤン宣言に明白に違反するものであり、われわれが核兵器の被爆国としてその惨禍を思い知るからこそ北朝鮮の核開発もアメリカの核開発(ブッシュの核先制攻撃ドクトリン)も容認しないという姿勢を日朝交渉の場で執拗に提起するべきだと主張することは当然だ。
 また「安否不明者十人再調査」については、北朝鮮自身がこれまでの非公式協議などで二〇〇二年当時の調査内容の拙劣さを認めているのであり、国交交渉再開に当たって誠意ある回答が拉致被害者家族に示されるべきである。
 ピョンヤン宣言三項(朝鮮民主主義人民共和国は日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることのないよう適切な措置をとることを確認した)も北朝鮮の誠意ある対応を促している。
 二〇〇二年十一月から一年半にわたって拉致事件生存被害者の原状回復(北朝鮮に残された拉致被害者家族の日本帰国)を拒んできた金正日独裁支配体制の外交姿勢は、結果として何をもたらしたか。
 ピョンヤン宣言直後には北朝鮮による拉致事件(五人生存八人死亡)が明らかになるという状況にもかかわらず、日朝国交正常化交渉再開への気運の高まりは当時の世論調査結果にも反映されていた。その後の拉致被害者の原状回復が速やかに履行されていたなら国交交渉も早期に再開されていただろう。
 にもかかわらず原状回復をさらに一年半にわって長引かせ、その間の外交駆け引きをももてあそんできた金正日独裁支配体制の超反動性・反人民性は日朝国交に向かう流れを自らの暴挙でおしとどめ、はるか彼方にまで後退させてしまったのである。そしてまたこの事態は自称左翼や人権派の人々の中にも金正日独裁支配体制による「約束違反だから五人を北朝鮮に戻せ」論に与して拉致・抹殺という国家犯罪の本質を問うことすら放棄した人々がいることを私たちに苦い教訓として銘記させた。
 だが一方では金正日独裁支配体制の反動的性格が日本の労働者市民の中に明確に意識化される契機ともなった。こうした人々は拉致事件を契機としながら金正日独裁支配の圧制下で呻吟する北朝鮮民衆への支援・連帯を脱北者支援や在日コリアンとの新たな共闘・協同の模索などへの取り組みを始めている。わたしたちはこうした新たな日朝・日韓連帯運動に関わりながら、日朝国交正常化交渉再開、対北朝鮮制裁関連法廃案、在日コリアンへの排外主義を許さない、拉致事件徹底糾明の闘いを推進していく。
(5月24日 荒沢 峻)


もどる

Back